第12話
[イエロー区・北西のダンジョン『レベルアップ専用洞窟』にて]
「うおおおおおっ!」
大鬼との対峙も、これで三十回は超えるだろう。
どこからでも溢れかえる
以前–––––まだリアンが銅剣を使用していた当時、彼は一匹の大鬼に死にかけたのだが…………成長した今、彼は銀剣を振るい大鬼に向かっている。腰は引けてなどない。むしろ背筋は伸び、首もすわり、足腰は安定し、銀剣を握る掌は震えていない。
「よしっ」
小さな決断をしたリアンは、剣を片手に、軽快に走り始めた。パーティーを組まず単独で活動をするコミュニケーション能力が欠けた彼だが、一人で行動する際には非常に良い戦力になりうる。そして、今のように正確な判断を試みている。
体長約二十メートルの大鬼は、真っ赤な体を揺さぶってリアンに威嚇を示し、体長相応な金棒を振りかざして、あまりにも残酷な表情でリアンの頭上へ降り落と––––––––
「ガガアアアアアア?!!!?!」
ぴりぴりとした、湿ったい洞窟の中に、敗北を物語る大鬼の断末魔が響き渡る。
大鬼と対峙しておよそ十秒でそのモンスターを倒したリアンは、首に巻いたバンダナの位置を直し、銀剣を鞘に収める。
彼は未だに、冒険者歴三ヶ月だ。その早さで大鬼を一瞬で倒す実力は「何かが原因で」あると言い切れる。
リアンが、ここ『レベルアップ専用洞窟』に出向く前、冒険者ギルドにてサナが放った言葉。
「–––––レベルが十、上がっていますね!」
その時、リアンは口角を上げた。
が、その直後。
「……うーん、でも戦闘スキルは全く上がってませんね。多分、レベルの大部分はその銀剣でしょう。一度『レベルアップ専用洞窟』に行ってみては? 実力自体を高めるにはもってこいですよ!」
リアンは目を剥いた。確かに、一流錬金術師デリダが鍛えた最高の銀剣は持っているだけでも強力なのだ。詰まる所、所持者の元のスキルがボロボロな為に、強さは全て銀剣で補われているということだ。
心は少しながら成長したリアンだったが、その言葉にはダメージを大いに食らった。そして、意地になって攻略を進めている。
ルビーを全部拾い集め、リアンは顔の汗を拭う。
「はぁ……疲れた」
誰もいない洞窟で、誰にいうわけでもなく呟き、彼は北西ダンジョンの安全地帯に行く事とした。
♦︎
[イエロー区・北西のダンジョン・安全地帯『緑の洞窟』にて]
イエロー区のダンジョン塔にはそれぞれ一つずつ安全地帯が存在する。それらは全て「緑の洞窟」と統一され、冒険者達は休憩の場として使っている。
銀剣を手に入れた当時、肩慣らしをする為に使っていたリアンだったが、今はやっと、本来の目的に使うことができた。
ちょうど現在は、花咲く季節。爽やかな花々の香りを楽しみにしていたリアンは、無造作な岩のベンチに腰掛けて、静かな洞窟の狭い景色と広大な香りを感じていた。
–––––と、その静寂を切り裂くものがあった。
ドガアアアアアアァァァン!!!!
「うわっえ?!」
岩の凹凸が尻に刺さり、リアンは叫んだきり口をつぐんで次の音を待つ。
洞窟には一つの欠点がある。それは、外からの音を完全に遮断する事が出来ない事である。たとえ、静かな世界を楽しみたかったとしても、洞窟外の、例えば、モンスターが倒される音で、それはかけらもなく壊されるのだ。
「今の音は…」
リアンの喉が詰まる。他の冒険者がやられている可能性を感じたのだ。今のは完全に、大鬼が金棒を振り落とす爆発音であったから。
弱気なリアンは、ここから離れる事ができなかった。
尻のツボに効きそうな岩に腰掛けている他できなかったのだ。
それがもどかしいのか、リアンはしきりに鞘を擦ったり引っ掻いたりと、弄んだ。
ややあって。
体を揺らす低い地鳴りと共に、大鬼の咆哮が遠ざかっていった。
少し安堵したリアンは、緊張して喉が渇いたので泉の近くまで行って、掌で掬って水を飲もうと、しゃがんだ。
冷たい水面に映る自分を軽蔑していると、入り口の方から、軽い足取りの人がやってくる音が聞こえてきた。
またリアンはすっかり怖気付いて、足音は冒険者のものなのに、泉から離れて地べたに座り込んだ。
すぐに、その冒険者はやってきた。
「「あっ」」
ちょっとした驚きの声が重なる。リアンと、もう一方は女性の声だった。彼女は驚愕したものの表情はほぼ動かなかった。リアンは我が目を疑い、何度も瞬きを繰り返しながら、彼女の名前を呼んだ。
そう、それは––––––二度と関わることはないだろうと思っていた人だった。
「す、スミレ………さん?」
白いフェイスタオルを手に持っていた彼女、スミレは、少し首を傾げて言う。
「……あなたはどこかで」
「あっ、リアンですっ。ひ、久し振りですね!」
「…あの時の。随分と変わりましたね」
スミレは僅かに、ごくごく僅かに目を細めた。見逃さなかったリアンはすっかり嬉しくなり、饒舌に事を話しだした。
レベルが十、上がった事、大鬼を倒せるようになった事……多少話は盛っている。
「…そうですか」
黙って話を聞き続けていたスミレは、無表情で淡々とタオルを泉に浸した。スミレの真っ白い装備は、所々赤い液体で汚されていた。彼女はタオルで、ごしごしと汚れを擦り落とし、赤く染まったタオルを地面に広げて置いた。それから、腰ベルトから空のポーション容器を取り出し、泉の水を満杯に入れた。
「……? 何をしているんですか?」
不思議そうにその行動を見守っていたリアンは、ポーション容器を仕舞ったスミレに尋ねた。
「この泉の水は、体力を回復できる成分が入っているんですよ。こうしてポーションとして使えば、即興で回復できるんです」
抑揚のない喋り方でスミレは言う。彼女はこんなにも上品に水を取り込んでいるのに、自分はみっともなく手で掬って飲んでいたと思うと、彼は気恥ずかしくなって縮こまってしまった。
♦︎
[ブルー区・冒険者ギルド入り口付近にて」
しばらく–––––赤いタオルが乾くまで–––––洞窟で会話をしていた二人は、連れ立ってギルドに向かった。
目的が一致していたからだ。二人共に、換金を目的としていた。
人の目を引くスミレに並んで歩くリアンは、もどかしそうに剣の柄を弄りながら考え込んでいた。
(…–––また会えたのはいいけど……どうも、前みたいにいかない…)
出会った当時は「スミレ」と呼び捨てで名前を呼んでいたリアンだったが、二ヶ月出会わないでいると、当然一線が引かれる。それに、リアンはクールではないスミレも知っている。別の顔を知っているから、距離を感じるのだ。
(趣味は酒蔵巡り…か。話題を出さないと)
リアンはやっとこさ話を切り出した。
「あの…スミレ…さんって、その、酒蔵とか……言ったりするんですか?」
スミレは突然の話題に驚いたようだが、すぐに平然として「はい」と答えた。
「そ、うですか」
(やはり、これは俺の知っているスミレではないのかもしれない…でも、周りの人はその事を知ってるみたいだし……認めているのか?)
リアンは長考に入った。
しかし、結局たどり着いたのは、やはりまだ、リアンは、スミレに憧れているという結果だけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます