君の動画は一〇〇万PV


 塾講師のバイトを続けるための条件。

 すなわち、俺の夢を竜宮塾長に認めさせること。


 俺の夢。

 すなわちラノベ作家になること。


 交渉材料はゲット済みである。

 塾長が海山老人とともに書いた、クトゥルフの短編集がそれだ。


 今夜にでも塾長と対決だ──

 というところで、厄介な問題が顕在化した。


 シャーロットの動画の一件である。


 海山書店を出た後のこと。

 俺たち三人は、駅前のバス停のベンチに座り、三〇分に一本のバスを待っていた。


 四月の夕日がまぶしい。


 俺から五〇センチ離れた右隣には、制服JKの萌々。

 二〇センチ離れた左隣には、金髪娘のシャーロット。


 いわゆる両手に花。

 うほほっ。


 萌々は足を組んだ格好で、ピンク色のスマホを片手でいじっている。

 目の前の車道を車が通ると、ブレザーのスカートが微妙に揺れる。

 もっと風よ吹け、と思わず念じる。


 突然、萌々が奇声を上げた。

「えええっ!」


「どうした? 萌々ちゃん!」

 また、おっちょこちょい病か?


 萌々はスマホ画面に釘付けになりながら、

「例の動画が……!」


 例の動画と言われましても。

 スマホ難民の俺にどうしろと。


 俺は、亀みたいに首を突き出して、萌々のスマホを覗き込む。


 すると萌々の白い生足が俺の視界に否応なしに侵入する。

 こほん。

 スマホ画面を注視するフリをしつつ、

「で、例の動画、というのは?」


「ほら、この間の……」


 スマホ画面には、シャーロットの例の動画が表示されている。

 ゴスロリでアニソンを歌っている動画だ。


「ああ、この動画か。これがどうしたんだってばよ?」


「さ、再生回数が……。一〇〇万超えてるんだけど……」

 萌々は絶句し、そのまま硬直した。


「ひゃ、一〇〇万回? 二桁くらい間違ってないか?」


 俺は目を見開いて、萌々の手元の画面を凝視する。

 動画下の数字が読み取れた。


「げげっ……」

 マジだった。

 君の動画は一〇〇万PVだった。

 君は地上に舞い降りた天使だった。


 というか、ありえない数字だ。

 確かにハイクオリティな動画ではある。

 だからって一〇〇万PVは異常すぎる。

 しかもたったの数日間で。


 ブルブル。

 悪寒めいたものが俺の背筋を走った。


 まずいぞまずいぞ。

 このままだとシャーロットが有名人になっちまうぞ。


 そうなったら、どうなるか?

 俺から遠く離れたところに飛んで行ってしまうだろう。

 白い鳩のように──


 だが、すぐに理性が打ち消しにかかる。

 待て待て、何をビビッている?

 有名人デビューなんだぞ。

 喜ぶべきだろ。


 当のシャーロットは、俺の二〇センチ左隣にちょこんと座っている。

 白ニット&デニムを夕日に染め上げられながら、スニーカーのつま先をぼんやり眺めている。


「おい、シャーロット」


 俺が呼びかけると、居眠りから覚めたみたいに、ビクッと体を震わせる。


「な、なんでしょうか」


「例の動画なんだが……」


「今から見てみますよ」

 そう他人事みたいに言って、ショルダーポーチからスマホを取り出す。

 リンゴマークの最新スマホだ。

 格差だ。


「再生回数が激増しているんだが、大丈夫か?」


「みたいですね……」

 シャーロットは表情一つ変えず応答。


 嬉しいのか?

 それとも焦っているのか?

 もっとわかりやすく反応してクレヨン。


「で、この動画、どうするんだ?」


「放っておけばいいと思います」

 と、当事者の弁。

 まるで他人事だな。


「ほっとけるわけがないだろ。可愛い妹が、世界中に晒されてるんだぞ」


 いや、ポジティブな見方をすれば、有名人街道を驀進中なのだが。


「……」

 シャーロットは黙って肩をすくめる。


 目の前の車道を大型トラックが通り過ぎて、ツインテールの金髪を揺らした。


「ううむ、困った」

 俺は腕組み、首をかしげる。


 実際、どうすりゃいいんだ。

 動画を削除させるべきか?


 俺は右隣を向いて、

「萌々ちゃんは、どう思う?」


 萌々はスマホ画面を片手で操作しながら、

「まあ、ほっといても問題ないかも。動画の評価も高いし、コメントも好意的だし……」


 コメント欄を覗く。

 キュートとかラブとかの単語が乱舞している。

 好感度は高そうだ。


 でもコメントはすべて外国語である。

 海の向こうで何が起きているのか?


 萌々は不満そうに、

「それにしてもさぁ……。どうしたらこんなに再生回数が増えるのかなぁ? ウチらなんか一万PV超えるのがやっとのにぃ」


 いや、僻んでる場合じゃないぞ。

 気持ちは分かるが。


 萌々たちのアイドルグループもネットに動画を公開している。

 しかしながら、地方都市のご当地アイドルの動画再生回数なんて知れたものだ。


 俺は年長者らしくシニカルな口調で、

「まあ、人は生まれながらにして不平等だからな。それが現実ってヤツさ……」


 四〇歳になった今、つくづく思う。

 結果も機会も平等だった試しはない。


「そりゃ、コタローさん見てれば分かるけどさぁ……」

 萌々は、人生の先輩からの貴重なアドヴァイスを鼻で笑った。


 うぐぐ。

 おっさんの威厳はどこ行った。


 萌々は体を前に倒して、俺の体越しに、シャーロットの方へ険しい視線を飛ばす。


「ところでさぁ……。あんたに聞きたいことがあるんだけど」


「な、なんですか?」

 シャーロットは身を固くする。


「あんた、なんでそんなに歌とか踊りが上手いの?」


「別に上手いとは思ってませんけど。まあ、小さい頃からLAの俳優養成学校に通ってましたし……」


 とたんに萌々は、眉をキッとひそめる。

 シャーロットの謙遜が気に触ったらしい。


「俳優養成学校ねぇ。それってなんか、ずるくない?」


「そんなこと、わたしに言われましても。好きで通っていたわけじゃないですし」

 シャーロットは、むっと頬を膨らませる。


 こらこら。

 俺は両手を左右に広げて、二人の間にATフィールドを展開する。


 君たちには仲良くしてもらわないと。

 俺が一番困るのだ。


 萌々は、空を蹴り上げるように足をぶらぶら動かしながら、

「やっぱり釈然としないなぁ……」


「気持ちは分かるぜ、萌々ちゃん。でもよ、再生回数じゃファンの熱意は測れないぜ」


 ほら、君のすぐ横に、熱烈なファンがいるだろ?

 君の本性が重度のオタクだと知りつつも、応援してくれる熱烈なファンが──


 と、それはさておいて。


 なにはともあれ、再生回数が急増した理由を探らないとな。


 海外のニュースサイトでピックアップされているのか。

 あるいは、どっかの大統領がツイッターで紹介したのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る