プロローグ 氷の武人は黒狼に出会う

 まるで黒い光かと思った。

 あの光のそばで、背中で……いや全てがほしいと思った。


 だから、あの人と情を交わしたときに言ってみたのだ「責任を取れ」と……俺の心を奪った……


 ソルレージェ帝国の武門貴族の家の嫡男なんぞに生まれて良かったことなんぞ、我が君に仕えられた事くらいだ。


 ソルファージェ光の守り手という特殊な槍を手に我が君の前にひざまずいた。


 「相変わらず、つまらなそうな顔をしている」

 我が君、ソルレージェ帝国皇太子ソラヒコ殿下が螺鈿細工が光のように施された椅子で足を組んだまま俺を見下ろした。


 「無骨者でございますので」

 「……婚約者に捨てられたそうだね」

 麗しいご尊顔を不機嫌そうに歪めた。


 のどこが気に入らないのだろうねとどこか暗くつぶやかれた。


 ご不快らしい我が君には申し訳ないが、俺はあの令嬢が好ましく思えなかった。

 たしかに容貌は天女の如くの美しさなのだろう……だが、男同士を煽り争わせ、はては殿下の正妃殿下までも廃して殿下我が君に取り入ろうとする根性が気に食わない。


 の妻となるのであれば、あんな淫乱はいらん。

 ちょっと槍を突きつけただけで野蛮人とはなんだ。


 武人の妻となろうものが情けなすぎだろう。

 

 だいたい、跡取りなど弟が作ればいいのだ。


 昔から、自分が冷えてる自覚はある。

 あの令嬢は問題外だが、かつて付き合った女性に氷で心が固まってると思い切りよく叩かれて別れたのだったな。


 俺を熱くできる女なんていない……


 「あの女なんてこの際どうでもいいんだ……反乱が起きた」

 我が君が告げた星の名はまるで青磁のように美しい肌を持つ三本足の人々が住み更に青い肌をもつ美しい三本足の王族が治める、自然豊かな星で、他の星からやってきたテロリストに煽られた反政治組織が反乱を起こしたと盟主の帝国に救いを求めたとのことだった。


 「私が総指揮として出る、あの人が死んでたら星ごと潰したいからね」

 見惚れるような麗しい笑みを我が君が浮かべた。


 ああ、そういえば、帝国立ソルレージ学園の学生時代に美しい青い色の美女と我が君が寄り添っていたのを見た。


 たしか、当時婚約者だった、正妃殿下の後ろ盾の大星公に睨まれて別れたのだったな。


 「国軍と……ケルファーゼ傭兵団を引き出せるといいんだが」

 我が君が軍配備表を空中に出して頬杖をついた。


 ここにケルファーゼ傭兵団を配備すればスムーズに作戦は実行されると我が君が指差した先が輝いた。


 創世の傭兵団それは、環境破壊や人工過多、戦争等で壊れかけた蒼い星から脱出したときからソルレージェ国軍人として仕えた、隠された英雄たちだな、移住宇宙船の治安を維持し、赤い船団をひきいて移住する為の星を調査する研究者たちを護衛し……異星人との交渉や戦闘でも第一線で……


 それなのに地位も名誉も請求しない代々ケルファーゼ団長にひきいられた少部隊はやがて移住先が見つかり世の中が落ち着いた頃、引き止める皇帝陛下に笑って、帝国の危機のときにゃ来るといって辺境の地に去ったとか……皇帝の与えた小さな銀烏のホログラムをかかえて。



 以来、ケルファーゼの血を入れるのは皇族の悲願だ。

 事あるごとに接触させようとしてるらしい。


 たしか……亡くなった先代ケルファーゼ団長の婿君が、皇帝陛下の同母の弟君だったはずだ。


 皇太子殿下とこの次期団長は似てるのだろうか?

 ソルファージュ・エ影の守護がケルファーゼ傭兵団の次期が使う武器で槍だったはずだ。


 そして、その槍に選ばれたものが次期団長だったか?

 どんな男だろう……女の可能性もあるが……


 興味をひかれながらも我が君の御命令に従い、準備して無事? かの星の反乱軍討伐に向かった。


 ケルファーゼ傭兵団をはじめとする創世の傭兵団……公認傭兵団たちもなんとか引き出すことを成功した。


 創世の傭兵団がいると居ないではいざというときの勝率と正当性を主徴しやすいからねと皇太子殿下は目を細めた。


 交渉で星間通信で話したケルファーゼ傭兵団の先代が死去したため再就任したという壮年の団長は食えなそうだが、忠誠心はそこそこ有りそうだったけどな。




 浮遊艇に乗って皇族特有の黒い色素を含んだ顎のラインで揃えられた髪が防御バイザーで覆われた顔の横でなびく、襲いかかる巨大ワームに乗った反乱軍に一直線に槍が飛んで刺し貫きその戦士のもとに戻った。


 次々と敵を倒し血まみれていくその姿になんて美しいと心が動いた。

 今、思えばこの時点で、顔も知らないのにほれていた。


 相手が男でも女でも関係なかった。


 襲いかかる敵を反射的に倒しながらも、その姿に見惚れた。


 そして、公認傭兵たちの素晴らしい戦闘能力にいつもより早くその場の反乱軍が駆逐されたことに気がついた。


 美しい黒い光のようなかの人を目で追うと浮遊艇から飛び降りてる様子が見えた。

 下に降りて防御バイザーを外したその顔は……


 皇族特有の切れ長の大きな黒色の目に惹きつけられる、小さくため息をつく様子もどこか色気を感じる……あれだ、カリスマ性のある男の色気だ。


 我が君が見たら男の敵だなと楽しそうに笑いそうだが、どう見ても女性だな……それも、とびっきり愛らしい……ほしい、手に入れたい……初めて見ただけなのにどうかしている。


 は皇太子殿下近衛武官で氷の武人とか言われてる……そうだ誇り高きイーシス武門家の嫡男がそんなことでは……


 傭兵団の若い男が防御バイザーを受け取ってその人……ケルファーゼの若長の肩を叩いて何か話した、若長は笑った。


 その姿に見惚れ、笑いかけられた若い男をうらやましいと思った。


 

 「ナルフサ、あの人の生体反応が出た……ケルファーゼの若長が気になるのかい? 」

 我が君が星のスキャニング技術者から送られた結果を空中に映して御座浮遊艇からゆったりとした陣羽織をひるがえして降りてこられた。


 「素晴らしい武術でございました」

 「……そういう意味じゃないよ」

 我が君は楽しそうに空中に展開した画面の一点を押した。

 この星全体の地図がくるくる周りながらとまり無数にある光の一点が輝いた。


 絶対に君を助け出すととこか飢えたような目でソラヒコ皇太子殿下がその光を見つめた。


 そして俺に視線を向けた。


 「先手必勝が戦の基本だ、ナルフサには頑張ってもらいたい」

 「はい」

 胸に手を当てて礼をしながら、今度の戦……の事ではないのか? と頭を働かせたが答えが出なかった。


 とりあえず、若長と話して見ればと我が君が画面を消してポンっと肩を叩かれた。


 若長の方を見ると簡易陣に撤収したようでもう姿が見えない。

 氷の武人返上かな〜と楽しそうに我が君が浮遊艇に戻られたので周囲を警戒しながら従った。



 簡易陣は反乱軍を避けるためにそこそこの大きさの浮遊岩の上でゴツゴツと突き出た岩を相手に気持ちを落ち着けるために槍を振るった。


 若長と話をする? あの愛らしくも麗しいあの……

 

 「ナ、ナルフサ先輩、これ以上やると岩が消失して地面に穴が……」

 後輩の近衛武官のタケミが恐る恐ると行ったふうに声をかけた。

 気がつくと目の前にあったはずの岩が消失して皇太子殿下付の武官仲間が引きつった顔をしてみていた。


 「すまん、考え事をしていた」

 「シールドが解けたら技術官の連中にどんな文句を言われるか」

 タケミの言葉に同期のヒロミチとジンが力強くうなづいた。


 俺らは暴れヒアルザじゃねぇ〜

 無骨で悪うございましたねとヒロミチもジンも口々に叫んでる。

 簡易陣を設営する技術官は我ら軍属をヒアルザ巨大角クマカーエカウラ有翼豹にたとえて猛獣扱いして陣を壊すなんて野蛮極まりないとうるさいからな、ストレスが溜まっているようだ。


 今度飲み会でも隊長と相談して設定するか……これもそれもこの反乱がおさまってからだな。


 「まあ、許してやれ、ナルフサは気になるものがいるようだ」

 「ええ!? それ本当でありますか? フジーク隊長」

 タケミが食いついた、ヒロミチもジンもびっくりしてる。


 あの冷凍男がでございますか〜

 血も涙もないこいつに想われるなんて、気の毒に。

 ジン〜ヒロミチ〜覚えてろ〜反乱軍討伐この仕事が終わったら絞めてやる。


 「暖かく見守るようにソラヒコ皇太子殿下よりお言葉をうかがった」

 補給所にいると伝えるようにとのことだがと隊長が首をかしげてニヤリと笑った。


 何をおっしゃったんだ、我が君〜


 それに今、どちらに?


 「ソラヒコ皇太子殿下我が君はそちらへ? 護衛は? 」

 隊長の目を見ると少したじろいでお前が出たからそちらへ行かれるとおっしゃって歩いて行かれた、護衛は簡易陣の中だからいらないと……


 ソルファージェ光の守り手を縮めて腰に挿して駆け出した。

 たしかに我が君はそこそこ強い、だが敵地だぞ。


 と近衛の連中は忠誠心の深さが少し違う、は我が君個人に忠誠を誓う事を許された殿だが、仲間は皇室に忠誠を誓う武官だ。



 裏切る事はないが、いざというとき我が君を切るのは連中と言うこととなる。


 もちろん、俺は我が君が帝国に害になろうと最後まで忠実な武人としてお仕えするつもりだ。


 掛け抜けると黒い髪が見えた。

 我が……と言いかけたところで彼の人……麗しいきケルファーゼの若長が胡散臭い男どもに絡まれていた。


 槍を振り回すと思えないたおやかな手に水分補給用ボトルを持ち黒いバトルスーツがぴったりとからだにフットしていて……ケルファーゼの団章のついたカーキの短い丈のジャケットと相まって魅力的だ。


 一瞬足を止めたとき会話が耳に入ってきた。


 「……………どうせどっかのジジイの愛人か戦場慰問にかこつけてきた娼婦なんだろう? 」

 「私は傭兵だ」

 若長は肩においた汚い手は次の瞬間払い強い意志のある口調でゴロツキを睨みつけた。


 娼婦? 愛人? いい度胸だ。

 目玉が腐ってるようだな、ならず者ども。


 「嘘つくんじゃねぇーよ」

 「どうせ、帝国軍のエリートを狙ってるんだろうが、相手になんてされねぇ……」

 ならず者どもが若長に迫る前に少し俺を見てニヤニヤした。

 

 ソルファージェ光の守り手を握る、いや殺す価値もない。


 「逆らうのかよ、俺たちゃ公認傭兵様だぜ」

 ならず者どもが差し出した銀烏もどきを見た瞬間、宇宙空間に生身で放り込んでやろうと思った。


 本物の銀烏のホログラムにはあのような下品な光は入ってないぞ。


 美しい若長の手をあのようなクズで傷めさせるわけにいかん。

 俺はおおまたであるきながら叫んだ。


 「貴様らはどこの所属だ! 」

 美しい若長がこちらを向いた黒目がちな大きい瞳が愛らしい。

 ならず者どもに見せたくなくて前にかばうように立った。


 後ろで若長の体温を感じる。


 「あーそれはあの……」

 「この者に何用だ! 」

 ならず者どもがたじろいだので更に追求する。


 見れば見るほど『公認傭兵』にある礼儀も品格がなさそうなぬすっとのような男どもだ。


 所属も言えぬようなものはおそらく侵入者か……技術官どものシールドも大したことがない。


 「我が陣営の者を害することはゆるさん!! 」

 ならず者どもを怒鳴りつけた。

 飛び上がるようにならず者どもは逃げていった。


 後にシールドに引っかかり技術官どもに武官は役に立たないと嫌味を言われたが、侵入者を出したほうがまずいだろう。


 若長が気になって振り向くと震えていて怯えさせてしまったかとあわてた。


 「ごめんなさい」

 「すまん」

 二人同時に声をかけてかれんな声に顔が緩みそうになった。


 「なんであなたが謝るんですか? 」

 「そなたこそなぜ謝る? 」

 また同時に言って若長が笑った、


 「そなたは笑ってるほうが良い、すぐに助けられなくてすまん、恐ろしかっただろう」

 女性にあのように迫るなどもってのほかだとならず者どもの逃げたほうを睨みつける、そうしないと顔が緩みまくりそうで大変だった。

 

 「もう少しで殴りそうでしたよ」

 「そうか? 今度は槍で遠慮なく攻撃するといい」

 美しい槍さばきを思い出して答えると若長が嬉しそうで顔が熱くなった。


 「所属はケルファーゼ公認傭兵団、ラン•ケルファーゼです、助けていただきありがとうございます」

 「今回の総指揮であられるソラヒコ皇太子殿下の近衛のナルフサ•アルゼミア•イーシスだ、よろしく頼む」

 丁寧に帝国式の礼をする若長が凛々しくも愛らしく思わず手を取って微笑んだ。


 せっかく知り合えたのだからこのままにするつもりはない。

 攻めるときは風のごとくだ。


 戸惑ってるらしい愛しい若長の小さくも槍だこのできている働き者の手にうっとりしていると若長が目を上げて驚いている顔をした。


 視線を向けると探していた我が君が楽しそうに腕組みしてこちらをみていた。


 「殿下我が君、護衛は? 」

 「うん、誰かさんが出ていったものでね、良かったね」

 冷たい声をだすと我が君がものすごく楽しそうに返されたので片眉が上がった。


 この方はどこまでわかってるのか……

 だが、単独でいさせるわけに行かない。

 もっと、若長ラン殿と一緒にいたいが仕方ない。


 「では、また」

 「ありがとうございました」

 名残惜しく思いながら握った手を離して我が君のもとに大股で近づいた。


 「良かったの? 」

 「殿下我が君の護衛が先です」

 楽しそうな我が君を恨めしく思いながら後ろ髪引かれる思いで従って歩き出した。


 「彼の人の場所が特定されたら、すぐに総攻撃をかける」

 「かしこまりました」

 我が君があるきながら命じた。


 かの青き姫君がご無事だと良いが……さもなければ、この星は消滅するだろう。


 皇族の狂気は、おそらくあまり表には出ない。

 だが、出た時が最後だ。


 ソルレージェ帝国に逆らい消滅した星も少しはあるのだ。

 ぜひとも姫君には生きていて欲しいと思いながら付き従っていると我が君が振り向いた。


 若長との逢瀬を邪魔して悪かったね、酒とか上げるからケルファーゼ傭兵団で接待情報収集しておいでととても暗い微笑みを浮かべられ、命令をされた。


 かしこまりました、胸に手を当て礼をすると我が君は頼んだよと前を向いた。


 我が君が壊れる前にぜひ青き姫君を助け出したいと思いながら本部の戦闘艦を見上げた。

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