第2話 救い救われ

 アニリア島へ派遣された第九部隊は、毎日毎日前線で戦った。

 何人も何人も殺して、殺した人の数を数えられなくなった頃。

 俺はあっさり死んだ。



また目覚めた時、俺は〈あの世〉にいたー。



「言伝屋って、ここですか」

 死後の手続きを済ませた俺は、〈あの世〉と呼ばれる灰色の世界で、言伝屋を探していた。噂に聞いただけだが、言伝屋を介せば、〈あの世〉から〈この世〉へメッセージを送ることが出来るらしい。

「えぇ。そうですよ」

 店の奥からスッと現れたのは、もの凄い美人だった。

 綺麗に流れた長髪、切れ長な瞳、艶のある唇、色のないこの世界でも分かるような妖艶さがある。が……

「あの、失礼ですけど、女性ですか、男性ですか」

 全く性別の判断がつかない。どちらだと言われても納得できる容姿だ。

 フッと言伝屋は微笑み、人差し指を口に当てた。

「秘密です」

 射抜かれた。男にしろ女にしろドギドキした。

「言伝屋にご依頼ですか」

「あ、はい。そうです」

「では、こちらへどうぞ」

 勧められるがままに椅子に座る。繊細な模様が彫られていて、むしろ鑑賞用にしたいような椅子だ。座るのも恐れ多い。

 言伝屋はいつの間にか紙とペンを持ち出していた。

「こちらの説明書に目を通していただいた上で、こちらの書面にサインをお願いします」

 差し出された二枚の紙と、一本のペン。

 手際の良さに驚きながら、説明書をじっくり読む。何か穴があれば指摘しようと思っていたのだが、一つのミスもない完璧な文だった。

「あの、一つ質問いいですか」

「はい。なんでしょう」

 俺は一つの選択欄を指差す。

「依頼完了次第、転生の扉に入るかどうか、っていう選択肢なんですけど、はいを選んだらどうなるんですか」

「はいを選んだ場合には、〈この世〉に未練が無いことを確認した上で、転生の扉に入っていただきます。その中で魂は浄化され、新たな魂となって、〈この世〉に戻ります」

「ふぅん」

 俺はペンをクルッと回すと、はいに丸をつける。この言伝さえ届けてもらえれば、特に未練もない。

 残りの記入欄もサラサラ書いて……ペンが止まった。

「どうかなさいましたか」

 問う言伝屋に、俺は思わず乾いた笑いを浮かべる。

「俺、送り主の名前知らないんですよね」

「……え」

 さすがの言伝屋も驚いたようだ。



 俺が言伝を届けたい相手は、一度顔を合わせただけの、しかも敵国の人間だ。

 生前、俺はアニリア島で戦争の最前線にいた。最前線であり、激戦区であり、地獄を具現化したような場所だった。何人、何十人の敵味方が、ゴミを捨てるように、命を落とした。

 だから俺も、いつかは戦場で死ぬものだと思っていたし、その覚悟も決めていた。

 でも俺の死に場所は、戦場ではなく、静かな洞窟だった。

 その日は嵐が島に上陸していて、豪雨と暴風に一時戦争が休止したほどだった。

 使いっ走りで一人走っていた俺は、大雨の中で偶然見つけた洞窟に逃げ込んだ。しかし、そこには先客がいた。

「「あ」」

 俺も相手も、顔にはヤバイという文字が浮かんだ。

 相手は敵であるアニリア国の青い軍服を着ていた。

 すぐさま武器に手をかけた俺は、相手の行動に唖然とすることになる。

「せめてー、せめてっ、この嵐が過ぎるまでは生かしてください‼︎ お願いしますーーっ‼︎」

 相手は見事なまでの、綺麗な土下座をした。

「ボク、戦場に出たのは今日が初めてで、いや、もちろん死ぬ覚悟はしてきたんですけど、でもやっぱり衝撃的で、ボクもあんな風に死ぬのかな、とか今まで考えてて、もう少し生きたいなって思ってたところで、だからもう少しだけ生かしてください‼︎‼︎」

 その早口と、まとまりのない内容に、俺は思わず武器を元に戻した。

「分かった、分かったよ。嵐が過ぎたら、俺は何も無かったかのようにここを去る。あんたも誰にも会ってないと思いながらここを立つんだ」

 いいな、そう言うと相手は目をキラキラさせながら頷いた。

「もちろんですっ!」

 俺らは嵐が過ぎ去るまで、何も語らず喋らず、背を合わせたままでいた。

 その静寂は、戦場の中では味わえないもので、俺はこの時間をゆっくりと噛み締めていた。

 それを突き破ったのは

 バンッ

 聴き慣れた、乾いた音だった。

 胸を見ると、血がドクドクと溢れて、黒い軍服を赤く染め上げていた。

 引き金を引いたのは、いつの間にか現れていた青い軍服だった。

「俺の仲間を懐柔しようとしてたのか、このバケモノ‼︎ 許さないぞっ‼︎」

 バンッ

 もう一度弾を食らって、俺の意識は遠のいた。最期に聞こえたのは

「ボクの、せいで、ごめん、なさい……」

 涙に濡れた声だった。



「洞窟で少しの時間を共に過ごしたあいつに、俺はメッセージを送りたいんだ」

 少し長くなってしまった俺の話に、言伝屋はしばらく黙った。

「一つ、質問をよろしいですか」

「あぁ」

「その方に送るメッセージは、その方を責め立てるものですか」

「いや、そんなことはしない。誓ってもいい」

 俺の言葉に、言伝屋はまた考え込む。

 しばらくして顔を上げると、ジッとこちらを見た。

「その言葉、信じましょう。送り主の特定は私にお任せ下さい」

「ありがとう」

 では、と言伝屋はどこからともなく砂時計を出した。

「これから、この〈言の葉の砂時計〉に、メッセージを集音します。よろしいですか」

「えぇ」

 言伝屋が砂時計を静かに返した。

 真っ白な砂がサラサラと落ちていく様は、まるで人の命が流れ消えていくようだと俺はなんとなく思った。



 名前も知らない、アニリア国の青年。

 覚えているだろうか。

 嵐の日に洞窟で出会ったジャイナ国の男だ。

 別にあの日のことに文句を言おうって訳じゃない。むしろ、礼を言いたい。

 あんたのおかげで、俺は知ることができた。

 敵国の奴らも人間なのだと、知ることができた。

 敵国の奴らにも感情があるのだと、知ることができた。

 俺はそんなことも知らないで、あんたの仲間を殺した。数えきれないくらい殺した。

 でも俺が殺した奴らも、人間で感情があったんだな。

 ありがとう、大切で当たり前のことに気づかせてくれて。

 少し気づくのが遅かったが、まぁ、気づかないよりはマシだろ。

 もし、あんたが俺のことで自責の念に駆られているなら、間違いだ。

 確かにあんたと一緒にいたせいで俺は死んだようなものだが、それを恨んでなんていない。さっきも言ったが、むしろ感謝しているんだ。

 俺は人を殺しすぎた自分が怖くて、化け物になったような気がしてて、苦しかった。

 あの日だって、本当は戦場に立つはずだったのに、無理を言って一人だけ使いっ走りにさせてもらってたんだ。

 でもそれは俺と同じ思いをしながら戦う仲間を見捨てるようなもの、俺はそう思い始めて、負の連鎖に陥ってた。

 そんな俺を、あんたは引っ張り上げてくれた。

 戦場にいながら、あんな風に目をキラキラさせることができるんだなって、俺は自分が馬鹿らしくなったよ。

 どこにいても、自我を保たないとやっていけない。当たり前で難しいことを、俺は出来なかったんだな。

 まぁ、グダグダと色々言ったが、要するとあんたのおかけで俺は救われたってことさ。

 自分は何もしてないって言うか?

 人は気づかないうちに人を救うし、救われるんだよ。

 ここまで言ったんだ。もう自分を責めるのは、よしてくれよ。

 あんたに頼みがある。いや、願いかな。

 死なないでくれ。

 戦争なんかのために死なないでくれ。

 俺にすまないと思う気持ちが少しでもあるなら、俺の分も生きてくれ。

 自我を強く持って、自分らしく生きてくれ。

 俺には出来なかったことで、あんたにはきっと出来ることだ。

 任せてもいいよな。



「以上が、依頼主からのメッセージです」

 青年はポロポロと涙を流しながら、言伝屋を見つめた。

「彼にっ、伝えて、くれませんかっ」

「いいですよ」

 優しい声音に、青年の涙がさらに溢れ出す。

「ボクこそ、ありがと、ございます、と」

「えぇ。分かりました」

「生きます、って、伝えて、くださいっ!」

「えぇ。必ず伝えます」

 そう言って、言伝屋は青年の部屋を去る。

 言伝屋が去るまで、青年はただただ頭を下げ続けていた。

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言伝屋 ルカカ @tyura

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