おっさんの黒歴史が暴かれる


 丸椅子の上に乗り、天袋の扉を開く。

 天袋の中を覗き込む。


 そこには女子に見せられない危険物が詰め込まれている。

 成人向けコンテンツやら、いかがわしいアイテムやら。


 俺は、その危険物の山の中から、古びた紙袋を取り出した。


「こいつだ」

 椅子から降りて、その古びた紙袋をシャーロットの鼻先に突き出す。


 シャーロットはおっかなびっくりの顔で、

「そ、それは……」


「俺のブラック・ヒストリー、いわゆる黒歴史だ。中高生時代のな。要は、若かりし頃の恥ずかしい妄想ってやつさ」


「たしかにブラックですね……」


 もっとも、四〇のおっさんにとっちゃ、黒歴史も白歴史も、古き良き日の思い出だが。


「ハードなエロ本じゃなくて、ガッカリしたか?」

 俺が言うと、シャーロットが白い頬がみるみると紅潮した。

 ウブでよろしい。


 ガサガサと紙袋の中に手を突っ込んで、中身の紙束を取り出す。

 四半世紀も昔の代物なので、紙が黄色くなっている。


「ぶっちゃけると、昔使ったTRPGの資料なんだ。TRPGって知ってるか?」


「あ、知ってます! サイコロを振って遊ぶアナログなRPGのことですよね。ハイスクールのコスプレクラブで遊んだことがありますよ」


「おっ、さすが本場アメリカだ。それなら話が早い」


 TRPGというのはテーブルトークRPGの略だ。

 プレイヤーが数人集まってテーブルを囲み、対話形式でシナリオを進める完全アナログの卓上ゲームである。

 現代のコンピュータゲームのRPGの先祖と言える。


「俺が中高生の頃は、TRPGをよく遊んでいたんだ。この紙袋の中は、その時に使った資料なんだ」


 シャーロットは興味深そうに、

「この資料、読んでもいいですか?」


「いいけど、笑うんじゃないぞ」

 と釘を刺しつつ、俺は黄ばんだ紙束をシャーロットに手渡す。


 シャーロットは嬉々として紙を一枚一枚めくっていく。

 そのたびに「うぷぷっ」と吹き出す。


 何しろ、ド下手くそな絵で、モンスターやら武器やら世界地図やらヒロインのエルフやら宇宙船やらが描かれているのだ。

 笑うな、というほうが無理がある。


 シャーロットは笑いの発作に襲われつつ、

「もう一度TRPGで遊んでみたいです。すごく面白かったし」


「俺もだ。やろうと思えば今すぐにでもできるんだがな。でも二人じゃ無理だしなあ」


 三人なら、なんとか遊べるのだが。

 ふと、萌々の顔が思い浮かぶ。

 そうだ、萌々を誘うという手もあるな。


 でもシャーロットと仲良くできるかなぁ。

 三角関係が発動したらヤバいことになりそうだ。


「ま、機会があればな」


「うん、ぜひっ!」


「というわけで、あの場所には俺の黒歴史がいっぱい詰まっているんだ。平穏な日常を送りたいなら、決して覗いてはだめだぞ?」


「わかりました」

 シャーロットは金髪を揺らしながらうなずいた。


 ふう、やれやれ。

 危険物の隠蔽に成功。


 そんなこんなで、シャーロットはコタツに戻って「とある魔術師の憂鬱」を読み出した。


 俺は俺で、小説の執筆に、いよいよ着手することにした。


 これ以上、シャーロットをがっかりさせたくない。

 せめて、夢に向かって突き進んでいる姿を見せてやらねば。

 お兄ちゃんらしく、背中で語るのだ。


 が、執筆に入る前に。──


 気になることがあって、シャーロットの動画に再度アクセスしてみる。

 ゴスロリ衣装で、アニソンを歌い踊っている例の動画だ。


 初めて観た時よりも驚きはない。

 だが、やはり完璧な動画だった。


 本当に、俺の妹なのか? と改めて思う。

 本当に、俺に会うためだけに来たのか?


 ここだけの話、シャーロットの来訪目的に疑問を感じているのだ。


 一五歳の絶世の美少女が、キモくて金のないおっさんに会ってどうする。


 でも根掘り葉掘りの質問はしない。

 下手するとシャーロットが帰っちまうかもしれないからな。


 シャーロットの正体がどうであれ、ずっと俺の元に居て欲しいのだ。


 それはさておき。

 気になっていたのは動画再生回数である。


 公開から半日足らずで、すでに一〇〇〇回以上になっている。

 コメントも多数付いている。

 どれも英語だ。


(このペースで再生回数が増えていったら、シャーロットの奴、有名人になっちまうのではないか?)


 どうしても、そんな予感がしてしまう。

 もちろんそれは、良い予感ではない。

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