第70話 対カルーノ団長

「無傷で5人抜きとはやるじゃないかミリア」

「なんか今日、みんな怪我してたり合わない武器だったりだし。これでボクが負けたりしたら、今まで稽古をつけてくれたみんなに申し訳ないよ」

「はっはっは。それじゃ、そろそろ真打ち登場といこうじゃないか」

「わ、わかった!」

「だがその前に!」


 団長が合図すると、何やら包みを持った団員がやってくる


「フェミリア、お前の武器だ」


 包みの中は…短剣だ

 響く拍手の中、団長からミリアに騎士団の制式採用品が渡される


「もう!?」

「まあ今まで必死に頑張ってきたからな」

「ありがとう団長!ありがとうみんな!」


 あーあー

 そんなに目をこすると腫れちゃうぞー

 周りもニヤニヤしてるじゃないか

 まあ、俺の隣にも目元をハンカチで押さえてる子が居るんだけど


「それじゃ、さっそく装備しておくか?」

「もちろんだよ!」


 鞘を腰に付けて、そこから短剣を引き抜いて矯めつ眇めつ


「本物だー…重たいなー…すごいなー…」

「いくら眺めても、ただの短剣だぞ」

「いいでしょ!今は噛み締めたいの!」

「やれやれ、なら俺との手合わせはお預けにするか?」

「やる!やるよ!」

「それじゃ、そのままその短剣で戦ってみろ」

「え!?でもこれ、刃引きも何もしてない…」

「随分な自信じゃないか」


 団長、悪い顔してますよー


「そ、そんなんじゃ…」

「初めて刃を人に向けるのが実戦になるのと、今ここで経験しておくのと、どっちがいい?」

「わかった…ボク、やるよ」

「いいか、それは真剣だ。木剣ですらない。今まで以上に取扱には気をつけろ。下手をすれば指どころか命を落とすぞ」


 手合わせで真剣を使うの初めてなのか…いや普段の稽古を頑張ってたみたいだし、大丈夫なのか?

 でも団長もかなりスパルタだなー


「ちなみに投擲には向いてないから、やるなら相当な練習が必要だからな」

「う、うん」


 そう言えばさっき、レイピアの先輩に投げつけてたな

 普段は投擲の練習なんてしてなかったのか

 随分と思い切った行動をしてたんだな


「開始の合図を!」

「はい!双方、構え!」

「いいか、俺は強い。何も心配せずに思いっきりかかってこい」

「う、うん!」

「始め!」


 合図と共に、ミリアが全速力で団長に突っ込む

 団長はまだ武器を抜いていない


 ミリアが団長を斬り付ける…が、スピードが乗っていない

 団長は体捌きだけでミリアをかわす


「躊躇うな!俺が信じられないか!」


 すぐにミリアが向き直り、再び団長へと突っ込む


「へぶっ!」


 団長はかわしつつ足を引っ掛ける

 ミリアはさすがにまだ真剣を扱う心構えが出来ていなかったのか、握りが甘かったようだ

 倒れ込む時に武器が手を離れる


「不用意に武器を手放すな!それとも丸腰で勝てる相手だと思っているのか?ナメられたものだな!」


 隣のノーラが必死に祈っている

 俺も見ててハラハラする


「どうした!立て!拾え!相手が待ってくれるとは限らないぞ!」


 団長がミリアの目の前を踏みつける

 試合ならもうこれだけで一本だ

 しかしそこで終わらず、起き上がろうとするミリアの手脚を何度も何度も払う


 肉体的なダメージはそこまでではないんだろうけど、周りから見てるだけでも団長が怖い


「うっ!」

「そ、そこまで!」

「続行だ馬鹿者!審判まで任せてはいない!」

「だ、団長!急にどうしたんですか!」

「こんなのいつもの団長」

「黙って見ていろ!お前達が手を抜いた分だ!」


 団員達は何も言えなくなり、この光景に耐えている


 外野の葛藤の間に、ミリアが短剣を拾って立ち上がる

 蹴りつけられた脚を庇って、まともに構えられていない


「お前の覚悟はその程度か。この程度で心が折れるとは、シスターもその程度の存在だったんだな」

「違うよ!」


 ミリアが斬りかかるが、団長は短剣を避けて手首を掴み、そのまま放り投げる


 ぷるぷる


 待ってコロちゃん

 本当に危なくなりそうなら、その前に俺が全力で割って入るから

 大丈夫、大丈夫だよ


「弱虫なんぞ騎士団には要らん!武器ひとつまともに握れないのなら今日のうちに辞めてしまえ!」

「辞めない!」

「ならどうする!今まで何を学んだ!何に耐えて、何を得た!今のお前が持っている全てを俺にぶつけてみろ!」

「ぐぅ…」


 何だか、意図が分かるのに見てる方も苦しい


「いいか、ここはごっこ遊びの集まりじゃない。さっきまで隣で戦っていた奴が、目を離した次の瞬間に事切れている事もある。自分自身だって後悔する暇もないかもしれない。そんな体たらくで何かあった時に死んでも死にきれるのか。もう守る以前の問題だな」

「うわー!」


 ミリアが団長に斬りかかる

 いつものミリアに比べて太刀筋は滅茶苦茶だが、攻撃する事に迷いがない


「そうだ戦え!その壁を乗り越えろ!俺に見せてみろ!」


 ミリアの猛攻の全てを手足で捌いていた団長が、初めて得物を抜いた


 あ…木剣だ

 そう言えばさっきも踏み付けないで脚を蹴るだけだったな…


 でもまだ剣を使っていない

 全て足で捌いてるだけだ

 使うまでもないって事なのか


「まだだ!思い出せ!何を手に入れた!体に逆らうな!全部出し切れ!」

「ああああああああああ!」

「深追いし過ぎるな!」


 団長が踏み込んで柄を腹に叩き込む

 と思ったら、柄は当たってないな…鉄槌だ

 それも打撃でのダメージより吹っ飛ばすのを優先してる

 あの一瞬で器用な…


「ぐぅぅっ…!」

「何があっても冷静さを保て。恐怖に飲まれるな。激情に流されるな。まずは勝つ為に何をするか考えろ未熟者」

「ふぅっ、ふぅっ、ふぅ…うん!」

「さあ来い!」

「はああああ!」


 あ、いつものミリアだ

 俺が翻弄されたミリアだ

 でもさすが団長、剣を使わずに全部捌いてる


「甘い!」


 今日初めて剣を叩き込む

 ミリアの二の腕に当たったけど…さすがに折れない程度に加減してるのか

 でも左腕は使えなくなったぞ…


「っつぅ!」

「だが殆ど出し切ったな。次で最後か。来い!」

「でやぁっ!」


 ミリアの斬撃

 団長が初めて木剣で受ける…が、弾くでもなく勢いを殺したせいか切り裂くには至らない

 ミリアは必死に短剣を抜こうとするが、深く食い込んでどうにもならない


「はぁーっ。焦りすぎだ馬鹿者が」

「くぅっ!このっ!」


 食い込んだ短剣ごと木剣を放り投げる

 そして右手がミリアの眼前に迫り…


「今日はここまでだな」


 頭ぽんぽん、からのなでなで

 あー、正直ちょっと羨ましい俺も撫でたい…って、ミリアの成人の日なのに子供扱いだよなあれ


「ふぇ!?」

「お前、俺が手加減や何かの為だけに木剣を使ってると思ったのか?」

「ち、違うの!?」

「さっきの5人相手には普段のお前からは考えられないような戦い方をしていたのになあ…それに武器を手放すなとは言ったが、意地になってまでとは言っていない。そもそも手足で攻撃だってできるだろうが」

「あ…で、でもそんなのずるい!」

「ここまで育ったからこその壁、視野狭窄に陥りやすくなっているな。勝つ為に何をするか考えろ未熟者」

「うぅ…」

「お前達もだ!自分の行動が仲間にどんな結果をもたらすのか、よく考えろ未熟者!」


 はい!


 ビシィッっと揃った返事と敬礼だ

 敬礼ってこっちにも…そう言えば甲冑が起源だっけか


「ミリア、今までの訓練は何のためのものだ?」

「…強くなるため?」

「強くなってどうする?」

「皆を守る」

「敵に対しては?」

「えーっと…勝つため?」

「畢竟、相手を殺すためだ」

「う、うん」

「もちろん、そんなものすら越えて相手を無傷で無力化できれば最高だ。だが俺達の訓練、それも捕縛術でない部分は、命を奪う技術を培うものだ。最後の一線、そのギリギリまでを訓練で磨く。その一線の象徴のひとつが、武器だ。お前が怖がった真剣だ」

「ごめんなさい…」

「謝ることじゃないんだ。三年前にも言ったが、もう一度言う。命を奪ってしまうかもしれない、それを恐いと思うのは人として至極真っ当な事なんだ。誰だって嫌で当然なんだ。ましてや相手が人なら尚更だ」

「うん…」

「そしてどうしても必要な時に、誰かの代わりに、俺達がやる。ものの弾みではなく、明確に意志を持って、この手で、それを行う。それが俺達だ。そのための武器だ。今一度問うぞ。その覚悟を持って、その短剣を握れるか?」

「…やる。ちゃんと思い出したよ…誰かの代わりにボクがやる。誰かの所為とかじゃなくて、ボクが自分で望んでそうしたいと思う。その気持ちは確かにあるよ。だから、やるよ」

「よし合格だ。これからの訓練はもっと厳しくなるし、やる事も増えるから、覚悟しておけよ」

「ありがとうございました!」

「シスター、心配をかけさせてすまなかった。すまないついでに、ウチのバカどもの治療を頼む」

「わ、わかりました〜!」


 ぴょいん


 団長は隊舎の方へと去って行く

 入れ替わるようにしてみんなが駆け寄り、ミリアを取り囲む

 コロちゃんとノーラも行ったし、俺の出番はあっちじゃないな


「ハジメか。言いたいことがあるなら聞くぞ」


 団長、疲れた顔してるな


「左手を見せてください」

「なんの事だ?」

「これでもステータスの値だけは高いですから」

「ステータスと言い、この回復魔法の熟練度と言い、短期間でどれだけ伸びたんだ」

「女神様の加護に感謝ってとこです」


 喋りながらでも魔法が使えるって、地味に便利だ

 みんなやればいいのに


「針の穴を通すような殺気や、ラジーの件が堪えていないように見えるのも、女神様の加護のおかげか?」


 殺気とか、そんな不思議パワー出てたんだな


「さ、終わりました」

「手間をかけさせたな」

「いえ全然。人を引っ張るってほんとに大変なんですね」

「嫌われてないといいんだがな」


 こういう時にフッと笑うのがカッコ良く見えるのは何故なんですかねぇ


「殺気が飛んだのはごめんなさい。なかなかに過激だったので。心臓に悪かったですよ。でも最後のがフォローになったんじゃないですかね」

「万が一、魔物が相手でも似たような状態なら、すぐに連れ帰って欲しい。それなりの指導が必要になる」


 団長は傷が消えた左手を眺めて言った


「それで伝えてないんですね」

「さっきの様子だと、自信にするにはもう少し成長が必要だろう。今のミリアには邪魔にしかならない」


 見習いじゃなくなっても、まだまだ新人って事か

 そりゃあ団員になったからって、いきなり内面が変わるわけじゃないもんな

 …ダンジョンに間に合うのかね


「ダンジョンに行くのは次の休みって約束なんですけど、次の休みっていつなんですかね?」

「なんだ、聞いてなかったのか。引っ越しもあるし、休みは明日から2日間だぞ?」

「ええ!?明日さっそくの可能性も?」

「街の外へ出る許可の申請は明日の日付だな」

「あのー、早くないですか?」

「やっぱりそう思うか?俺としても色々と思うところもあるんだが、本人が楽しみにしていたからなあ。それにあれだけの殺気を俺に向けられるくらいには、ミリアを大事にしてくれてるみたいだしな」

「本人が尻込みする可能性は…」

「なくもないが、そうなるとしても相対してからだろう。追い詰め過ぎないようにはしておいたし、人と魔物は違うとも言っておいたしな」


 俺、なんか任されたような感じになってないか?

 責任…いや、もちろん出来るだけの事はするつもりだけど…


「ギリギリを見極めないと…いや、もう少し安全側に倒しても…」

「目を離しさえしなければ、ハジメなら間に合うだろう?怪我をしてもそれはそれでいい経験だ。もう、ただ守られる子供ではなくなったと身を以って実感できるだろう」

「と、とりあえずコロちゃんにはお願いしておきますね!俺も何度も助けられてますし、もはや守護神みたいなもんですから!」

「そこは、『俺が責任を持って』とか言うところだろうが…あまりスライムに無理をさせるなよ?」

「な、何があってもミリアは無事に連れて帰ります!」

「ああ、大事な娘だ。よろしく頼む。それじゃ、また後でな」

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