第76話 ミリアの初ボス戦

「あっぶな…」


 焦る頭で異空間の事を思い出し、慌てて逃げ込んだ

 あの状況でよく思い出せたよ俺、うん


「ハジメ!ハジメ!無事なの!?地面が割れて!怪我してない!?痛いとこない!?血が付いてる!」


 ぷるぷる


「待って待って!大丈夫だから落ち着いて!脱ーがーさーなーいーでー!コロちゃんも回復魔法連発しないで大丈夫だから!もう怪我人じゃないから!」

「よ、良かった…」


 ぺちぺちぺちぺちぺちぺち…


「ごめ、ごめんって!許してコロちゃん!心配かけて悪かったって!」

「ねえずっとこっちに来なかったけど平気なの?外はどうなってるの?ハジメまでここに逃げてきたって事は、もしかして崩れちゃった?」

「崩れてない崩れてない!ちょっとバケモノが居ただけ!」

「へ?」

「いやもうほんとマジヤバいから!あいつシャレんなんないんだって!倍化解除までして本気のステータス全開で【魔法剣!】使ったガードの上に【マジックフィルム!】Lv2まで重ね掛けしても吹っ飛ばされて体力半分持ってかれたから!ステータスの数値なんて…」


 まだ少し心臓がバクバク言ってる


 あ、ミリアが固まってる

 コロちゃんはやっぱりぷるぷるしてる


「おーい、ミリアさーん?」

「ハ、ハジメよりステータス高いなんて…」

「単純にステータスも問題なんだけど、水晶みたいなのに閉じ込められてて、年齢がなんか、280越えてたのがちょっと気になる。あと、状態が飢餓だった」

「それって…強すぎたか何かの理由で倒せなくて昔の人が封印したとかそういう感じなんじゃ…」


 やっぱりそれがお約束だよなあ…


「で、俺ってば吹っ飛ばされてめり込んだ壁に魔法で閉じ込められてる」

「それどうするのさ!?」

「まあでも、こういう時のお約束はあるから」

「ボクは何すればいい?」


 ミリアさん目が据わってます怖いです


「え、食い付きいいけど、手伝ってくれるの?まだ詳しい事話してないのに?」

「逆に訊くけどそんな危ないヤツと一人で戦うつもり!?」


 ガックンガックンガックンガックン


 べちんっべちんっべちんっべちんっ


「わ分かった分かったからちょっと待って。二人とももう一度落ち着こうか。作戦前の俺にダメージ与えようとしてるから」






 異空間の出口をそっと開いて、蜘蛛の様子を窺う


 ギロ


「し、失礼しました〜…」


 さすがは【振動感知】持ちですね

 バッチリ察知されて目が合っちゃいましたよ、はい


「障壁は見つかった瞬間に張り直された。向こう側に新しく異空間を開けられたけど、蜘蛛は反応しなかった。ついでにまだ水晶の中だけど、MPは回復しちゃってた。魔力感知の効果範囲内にアレ以外の反応はない。この異空間の出口はやっぱり俺自身が内側に居る状態では入り口と違うところに開けなかった。と言う訳で、前提条件が揃っちゃった…」


 今すぐに暴れて水晶を壊さないのは、もしかして休憩中なのか?疲れてる?弱ってる?

 もし飢えでそこまで弱ってるのなら、ステータスももっと弱っておけよなもう…


「なら予定通り、ボクらの出番だねコロちゃん!」


 ぷるぷる


「ホントはこんな事頼むの気が進まないんだけど…」

「大丈夫だってば。ボクだって何もしないわけには行かないし、ちゃんとハジメを信じてるから。ボクとコロちゃんがハジメを信じてる。自身持って」


 ぷるぷる


「…それじゃ二人とも、こっちの異空間に入ってくれる?」

「ほいほーい」


 新たに異空間を二つ開き、二人がそれぞれ入っていく


「閉じるよ」

「うん!」


 ミリアの異空間を閉じる


「コロちゃんも頼んだよ」


 ぷるぷる


 コロちゃんの異空間も閉じる


 中から出口の座標を操作できれば、こんな面倒かけずに全部俺一人で片付いたのになぁ


「ふぅ…始めますか!」


 異空間の出口を開き、クレーターの中に出る


「おうコラこの蜘蛛野郎!俺はまだピンピンしてるぞ!悔しかったらもう一度押し潰してみろやオラァ!」


 目の前の障壁が二重になって、俺を押し潰しにかかる

 奴にとってこの辺が、MP消費と自然回復のバランスの限界か

 ステータス全部が俺より強いくせに、俺よりも回復速度が遅いように思えるのは、飢餓のせいだろうか


 さーて、第一段階だ…

 極限まで薄くした異空間、ほぼ壁が露出した状態のそれを使って【障壁魔法】を支え…できた!

 MP消費さえ考えなければ俺の最強の盾かもしれないぞこれ!


「どうしたどうしたー全然潰れる気配がないぞーほらほら頑張ってみろー」


 やはり異空間の壁は丈夫だ

 細かい理屈は知らない

 でも使えれば今はそれで十分だ!


 今度は蜘蛛の唯一自由に動く足、その近く、上の方にコロちゃんの異空間を開く

 すぐにコロちゃんが【氷結魔法】をぶちかまし、俺は急いで異空間を閉じる

 狙いも何もあったもんじゃないが、これでヤツは異空間を警戒するはず

 するとヤツは反射的に攻撃を加えようと脚を振り上げる

 足が頂点まで上がった瞬間、振り下ろすその直前に、また異空間の壁で固定する!


「自由に動かせる壁は【障壁魔法】の専売特許じゃないんだよ!バーカバーカ!」


 これで奴の体の自由度は格段に落ちた

 すると予想通り、蜘蛛は水晶を砕こうと暴れ出すがまともに動けない

 しかし力が入らない状態とは言え、ただ黙ってそんな事をさせるわけがない!


 さあ、第二段階だ


 念の為、蜘蛛の足が届かないであろう距離で二人の異空間を出現させる


「先生方、お願いします!」

「こ、こんなにデカいの!?」

「こんなにでかいの!」


 ミリアが驚愕の声を上げている間に、コロちゃんがまた【氷結魔法】を放つ

 今度は当たってくれたが、さすがにステータスの差があるから効いてはいない

 効いてはいないけど…


「おっと!」


 鬱陶しいとばかりに蜘蛛がコロちゃんに【障壁魔法】を叩き付けようとする

 だが、俯瞰している俺が黙って見過ごすはずがない!

 すぐに異空間を閉じて空振りさせる


「こっちだよー!うわっ!」


 今度は声を上げたミリアを取り囲むように、4つの【障壁魔法】が展開される

 叩き付けるのでなければ、直接その場に出現させるわけだから予兆も何もないのか


「頼む…!」


 四面体となった障壁に囲まれた、ミリアの居る異空間を閉じる…成功だ!

 異空間の周囲を障壁で閉じられてしまっても、外から【収納魔法】を使うのに支障がない

 まあスキルの説明に物理的干渉云々って書いてあったしな

 【障壁魔法】、敗れたり!

 …もう隠し玉はないよな?


 ともかくここから第三段階だ


「ほらほら全員捕まえてみろバーカ!」


 いざとなればこっちには魔力結晶のストックが大量にある

 自然回復を含めた蜘蛛のMP総量も、さすがに今の俺には及ぶまい


 ダミーを含めて大量の異空間を発生させ、三人でおちょくる

 コロちゃんの魔法攻撃が鬱陶しいなら放置もできないよな!

 途中からダミーだけになった事に蜘蛛は気付かず、ムキになって【障壁魔法】を使いまくる

 するとそのうち…


「MP枯渇してやんのバーカ!」


 そして俺を閉じ込めていた障壁も消えるって寸法よ!はっはっはー!


「俺達は逃げる!そのまま飢え死にしてろバーカ!」

「ハジメって罵倒する言葉が少ないよね。そればっかり」

「もっと有意義な事に頭のリソースを使う予定だからいいの!」

「予定なんだ…」


 ともかく蜘蛛の居ない方へとスタコラサッサーだ!






 今日はもうみんな疲れたし、出口を見つけたらそのまま帰る事にした


「いやーほんと二人が居てくれて助かったよ。ありがとね」


 なでなで

 ぷるぷる


「ボクは喉が疲れただけで、殆ど何もしてないんだけどね…」

「いやきっちり役割を果たしてくれたってば。とりあえず、出口を探すのは俺に任せて異空間で休憩しててよ。なんならまたお昼寝しててもいいからさ。今のところ魔物の気配もないし」

「それなら手分けして…迷子になったら困るね」

「そういう事!わざわざ全員で歩く意味もないし、急にさっきみたいなのに襲われたら同じ事が出来た方がいいと思うし」

「じゃあせめてボクも周りを見てるよ。何かあったら手伝うし」


 とりあえず、お弁当を食べた休憩用の異空間へ移動してもらう

 異空間の窓をすぐ横に浮かべて、出口を探して歩き出す

 なんかこれ、改めて見るとSFものの通信画面みたいだな


「コロちゃんはまたおやつタイムにする?」


 ぷるぷる


「そかそか。たーんと召し上がれ」


 ぴょいん


「ところでさ、あの蜘蛛は倒さなくて良かったの?」

「俺より強いのに?」

「だって基本的に身動き取れないんでしょ?」

「多分あの水晶、こっちからも手が出せないと思う。それに下手に試して、アレが解放されて暴れ出しても困るでしょ?」

「…それもそうだね。ともかく、帰ったらアレの報告しとかないとねー」

「あ、やっぱり?」

「もし報告が無駄になったとしても別にいいじゃない。報告しないせいで何かあったら困るし、報告できない理由もないでしょ?」

「そりゃそうだ。入団早々にこんな報告を持ち帰るって、ますます将来有望だねミリア」

「ん?ハジメだって冒険者登録からすぐじゃん。こんな面倒なこと報告してーって文句言われたりして」

「え…」


 何それ

 そんな世界観なの?

 いやでも、ウチのギルドってそういうの嫌がるとこじゃないと思うんだけど…


「冗談だよ!ダンジョンの事なんだから冒険者ギルドは情報を欲しがるって!内容は嫌がるかもだけど…」

「だよね?怒られるような事じゃないよね?食い扶持を失くしたりしないよね?」

「もしそうなったら騎士団に入ればいいだけだから大丈夫!」


 ああ、なんだか足元がグラつく…ってまた揺れてないか…?


「…ちょっと待って」

「まあ無理にとは言わないけどさ、騎士団に入っても魔物は狩れるよ?今日のボクみたいに申請すれば街の外に出られるし…あれ?」


 やっぱり…しかもだんだん大きく…


「こ、この音、もももしかして揺れてる…?」


 ぴょいん

 ぷるぷる


 コロちゃんも察知したか

 魔力の位置…速い!


「それにこの気配…ハジメ!」


 振り返るより先に背後に異空間を展開する

 最大サイズ、洞窟の壁面にできるだけ合わせて…!


「ミリア」

「ハジメ後ろ来てる来てる来てる来て…あれ?」

「捕まえた」

「…え?」

「あの蜘蛛、捕まえた。異空間に」

「え…ええええぇぇぇぇ!!!!????」


 うん、驚くよね

 自分でやっといてあれだけど、自分でもびっくりだ


「もうさ、邪魔者も居なくなった事だし、出口を探すの切り上げて素直に落ちてきた穴から戻らない?分岐も合流もない一本道だったから迷う事もないと思う」

「でもそれなりに高さあったよね?水晶残ってるかな?足場になるといいんだけど」

「あれくらいの高さなら、なんとかなるよ」


 ぷるぷる


「え、コロちゃん飛べるの?Lv0なのに滅茶苦茶な強さのハジメと言い、スライムなのに飛べるコロちゃんと言い、二人とももう何者なの?って感じだね…」

「コロちゃんっていう相棒が居る以外はごく普通の、どこにでも居る冒険者だよ!」

「それで、アレどうするの?」


 スルーされた…


「その件につきましては、持ち帰って相談の上で検討させて頂きたく」

「帰ってからやっつけるならさ、せっかくだからノーラにも話して、本人が受け入れるならExpを分けてあげられないかな?ボクみたいに成長率も増えて体もすぐに馴染むなら問題ないし」


 ぷるぷる


 お、コロちゃん賛成?

 もちろん俺も賛成


「それいい!採用!ミリアすごい!天才!」

「え、えへへーそうかな?ふふふ…あ、でも、急いでいの一番に報告した方がいいのかな…?」

「あー…報告にノーラを連れて行こうか」

「来てくれるかな?」

「説得は任せた!」

「むぅ。ところでさ」

「うん。来てるね」


 ぷるぷる


「ボクも」


===

 - キラーパラタ 0 -

 状態:正常

 Lv 40 Exp 314,111

 HP 1,846/1,846

 MP 514/514

 SP 1,769/1,769

 ATK 2,248

 DEF 1,788

 MATK 269

 MDEF 331

 SPD 2,177

 STR 2,342

 VIT 1,923

 MGC 1,226

 AGI 2,292

 スキル:振動感知、毒牙Lv1、毒軽減Lv5、捕食Lv3、障壁魔法Lv2

===

ーーー

毒軽減

  可能性と影響を減らす

   軽減率(スキルLv)/100


障壁魔法

  物理的干渉を妨げる障壁を張る

 - Lv2

  離れた場所に障壁を張る MP25

ーーー


 これは…速攻で片付ける!


 でも近付きたくないから伸びろ【魔法剣!】


 ザック!ズバッ!ヤツは死んだ。ちーん


「ボクも何かな〜?」

「ひぃっ!キモい!な、なんでも…ぅ…ない!」


 おお、なんでもないと言い切った!

 まあキモいしそうじゃなくても単純にデカい蜘蛛は怖いしな

 何度か戦ってる俺だって嫌だもん

 正直、見なくて済むなら見たくもない

 それを思えばさっきの蜘蛛の時はよくやってくれたよ


 で、これは…コロちゃんは食べたくないだろうし、そのまま異空間に放り込んで持ち帰るか

 はぁ、触りたくないお…


「わかる、わかるよその気持ち。近付きたくないから【魔法剣!】を伸ばして倒しちゃったよ」

「ね、ねえ、さっきの蜘蛛と似てない?」

「…実はさ、名前が同じなんだよね。ステータスは半分にちょっと届かないくらいで、年齢も生まれたてみたいだけど」

「それは色々と考えたい内容だけど…どっちにしろボクじゃ敵わないか…」

「まあだから、遠慮無く俺に任せておいて。俺が乱獲するにはちょうどいい感じの強さだし」


 これで蜘蛛じゃなければ、それこそ大歓迎なんだけどなー

 コロちゃんも喜んでくれるだろうになー


「今のLvとかExpとか見るのが怖いような楽しみなような」

「今は我慢して帰ってから見るといいんじゃない?帰り道にまだ少しExp増えると思うし」

「それもアリかな?」

「じゃあ、次また現れたら捕獲して帰ろう。ノーラにExpのお土産だ!」

「でもコイツは見せない方がいいと思うな…」

「お?またお土産が増える!」

「ほんとにまた来たのー!?」

「ほんとにコイツらなんで急に出てきたんだか」

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