第二章 妹は日米ハーフの15歳

感動の初対面?


 コタツに入って、うつらうつらとノートパソコンの画面を眺める。


 動画の中で、白いゴスロリ衣装の美少女が歌い踊っている。


 美少女の年齢は一〇代なかば。

 金髪碧眼にツインテール。

 3DCGかと見紛う超絶美貌だ。


 十字架のシルバーアクセをキラキラらさせながら、完璧な歌とダンスを披露する。

 なんという眼福。うっとり。


 突然、パソコンの画面が揺れ動いた。

 水面に波紋ができたように、ゆらりと。


 ぬあ?

 次の瞬間。

 揺れ動く画面の中から、ゴスロリ天使がぬっと顔を突き出す。


 な、なんと!

 パソコン画面から美少女が出てきたぞ!


 二次元オタクなら、歓喜のあまり昇天しそうなシチュエーションだ。


「ハラショー!」

 奇跡だ。天変地異だ。


 驚きは続く。

 ゴスロリ天使は、ぴょんとジャンプして、画面から飛び出してきた。

 忍者のように、すたっと畳の上に着地。


 おうっ、超展開きたっ!

 まさかの異能バトル編に突入か。


 だが現実は常に超展開の斜め上を行く。

 俺の目の前に立っていたゴスロリ天使は、何を思ったか、コタツ布団を持ち上げて俺の真横に入り込んだのである。


 小さなコタツだから、二人の体は完全密着状態。

 濃厚スキンシップも可能なゼロ距離。


 そして人生開闢以来の大事件が発生した。

 ゴスロリ天使は両手を広げて俺に抱きついたのである。

「お兄ちゃん……」

 という激甘ヴォイスのおまけ付き。


 ブフォッ!

 俺は鼻から気体と液体を噴出させる。

 ああ、このまま暴走機関車と化して、行けるところまで行っちまいたい。


 ゴスロリ天使は、とろけるような声で、

「やっと捕まえた。もう離さないよ……」


「お、俺、捕まっちまったぜ(ハート)」


 俺たちは重力に引かれるまま横になる。

 ああ、何という至福。

 俺の腕の中には絶世の美少女。

 お楽しみタイム、開幕!


 クンカ、クンカ。

 スーハー、スーハー。


 白いゴスロリワンピースの胸の部分に顔を埋めて、香りを堪能する。


 さわさわ。ふにふに。

 ぺろぺろ。ピー(自主検閲)

 俺の五感、フル稼働──


 ていうか夢だよな、これ。

 じゃないと18禁にカテゴリーを変えなくちゃいけないぞ。


 それに、何かおかしくないか?

 夢にしては妙にリアルすぎる。

 そもそも夢は見るものだ。

 さわさわしたり、クンカクンカするものじゃないだろ?


 にも変わらず、この香りはなんだ?

 この温かくて柔らかな手触りは?

 ひょっとして、これは現実──?


 俺はバッチリと目をあげた。

 夢じゃなかった。

 アニメでもなかった。

 ほんとのことだった。


 俺は周囲をキョロキョロ見回す。

(ただちに状況確認開始)

(まずは五W一Hから)


 ここはどこ?

 アパートの六畳間。コタツ布団の中。


 時間は?

 正午前。窓からの日差しが眩しい。


 そこには誰がいる?

 金髪美少女と俺の二人。


 君たちは何をしている?

 俺たちは抱き合った状態でコタツに身を横たえている。


 あっ、たった今、金髪美少女が

「お兄ちゃん……むにゃむにゃ」って呟いたぞ。


 OK。

 状況確認完了。

 いや全然OKじゃなかった。


 俺はバッタのように跳ね起きた。

 ドカッ!

 コタツに脛を激突。


「あいたたたたた!」

 間抜けな絶叫をあげる。


 完全に目が覚めた。

 完璧に現実だった。


「んんっ……」

 金髪美少女も目を覚ます。


 ゆっくりと上体を起こして、眠そうに目をゴシゴシやっている。

 真横の俺に気づくと、その青い目をぱっちり見開いた。


「あっ、おはよう。お兄ちゃんっ」

 金髪美少女は、天使の微笑みを浮かべつつ、語尾にハートマークが付きそうな甘ったるい声で言った。


 ちょっと首を動かせば、互いの唇を重ねられる至近距離。

 おはようのキス、行っとく?


 だが、その時。

 俺の理性が警報を鳴らした。


 おい、待てっ。

 この美少女、どう見ても未成年だろ!

 お前は犯罪者になるつもりか!

 もう昭和の時代じゃないんだ!


 そうだった。

 見知らぬ未成年と体を密着させて変なことをすれば、今の時代、「青少年なんとか条例」に抵触してしまう。


 くそっ。

 このまま昭和にタイムスリップしたい。


 警察に捕まったら最後だ。

 顔写真付きで新聞やニュースに載っちまう。


 そいつはヤバい。

 バイトも確実にクビ。


 いや、それだけならまだしも、竜宮学習塾の名前も全国に知られてしまう。

 淫行バイトがいる塾だぞ、と。

 あっという間に倒産だ。


 やむを得ない。

 断腸の思いでコタツから這い出す。


 ああ、もっとずっと美少女と体を密着させていたいのに!


   ☆


 コタツを出て、金髪美少女の反対側に回り込む。

 塾で個別指導する時の口調で、

「さて……。君は一体誰かな? 家出少女?」


「お兄ちゃんの妹です」

 と金髪碧眼の美少女。


「それは重複表現だと思うな」


 美少女は小鳥のように首をかしげて、

「ごめんなさい。まだ日本語完璧じゃないのです。では言い直します。わたしはコタローさんの妹のシャーロットです。これでよろしいでしょうか?」


 シャーロット?

 すぐに思い出した。

 例の動画の美少女が名乗っていた名前だ。


 そして今、俺の目の前にいるのは、あの動画の人物そのもの。

 ゴスロリ衣装、金髪碧眼ツインテール、この世ならぬ美貌。

 すべてあの動画の人物と同じだ。

 見間違えようもない。


 なぜ俺は、あの動画の美少女とコタツを挟んで向かい合っているのだ?

 こんな築五〇年のボロアパートで?


 シュールリアリズムの巨匠でさえ想像できない驚きのシチュエーションだ。

 超現実というよりも非現実。


「君は、例の動画の人物その人かな?」

 と、一応確認。


「はい、そうです。お兄ちゃんに、『この胸に飛び込んで来い』と言われたので、お言葉に甘えて飛び込んじゃいました。えへへ」


「そ、そうか。ご苦労であった」

 まさか、あの感想コメントを真に受けるとは。

 いや、真に受けてくれてありがとう。


 俺は取調官モードのまま、

「では君の自己紹介をお願いしよう」


「はい。わたしの名前は、メールでもお教えしたように、シャーロット・エリザベス・ウラシマです。生まれも育ちもLAのビバリーヒルズです」


「LA? ビバリーヒルズ?」


「失礼しました。カリフォルニア州ロサンゼルス郡ビバリーヒルズ市のことです。ロサンゼルスはアメリカ西海岸に位置し、ハリウッドやディズニーランドで有名です。ビバリーヒルズはハリウッドスターなどの著名人が多く住んでいる住宅街です」


 観光ガイドか、君は。

「つまり、要約すると、君はセレブのお嬢様か。……で、歳はいくつ? 妹ってことは、俺と同じアラフォーか?」


「いいえ。年齢は一五歳です」


「じゅ、じゅうごさい? 犯罪じゃないか!」


「は、犯罪? わたし犯罪者ですか?」

 シャーロットはびっくりして体を後ろに引く。


「失礼失礼。君の容姿が犯罪的に美しいってことだ」


「に、日本語って難しいですね」


「気にしなくてもいいぜ。俺が手取り足取り教えてあげよう」


「はい、お願いしますっ」

 とシャーロットはペコリとお辞儀。

 うい奴じゃ。


「それで、学校?」


「ビバリーヒルズのハイスクールに在籍しています」


「ほほぅ。アメリカのJKか。……うん、まあ、そこまでは信じるとしてだ。しかしながら君が俺の妹だというのは、さすがにな。俺は一人っ子だったし」


 そもそも二五歳年下の妹というのが、現実離れしすぎている。


 俺の推理はこうだ。

 家出少女シャーロットは、このアパートに長期滞在したいがために、ありもしない兄妹関係をでっち上げているのだ。


 まあ、どこかのセレブのお嬢様なのは間違いなさそうだが。


「分かりました。では、わたしがお兄ちゃんの妹だという証拠をお見せましょう」


 シャーロットは、コタツのそばのボストンバッグに手を伸ばした。


 ボストンバッグといえば、家出少女のアイテム。

 やっぱり家出少女か?

 にしては、ブランドロゴ入りの高級そうな代物だが。


 シャーロットはボストンバッグの中から手帳のようなものを取り出して、

「これがわたしのパスポートです。ご覧ください。ウラシマと書いてありますよ」


 どれどれ。

 紺色のパスポートを受け取る。


 表紙には、鷲のマークに「United States of America」の金文字。

 ページをめくると、美麗な顔写真の横に、ローマ字でシャーロット・エリザベス・ウラシマ。

 本物らしい。


 なるほど、確かに書いてある。

 顔写真もシャーロット本人のもの。

 確認完了。


「でもよ、たまたま苗字が一緒だったって可能性もあるよな?」

 ダメ押しの最終チェック。


 シャーロットは微笑みながら、パスポートの別のページを開いた。

 そこには一枚の写真。


「ご覧ください。わたしのパパです」


 君のパパということは。

 イコール、俺のパパ、ということだ。


 どれどれ、と写真を受け取る。

 そこには俺のクソ親父・宇良島亀吉が写っていた。


「むっ……。たしかに……」

 決定的な証拠だ。

 シャーロットを信じる他はあるまい。


 そして最大の疑問といえば血縁関係だ。

 同じ妹でも、義妹と実妹じゃ大違いだ。


 俺はシャーロットの顔を覗き込みながら、

「ところで、亀吉の野郎は、君の実のパパなのかな?」


「はい。あまり似ていないと言われますけど」


「てことは、俺たちは、半分血がつながっているワケか?」


「そういうことになりますね」

 とシャーロットはにっこり微笑む。


 実妹だったとは。

 信じられん。

 君は突然変異でも起こしたのか?


「では、君のママは?」


 シャーロットは俺の手元の写真を指して、

「亀吉パパの隣にいるのが、わたしのママのメアリーです。二人は仲良しなんですよ」


 写真には、たしかにブロンド美女が写っている。

 てぇことは、つまり。

 ブロンド美女を二番目の妻にしやがったのか、あのクソ親父は!


 一体どうやって口説いたんだよ。

 教えてくれ、そのたらしテクを。


「ところで、この写真、セレブのパーティー会場のようだが?」


 写真の中の亀吉はタキシードで、妻のメアリーは純白のドレスで正装している。

 背後には豪華なシャンデリア。


「若手俳優のクリス・キングがハリウッド映画にデビューした時の記念パーティーです。パパたちは、映画のスポンサーとして招待されているんです」


「クリス・キング?」

 ニュースサイトなんかで名前だけは見かけたことがあるな。


「今売り出し中の一八歳ですよ。パパの会社が全面的にバックアップしているのです」


「ええっ、亀吉の野郎、社長なのか?」


「はい。アミューズメントや飲食関係の会社をいくつも所有するカリスマ経営者ですよ」

 とシャーロットは誇らしげに言う。


「信じられん……」


 それにしても、あのクソ親父め!

 二〇年前に家族を捨てて失踪したと思ったら、アメリカでブロンド美女とよろしくやっていたのかよ!


 ふつふつと怒りがこみ上げてくる。

 俺が大学を中退したのも、亀吉が失踪したせいだ。

 生活費や学費を稼ぎながら勉強をするなんて、当時の俺には無理だった。


 それ以来、俺の転落人生が始まった。

 いつか亀吉に会ったら、恨みつらみをぶちまけてやる。

 ずっとそう考えていた。


 でも、どうせ親父のヤツ、失踪後はホームレスにでもなってるんじゃないか? とも思っていた。


 ところがどっこい。

 アメリカで社長に成り上がって、ブロンド美女を嫁にして、セレブのパーティでご満悦だと?

 どんな裏技を使いやがったんだ。


 ちなみに俺の母親は、この浅間市の古い公団で一人暮らしをしている。

 合わせる顔もないので、数年に一度しか会わないが。


 ところで、と俺は写真の亀吉を指して、

「こいつは今、何歳だ」


 俺の指先には大学生ぐらいにしか見えない小柄な男が写っている。


 シャーロットは誇らしそうに、

「もう七〇代ですよ。なのに大学生みたいに若々しくて、素敵ですよね」


「ううむ……」

 喜ぶべきなのか。

 激怒すべきなのか。


「というわけで、よろしく、お兄ちゃん」

 とシャーロットは満面の笑みで言った。


「あぁ、よろしく、妹よ」

 天使の笑顔を見ただけで、亀吉への怒りは雲散霧消した。


 ともあれ、シャーロットが俺の妹という確認はできた。

 言葉の上では、だが。

 現実感はゼロだ。


 それにこの金髪娘については、いささか謎な点がある。

 親睦を深めるついでに、色々と質問してみるか。

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