天使の策略


 シャーロットは、ゆっくり歩き出して、俺の隣に立ち止まった。


 俺たちの目の前の机では、塾長がしおらしく項垂れている。


「ここまでにしましょうか」

 と金髪娘は塾長に向かって静かに告げた。


 塾長は、シャーロットの顔を見上げて、

「う、うむ」とうなずく。


 な、なんだ、こいつらは?

 というか、二人は知り合いだったのか?


 俺の動揺をよそに、シャーロットは事務的な口調で、

「例の計画はどうしますか、塾長」


 塾長は机に視線を落として、

「そうだな……。できれば、白紙ということに……」


「分かりました」

 とシャーロットは塾長にお辞儀した。


 おいおい。

 君たちは何を言っているんだ?

 俺を蚊帳の外にしないでくれ。


 と、その時。

 シャーロットがくるっと俺を向いた。

 そして、ツインテールの金髪が床に届かんばかりの角度で深々と頭を下げる。


「ごめんなさいっ、お兄ちゃんっ……!」


 あわわわ。

 ど、どうしたんだってばよっ。


 シャーロットは頭を下げたまま、

「実を言いますと、お兄ちゃんをクビにする計画は、わたしが仕組んだのです……」


 な、な、な。

 なんだってぇえええ!


 俺は泡を吹きそうになりながら、

「つ、つまり、君と塾長は、グルだったのか?」


「はい。わたしが塾長さんに話を持ちかけました……」


「なんということだ……」

 俺は棒立ちのまま、絶句した。


 明日、人類が滅亡する、と言われても、これほどは驚かないだろう。


 信じられない。

 信じたくもない。

 天使のようなシャーロットが、悪魔みたいな企みをしていただなんて。


 この数日間、君は演技していたのか?

 俺への好意は、すべて嘘だったのか?

 もしそうだとしたら、お兄ちゃん、精神崩壊だぞ。


 俺は震える声で、

「と、とりあえず、頭を上げてくれ」


 シャーロットは、ゆっくり頭を上げた。

 ツインテールの金髪が前後に揺れる。

 だが視線は下に向けたままだ。

 俺と目を合わせようとしない。


 突然、萌々が、俺の背後で叫ぶ。

「ちょ、ちょっと! どういうこと?」


 萌々は、怒気を撒き散らしながら、シャーロットの方へつかつかと歩み寄る。


 やばい。

 下手すると血を見るかも。


 萌々は金髪娘の両肩を鷲掴みにして、

「どういうことか、説明してっ!」


「……」

 シャーロットは無抵抗のまま黙り込む。


「ほらっ、何か言いなさいよっ!」

 萌々がシャーロットの体をぐらぐら揺すりだしたので、俺は慌てて止めた。


 正直なところ、俺は怒っていなかった。

 シャーロットは、本心から俺に申し訳ないと思っている。

 そんな気がするからだ。


 それよりも何よりも。

 俺はシャーロットを信じている。

 なぜならば、俺はお兄ちゃんだからだ。


 なんとか二人を引き離してから、俺はシャーロットに向かって、

「でもよ、なんでまた塾長とグルに?」


 シャーロットは、ゆっくり顔を上げる。

 青い目が、海のように潤んでいる。

 今にも泣き出しそうだ。


 俺は、お兄ちゃんスマイルで、

「怒らないから、言ってくれ」


 シャーロットは、黙ってうなずく。

 それから弱々しい声で、

「お兄ちゃんを、亀吉パパの会社に連れて行くためです……」


「亀吉の会社だと?」


 そういや、亀吉の奴、アメリカで会社経営をしているんだっけな。


「はい。お兄ちゃんはそこに入社することになっていました。でも、その計画はもう中止にしたいと思います。お兄ちゃんの夢を奪うことは、誰にもできません……」

 シャーロットは、消え入るような口調で言った。

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