第四章 おっさん、TRPGで遊ぶ
スペースオペラで遊ぼう
俺達は、コタツをコの字に囲って座る。
俺の右側にJKの萌々。
左側に妹のシャーロット。
「両手に花」陣形である。
早速、ゲームを始めるとしよう。
TRPG用語で言えば、セッション開始。
時刻は昼過ぎ。
夕方にはシナリオを一つ終えられる。
順調に行けばの話だが。
幸いなことに今日はバイトがない。
セッション終了後は三人でマックやゲーセン、カラオケにしけこむか。
セッション終了後のダベりもまた、TRPGの楽しみのひとつだ。
「あれが伏線だったかぁ」とか、
「アイツが怪しいと思ったんだがなぁ」
「俺は序盤の段階で、すでに結末まで読めてたぜ(キリッ)」などと、感想やタラレバを言い合ったりして、ゲームの余韻を楽しむのである。
麻雀と同じかも。
にしても、美少女とTRPGできるなんて、いかなる僥倖か。
全国のオタク諸君が怒り狂う様子が目に浮かぶぜ。
ははは。
苦節、四〇年間。
ついに俺は報われたのだ──
と、感涙にむせびたいところである。
だが俺には重要な使命があった。
二人を仲直りさせること。
俺がこの先生きのこるための絶対条件だ。
美少女二人とハッピーライフか。
一人さみしくストロング○か。
文字通りデッド・オア・アライブ。
しかも俺は、TRPGをやるのは二〇数年ぶり。
引退したロートルパイロットが、古い機体で敵地に侵入するような気分だ。
「さてと。まずはTRPGについての大雑把な説明からだ」
期待の眼差しが、左右から俺を刺す。
心地よい緊張とともに説明開始。
すなわち、TRPGには色んな種類のゲームシステムがある。
ジャンルも様々だ。
ファンタジー、学園、ホラー、オカルト、ダンジョン、和風、サイバーパンク、スペースオペラ、などなど。
「……というわけで、最初に、どんな舞台がいいか選んでほしい」
シャーロットが勢いよく挙手。
「わたしは、学園モノがやりたいです。巨大学園とか、謎の部活とか、強大な権力を持った生徒会とかが出てくるやつ」
「ほほぅ。つまりアニメに出てくるような日本の学園生活だな?」
「はい。そういうのに憧れるのです。わたしアメリカのハイスクールしか知らないから」
と、うっとり夢見る金髪碧眼の少女。
「分かるぜ、分かるぜ」
俺も、学園生活に憧れるからな。
ロクな思い出もないくせに。
「でも一番の理由は、お兄ちゃんが制服好きだからです。教師と制服女子とのいちゃいちゃなロールプレイをやってみたいです」
「う、うむ。グッド・アイデアだ」
俺は思わずうなずいた。
その途端。
萌々がささっと後ろへ飛び退った。
萌々は学校帰りなので、ブレザーの制服姿である。
不安に感じるのも無理はない。
「別に焦らなくてもいいぜ、萌々ちゃん。TRPGは『ごっこ遊び』なんだからさ。お医者さんごっこの延長と考えてもらえばいい」
いや、それはそれでえっちだな。
萌々は顔を引きつらせながら、
「わ、分かってるけど。でも制服なんて、おっさんが喜ぶだけじゃん。あたしはファンタジーがいいな。剣や魔法やエルフが出てくるやつ」
「おっさんは、金髪のハイエルフも大好物だぞ?」
「とにかく、学園モノは却下!」
萌々はコタツの天板をバンッと叩く。
まあ、萌々の気持ちは分からんでもない。
学園生活なんて、現役JKの萌々には単なる日常でしかないわけだ。
おっさんにとっては異世界ファンタジーみたいなものだがな。
すると今度はシャーロットがご立腹。
氷の視線で萌々を睨みつつ、
「……。なんだか、ムカつきました」
こらこら。
ゲーム開始前から火花を散らすな。
まあ、シャーロットが怒るのも当然だが。
ライバルの萌々に、自らの提案を全力で却下されたのだから。
俺は腕組みしつつ、
「ううむ」と唸る。
学園モノかファンタジーか。
制服JKか、金髪エルフか。
左右から「どっちにするの?」と催促の視線が俺に突き刺さる。
うおおお、どうすりゃいいんだ。
GMの俺、さっそく混乱。
こうなっては、学園モノもファンタジーも選べない。
片方を贔屓したら、もう片方が爆発する。
ミリグラム単位で天秤のバランスを取らなくては。
ならば公平にジャンケンで決めるか?
いやダメだ。
負けた方はゲームを楽しめない。
このように主張が真っ向から対立する場合、第三の道を探るのがセオリーだ(多分)。
「よし。ならば、宇宙を舞台にした冒険活劇はどうだ。つまりスペースオペラだ」
「スペースオペラ?」
二人の姫は俺の顔を同時に見た。
「うむ。スペースオペラ、略してスペオペは、一言で言えばスターウォーズみたいなものだ。超光速航行で宇宙を駆け回りながら、敵地に潜入したり、お姫さまを助けたり、報酬金を手に入れたりするんだ」
スペオペは、スターウォーズの大ヒット以降に人気を博したジャンルである。
昭和のアニメも多大な影響を受けている。
などと大雑把に説明すると、シャーロットが嬉々とした表情で、
「わたし、スターウォーズ大好きです。コスプレしたこともあります。だから、ぜひスペオペをやりたいです!」
おおっ、さすが我が妹君。
おっさんは嬉しいぞ。
ワンテンポ遅れて萌々が、
「あたしもガンダム好きだから、スペオペやりたいなっ」
すかさずシャーロットが突っ込む。
「ガンダムって、スペオペなんですか?」
「うぐぐっ……」
と唇を噛む萌々。
俺はあわてて仲裁に入る。
「まあまあ。スペオペの定義については色々あるから、ここでは触れないでおこうぜ」
何がスペオペか、といった問題については、何十年も論争が続いている。
下手に首を突っ込むと、予期せぬ方向から攻撃が飛んできたりする。
君子危うきに近寄らず。
という次第で、ゲームの舞台は宇宙に決まった。
ジャンルはスペオペ。
なんとか一つの鞘に収まってくれて、ホッと安堵の息をつく。
同時に、内心でニヤリとする。
ここだけの話、俺は最初からスペオペをやりたかったのである。
なぜなら、俺はスペオペが好きだからだ。
昭和のロボットアニメで育ったおっさんにとっては、宇宙は慣れ親しんだ舞台である。
さて、ゲームの舞台は決まれば、使用するゲームシステムも必然的に決まる。
スペオペ専用の「スペース・ヒーローズ」というシステムである。
俺は古き紙袋の中から「スペース・ヒーローズ」の資料を探し出した。
ルール、設定集、キャラクターシート、シナリオなど。
必要な資料をプリンターでコピーして、二人のプレイヤーに配る。
俺の中高生時代に比べると、この辺の作業は格段に楽になったな。
それから「スペース・ヒーローズ」のルールを説明する。
基本は、キャラの行動の成否や戦闘の勝敗をサイコロで決める、というもの。
例えば、キャラが崖をよじ登る場合。
プレイヤーはサイコロを振る。
サイコロの目によって、登攀に成功するか、失敗して崖から転落するかが決まる。
それ以外は、プレイヤーの望み通りにキャラを動かせる。
このためゲーム中に予期せぬアクシデントが起きたり、GMが想定しない方向にストーリーが進んだりする。
GMには、アドリブのスキルが要求されるのである。
大丈夫か、俺。
☆
「さて、お次はキャラクターの作成だ」
俺は、左右に陣取る萌々とシャーロットの二人に向かって告げる。
キャラメイクはTRPGの大きな楽しみの一つである。
TRPGでは、キャラのスキル、ステータス、履歴、性格などを自由に設定できる。
キャラのイラストも自分で描く。
「これが俺のキャラだ、見知りおけ」と、紙に描いて他のプレイヤーに見せるのだ。
つまり、絵が上手いプレイヤーほど鼻を高くできる。
逆に、絵が下手だと、俺みたいに黒歴史になったりするわけだ。
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