失われた20年を取り戻せ


 俺に作家以外の選択肢はあるのか?

 小一時間ほど脳内検索をかける。

 何も見つからない。


「作家は人間に残された最後の仕事」という言葉が説得力を持つ。


 そうかもな。

 俺みたいな金もスキルもないおっさんだって、作家に挑戦することは出来る。

 四〇歳という年齢も、他のジャンルに比べるとハンディにはならない。


 それに作家という夢なら、クソ真面目な竜宮塾長も認めてくれそうだ。

 根拠はないが。


 ふと、文子のことを考える。

 運命の恋人になるはずだった女だ。


 もし俺が「作家を目指す」と言ったら、文子はどう反応するか。

 笑うだろうか。

 いや応援してくれるかもしれないぞ。


 文子はエッセイの本を何冊も出している。作家と同じ「モノ書き族」だ。

 万が一にも俺が作家デビューしたら、握手してくれるかも。


 俺の脳裏にセーラー服姿の文子が浮かぶ(もちろん服の中身も高校時代)。


 文子は青空を見上げながら、

「コタロー君は、将来何になりたいの?」


「俺は作家になるぜ」

 学ラン姿の俺は笑顔で応じる。


 文子は尊敬の眼差しで俺を見つめ、

「じゃあ、一緒に東京に行って、夢を叶えよう! あ、そうそう、もしコタロー君が有名になったら。サインちょうだいね!」


 ──ふう。

 なに妄想してんだ、俺。

 ひょっとして、まだ文子のことが好きなのかな。


 二〇年前のあの日。

 嘘でもいいから「俺は作家になる」と言っていたなら──俺も文子も全く別の人生を歩んでいただろうな。

 今頃、文子と円満な家庭を築いていたかもしれない。


 でも待てよ。

 文子は今、ここ浅間市にいる。

 旦那を捨てて、娘の萌々と暮らしている。


 これって何かの運命なんじゃ?

 ひょっとして俺と文子は、二〇年という時を経て、結ばれる運命だったのか?

 文子はやっぱり俺の「運命の恋人」だったのか?


 二〇年前にあり得たかもしれない未来が、今になって現実になるのか?


 ガバッと俺は上体を起こす。

 そして、ほとんど無意識に呟いた。

「そうだ、作家になろう……!」


 作家になって、俺の失われた二〇年を取り戻すのだ。


 やるぞ、やるぞ!

 今度こそ、やってやるぞ!


 かつてない意欲が俺の中で湧き上がる。

 脳内物質がドバドバ分泌される。

 アドレナリン、ドーパミン、エンドルフィン!


 俺は立ち上がった。

 天井に向かって、格闘家のように拳を突き上げる。


「そうだ、俺は作家になる。作家になるぞっ! エイエイオー!」


 空が明るくなってきた。

 寝ないといけない時間だ。


 でもその前に、フリーメールの受信トレイをチェック。

 一通の未読メールを確認。


 メールのタイトルは『お兄ちゃんへ』

 やっぱり来たか。


 早速メールを開く。

 そこには次の文章が記されている。


『お兄ちゃんへ。さっきの動画の感想ありがとう。気に入ってくれたみたいでベリーハッピーです。こんなわたしだけど、お兄ちゃんに会いに行ってもいいですか? できれば今すぐにでも会いたいです。

 あなたのシャーロット・エリザベス・ウラシマより』


 ウラシマ?

 俺と同じ苗字じゃないか。

 本当に本物の妹なのか?


 しかも今度は実際に会いに来る、だと?


 そういや例の動画の感想欄に「もしYOUに会えるなら、お兄ちゃんベリーハッピーだぜ」とか調子いいこと書き込んだっけ。


 真に受けちまったのか、君は。


 胡散臭いったらありゃしねえ。

 でも、俺には失うものなど何もない。

 いわゆる無敵の人だからな。


 あの動画のゴスロリ天使に会えるなら、会う以外の選択はない。

 だから答えは決まっている。


『ウェルカムだぜ、マイ・エンジェル。鍵を開けてYOUを待っている。お兄ちゃんの胸に飛び込んでこい』


 返信ボタンを迷わずクリック。

 メールは電子の速さで飛んでいった。

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