本編 Pre・Stage
リアンの発見
第2話
[ブルー区・冒険者ギルドの受付にて]
「…………そうですか……」
ガラスの向こう、書類を手に困り顔をする受付嬢、サナは劔の柄をいじるリアンを見上げた。
「ごめんなさい……」–––––リアンはサナと目を合わせず、消え入りそうな声で謝った。謝罪の気持ちはあった––––が、自分だって大鬼と対峙したのだから褒めてくれても良いじゃないか、という気持ちの表れでもあった。
「だから言ったじゃないですか?一人は危険だと。一階はともかく…………ましてや二階のボスが潜む所にまで。せめてあと一人、弓使いとか––––」
溜息混じりなサナの言葉を遮り、リアンは興奮してカウンターにバンと手を置いた。
「そう、弓使いといえば!」
「ちょっと……すいません、電話が」
突如鳴り響いた電話の受話器を取り、サナはすみません、とリアンに向かって頭を下げた。リアンは頭を抱えてその場にあった丸椅子に座る。力を抜きながら腰掛けた為椅子がガタンと動く。
折角先程出会った素晴らしい人の事を紹介しようと思ったのに、唐突な電話の所為で遮られた。サナの言葉を遮ったリアンはうんざり思う。
サナはリアンが冒険者を始めたその時から受付嬢を始めた街女である。また、リアンの幼馴染で、熱心だが失敗の多いギルドの職員だ。
ちなみにリアンは冒険者を始めて一ヶ月の見習い者である。レベルは三にも満たない、そんな身で、しかもレベル上位の東ダンジョンで攻略を試みるなんて無謀だった。
そのサナは、先程とは打って変わって表情を輝かせた。
「あら、スミレさん!どうでしたか?…………ええ、よかったです!……え?二階に…………はぁ、はい、その方は今ここにいらっしゃいます。ふふ、お優しいんですね。あ、ごめんなさいっ、つい……」
黄土色の短い三つ編みをいじりながらサナは楽しそうに電話相手と話していた。
「今ここ」にいるリアンは、興味津々にサナを見守っていた。それに、「二階」の話題も出ている。
もしかしたらあの人かもしれない–––––リアンは少しの興奮と嬉しさを感じた。
死にそうになった所を助けてくれた弓使いの美女––––––頭が錯乱していたから顔はあまり覚えていないが––––ただ、「美しい」という感想が浮かんでくる。
また、強気なリアンにとっては恥ずかしい。ましてや情けなく尻餅をついて、汚い粘液を浴びて。唯一格好いいと言えるのは銅剣のみだ。
––––「独り身で東のダンジョン?!無理に決まってる、パーティ組んだ方が良いよ!」
「そうですよリアンさん。良ければわたくしが良い冒険者さんを紹介いたしますよ?」
サナ、周りの人々から反対を受けながらもそれを押し切ったリアンは、ダンジョンでモンスターに遭遇するとたちまち弱気になる。それがタマの傷である。大鬼にやられそうになった時、その人々に感謝の意を唱えたものの、その気持ちは薄れつつあった。
「はい、……了解です!よろしくお願いします、助かりますっ!」
電話相手に敬礼をしたサナは、青紫色の瞳を細めた。
ガチャリと受話器を置いたサナに「誰ですか?」と尋ねたリアンは、いつもよりイキイキとしているサナに近寄った。
サナは仕事中だというのにウキウキと体を弾ませている。
「ふっふっふー、これから一流の冒険者さんがルビーと現金の交換に来てくれるんですよ!あっ、そのお方ってリアンさんを助けてくれたスミレさんですよねっ、よかったら挨拶してはどうでしょう?」
「えっ」の次に「じゃあそうしようかなぁ……」と顔を赤面させたリアンは「スミレ」という彼女の名前を頭の中でリピートした。
サナはギルドの入り口付近の壁掛け時計を見ながら「もうすぐですぅー」と頬杖をついて微笑んだ。
スミレとは、先程リアンを大鬼から助けた弓使いである。冒険者ギルドでは銅、銀、金、プラチナ、ダイヤモンドと級と分けられているが、スミレはその中のダイヤモンド級、またその中の一番上[一番星冒険者]に認定されている。つまり一流の弓使いという事だ。
しばらくすると、ほとんど人がいない窓口にて、入り口の扉が開く鈴の音が鳴った。
「……お世話になっています」
丁寧にお辞儀をした白美人は、苺色の髪を払ってサナがいる受付へと歩いた。
白木の弓に白羽の矢。透き通った肌と似合う生成りに近い白の装備にスキニーパンツ。
[一番星冒険者]スミレだった。
スミレを目の前にした二人は、「ほわぁ」「うわぁ」と声を漏らしその美人に見惚れた。クールにそれを躱しながらスミレは腰の巾着から泉色に光る小さな石を取り出す。
その繊細な指先をカウンターに寄せ、数個のルビーをサナの前に置いた。
その行動さえもがリアンにとって、スローモーションの様に見える。サナは「はぁー」と溜息をつき、ルビーを回収して奥へ入っていった。
「……あの、先程はありがとうございました」
リアンは珍しく感謝を口に出した。スミレは少し驚いた様にそちらを見、「あぁ」と声を出した。
「……大丈夫でしたか」
桃色の唇から漏れる声は白鳥の住む湖の様に透き通っている。リアンは何故か縮み上がり、「はい」と短く返答する。
ロマンティックな雰囲気に憧れたリアンだったが、スミレの纏う空気はそれとは少し違った。
背が高い……という理由もあるが、またそれとは違うような気持ちに囚われる。リアンはがっかりしたものの、この憧れであり初恋の瞬間であるこの時を大事にしようと試みた。
だが、しばらくリアンは口を聞けないでいた。
「……お待たせしました!あ、お茶でも飲んで行きますか?」
奥の部屋から巾着を持って出てきたサナは、ギルドの外、小さなカフェテリアを指差した。
「……頂きます」
「あ、お、僕もいいですか?」
「良いですよー。はい、これ!二万金ピールになります」
サナが言い、スミレに渡した額は相当のものだった。リアンは驚いて立ち上がる。リアンが貰った額は六銀ピール。その格の違いを見せつけられた気分に陥り、リアンは黙ってカフェテリアに出た。
♦︎
二人がけの小さなテーブルで出されたティーカップには、亜麻色の液体が入っていた。
「西のダンジョンで取れた牛のモンスターの牛乳と植物ダンジョンで取れたハーブの組み合わせです!合うんですよ、これが」と、サナは言う。
甘酸っぱい味のそれを口に含みながら、スミレは頰を緩めた。それを真似しながらリアンは予想以上の美味しさに一気に飲み干してしまう。サナにお代わりを持って来てもらいながら、リアンは恥ずかしくなって劔の鞘をいじった。
「……良い剣ですね」
唐突に話しかけられ、リアンは褒められたことの嬉しさと心臓の高鳴りにより顔を真っ赤にさせた。その顔色とスミレの髪色がとても良くマッチしている。カップを持って来たサナはそれが可笑しくて思わず笑ってしまった。
ありがとうございます、と何度も頭を下げるリアンを目の前にしても、スミレはくすりともしなかった。
一杯分を飲み干したスミレは巾着を持って腰に取り付け、サナに一礼してギルドを去って行った。それがあまりにも自然過ぎて、リアンはカップに口を付けたまま固まってしまった。
まだ二杯目を半分しか飲んでいないのに慌てて席を立ち、スミレを追っていくリアンを、サナは膨れっ面で見守っていた。
ブルー区の門から去ろうとするスミレに追いついたリアンは、息を切らせながら精一杯の甘え言葉を言った。
「また会いましょう––––––スミレさん」
「…………スミレでいいですよ」
思いの外優しい声で言ったスミレを見上げ、またリアンは固まってしまう。
スミレはにこりともせずに門を出た。
その門の外には『市場の集う』ホワイト区がある。
リアンは固い体を必死に動かしてスミレを追った。スミレはそれを鬱陶しがる様子を見せない。別にこの男の行動は自分に支障をきたさないと判断したからだ。
「あっ、やっぱりご一緒させて下さい」
…………だがこうにもいかないらしい。
スミレは暫く逡巡し「はぁ、別にいいですけどあまり付き纏わないで下さい」と呟きそのまま歩き出した。
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