コンビ結成と単独行動

第14話

[ホワイト区・商店街(通称チョコレート市)にて]


 魅力たっぷり、誰もが憧れる弓戦士スミレが旅に出てからというもの、いくらか、この街は盛り下がったのかもしれない。


 と思うのはリアンとサナだけだろうか。

 冒険者ギルドの制服を身に纏った新米受付嬢サナは、慣れない場所なのか、キョロキョロと首を振り回し、呟いた。


「人がいっぱい………これは一体?」

「『チョコレート市』ですよー。毎週末に行われる大規模な市場で、世界中から人が集まるんですよ。…まさか、知らないなんて」


 リアンは同情の目をサナに向けた。


「し、知ってましたよーだ」


 サナは受付嬢に相応しくない口調で言うと、忙しなく髪をいじり始めた。黄土色の短い三つ編みは乱れて、彼女の風貌はいくらか砕ける。リアンはそれを横目に、カラフルな店々を見渡した。


「自然と頬が緩みますねえ。せっかくだからどこかでお茶でもしませんか? シフトは夜なのです」


 サナはにこやかにリアンに提案する。

 リアンはしばらく辺りを見回して考えた後「いいですね」と笑った。

「ところでサナさんはいい店知ってるんですか?」


 リアンのストレートな質問に、彼女は「うっ」と言葉を詰まらせる。


「ま、まぁまぁ、新しいお店発掘しましょうよ!」


 サナは冷や汗を額に浮かべる。意地悪いリアンはにやにやと笑い、「おすすめとかないんですか?」と尋ねた。


「も、もういい加減に–––––」

「あっ、サナー!」


 可愛らしいサナの怒りは虚しく、渾身の怒鳴りは何者かによって遮られる。リアンはそんなサナをスルーし、声のした方を振り返った。


 甲高い声でサナを読んだのは、人気の高いリサイクルショップの売り子だった。

 頬を膨らませる彼女とは真反対の、黒髪ポニーテイルで、緑ぶちのメガネを掛けている。


「何なに? デート?」

「ちっ…違うわよ!」


 サナは弱々しく首を振る。リアンは苦笑する他なかった。


 いたずらぽく笑い、群青色のエプロンを瞬かせた彼女はサナの返答を完全に無視し、「よかったね! おめでとう」と言った。

 それから、戸惑っているリアンに、


「あっ、あたしはマナ。サナの妹でーっす!」


 とまたいたずらぽく、歯を見せた。

 それから急にうやうやしく、


「ふつつかな姉ですが……」


 などと言って頭を下げる。


「えっと、そういう訳じゃ」


 リアンは作り笑いで応じるものの、手強いマナには効かない。


 すぐにサナの肩に手を回す。


「ぜんっぜん似てないでしょー? こう見えてあたしの方がしっかりしてるのよ」

「もーっ、マナ!」


 サナはマナの腕を振りほどく。

 それからぎゃあぎゃあと説教を始めるサナを無視し、マナは言った。


「カフェ探してんでしょ? 良いとこあるよ」




 ♦︎




「はぁ……ごめんなさいね、わたしの妹が」

「いっ、いや全然。妹さんなんていたんですね」

「全然似てないですよね。認めたくないんですけど、あの子、あれでも仕事はバッチリで」


 サナは疲れ果てたかのように頬杖をつく。薄ピンクがかった透明のガラスには、アイスティーがなみなみと注がれている。渦巻き型のユニークなストローに口を付け、サナは二度目のため息をついた。



「そ、そうなんですか」


 流石に認めるわけにはいかない。リアンは気をきかせて笑う。彼は同情し、彼女に意地悪を言うことはしなかった。


「それにしても、この店、綺麗で可愛らしいですね!」


 リアンは話を逸らす。この男、いくらか成長したのかもしれない。


「あら、そうですねぇ。何頼みます?」


 サナは色とりどりの花が描かれたメニューに目を通した。


 このカフェは、とにかく「カラフル」をコンセプトにしたもので、店内はもちろん、丸見えの厨房までも、壁から何まで、気分の上がる色が使われている。ポップでいて、女子だけでなく男子にも人気だと、マナは言っていた。


 ピンク、オレンジ、黄色、黄緑、水色の淡い色彩が鮮やかなカップが窓の淵に並んでいる。


 また、メニューの中の料理も同じものだった。


 植物ダンジョンから捕獲できる「カーネーション」や「コスモス」などの捕獲報酬「花の蜜」が添えられたものがほとんどだ。また、その系統のモンスターの血肉は花々を育てるための肥料になる。この店は店外、店内共に植木鉢にあふれていて、全てには植物ダンジョンで捕獲したモンスター達の血肉が入ったボトルが土に刺してある。生汚いイメージの血肉だが、植物ダンジョンで獲れる系統のものは基本的に全て無色透明の液体で出来ている。

 店の外観を損なわないセンスを見込まれて、このカフェは大人気だ。


「ええっと、わたしは–––––」


 サナはタンポポの花びらを添えた、フレンチトーストを頼んだ。彼女は他にも頼みたいのか、決まり変わるそうに、リアンを見る。彼はそんな彼女に気付かず、メニューに目を通した。



 しばらくして、二人の頼む物が決まると、吹っ切れたサナはにこにこ笑顔で注文を呼んだ。




 ♦︎





[ブルー区・冒険者ギルド入口前の掲示板にて]


「本当に申し訳ないです…。手伝ってもらっちゃって」

「いや、いいですよ。今は大変な時期ですし。俺も用事がありますから」


 食事後、リアンはサナの仕事を手伝っていた。冒険者を集めるために必要な物資などを運んでいるらしい。段ボール箱の中には、色とりどりのポスターや張り紙が詰め込んであった。


「えっと、これをここに貼って貰いたいのです」


 サナはどさりと箱を地面に置く。リアンは蓋を開け、中を覗き込んだ。


「全部ですか?」

「はい! ええと、冒険者を育成し、ダンジョン攻略や辺境の村で問題になっているモンスターの退治をしてくれる一流の冒険者を増やす運動です! 世界各地の、名を連ねたる冒険者さん達が力を磨いてくれるのですよ!」


「へぇ…」


 リアンはポスターの中の一枚をペラリとめくって見てみる。

 意外に凝った印字がピンク色の紙面に踊っていた。


「新人冒険者募集中!

 プラチナ級の冒険者があなたを一人前の冒険者に育て上げます!

 参加料は無料、期間は一ヶ月間

 定員に達し次第募集は終了です。

 沢山の応募、お待ちしております!」


「…ふぅん」


「あっ、これ興味あります?」


 サナはさっそく食いついてきて、リアンに、長々と説明を始めた。熱心にそれを聞いたリアンは興味深げな表情でそれを掲示板に貼ると、サナに応募用紙の申請をした。



「そういえば、リアンさんの用ってなんだったのですか?」


 応募用紙にサインを入れながら、サナは尋ねる。


「ああ、俺一人でも出来る攻略とかを申請しようとしていたのですが」

「そうですか。でも、コンビを組んだ場合、お一人で依頼を受ける事は、原則なしとなっております。あの説明書読みました? なので、これはあなたにぴったりです!」


 サナは途中、少し嫌味っぽく言った。

 しかし、それをリアンはスルーする。この男、そこまで成長していない。


「ううむ、そうですね」


 リアンは申し込み用紙を受け取ると、新品の万年筆を使ってサインを入れた。


「…それ、買ったんですか?」


 サナが気の抜けた質問を投げかける。


「…? は、はい」


 リアンは書き終え、筆を戻すと、紙をサナに渡した。今度、新米受付嬢の彼女は営業スマイル全開で判子を押した。


「ありがとうございます!

 ええと、明後日ですよね! こちらまでお申し出ください、今のところ申し込みはありませんからリアンさん一人となると思います。定員って言っても一人のみなので…。では、はい! この用紙を読んでおいてください」


 サナは座ったまま、紙を両手で差し出す。たしかに、用紙には明後日の日にちが記されていた。リアンは首をかしげる。



「募集する間も無く終わっちゃいましたね……なんだかおかしくないですか?」


「ああ、いえいえ」


 サナは首を振って続ける。

「これは第二次募集、第三次募集と分かれており、これは第一次募集です。と言っても今回はリアンさんのみです。会期が分かれています。そう、ポスターにも書いてありますよ。詳しくはその紙に〜」


 サナは途中で投げやりになって、うふふと笑った。



 –––––––こうして、リアンは通称「地獄の特訓」を受けることとなったのだ。

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