君と僕の夢が、一つになる
痛恨の一撃だった。
俺の本性は萌々に筒抜けだった。
四十歳にもなってアニメキャラが主食だと?
キモいにも程がある。
俺の評判は、どこまで落ちれば気が済むんだ。
俺の尊厳を取り戻す術はあるのか?
ある。
作家になることだ。
有名作家なら性癖の歪みも許される。
たぶん。
時計を見ると夜の十二時過ぎ。
普段なら、ストロング○を片手に深夜アニメの時間帯ではある。
だが何か大切なことを忘れている。
そうだ。
あれを書いておかねば!
あれ、というのは『ぼくのゆめ・わたしのゆめ』と題されたプリント用紙だ。
バイトを続ける条件として、竜宮塾長から与えられたものである。
一週間以内に書き上げて塾長に提出することになっている。
今ならシャーロットもいる。
一緒に書けばいい。
妹の夢を、俺は全力で応援してやろう。
それがお兄ちゃんの責務だ。
善は急げ。
俺たちは台所を後にして、六畳間のコタツに戻った。
例のプリント用紙をプリンターでコピーする。
ついでにシャーロットの筆記用具も用意。
それらをバシッと天板の上に並べる。
向かいに座るシャーロットに向かって、
「さあ、君も一緒に書こうぞ!」
妹君は、じっとプリント用紙に視線を落とす。
やがてテンション低めな顔で、
「わたしの夢、ですか……」
「そうだ。夢の一つや二つ、君だってあるだろう。それを書くんだ。よし、今から俺がお手本を見せてやろう」
俺はそう言って、シャープペンで空欄部分を勢い良く埋めていく。
その一。あなたの夢は、どんな夢?
ラノベ作家になって、場外ホームラン級のメガヒットを連発すること。
その二。その夢を持った理由は?
書くべき世界がそこにあり、書くべき登場人物がそこにいるから。
その三。いつまでに夢を実現しますか?
できれば一年以内に。
その四。その夢をどう実現しますか?
書いて書いて書きまくるのみ!
どうだ、見事書き上げたぞ!
この夢が、俺の人生の北極星だ!
明日にでも竜宮塾長に提出してやろう。
そしてバイト契約の継続を勝ち取るのだ。
胸いっぱいに希望を満たしたところで、
「んん?」
シャーロットの方を見ると、シャープペンを手にフリーズしている。
プリント用紙は手付かずのまま。
数学の難問を前にした受験生みたいだ。
俺は、塾で生徒を教えるみたいに、
「難しく考える必要はないぜ。将来何になりたいとか、何をしたいとか、なんでも思いついたことを書けばいい。……それとも、俺に見せるのは恥ずかしいか?」
シャーロットはため息まじりに、
「そういうわけではなくて、ですね……」
「なら、どういうわけだ? まさか、君は夢を持っていないのか?」
「はい。持ってません」
シャーロットはそう言って、プリント用紙の上にシャープペンをことりと置いた。
ぬわわぁんと。
そいつはまずくねーか?
昨日までの俺と同じじゃないか。
夢を持たないなんて、羅針盤もなしに航海をするようなものだ。
一歩間違えれば人生転落ルート。
援助交際を始めたり、アルコールに溺れたり、薬物に手を出したり──
ぶるぶる。
想像するだけで身震いがする。
まったく、あの親父はどんな教育をしてやがる。
親権停止を申し立てるぞ。
俺が不安に打ち震えていると、シャーロットが賢者みたいな顔で、
「夢を持たない生き方だってありますよ」
「そりゃ、あるだろうけどな」
その結果が俺だ。
君には、俺みたいな人生を送ってほしくないんだ。
シャーロットは畳み掛けるように、
「それに夢なんて、実現しないことのほうが多いじゃないですか。全力で追いかけた夢が実現しなかったら、どうするんですか?」
「むむっ。痛いところを突いてくるな」
実は俺だって、内心では不安に思ったりするのだ。
もしラノベ作家の夢が実現しなかったらどうなるかってな。
だが、そんな不安は物の数じゃない。
俺はぐっと顔を突き出して、
「君は今、『夢が実現しなかったらどうなるか』って言ったな? 俺は、そんな愚問を無効にするような人物を俺は知っている。萌々ちゃんだ」
「むっ……」
とシャーロットは唇を結ぶ。
萌々の名前に反応したらしい。
「知っての通り、萌々ちゃんはメジャーなアイドルを目指して頑張っている。その夢は叶わないかもしれない。でもその挑戦のおかげで、萌々ちゃんはいきいきした毎日を送っている」
「わたしには少々ウザかったりしますが」
俺はシャーロットの冷ややかな突っ込みを無視して、
「そんな萌々ちゃんを応援している俺もまた、そのひたむきな姿にずいぶんと勇気付けられて来た。萌々ちゃんは、俺の太陽と言ってもいい」
「太陽、ですか。まるでわたしが月だと言わんばかりですね……」
金髪少女の青い目に嫉妬の色が浮かぶ。
「つまりだ。自分の夢を追いかけることで、知らないうちに、知らない人を元気づけていたりするかもしれないのだ」
だから俺もラノベ作家を目指す。
「そして俺は、見知らぬ誰かの太陽になるのだった」
自らの言葉に感動しつつ、俺は説得を締めくくった。
シャーロットは、ふっと表情を緩めた。
俺に呆れたのか感銘を受けたのかは分からないが、
「分かりました。そこまで言うなら、お兄ちゃんの言うことを信じてみます」
「おおっ! 嬉しいぞ、妹よ」
「そして、わたしもお兄ちゃんの太陽になってみせます!」
ななな、なんと!
君も太陽になるというのかっ。
つまり、俺と君と萌々とで三連星というわけだ。
ジェットストリームアタックが出来るじゃないか。
「よし。じゃあ今から君の夢を考えよう。三つの太陽で、このクソったれな世界を燦然と輝かせてやろうじゃないか!」
☆
シャーロットは再びシャープペンを手に取った。
プロゲーマーみたいな真剣な顔付きで、
「う~ん、迷いますねぇ。夢と言っても、いろいろありますし……」
そうなんだよな。
選択肢はたくさんある。
優柔不断なタイプには逆にツライかも。
「ケーキ屋さんはどうだ? 君のTRPGのキャラは、銀河一のケーキ職人だっただろ」
「実はそれ、小さい頃の夢だったのですよ。でもわたし、料理が壊滅的に下手で……」
とシャーロットは残念そう。
俺と同じじゃないか。
「じゃあ、漫画やアニメ関連はどうだ? 君もオタクだろう」
「絵も壊滅的ですし……」
そうだった。
料理もダメ、絵もダメ。
となると、一体何がある?
ふと、俺の脳裏に素晴らしい考えが閃く。
「なら、声優はどうだ?」
シャーロットはぐっと身を乗り出して、
「声優、ですか?」
「そうだ。俺の書いたラノベがアニメ化されるとするだろう。その時、ヒロインの声を君が演じるんだ。それって最高だと思わないか?」
シャーロットは、秘宝を見つけた冒険者のように顔中を輝かせて、
「最高ですっ!」
「だろだろ」
「わたし声優になりたいです! お兄ちゃんのラノベのヒロインを演じたいです!」
俺は心の中で感涙にむせびつつ、
「よし、では早速、そのプリント用紙に書くがいい」
「はいっ!」
と、シャーロットは小学生のように元気に返事をした。
そして幼稚園児のような下手くそな文字を、プリント用紙に書き込んだ。
声ゆう、と。
「えへっ。漢字が苦手なんです」
金髪少女は、舌を出しながら照れ笑いをした。
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