第75話 ミリアの蜘蛛嫌い同盟加入

「トラウマ?蜘蛛が嫌いなのはまだ分かるけど、コロちゃんは何があったの?」


 ぷ、ぷるぷる


「不味いって…蜘蛛が?」

「だめだミリア!それ以上いけない!」


 ぷるぷる…


「コ、コロちゃん…」


 コロちゃんは語った

 初めて蜘蛛を食べた時にどれほど美味しいと感じたか

 俺が苦手なのを我慢した結果、蜘蛛をたくさんたくさん食べられてどれだけ嬉しかったか

 親蜘蛛と遭遇し、倒し、満を持して全力で味わおうとした時の、その期待感、そして突き付けられた現実

 あれほど大好きだった蜘蛛の味が、親蜘蛛の衝撃で受け付けられなくなり、どれだけ悲しかったか

 今でももう一度蜘蛛を食べたいと思いはするものの、その度に親蜘蛛の味がフラッシュバックする絶望感…


 理解はするもののもともと人と同じ言語を使わず、【女神の加護】を持つ俺と居る事によって使えるようになった念話では、ほぼダイレクトに意思と共に感情を伝える事もできる

 恐らくこれは、コロちゃんの人生で初めての、他人へと心情を赤裸々に吐露する行為だったのだろう

 それはとても生々しく、痛々しかった


 気付けばミリアはコロちゃんを抱き締め、俯きながら涙を堪えていた

 俺も気付けば正座していて、固く握り締めた拳を腿に押し付け、血流がえらい事になっていた

 …回復魔法かけとこ


「そっか…正直言うとね、ボクも蜘蛛は得意じゃないんだー。次の階層が蜘蛛だって事を忘れてたから、行こうだなんて言っちゃっただけでね、ましてやコロちゃんを苦しめるような事をしたかったわけじゃないんだよ。だからもう、蜘蛛の居る場所に行こうだなんて言わないよ」


 ぷるぷる


「コロちゃん、俺もミリアもコロちゃんに無理強いなんてしないから。もう一度食べたいって心から思える日が来るまでは、蜘蛛を食べる必要なんてどこにもないからね」


 ぷるぷる


「よし、蜘蛛嫌い同盟は、この先には行かない!っていう結論を出してこの話は終わりにしよう!」

「そうだね!」


 なでなで

 ぷるぷる


「それでハジメ、お腹は?」

「ごめん、もう少し」


 今動いたら絶対アンコ出る

 ぽんぽんだって痛くなる


「それじゃあコロちゃんと暫くごろごろしてようかなーごろごろー」


 ごろごろー


 いやいや、これでお日様が当たればなーってお嬢さん

 貴女昨日、成人しましたよね…


「あ…もし寝ちゃってたら、起こして…ね…」

「あいあい」


 ってもう寝てるし

 まあ色々と疲れてるよな

 1時間くらいでいいかな…?

 狩りの時間がなくなる方が、多分嫌だよね?

 そういや、睡眠サイクルは90分刻みみたいな話を聞いた事あるな

 まあ適当に起こすか


 ぷるぷる


 あ、コロちゃんはデザートに今日の戦果いっとくの?

 じゃあ保管庫の入り口を開けるから、好きなだけ食べてね


 ぷるぷる

 ぴょいん


 コロちゃん、デザートの方が分量多いよな…






 お腹がこなれるのを待つ間に改めてミリアを見たら、まあ気持ち良さそうに寝ていた

 まだ時間もそんなに経ってないし、もう少し寝かせておくかーと思って、すぐ横に敷布団を出してその上に放っておく


「そーい」

「うにゃ〜」


 ミリアの位置を持ち上げて、布団に向かって斜めにするだけで転げ落ちるから移動は簡単なもんだ


 そして俺は俺で暇だったので、お礼を兼ねてまたコロちゃんと食べ放題ごっこをしていたら…


 コロちゃん?ハジメ?二人ともどこに居るの!?


 ぷるぷる


 あ、ミリア起きた?

 一足先に再開してたよ


 起こしてって言ったじゃんもー!


 ごめんごめん、気持ち良さそうだったから

 そろそろ起こそうかなーとは思ってたんだけどね


 とりあえず外に出してー

 こんな隙間じゃ通れないよー


 その前にそっち行くよ


「おはよう」

「おはよう…でいいのかな?コロちゃんは?」

「こっちの空間で食べ放題してるよ。ほら」


 ぷるぷる

 もっもっもっもっ


「こんなに育って…すごい食欲だね…」

「いやいや巨大化できるスキルだから…多分」

「あ、やっぱり?」

「接触面積が増えると、一気に食べられるみたいでね。午前中の分も一気に食べて魔力結晶を吐き出してくれてるよ」

「すんごい働き者だ…」

「気分はどう?目覚めはすっきり?」

「おかげさまで。今何時?」

「えーっと…だいたい3時だね。90分くらい狩ってたかな」

「寝すぎた…」

「ステータスどうなってる?」

「え…」


===

 フェミリア 猫人 16 リスガー

 パーティ:ヤマト、コロ

 状態:正常

 Lv 22 → 30 Exp 27,096 → 103,298

 HP 488/155 → 244

 MP 108/35 → 54

 SP 466/133 → 212 (10%↑ 体術Lv2)

 ATK 155 → 250 (10%↑ 体術Lv2)

 DEF 135 → 212

 MATK 23 → 35

 MDEF 20 → 31

 SPD 158 → 260 (10%↑ 体術Lv2)

 STR 173 → 274

 VIT 169 → 265

 MGC 53 → 81

 AGI 178 → 289

 スキル:ステータスLv3、夜目Lv1、集中Lv2、体術Lv2、SP回復量上昇Lv1、短剣術Lv1、パーティLv1、基礎魔法、魔力回収、魔法剣!Lv1、マジックフィルム!Lv1

===


「寝てる間に4つもLvが上がってる…?」

「ミリアにもExp入るようにしてみたんだけど」

「ありが…と…?いやでも、なんだかなー…」

「基本的な戦い方としてはもう、この辺の敵に対して問題なかったからね。あとはもう、強くなるだけみたいなものだから。まずかった?」

「え、うーん…」

「どうせ成長率が倍になってる間にLv上げたかったんでしょ?」

「…うん、結論としては、ありがとうだね。とにかく今の状態で戦ってみたいかな!」

「やる気まんまんだ」

「それじゃー行ってみよー」






 異空間の外に出て、さっそく蛇を見つけて駆け出すミリア


「ほんとに体が軽い!」


 伸び率のせいで想定以上の踏み込みになって、思った以上にオーバーランしてしまったようだ

 蛇へと走る時に無視して落ちてきたヤモリも、戻ってくる途中で問題なく倒している

 体を動かす事それ自体には支障はないようだな


「自前のステータスでももうゴブリーとタメを張れるし、なんなら蜘蛛も相手にできるよ。親蜘蛛はまだ無理だろうけど」

「それって、1対1でって事?」


 後ろから飛んで来た蝙蝠も、タイミングを合わせて一回転、それだけで倒してる

 索敵スキル要らずなのはやっぱり、あのピクピク動く猫耳のおかげか…?


「ああ、うん。パーティ組んだら親蜘蛛も倒せるのかな?そこはよくわかんないけど」

「これ、回復手段を確保したらもう、一人でもここに潜れそう」

「それ危ないんじゃないかな。俺も相当なマージンが確保できるまではコロちゃんとずっとペアだったし。食べ放題なんてやり始めたのはステータス4桁からだよ」


 ねーコロちゃん


 ぷるぷる


「あー、やっぱりソロでダンジョンは危ないって言うもんねー」

「ちなみに、初めて手合わせした時の俺のステータスが、今のミリアの素のステータスくらいだよ」

「今の半分…半分か。実際どうなんだろ?人を捕まえる時とか、やり過ぎちゃわないかな?大丈夫?」

「ラジーなんかはもっとステータス高かったよ。でもこの機会に、ちょっと前に思い付いた方法を実験してみるよ。ちょっと見てて」


 喋りながらも近くの魔物はあらかた片付いたな

 感知できる範囲にはあと一匹、ちょうどいい


「実験?」


 【魔法剣!】を用意して…そこに魔法を纏わせる


「その魔法って」

「お、ちょうど蝙蝠だ」


 飛びかかってきた蝙蝠の羽を斬り付けると…


「ほらやっぱり、繋がったまま」

「ちょっとこれ…」

「切断に至る前に、切れるそばから傷が塞がってく。結果として傷は残ってなくても、切断されるほどの斬撃の痛みで暫く動けない。もちろん、羽を斬り落とすだけじゃHPを削り切れないのと、回復量が足りてるから出来る芸当なんだけどね」

「ハジメ、これってもう効率の良い拷問だよ」

「場合によってはね…」


 今、楽にしてやるからな


「でもさ、【魔法剣!】でナマクラにして同じ事をやれば訓練でもある程度は安全を確保できるし、もし手加減できない相手を捕まえる必要があっても、死なせてしまう心配なく安全に無力化できるでしょ?」

「うーん、あとは【回復魔法】の手段かー」

「騎士団での活動でなら、なんとかなるんじゃない?」

「なんか、今日はすごくLvあがったけど、強くなっても素直に喜んでそれで終わりってならないね」

「それはきっと、単にミリアに成長の余地がまだまだあるっていう事であって」


 …ん?


「ね、ねえ今、揺れなかった?」

「…だよね?」


 ぷるぷる


 なんだこの違和感…【振動感知】が何かを訴えてる?


「ひっ!」

「だんだん大きくなってないか!?」


 やばいぞ…どうする!?ここ洞窟だよ!?

 いやまず落ち着け、深呼吸だ

 異空間に逃げ込ん…だとして、この場所が崩れたら結局は出られなくて生き埋め…か!?

 ここはでもとにかく二人を異空間に避難させて俺が全速力で出口に…いやもし俺が死んだら下手すれば永遠に異空間から出られなく…って


「収まった…?」


 静かなもんだな

 だいたいこういう時は動物とかが騒いだり走り回ったりするらしいけど…魔物だからか?


「ミリア?」


 コロちゃんを抱き締めてしゃがみ込んで…


「やだよこわいよなんでなんでゆれてるのじめんがゆれるのうごいちゃだめだよじめんはかたいのおもいのうごかないのゆれないのやだやだやだやだ…」


 あーこれは…

 地震がない地域の人の反応だっけか


 えっとこういう時はできるだけ優しく…


「ミリア、もう収まったから。ね?大丈夫だよ…ほら、立てる?俺に掴まって」

「うん…」


 痛い痛い痛い痛い力強いよミリアさん!でもここは我慢だ漢・ハジメ!ステータスを上げろ!いや男を上げるとかそういう邪なアレじゃなくて数値的な意味で強くなれ俺!


「じゃ、じゃあ、崩れたらまずいし、早く出ようか」

「く、くじゅれる…の…?」


 俺の腕にしがみついたまま潤んだ瞳で俺を見上げて…


「…」


 しまった!胸キュンしてる場合じゃない!何を不安にさせてるんだ俺はこの馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!


 …ふぅ。これが庇護欲か


「い、いやいや大丈夫だよきっとこのダンジョンも古いみたいだしここまで形を保ってきてるんだから滅多な事は」


 ミシッ


 ミシミシッ


「…ない、と、思う…けど…」


 ミシミシミシミシ…


「やだぁっ!?」

「お、落ち着いてミリア。そーっと、刺激しないように移動しようね。ほらまずは…あ」


 ゆ、揺れ…


 足元が…!


 亀裂が太く、拡がって…


 ゾクッ


 魔力…?隙間から魔力…真下に…空間…?


 いや空間より魔力だ!なんだこの魔力!?下に何が…あれ、亀裂が貫通したのか!?床が砕け…マズい!二人を…異空間へ…!


 落下が始まっ…


 水晶…?


 ひぃっ!蜘蛛…!?


 デ、デカい…親蜘蛛…?…でもこんな魔力…って、ひび割れた水晶の中?…動いてる!まさか地震はこいつが!


 あ…こっちを見…?目が合っ…?目…ロックオンされた!?


===

 - キラーパラタ 289 -

 状態:飢餓

 Lv 62 Exp 1,898,386

 HP 4,776/4,776

 MP 1,204/1,204

 SP 4,577/4,577

 ATK 5,319 (10%↓ 飢餓)

 DEF 4,626

 MATK 630

 MDEF 774

 SPD 4,316 (10%↓ 飢餓)

 STR 5,541

 VIT 4,975

 MGC 2,867

 AGI 4,544

 スキル:振動感知、毒牙Lv3、毒耐性Lv1、捕食Lv4、障壁魔法Lv4

===

ーーー

毒牙

  確率で毒状態を付与 MP5

   低下率(スキルLv×5)%


毒耐性

  可能性と影響を減らす

   軽減率(スキルLv)/10

捕食

  大抵何でも食べられる

 - Lv4


障壁魔法

  物理的干渉を妨げる障壁を張る

 - Lv4

  操作可能な障壁を張る MP150

ーーー


 水晶が欠けて…脚がこっちに…!こんな奴の攻撃を食らったら…早く早く早く…!


 二人は…よし入った!って俺は!?


 あ…!どんどんこっちに!倍化解除!当たる!【マジックフィルム!】Lv2!


「ぐあっ!」


 間に…合った?


「ゲホッ!ガハッ!」


 生きてる…?生きてるよな俺…

 だって痛い…痛いよ…痛い…んだよなこれ…

 とにかく生きてる…

 でも…だめだ、動けない

 少しだけ…少しだけ休もう…


 ってあいつは!?

 …自由に動けないのか

 水晶に閉じ籠もって…閉じ込められて?

 砕こうともがいて…まだ辛うじて脚が一本出てるだけか

 でも下手にあの上の穴から戻ろうとしたら今度はキャッチアンドモグモグされかねないな…


 しっかしなんだよ今の、吹っ飛ばされて壁にめり込むとか漫画かよクレーターできてるよ

 そんな目に遭って痛いで済む俺も俺だけど…うわぁ、一撃で体力が本来の半分持ってかれてる

 【マジックフィルム!】もこんだけステータス差があったら、さすがに抜かれるか…

 痛いで済んでないじゃんよ、それどころか段々と痛みが麻痺してきてる

 でも幸い【魔法剣!】まではやられてないから得物は壊れてないし、毒も受けてないな

 あの見るのも悍ましい口周りに触れなきゃ大丈夫なのか?

 いや直接触れてないからセーフだったのか


 とにかくまずは回復魔法かけて…

 うん、今はまだステータスが届いてない

 こんなの放置はできないけど、少しでも鍛えてから出直さないと


「というわけでここはもう逃げる!相手にしてられるか!」


 左手に見えますはキラーパラタ、右手に見えますは未知の領域でございます

 つまりあいつとは逆方向にスタコラサッサーだ!

 クレーターから抜けだして…


「おごっ!」


 ごちんって!

 おでこぶつけた!

 今度はなんだよもう急に何か現れたぞ!?


「うぇっ!?蜘蛛の巣!?ぺっぺっ!」


 絡め取られる!?ヤバイ、動け…るぞこれ

 蜘蛛の巣に見えるだけで、粘つかないし、そもそも壁みたいだ

 これが【障壁魔法】ってヤツか?蜘蛛の巣に見えるのは蜘蛛が使うからか?

 なんだよその無駄なディティール!

 でもとにかくこれ…


 かべのなかにいる!


「閉じ込められた!?」


 アイツは…ひぃっ!こっち見てる!

 ヤバイ拙い逃げないと!

 何とかこの障壁を壊して…消えかけてる?


「うお!?」


 新しい蜘蛛の巣が叩き付けられた!?

 俺の周りの岩壁がミシミシって!

 お、押し潰され…る…!?

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