TRPGで決着をつける?


 俺は光の速さで玄関のドアまでダッシュ。


 萌々はちょうど、土間の靴を履こうと身をかがめているところだった。


 ぽんぽん。

 背後からブレザーの制服の肩を叩く。

「待ってくれないか、萌々ちゃん」


 萌々は靴を持つ手を止めた。

 くるりと俺の方を振り向く。

 三〇分間泣き続けた後のような表情だ。


「……。あたしに何か用?」


「なあ、萌々ちゃん。お願いだから、シャーロットの奴と仲良くしてやってくれないか? ……あいつは俺の妹だから、好むと好まざるとに関わらず付き合っていかなくちゃならん。でも俺は、萌々ちゃんとも長く付き合っていきたいんだ」


 なぜなら、君は俺の太陽だからだ!

 と心の中で付け加える。


 萌々は再び足元に視線を落とす。

 靴を手にしたまま、

「……それで?」


「うん、それで、二人の親睦のために、ゲームをしようと思うんだ」


「ゲーム?」

 萌々は首を傾けて、セミロングの黒髪をかき上げつつ、俺を見る。


「ただのゲームじゃなくて、TRPGなんだ」


「TRPG?」

 萌々の目の色が変わる。


 しめた、食いついたぞ!


 俺には勝算があった。

 萌々はTRPGを知っているばかりでなく、興味を持ってもいる。


 なぜか。

 萌々は、俺の本棚にあるクトゥルフなどのTRPG関連本を読んでいるからだ。


 ネットのリプレイ動画を見て「TRPGをやってみたい」と言って来たこともある。


 近年は若い女性にもTRPGが人気らしい。

 萌々が興味を持っても驚くことはない──

 のであるが、あいにくTRPGは三人以上のプレイヤーが集まらないと楽しめない。


 というわけで、萌々は、まだ一度もTRPGで遊んだことがなかったりする。


 俺はハムスターに声をかけるように、

「どうする? 萌々ちゃん」


「う~ん……」


「ちょうど今、三人揃っているから、すぐにでも遊べるぜ。親睦を兼ねて遊んでみよう。……いや、一緒に遊んでください、萌々ちゃん様!」

 俺はぺこり、と頭を下げる。


 TRPGというゲームは、プレイヤーを集めるのが一番の難関なのだ。

 社会人になったら、プレイする機会が激減してしまうことも多い。


 萌々は、シャーロットの方をチラッと見ながら、

「……今すぐ、できるの……?」


 シャーロットはというと、いつの間にかコタツに戻って読書を再開している。

 切り替えが早すぎるぞ。


「ああ、カップラーメン作るくらいの早さでな。必要なものは全部揃っているから」


 あの封じられし古びた紙袋の中には、サイコロやらキャラクターシートやらのTRPGに必要なアイテムも全て放り込んである。


「……なら、やってみようかな?」


「頼むっ。いや、頼みますっ。俺の本棚の本、好きなだけ持って行っていいからっ」

 俺は営業マンみたいに頭を下げる。


「……。じゃ、やってあげる」

 萌々はアイドルのスマイルで言った。


 やった!

 現役JKとTPRGだ!

 どんなプレイが楽しめるんだろう。


 いや、喜ぶのはまだ早い。

 次はシャーロットの説得だ。


 シャーロットは、ハイスクールのコスプレクラブでTRPGを遊んだことがあるという。

 話は早そうではある。


 俺は萌々と一緒に六畳間に戻る。


 俺がTRPGに誘うと、シャーロットは不敵な笑みを浮かべて、

「お兄ちゃんと遊べるなら、たとえ今日が地球最後の日だったとしても、やりますよ」


「俺もだ」

 小惑星が落下しつつある状況下でも、わいわい君たちとサイコロを振っていたい。


 萌々の方に氷の視線を投げながら、

「ついでに、その女とも、きっちり決着をつけてやりますよ」


 こらっ。

 一言余分だ。


 萌々は、腕組みポーズでシャーロットを見下ろしながら、

「ふんっ。にわかオタクに、格の違いを見せてあげきゃね」


 ていうかTRPGって決着をつけるゲームじゃないぞ。

 お友達と、互いの本性を確認し合うゲームだから。


 ともあれ、これで紛争当事者同士が協議のテーブルに着くことができた。

 一安心。


「そういや萌々ちゃん。体の方は大丈夫なのか? 調子が悪いんだろ?」


 そもそもの発端は、萌々が学校を早退して突然訪問してきたせいだ。

 そのせいで修羅場になってしまったのだ。


「んなこと言ってる場合じゃないでしょ」

 萌々の黒い瞳の中で、闘争心が篝火のように燃えている。


 仮病だったのかよ。

 いや、詮索はよそう。


 やっと俺の見せ場がやってきたのだ。

 おっさんの古い知識が、こんなところで役立つとはな。


 風雪を堪え忍んで生きてきた甲斐があったというものだ。


 時計を見ると、まだ昼過ぎ。

 一つのシナリオをこなすには十分時間がある。

 さっそくゲーム開始だ。


 ちなみにGMゲームマスターは俺だ。

 今回のゲームでは、この二人を和解させるという追加ミッションがある。

 高度な手綱さばきが要求される。


 俺自身、TRPGは四半世紀ぶりになる。

 果たして、上手くGMの仕事をこなせるか?

 不安といえば不安である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る