ハリウッドのイケメン VS おっさん


 動画のPVを激増させた犯人は何者か。


 三〇分に一本のバスが来るまで時間がある。

 そこでシャーロットからスマホを借りて調査を開始する。


 犯人は速攻で判明した。

 ツイッターだった。


 海外の著名人が、自身のツイッターで、シャーロットの動画を紹介したのだ。


 その著名人は、クリス・キングというアメリカの若い俳優である。

 フォロワー数が一〇〇〇万オーバーの超大物だ。


 クリスのツイッターには、

『マイ・フェイバリット・ビデオ』

 と絵文字付きで書き込まれている。


 リツイートの数も万単位。

 なるほど、一〇〇万PV突破するわけだ。


 そういえば、と俺は思い当たる。

(クリス・キングって、どっかで見かけた名前だな)


 記憶の引き出しを掻き回す。

 だが見つからない。


 俺の観測範囲は主に二次元である。

 三次元の世界には疎いのだ。


 とりあえずクリスの名前で検索する。

 神話に登場しそうなイケメンの写真が大量にヒットする。


 アポロンとかマルスとかの彫刻を思わせる顔立ちだ。

 年齢は一八歳。


 ほんとに俺と同じ人類なのか?

 年齢だけなら、ダブルスコアで勝っているのだが。


 クリス・キングなる若手俳優が犯人だったことを萌々に教える。


 すると萌々は、目を丸くして、

「ままま、マジでぇえええ?」


「マジだぜ。ほらっ」

 俺がスマホ画面を向けると、萌々はセミロングの黒髪を払うのも忘れて、俺の手元にぐぐっと顔を近づける。


「うっそぉおおお! 信じられない……」


 まるで宇宙人でも目撃したみたいな驚愕ぶりだ。

 そんなに凄い奴なのか。


「萌々ちゃんは、クリスのこと知っているのか?」


「知ってるに決まってるじゃん。ハリウッドのホープで、未来のスーパースターじゃん。コタローさん知らなかったの?」


 そ、そうなのか。

 自分より年下の芸能人には疎くてな。


 俺は萌々に向かって、

「ということは、このPV急増の一件は、喜んでいいのか?」


「多分ね。あたしなら嬉しさのあまり失禁しちゃうところ」


「失禁?」

 思わず萌々のスカートに目を向ける。


 萌々は顔を赤くして、

「じゃなくて! 失神の間違い!」


 ふぅ。

 へんな妄想をしてしまったじゃないか。


 ちらっと、左隣のシャーロットを見る。

 金髪碧眼娘は、手持ち無沙汰にツインテールを弄っている。


 喜んでいる様子もない。

 驚いている様子もない。

 身も心も、ここにあらず。


 このまま白い翼が生えて、飛んで行ってしまいそうな雰囲気だ。


 いや、待てよ。

 ハリウッドということは──


 やっと思い出したぞ。

 クリスの名前をどこで知ったか。


 亀吉だ。

 クリスのハリウッドデビュー記念パーティーに、あの親父が出席していた。


 ゾクッ。

 嫌な予感がした。


「なあ、シャーロット。クリスって、ひょっとして君の知り合いなのか?」


「そうですよ」

 と金髪娘はあっさり自白する。


 やっぱりな。

 だから平然としていられるのか。


 横で聞いていた萌々は、ベンチからずり落ちそうな勢いで、

「えええっ! あんた、クリスと知り合いだったの?」


「大げさな反応はやめてください」

 シャーロットは、ぷいっと顔を背ける。


 俺も内心でビビっていた。

 ある可能性が頭をよぎったからだ。


 亀吉、シャーロット、クリス。

 三つの点を線で結ぶと、三角形になる(当たり前だ)。


 この三角形は何を意味するのか?

 もしかして、もしかして──

 親公認の異性交遊?


 そこまで考えて俺は頭を振る。


 いやいやいや。

 異性交遊など、認めんぞ。

 純粋だろうと不純だろうと、お兄ちゃんは断じて認めんぞ。

 そんな邪悪な三角形は粉砕だ!


 俺はスマホを握りしめて一人荒ぶった。


 身の危険を感じたシャーロットは、一瞬腰を浮かせた。


   ☆


 こほん。

 俺は取調官みたいに容疑者の顔を覗き込む。


「ところで、そのクリスとかいう人物は、一体、君とどんな関係なのかね?」


「単なる知り合いですよ。LAの俳優養成学校に通っていた頃からの」


 シャーロットは、ツインテールの毛先を触りながら、そっけなく答える。


 ほっ。

 単なる知り合いか。

 ひとまず安堵、と言いたいところだが。


「ほんとに、それだけの関係なのか? ……まさか、付き合ってたり、とかはないよな?」


 シャーロットは、ビクッと肩を動かす。

 だがすぐに、ふるふると首を振る。

「へ、変なことを言わないでください。まだ手をつないだこともないです」


 ううむ。

 微妙な発言かよ。

 取り調べ続行だ。


 でも待てよ。

 あまりネチネチやると、セクハラおっさん認定されるやもしれぬ。

 妹とはいえ、アメリカ人だしな。

 困ったな。


 ふと、俺は自分の手元にシャーロットのスマホが握られていることに気付いた。


 そうだ。

 このリンゴ印のスマホを緊急調査すればいいじゃないか。

 通信記録から、二人の関係性を暴くのだ。


 ピカピカのタッチパネルを、俺はベタベタと触りはじめる。


「プライバシーの侵害です。返してもらいます」

 シャーロットは俺の手からスマホを素早く奪い取った。


 ぐぬぬ。

 お兄ちゃんに言えないような、後ろめたいことでもあるのか?


「では、単刀直入に聞こうじゃないか。ずばり、君はクリスのことをどう思ってるんだ? 向こうは君のことをいたく気に入ってるような雰囲気だが?」


 クリスは、ハートマークの絵文字を連打して、シャーロットの動画を絶賛している。

 確実に惚れてるだろ、って勢いだ。


「わたしは、どうも思ってないですよ」


「ホントか?」


「ホントですよ。あちらさんは、わたしに好意を持っているみたいですが」


 そうか、クリスの野郎の片思いか。

 それならいい。


 ふう、と俺は大きく息をつく。

 ヒヤヒヤさせやがって、まったくもう。


 にしても、とんでもない強敵の出現だ。

 キモくて金のないおっさんVSハリウッドのイケメン俳優という構図である。


 くそっ。

 全米失笑のコメディじゃないか。


 というか亀吉の奴は、なにしてんだ。

 自分の娘が、チャラいイケメン野郎にたらしこまれようとしてるんだぞ。


 俺は再びシャーロットの顔を覗き込み、

「ところで、亀吉とクリスは、どういう関係なんだ?」


 クリスの映画のスポンサーって話だったが、それだけなのか?


「プライベートのパーティで一緒になったりする程度ですけど……」

 とシャーロットは言葉を濁す。


 ううむ。

 微妙だな。


 そこへ萌々が横から割り込んできた。

「えっ、うそっ。それじゃ親公認の関係ってことじゃん。……ていうか、よく考えたら、それって玉の輿じゃんっ!」


 シャーロットは怪訝そうに、

「タマノコシ?」


「うんうん。あんたのパパも喜んでるんじゃないの? 自分の娘がハリウッドスターと交際なんて、超ワンダフルじゃん」


 途端にシャーロットは表情をこわばらせる。

 氷のような青い瞳で萌々をにらみつけ、

「交際なんかしてませんから! 妙なこと言わないでくださいっ」


 萌々は意に介することなく、

「ていうかさ、もしあんたとクリスが結婚したら、コタローさんとクリスは兄弟になるわけだね。アンビリバボー!」


 な、なんだそりゃ。

 キモくて金のないおっさんと、ハリウッドの世界的スターが兄弟だと?

 どこのツインズだよ。


 萌々は、くくっ、と体を震わせて、

「やばい。想像したら笑えてきたっ。きゃはははっ!」


「むぅ」

 シャーロットは、何を錯乱したのか、手に持ったリンゴ印のスマホを萌々に投げつけようとした。


 ま、待てっ!

 間一髪で、俺はその手を取り押さえた。


 ふぅ。

 危ない危ない。

 この金髪姫は、冷静な顔で大胆なことをするから要注意だ。


 結局の所。クリスとかいう不届き者が、シャーロットに一方的に想いを寄せている、という関係らしい。


 俺としては、シャーロットをクリスに渡したくはない。

 馬に蹴られようとも、二人の間に立ちふさがるつもりだ。


 でもよ。

 シャーロット本人の幸せを考えると──

 萌々の言う通り、こいつはワンダフルな玉の輿なんだよな。


 ああ、俺はどうすりゃいいんだ!


 聡明なるシャーロットは、俺の苦悩を理解したらしい。

 うなだれる俺の手を優しく握って、

「心配しないでください、お兄ちゃん。クリスのことは、どうとも思っていませんから。付き合うつもりもありません」


「ううっ。信じて、いいんだな?」


「はい」

 金髪天使は微笑みながら、しっかりとうなずいた。

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