妹に見栄を張る兄


「シャーロットは、日本にはいつまで居られるんだ?」

 と、かしこまった口調で俺は尋ねる。

 もっとフランクに行きたいが。

 兄妹なんだし。


 金髪ツインテのゴスロリ天使は、柔らかな表情で微笑みながら、

「いつまででも、居られますよ」


「そりゃ嬉しい。学校はいいのか?」


「へいきですよ。お兄ちゃんと一緒にいられるなら、学校はどうでもいいです」


 うん、確かに。

 よし、学校はサボっていいぞ。

(ひどい塾講師だな)


「それで、お兄ちゃんにお願いなんですけど、しばらくここに住んでもいいですか?」


「もちろん大歓迎だぜ」

 諸手を挙げてウェルカム。


「やった!」

 シャーロットはパチンと手を鳴らす。

 胸のシルバーアクセが揺れる。


 ああ、なんという愛らしい仕草。


 それしても、すげーな、俺。

 金髪碧眼のゴスロリ美少女と二人きりで同棲かよ。


 そんなミラクルなキモくて金のないおっさん、地球上に何人いるというんだ。

 あの親父に感謝する時が来たというのか。


 狂喜乱舞はこの辺にして。

 質問その二。

「君は、なぜこのアパートが分かった?」


「電話一本でわかりましたよ。だって亀吉パパが竜宮塾長と知り合いですから」


「あ、そうだったな、ははっ」

 頭をぽりぽり。


 二〇年前までは、竜宮家と宇良島家はご近所同士だった。

 亀吉が家族を捨てて失踪したせいで、俺と母親は引っ越す羽目になった。


「わたしにお兄ちゃんがいるということは、最近知ったんです。それで、どうしてもお兄ちゃんに会いたくて、パパに頼んで色々と教えてもらったのです」


「ま、まさか、君は俺に会うためにアメリカから来たのか?」


「そのまさかですよ。会えて良かった!」

 青い目にキラキラ星を浮かべる。


「マジかよ。お兄ちゃん、大感激だぞ」


 そうだ、大感激だ。

 だけれど、俺としては複雑な心境でもあるのだ。


 考えてみて欲しい。

 シャーロットにしてみれば、せっかくの感動の出会いなのに、会った相手はボロアパートで一人暮らしをしているキモくて金もスキルもないおっさんなんだぜ。


 申し訳ないったらありゃしねぇ。

 くそっ。

 こんなことなら若い頃に努力すべきだった(おっさんの典型的な後悔)。


 などと複雑な思いの中に沈んだせいで、シャーロットとの会話が途切れてしまった。


 俺の微妙な表情を見て、シャーロットが不安そうに、

「えっとえっと、ひょっとして、わたし迷惑、でした……?」


「いやいやいやいや」

 ブルブル首を振って全力否定。


「お兄ちゃんのメールには、『俺の胸に飛び込んでこいマイ・エンジェル』とあったから、その通りにしたんですけれど……」


「うんうん、それでOKだ。俺の胸は君のホームランドだからな」


 俺は全力で作り笑いをする。

 が、笑顔になってなかったらしく、シャーロットは微妙な表情をした。

 どんなキモい顔をしたんだ、俺。


 まずい。

 会話を続けねば──

 と言っても、アメリカのセレブのお嬢様と、日本の地方都市のキモくて金のないおっさんじゃ、会話の糸口を見つけるのは困難だ。


 俺たち、兄妹という以外には、何の接点もなさすぎだろ。

 だがしかし。

 このまま沈黙しているわけにもいかない。


 シャーロットが、「わたしたち、話すこと何もないですね。じゃあ、さよなら」といった展開になりかねない。


 それは非常にまずい。

 最悪の展開だ。

 こんな美少女と出会えるチャンスなんて、来世にだってないだろう。


 それにこの場合、会話の主導権を握るべきなのは、兄である俺だ。

 だから考えろ、俺。


 三〇秒ほど必死に頭を巡らせる。

 なんとか会話の糸口を見つけ出す。


 そうだ。

 共通の話題があるじゃないか!

 親父の亀吉のことだ。


 オホン、と咳払いをしてから、

「ところで、俺たちの共通の父親である亀吉は、どうやって社長に成り上がったんだ?」


「パパが出版した自伝によりますと、ラスベガスのカジノで大当たりしたのを皮切りに、そのお金を元手にニューヨークで白いタイヤキの屋台を始めたら大ヒットして……」

 と青い目を輝かせながら、亀吉のサクセスストーリーを語る。


「出世しやがったんだな、あの親父。でも、人柄や性格はファッキンシットだろ」


 シャーロットは金髪を揺らしながら、

「ノンノン! ママもメロメロになるくらいナイスガイですよ!」


 ブロンド美女がメロメロだと?

 ありえねぇよ、そんな話。


「俺が知っている亀吉は最低な野郎でな。会社と自宅を行き来するだけの毎日で、家に帰りゃビールか愚痴。挙句の果てに『こんな人生やってられねー』と家を飛び出してな、……」


 なんだ、今の俺と大差ないじゃないか。

 いや俺の方が駄目人間かもしれねえ。


 シャーロットは気分を害した様子もなく、

「パパは大器晩成型なんですよ。そういえばパパはお兄ちゃんのことも大器晩成型だって言っていました。『お前のお兄ちゃんは人生の修行中だから、実際に会ってもガッカリしないでやってくれ』ですって」


「ははっ、人生の修行中かよ」

 何だよ、そのブラック企業経営者みたいな言い草は。


 でもまあ、なんとか会話が続いたぞ。

 この調子で頑張ろう。


 シャーロットが透き通るような青い目を俺に向けた。

「じゃあ今度は、わたしから質問してもいいですか?」


「あまり根掘り葉掘り聞かれても困るぜ?」

 自慢できることなんか、なんにも無いんだからよ。


「では質問その一です」

 と看護婦さんみたいな口調でシャーロットは尋ねる。


「お兄ちゃんには恋人はいますか?」

 突然、一六〇キロの直球が飛んできた。


「い、いるわけないだろ」


「そうですか。良かったです」

 とホッとした表情を浮かべた。


 むっ。

 天使みたいな顔をして意外と嫉妬深かったり?

 それは懸念事項だな。


 そう、萌々のことだ。

 もし萌々とシャーロットが顔を合わせたら、三角関係の成立だ。


 下手すると、シャーロットが帰ってしまったり、萌々が会ってくれなくなったり──

 いや、それはないか。


 ゲスくて金のないおっさんを美少女が取り合うわけねえ。

 何を妄想してるんだ、俺は。


「ところで、お兄ちゃんは今、塾講師のアルバイトをしているそうですね?」

 シャーロットは、秘密をスキャンするような青い目で俺の顔を覗き込む。


「ああ。割と俺向きな仕事だと思うぜ」

 今まさにクビになりかけたことは内緒だ。


「じゃあ、質問その二です。アルバイトの他に、何かしてるんですか?」


 バイトの他にしていることか。

 SNSとか深夜アニメとかエロサイト巡りとか──

 って真性ダメ人間じゃねえか。


 他に何かないのか?

 と考えて、ビビッと閃いた。


「実はな、作家の修行をしているんだ」


「作家、ですか?」


「うむ。執筆活動の邪魔にならないように、楽な塾講師のバイトをしているんだ」


 お察しの通り、八〇パーセントぐらいフェイクが混じっている。

 作家になろうと思ったのは昨日のことだ。


 でも仕方あるまい。

 ちょっとはまともな部分を見せてあげたいんだ。

 なんせ俺はお兄ちゃんだからさ。

 シャーロットをがっかりさせたくないんだ。


 シャーロットは青い目を輝かせて、

「すごいっ! つまり小説を書いているって事ですか?」


「そうだ。君の目の前にいるのは、未来のベストセラー作家様だぜ」

 と腕を組む。


「ワンダフォー。きっと将来ノーベル賞をとるか教科書に載るような大作家になること間違いなしですね! だってわたしのお兄ちゃんだから」


「ハハハ、期待してくれ……」

 笑いながら、俺は後悔に襲われていた。


 あーあ。

 俺、嘘をついちまった。

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