第13話
[ブルー区・冒険者ギルド受付にて]
木造の床に響く多数の足音が、ギルド職員に大量の仕事を伝えている。
苺色の長髪を揺らして、口を一文字に縛った美女は、巾着袋の開け口をぐいと引っ張った。
隣で仁王立つ青年は、見様見真似で美しいエルフ族の動きを全コピーして行った。受付嬢は、不思議そうにそれを見つめた後、すぐに営業スマイルに戻した。
「スミレさん、リアンさん! お二人一緒に見るのは久し振りですね〜」
受付嬢のサナは、座ったまま二人を見上げてにこにこ笑う。リアンは頰を引きつらせて曖昧に微笑む。スミレは「そうですね」とにこりともしない。
サナは「あっ」と拳と掌を合わせて問う。
「もしかして、コンビを組みにいらっしゃったのですか? 今すぐ手続きできますよ!」
リアンは慌ててかぶりを振る。
「ち、違いますし、俺達は換金をしに」
「…たしかに、コンビの手続き…ですか。私、最近、仕事は一人じゃ厳しいと思っていたのですが」
「そうですか!! そうですよね!」
リアンの必死の訴えは誰にも届かず、サナは心底嬉しそうに「やっぱりー」と笑った。
「え? 誰と…」
リアンは目を泳がせ、何故かきょろきょろ辺りを見回す。スミレは長髪をかきあげながら「え?」と聞き返し–––––––
「あなたです。あなたが良ければ」
と、まるで当然の事のように、平然として宣言した。
すると、周りで手続きを受けていた冒険者、職員が一斉に三人の方に視線を集中させ、リアンとスミレをまじまじと見つめだした。
突然の事に驚き、また恥ずかしくてリアンは必死に頭を働かせた。
(……たしかに、コンビは前々から組めって言われてたし、…ましてやスミレだ……こんなチャンス滅多にないんじゃ? いや、二度とないんじゃ?)
「…ブツブツ言って、どうしたんですか?」
スミレが怪訝に尋ねる。リアンは飛び上がり、顔を真っ赤に赤面させて、大声で言った。
「お、俺もコンビを組みたいです!」
「かしこまりましたー。では、あそこのベンチに座って待ってて下さいね」
サナは「よしきた!」と拳を握って、転びそうになりながら奥へ引っ込んで行った。
待ち合いのベンチに腰掛けた二人は、十秒ほど無言で俯いていた。
が、リアンは問うた。
「なんで俺を選んだんですか?」
不思議でたまらなかった。スミレなら、もっとレベルの高い冒険者を知っている筈。それに、知り合いだって自分だけじゃない筈だからだ。
「なんでって」スミレは少しだけ困り顔を見せる。
「あなたしか、親しい友人がいないからですよ」
「したし……友人?」
長い間を持って、リアンは空っぽになった喉から声を絞り出す。
「違いますか?」
いいや、違わない。リアンは心で即答した後、今までのスミレとの関わりを思い出す。
大鬼に襲われたリアンを、スミレが助けた。それから、呼び捨てで呼び合える仲になった。それは、リアンがストーカー行為をして付きまとったからだ。
スミレは、首を傾げた。
「私、これまであまり人と関わってきてないので…一番話したり、一緒にいたのはあなたしかいないな、と…」
「ほんとですか!!!」
リアンはガタンッと慌ただしく立ち上がり、スミレの目の前で膝をつき、スミレの手を握った。
他人と接触するのを好まないエルフ族のスミレは顔色を悪くしながら、平静を保って頷いた。
「そうですね。コンビを組めばレベリングが簡単になりますし、リスクも減ります。その点、コンビ同士の仲の良さもありますが……それも踏まえて、私は前々からコンビ結成を考えていたのです」
リアンは顔を真っ赤にして腰を落ち着ける。スミレは、彼に悟られないようにこっそり手をはたいた。
♦︎
「お待たせいたしました! リアンさん、スミレさん、最初の手続きが済みました。次に、友好関係を確認するため、「誓い」を、ここにお願い致します。サインと、
しばらくすると、サナが二人を呼び出して「結成の誓い」と印刷された紙を差し出した。紙には、更に「互いに友好関係を築き、高め合える存在になることをここに誓う」と小さく印刷されている。下には空欄が二つあり、拇印を押す場所まで印刷されていた。
スミレは、どこからともなく万年筆を取り出し、丁寧な文字で「スミレ・シェル」と書き記した。切長で、彼女に似た字体だった。
リアンは、その隣に極々小さな丸文字で「リア・ダン」と本人は気に入っていない名前を書く。それは、気の弱い彼にぴったりの縮んだ文字だった。
二人から署名された紙を受け取ったサナは「ええっと」などと言いながら奥に行き、すぐ戻ってきて–––––––
小洒落た額縁の中に紙を入れて持ってきた。
「これは、スミレさんの家に保管しておいてください。…では、コンビを組むにあたっての、注意点をお話しいたします」
サナは説明書らしき本をじっと睨んでいる。
「えーと……まず一つめ。
仲良くして(和を以て)…争いを無くす事。
二つめ。
…
………ああっ、やりにくい。じゃあ要約して話したいと思います! ごめんなさい」
サナは首を振ってから、乱れた三つ編みを直し、本の文章を指でなぞりながらゆっくりと話し始めた。
「コンビ同士で喧嘩をしたり、こちらの許可なしに解消することは許されません。これは基本ですね!
あと、攻略の際は、作戦を立て、役割を分担して行い、ポーションを分け合うのは良しとします。
あと、ルビーは譲り合ってくださいね!
また、依頼をこちらからお出しする時は、必ず二人で受けてください。
……あ、とはー……
はい、お二人でこの紙をお読みください! わたくしが話した以外の注意点が載っております。あっ、決して手抜きではございませんよ?!」
サナは冷や汗を垂らしながら笑った。薄っぺらい紙一つを受け取ったスミレは、口をへの字に曲げてそれを受け取った。
そう、普段ならきちんとラミネートされているこの説明書だが、ラミネータをかける時間がないほど運営が行き詰っているという証拠である。
「はぁー、良かったです…冒険者が減ってしまって、コンビも大幅に減少したので……助かります。わたくし達職員一同、あなた方を全力でサポートいたしますので、よろしくお願いしますっ!」
サナは元気よく胸を張った。制服の紐リボンがふわりと揺れる。ギルドの職員全員が二人の方で敬礼したので、二人は戸惑って首を傾げた。
すると、突然、サナが「あっ」とテーブルを叩いた。
「そういえばスミレさん、今日から「出国」されるんですよね? お手続き致しますよ」
「ああ、忘れていました。お願いします」
あまりにも自然に話が進んだので、その話題に入って行けないリアンは驚いて、二人を交互に見た。
「へっ?! 出国?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ」
スミレは手の指を顎に添える。
サナは頷いた。
それから、スミレは––––––
悪びれる風でもなく言ったのだ。
「私、今日の夜出発して、世界全国酒蔵巡りの旅に行って参ります」
僅かに口角を上げて、楽しみだなぁと言いたげに。
サナは「楽しんで行ってくださいねー!」と営業スマイルを全開にさせた。
「さっ? 酒蔵…巡り?
………えっ? えっ……ええええええ?!」
職員の足音だけが鳴り響くギルド内にまた、喚き声がこだました。
♦︎
[レッド区・東空港出発ロビーにて]
「……ウゥ……」
「どうされましたか?」
ちゃっかりと見送り場所に立っているリアンとサナの二人は、スーツケースとリュック、それに、いつもの装備とは大違いのカジュアルな服装で佇むスミレに別れの声を掛けていた。
が、リアンはぐったりしている。
(さっきコンビを組んだばかりだったのに…。レベル上げも出来て、攻略が楽しくなると思ったのに…。しかもまた酒…仕事よりも趣味……なのか? いやいや、彼女は社畜の域まで達してるでしょ…)
いくつもの考えが頭をよぎる。
『十九時発の飛行機にお乗りになられる方は––––……搭乗口までお急ぎください–––…』
そんな考えを拒むように、空港内にアナウンスが流れた。
「あ、そろそろ行かないと。
では、お元気で」
スミレは短い言葉で、すぐに踵を返して行ってしまった。
「お気を付けてー! 元気で帰ってきてくださいねー!」
サナは手をブンブン振って、大声で叫ぶ。
スミレは少しだけ振り向いて、小さく手を振ったあと、早足で手荷物検査場に向かって行った。
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