おやすみのキスをしたけれど


 二人して『ぼくのゆめ・わたしのゆめ』を書き上げたところで、お休みタイムになった。


「……それはそうと、お兄ちゃん」

 シャーロットはコタツから出ると、意味深な笑みを浮かべながら俺の方へやって来た。


「な、なんだい、妹よ」


 一瞬にして胸が高鳴る。

 深夜のアパートに、男女が二人っきりのシチュエーションで、いったい何をしようってんだい?

 まさか、まさかの、ひょっとして?


「うふふ。おやすみのキスがまだでした」

 シャーロットは俺の真横まで来て、畳にちょこんと膝をつく。


 そして片側のツインテールの金髪を、ほっそりした指でかき分ける。


 俺の目の前に、白い頬が差し出された。

 未踏の雪のような無垢な肌。

 顎のラインに隔てられた、扇情的なうなじ。


 ごくり、と思わず息を飲む。

「ず、ずいぶんとアメリカ式だな?」


 突如として現れた極上のごちそうに、俺は戸惑いを隠せない。


 シャーロットは目を閉じて、

「さあ、どうぞ……」


 う、うむ。据え膳食わぬは男の恥、とも言うが。

 遠慮なく召し上がっていいのか?

 いいよな。

 だって、お兄ちゃんだし。


 俺は覚悟を決めて、

 もにゅっ!

 と、マシュマロ肌に吸い付いた。


 あらぬ気を起こしそうだったので、一秒間ほどで唇を離す。

 なんという背徳感。


「寝る前は、いつもおやすみのキスをやっているのか?」


 シャーロットは、くくっと肩で笑って、

「やっていませんよ。誰とやるっていうんですか」


「そ、それもそうだな、うん」

 お兄ちゃん、一安心──

 いや。

 まだ安心はできなかったりする。


 実を言うと、ずっと引っかかっていたことがあった。

 例の動画のことだ。


 一昨日の夜、シャーロットはあのアメージングな動画を俺に見せた。

 動画の中で、シャーロットはゴスロリ&ツインテールの格好でアニソンを歌い踊っていた。


 問題は、その再生回数だ。

 今日の昼間の段階で一〇〇〇回を超えていた。

 今はどれくらいだろう。


 さっそくコタツの上のノートパソコンを開いて確認する。


 予想通り、再生回数がさらに増えていた。急増と言っていい勢いだ。


 ううむ。

 小心者の俺、焦る。


 俺は真横のシャーロットにノートパソコンの画面を見せながら、

「なあ。この動画のことなんだが、ちとヤバくねーか?」


「何がヤバいのですか?」

 シャーロットは驚く様子もなければ、気にする素振りもない。


「公開して二日で、もう再生回数が五〇〇〇超えてるぜ。このまま増えたら、君は有名人になっちまうんじゃないかってな」


 その可能性は充分ある。

 なにしろ天使のような美貌だ。

 一万年に一人の美少女として話題になってもおかしくない。


 そして現役アイドルの萌々をして、メジャーリーガー級といわしめた完璧な歌とダンスのパフォーマンス。

 ハリウッド界隈からオファーが来る可能性もある。


 そうなったら、俺の手の届かないところへ羽ばたいてしまいそうだ。


 金髪天使は微笑を俺に向けて、

「心配してくれて嬉しいです。でも、この動画のことは気にしないでください」


「気にするなって言ったってなぁ……」

 めちゃめちゃ気になるのだが。


 もしハリウッドデビューしちまったら、お兄ちゃん置いてけぼりじゃないか。

 声優の夢はどうするんだ。


「大丈夫ですよ。だって、わたしたちは兄妹なのですから。……じゃ、今度は本当におやすみです。お兄ちゃん」


 シャーロットはそう言うと、コタツを回り込んで俺の向かいの位置に戻った。


「ああ、おやすみ」

 俺が言うと、シャーロットは満足そうな顔で、コタツ布団に身をうずめた。

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