おっさん、作家を目指す?


 アパートに戻り、コタツに滑り込む。

 竜宮塾長から与えられたプリント用紙をバシッと広げる。


「ぼくのゆめ・わたしのゆめ」


 小学生からやり直し、というわけだ。

 上等だ。

 生まれ変わったと思えばいい。

 第二の人生が、今スタートしたのだ。


 シャープペンシルをくるくる浪人回しをしながらプリント用紙に向き合う。


 夢に関する四つの質問項目。

 その一。あなたの夢は、どんな夢?

 その二。その夢を持った理由は?

 その三。いつまでに実現しますか?

 その四。どうやって実現しますか?


 俺は早速頭を抱える。

 俺の夢。

 俺の夢とはなんじゃい。


 小学生ならスラスラ書けるんだろうな。

 宇宙飛行士とか、科学者とか、サッカー選手とかな。


 でも俺は小学生ではない。

 四〇のおっさんだ。

 選択肢は限られている。


 うんうん唸りながら、しばし考える。

 だが何も思い浮かばない。


 俺はそのまま氷のように固まった。

いや、固まっている場合じゃない。

 まずはMPを充填だ!


 コタツの脇の、飲みかけのストロング○を引っ掴み、グイッと飲み干す。

 ふぅ、MP全快。

 思考回路、再起動。


 そうだ!

 この時間帯ならヤツがいる。

 ヤツに相談してみるか。


 さっそくノートパソコンを立ち上げる。


 ヤツ、というのは、SNSで繋がっているネット友のことだ。

 アカウント名が「@qtkityo」なので、俺は便宜的に「機長」と呼んでいる。


 ちなみに俺のアカウント名は@kotaroo。

そのまんまだ。


 機長氏の出没時間帯は、深夜〇時前後。

昼休み時に出没することも多い。

 アカウントのアイコンはアニメの美少女キャラ。

 典型的なオタクアカウントだ。


 本人弁を信ずるならば、機長氏は俺と同じ浅間市在住で、大学生。

 それ以外のことは一切不明である。

 オフラインでの面識はなし。


 というわけでSNSにアクセスする。

 予想通り、タイムラインに機長氏を発見。

 さっそくリプを飛ばす。


@kotaroo『ちっす。機長氏にちょっと相談があるんだが』


@qtkityo『ブホッw いきなりシリアスモードかよ。さては何かあったな?』


 さすが機長氏。

 鋭いな。

 事情をかいつまんで説明する。


@kotaroo『……というわけで、俺のバイト先のオーナーから、自分の夢についてのレポートを書けって言われてさ』


 鼻で笑われると思った。

 だが意外にもまじめなレスが返ってきた。


@qtkityo『いいじゃないか。アイドルのプロデューサーになって世界征服、とかどうよ』


@kotaroo『ははは。でもよ、俺もう三〇歳なんだぜ。なのに夢とか言われてもな』


@qtkityo『ブフゥw 年齢なんか気にしてんのかよ』


@kotaroo『へへっ。小せえ奴だよな、俺』


 さて、恥を忍んで言おう。

 三〇歳、というのはタイプミスじゃない。

 実年齢より一〇歳若く自称しているのだ。

 年齢詐称ってやつさ、ははは。


 罪悪感はある。

 でも、四〇歳にもなって、毎晩深夜アニメやアイドルの話題で盛り上がるなんて、さすがにヤバいだろう。


 傍からみれば、完全に社会不適合者だ。

 正面から見ても社会不適合者だけど。


 でも機長氏のプロフも嘘かもしれない。

 大学生を自称しているが、実際は三〇代ニートってこともありえる。

 まあ、間違っても美少女JKなんてことはないが。


 俺たちは互いの素顔には触れない。

 それは暗黙のルールだ。

 俺たちにとってネットは、もう一つの現実世界である。


 @kotarooというアカウントは、別のペルソナを演じるための仮面だ。

 機長氏とて同じだろう。


@qtkityo『んでkotaro氏は、幼なかりし日には、何になりたかったんだ?』


@kotaroo『何にも。強いて言うなら、高校時代はゲームクリエイターをやってみたいと思っていたっけな』


 昔の懐かしい光景が蘇る。

 俺が中高生の頃は、アーケードゲーム全盛期だった。

 オタクも一般人も不良もゲームセンターに通いつめて、対戦格闘ゲームやシューティングゲームの筐体の前に張り付いていた。


 そして家に帰ればコンシューマー機でRPGのレベル上げ、仲間で集まった時はTRPGと、ゲーム漬けの日々を送っていた。


 でも自分でゲーム制作をする発想はなかった。

 俺はクリエイターの仕事には縁がない。

 なんの疑いもなく、そう思っていた。

 いや、そうでもないか。


 完全アナログのTRPGは別だった。

 ルールやシナリオや世界設定を自分たちで作って、ゲーム制作会社に売り込もうと妄想していたっけ。


 アパートの押し入れには、それらの夢の残骸がまだ残っている──

 誰にも見せられない黒歴史として。


@kotaroo『クリエイターになりたかったのかもな、昔の俺。オタクだったし』


@qtkityo『絵とかプログラミングとかできるんか?』


@kotaroo『全然ダメだ』


@qtkityo『なら小説家はどうだ? 最近読んだ本に「作家は人間に残された最後の仕事だ」とか書いてあったぞ』


 最後の仕事か。

 いかにも俺向きだな。


@kotaroo『でもよ、三〇歳から作家を目指したって遅くないか?』


@qtkityo『遅くねぇよ。この間七〇代で芥川賞を取ったとかいうニュースがあったぞ』


@kotaroo『へぇ、七〇代か。なら真面目に検討する価値はありそうだな』


 とはいうものの、作家という仕事には心理抵抗がある。

 なにしろ、小中高を通じて、国語の成績は常に平均以下だったから。

 そんな俺が作家に?

 さすがに無理だろ、と思わず苦笑。


 それから話題は春アニメに移った。

 時を忘れてキモオタトークを楽しむ。


その途中で、例の動画を思い出した。

シャーロットと名乗る金髪ゴスロリ天使の動画だ。


 さっそく機長氏に動画を見せる。


@qtkityo『ヒエッ! レベルたけーな。誰よ、このゴスロリ娘』


@kotaroo『それが謎なんだ』


 シャーロットの素性は、機長氏にも分からないようだ。

 動画の再生回数を見ると、すでに三〇〇回を超えていた。


(このゴスロリ天使、ブレイクするかも)

そんな予感がした。


 深夜の一時を過ぎたところで、機長氏はタイムラインから消えた。

 俺よりも健全な生活を送っているようだ。

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