職業・弓使いのクールな美女、実はお酒大好きのんべえさんでした

みずみやこ

プロローグ ー最強とへっぽこー

第1話

[イエロー区・東のダンジョン塔二階にて]


「ぐわあっっ!!」


 汚らしい紫色の粘液を浴びて尻餅をついた剣使いは、これから起こる事を想像し恐怖に打ち震え始めた。


 目の前には–––––童話の世界で鬼が持つような金棒––––より凶暴な––––モノを持ち「ギァァァァッ!!!」という咆哮を上げるバケモノ、すなわちダンジョンの中ボスが立ちはだかる。


 こんなのありか?–––––と、顔を青くする剣使い・リアンは思う。リアンの身に付ける粗末な装備は既にボロボロ、紫色の粘液でベタベタ。あと一撃浴びれば木っ端微塵に弾け飛ぶ所である。

 そしてそれとは反対に傷一つ付いてない上等な鋼のつるぎを握り再びガードに努めようとリアンは劔を横に構えた。


 装備だけでいえば劔以外は最悪–––––劔を売って装備を整えればいいのに–––––と周りの人々は言うが、リアンはそれを跳ね除けここまで独り身で来ていた。

 が、それを今に後悔し、また自分の弱さと馬鹿さに猛烈な絶望を覚えていた。


 いや、–––––先程までは、順調だったのだ。

 ダンジョンに入ってから二階の中ボスに出逢うまで。それまでは、リアンは独り身でも攻略する事が出来た。

 一階のモンスターは皆んなスライムや小鬼ゴブリンの一匹二匹程度だったし、二階の序盤もその位だったからだ。


 –––––だが今はこんな状態。調子に乗り過ぎたとリアンは今更ながら臆病な自分に舌打ちする。


 劔を盾に使えばダメージは抑えられるものの、この装備は壊れるだろう。それに、劔のダメージが大きくなる分、生き延びられてこのモンスターを倒せる保証が減る。


 つまりは自分は死ぬ。

 リアンの考えがそこまでに達した時、大ボス、大鬼ゴブリンの長が金棒を天井まで振り上げ、リアンの持つ劔目掛けて振り下ろしてきた。その金棒は大鬼にとっても重いらしく、風を切る音が低く分厚い。そして、スローモーションに感じる。リアンはその間、頭の中で今までに出会った人々を思い浮かべ、それぞれに礼を言った。

 もう後悔する時間などなかった。ただ、これから死ぬんだという悟りを開き、自らが跳ね除けた、優しい人々に感謝をする他なかった。


 リアンは目を閉じた。劔の柄を持つ手の力は弱まってきていた。尻餅をつき土の壁に寄りかかったまま、体の力が抜け行くのを感じながら天国の様子を想像し––––––


 バシュッ!

「ギァァァァァァァァッッ?!!!!!」

 ドカーン!


 刹那であった。

 リアンが慌てて目を開け目の前の様子を伺うと、そこにはただ感嘆の声を上げるしかない光景が広がっていた。

 邪悪な三白眼を見開き仰向けに倒れた大鬼はもう既に砂と化そうとしていた。金棒を握った掌はさらさらの砂になって宙を舞っている。


「…………大丈夫ですか?」


 その可憐な声で、リアンははっと我に返った。

 ここに何故人が?–––––俺を助けてくれたのか?

 そんな事しか考えられず、ただぼうっとしているリアンの紫色に染まった顔を心配そうに覗き込み、また使は言った。


「…………ルビーは貰っていきますよ」


 と言ったと思うと、すぐに心配そうな顔をやめ、屈んだ体を起こして地面に落ちたボーナス、ルビーを拾い上げた。


 苺を連想させる艶やかな赤髪は胸まで垂れ下がっており、背中に背負われた白木の弓、また矢が白木の籠に刺さっている。硬そうな装備は汚れ一つなく真っ白だ。

 山吹色の瞳は憂いを感じさせる。

 そのクールななりとは関係がない童顔を持つ彼女は白いスキニーパンツに付いた粘液を払った。


 大鬼がいた所には、彼女が持っている矢と同じものが転がっている。彼女はそれも拾いハンカチで血の汚れを拭き取った。


 いつまでもそれを見守り、放心状態となっているリアンを一瞬見やり、


「……今日の所は帰った方が良いですよ」


 と呟くように言った。

 髪をたなびかせて踵を返し、すたすたとこの場を立ち去る美女を、リアンはいつまでも–––––彼女が見えなくなるまで––––見惚れていた。


 ––––––それが、将来[伝説]と言われるコンビの二人の出会いであった。

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