番外編 後編

[-外れの商店街-衣服店「クロース・ソレイユ」にて]


 ミツバはまたもや飛び上がった。先ほどとは違く鳥肌を立てる様にびくりと動いたものだから、老婆、いや美乙女は「ええと、まあまあ」と落ち着けようと努めた。一方のスミレも珍しく少し慌てて膝を床につけ「し、失礼をお赦しくださいっ」と叫んだ。後に続きミツバも床に手をつける。


「そ、…なぜ、ここに」


 最強と称される魔法使いは声を震わせる。

『世界魔法軍総帥』––––それがこの魔女『ストロベリー・レイラー』の肩書きである。その魔法軍は現在一時解散をしている。約一億年前に大戦争があって、それきり一度もそう言った戦争をしていないのだ。戦争に参加した、現在一億七千歳のミツバは当時総帥の下、『上級大将』。近しかった存在だった。


 かくいうスミレは魔法使いや魔女のように長生きではないので歴史でしか知らない人物だった。何故、ここにいるのか。何故、このような小さな店で小さな商売を営んで暮らしているのか。二人の脳内には色々な疑問が渦巻いている。


 魔女は息をつき、二人に手招きをする。


「せっかくだからゆっくりしていって」




 ♦︎






 ファンシーな洋服店『クロース・ソレイユ』の奥に、リビングダイニングがあった。そこで二人はすっかり若々しい衣服店の店長に出されたお茶を飲んでいる。ミツバは元軍総帥を上目でチラチラと伺いながらカモミールティーを一口だけすすり、質問をしようかしまいか考えていた。一方のスミレは、いつもの冷静さを醸し出しながらも緊張して、何度も椅子に座り直していた。


 ストロベリー・レイラーは茶を静かに飲んでいる。

 沈黙が続き、ミツバは意を決して声を出した。


「あの…」

「久しぶりねミツバ・マツリカ。どうしてた?」

「えっと…はい、まぁ、ちょっと魔法使いの、組合で…」

「へえ、幹部! 忙しそうね」

「あ、はい。じゃなくて! い、いえ」


 ミツバは頰を真っ赤に染めた。レイラーは、今度はスミレに目を向ける。彼女の瞳は燃えるような赤色だった。その瞳がきらりと光る。


「はじめまして、スミレ・シェルさん…。噂はかねがね聞いておりますよ。まさかこんなところに来てくださるなんてね」

「お初に目にかかります…。あの、その、恐縮なのですが、その」

「聞きたいことがあるのね。ミツバ、あなた顔がすごく怪しいわよ」

「ごごごごめんなさい! 総帥様…ああいやレイラー様!」

「…。魔法軍は解散した。戦争したんだから、わたしを賞賛する者もいれば恨む者もいる。一番自分にとって平和な道を選んだのよ。あぁ、チャンプのホワイト区はなんて平和で楽しい街なのかしらね! 街中を歩くにも、元魔法軍の人達なんて一人もいないし、変身魔法を使えば楽しく買い物だってできちゃう。それに、あなた達とも会えるのだから–––。世界は広いようで狭いのかしらね?」


 レイラーは桜色の唇をにこりと微笑ませ、二人の笑みを誘った。ミツバは、少し寂しそうな顔をしていたが。レイラーは充実したような表情で、またゆっくりと茶を啜る。スミレは黙り込み、膝の上に手を置いた。何故か、山ほどある質問を忘れかけてしまうようなゆったりとした時間が流れている。それはまた、レイラーの魔法によるものか、否か。少なくとも安心出来たのは事実のようだ。




「…さぁ! 店に来たからにはちょいとあれを落としてもらわないとね!」


 乙女は陽気に立ち上がり、カップを片付けて二人の腕をガシッと掴んだ。スミレは目が覚めたようにぼうっとしているし、ミツバは今しがたこの魔女の性分を思い出したのか目を見開いている。レイラーは鼻歌を歌いながら二人を誘導した。その姿は、とても大昔に総帥として膨大な数の軍を指揮した大魔女には見えない。まさに、まだ幼げな売り子だった。





 ♦︎





[ホワイト区・中心地寄りのレストラン通り]



「はぁ〜っ」


 暗くなった空の下、よろよろとおぼつかない足取りで石畳の道路を歩くミツバは、大きな紙袋を二つ抱えている。横ですたすたと背筋を伸ばして歩くスミレも同じく紙袋を持っている。彼女らは大騒ぎにならないような静かな酒場を求めさまよっていた。


「…驚きました」


 突然スミレが呟いたので、ミツバは驚いて紙袋を取り落としそうになり、慌てて持ち直し「なにが?」と問う。


「……歴史上の人物でしかなかった魔法軍総帥様に会うなんて…、それに、あなたが上流大将だったなんて……」

「あっ……ごめんなさいね、今までなにも言ってなくて。その–––––」


 直後、ミツバはスミレの予想外の行動に戸惑うことになる。

 なんと苺色の髪の弓乙女が、自分の方へずいと寄ってきて瞳を輝かせたのだから。


「あの後戦争はどうなったのです」

「へ? あっ、えっとねー、うん、私達は、一応勝ったよ。うん」


 ミツバは仰け反りながら指をくるくると回してみる。スミレは質問を続けた。街を歩く二人は実に奇妙な格好だ。人々はそれが最強のふたりなので、驚きにまた驚きを塗り重ねていた。


「そう、ですか。私は歴史の本でしか見たことがない話だったのでつい取り乱してしまい…すみません」


 スミレは–––––ミツバの目の錯覚か––––少し落ち込んだ表情を見せた。そのまま彼女が黙り込むので、ミツバは急いで、スミレの肩に手を回し、陽気に––––これこそ飲んべえだと主張するように––、拳を振り上げた。


「さぁーっ、今日は飲み明かしましょう、スミレさん!」

「はっ、はい」

「もっと大きな声で! 返事の基本よ!」

「は、はい!」

「もっと!!」

「はい!!」

「もう一息ぃ!」

「はーいっ!!!」

「よかろう!」


 頰を髪色と同じくらいに赤く染めて叫ぶスミレを奮い立たせ、ミツバは微笑んだ。艶やかな茶髪が、宙を渦を巻いて美しく空中を彩った。その風は、魔法の薬になりそうな、妖艶な香りを放っていた。

 そう–––––ミツバは他にはない固有魔法をもっている。

『やる気を高める魔法』彼女はそう呼んでいる。正式名称は、『Increase magic』。〈香りを嗅がせることで、その者の気持ちを高めさせモチベーションを上げる〉といった特殊なミツバ・マツリカ特有の能力。その源は、髪にあった。



 スミレはその事を知らない。

 それに、有名な話ではない。


 二人は、街の視線を誘いながらも静かなバーで深夜まで飲み明かした。




 –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 番外編完結です^_^;

 次回からは、十九話の続きを載せていきます!

 流石に番外編を三話も載せてしまったので忘れてしまっているかもしれません。図々しいかもしれないですが一応あらすじを…。

 十九話は、コンビを組んだリアン、スミレの最初の任務の練習をするために東ダンジョンに潜伏する竜牙兵と戦うお話でした。訓練を積んでいたリアンはスミレよりも高く飛躍したことで調子に乗り、失敗してしまい、さらにスミレに助けられ、階段の手すりにしがみつくような無残な姿を見せてしまいます。終盤スミレは矛を避けられないリアンを守り、彼女は矢を脳天に突き刺し、竜牙兵は結構な量のルビーと化しました。こうしてスミレとリアンは見事竜牙兵に勝利した…ということでした。さて、次回リアンはどうなるんでしょうね?

 次回も投稿が遅くなるかもしれません。m(__)m



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