第13話 清潔で安全な場所

「晩ごはんの時間ですよ〜」


 ノーラがワゴンに載った食事と、桶に入ったお湯を持ってきてくれた

 パンとスープに野菜が少しずつ

 教会って感じだ


「ありがとね、じゃあいただきます」

「それではごゆっくり〜」


 ぐぅ〜

 ノーラが出て行こうとすると、可愛い音が鳴った

 空気が…


「ダ、ダイエット中なんです〜」

「いやまだ何も言ってないんだけど」

「ご、ごゆっくり〜」

「ちょい待ち」

「は、はい〜」

「もしかして、急な事で食事の準備が間に合わなかったとか?」

「そんな事はないですよ〜」

「お願い、正直に言ってよ」

「えぅ〜」

「じ〜っ」


 目と口で、じ〜っ

 ノーラさん、顔が真っ赤ですよ

 やばい、なにかイケナイ扉を開いてしまいそうだ


「秘密なの?」

「秘密なのです〜」

「ところでさ、ステータスってやっぱり、一般的には秘密だったりするの?」

「人によりますけど、言いふらすようなものでもないですよ〜」

「じゃあノーラは俺の秘密を知ってるようなものだね」

「誰にも言わないですよ〜!これでも聖職者なのです〜!」

「じーっ」

「信じてくれないんですか〜!?」


 ぐぅ〜


 あ、またお腹が鳴った

 お目目がうるうるしてる

 うん、可愛い

 じゃなくて


「そうじゃなくて、ね?」

「うぅ〜」


 必殺、イケメンスマイル!

 …いやイケメンでもないし、これじゃ威圧スマイルだな

 これもダメか


「何か問題があるとして、それを隠されたりするなら…」

「す、するなら〜?」

「俺、ここには居られない。すぐに出て行くよ」

「ダメです〜!お外は危ないです〜!」

「じゃあ秘密のあるここは、俺にとって危なくないの?」

「そんなのずるいですよ〜…」

「まぁ、本当に問題がないならそれでいいけど、隠されてるとしたらショック死してしまうかもな〜ステータスも低いしな〜」


 さあ、どうだ!?


「じ、実は〜…」

「実は?」

「あたりです〜…」


 よかった

 病気の子供…じゃなくて飢えた孤児はいなかったんだな

 不幸なお約束は回避された


「最初から素直に言えばよかったのに〜」

「お、女の子には色々あるのです〜!」

「じゃあ、このご飯はノーラが食べてよ」

「でもハジメさんの分が〜」

「夕方にギルドで食事したから」

「本当ですか〜?」

「言ってなかったのはごめんね。確認してくれてもいい」


 食ったのは事実だ


「そ、それでは〜…」


 チョロインだな


「チョロくないです〜!」

「あ、口に出てたか」

「出てましたよもう〜」

「まあまあ」


 それでも尻尾がゴキゲンですよ


「ごちそうさまです〜」

「はやっ!」


 どこの欠食児童だ

 まあ量も少なめだったし、似たようなものか


「それで、さっき言ってたもう一人の人って?」

「わたしですよ〜?」

「え?」

「わたしです〜」

「あれ、あっちの教会の方で寝泊まりしてるんじゃないの?」

「あっちには寝泊まりできる部屋はないですよ〜」

「そうか…こっちの建物にはドアがたくさんあったね」

「もともと孤児院もやってましたから〜」


 孤児院きたー

 中途半端にお約束を回収するなあ


「今は誰も居ないの?」

「少し前までは何人か〜」

「そう言えばここ、ノーラ一人で管理してるの?」

「最後にわたしが成人して〜好きに生きろって言われたので、牧師様を追い出しました〜」

「え、ノーラってここで育ったの?」

「そうですよ〜色んな人に助けられながら生きています〜」

「それで…牧師様を追い出したってのは?」

「ずっとやりたい事があったそうなんです〜」

「やりたい事か」

「命の使い方というのが教義にありまして〜」

「いかにもって感じだな」

「それを全うしたいと洩らした事があったので、追い出しちゃいました〜」

「自分が残るから、あとは任せろって?」

「それでも教会を続けているのはわたしの我侭です〜」

「我侭なんかじゃないと思う」

「好きに生きろって言われましたし〜」

「…後任の人は来ないの?」

「神父様ではなく牧師様の居たここは、独立した教会なので〜」

「あー、なんかその辺の違いなのね」

「そろそろお湯を交換した方がいいですね〜」

「あ、もったいないからそれを使うよ」

「風邪をひいちゃいますよ〜!」

「大丈夫大丈夫、不思議と今まで風邪はひかなかった…と思う」

「本当ですか〜?」

「いいからいいから。色々話してくれてありがとね」

「いいえ〜それではごゆっくり〜」

「ありがとね〜」


 パタパタと走って行ってしまった

 ワゴンを押してるのに器用だな〜


 こてっ


 ワゴンを避けて、転び方も器用だ

 転び慣れてるな、うん

 でもワゴンが先に行ってる

 がんばれよ〜






「あんまりすっきりしないな」


 やっぱりお湯に交換して貰えばよかったかな

 いやこの気分はそういう問題じゃないよな


 濡らしたタオルで体を拭き、着替えてベッドへ

 コロちゃんは潜り込んでなかったし枕の横でいいかな

 下手したら潰しちゃうし


 安全な場所で横になって、一人で落ち着いて考える時間があると、色々浮かんでくる


 今何時っていうか、一日の中のいつ頃なんだろう?

 初日なのにイベント目白押しで死ぬような目にあったけど、何とかなった

 ギルドに到着してからは比較的穏やかだったけど、衝撃度では負けてない

 あのステータスはありえないんだろう

 判断基準がないけど、みんなの反応でだいたいわかる

 と言うか、はっきり危ないと言われてるしな

 もうチートどころの話じゃなくなってるよな、ほんと

 チートなしで何とかしていくパターンかー


 とりあえずの目標は自立して、俺は大丈夫だって思って貰えるようになる事だな

 受けた恩は返しておかないと気持ち悪いし、どこで別の迷惑をかける事になるかわからない

 その為にも、スキルを手に入れて、冒険者として稼いで、またスキルを手に入れて、稼ぎを増やして…

 自転車操業はやだなー

 いや、そもそもスキル結晶が使えるかどうかもわからないんだった

 それにスキル結晶は高いものらしいし

 普通の暮らしでお金を稼いでいく事になるのかな

 あー、何をするにしてもお金を稼がないと駄目なんだよな


 ここを出て行くかどうかはまだ暫く猶予があるとして…

 ここに居る間はノーラに一番お世話になるのか

 言わなかったけど多分、独りでもここを続けてるのは孤児院としての教会を守るってのもあるんだろうな

 みんなの思い出、みんなとの思い出、もしもに対する備え

 牧師様の背中を押して、たった一人での教会の管理に俺なんて厄介事まで抱え込んで

 大変だよな絶対


 命の使い方

 ずっとやりたかった事

 俺はどうなんだろ

 まず生きる糧を得る事で今は精一杯だ

 それどころかむしろ、まだ何も手に入ってない

 スキル結晶だって、ちゃんと使えるかどうかわからないしな

 このままノーラのお荷物になっていくのかな…


 ノーラはいい子だ

 すごくいい子なんだろう

 ノーラ一人の教会に転がり込んだ俺が悪人だったらどうなってたんだろう

 お世話になって迷惑かけてるけど、悪意はないつもりだ

 できるだけ負担にならないように、誠実に生きるしかないか


 …誠実に生きるなら、必要のない嘘はだめだろ

 記憶喪失って嘘をつく必要はあったんだろうか

 俺の嘘は、面白半分で始まった保身の嘘だ

 少なくとも他の誰かを救ったりするものじゃない

 この世界での下地がないとは言え、みんなを騙してるようなものだ

 それで他人の厚意を受け取るって、他人を食い物にしてないか?

 誰かを食い物にして生きる?

 冗談じゃない


 改めてみんなに事情を話してみるか…?

 でも証明のしようがないし、それが真実であるかどうかは…

 みんなには関係ないのかな

 ドライに考えれば、あくまで仕事だからって事になるのか

 でも親切心は本物だよな

 そこを疑うのは、人としてダメだろ


 考えがまとまらない

 どうすれば


 テオさん言ってたな

 困った時は誰かを頼れ

 こんな事、誰に言える?

 言ってどうにかなるのかな

 教会だし懺悔でもするか?

 でもこんな状態でノーラに話せるわけないな

 余計な負担を増やすだけだ


「あーもー!」


 だいたい何で異世界に来てまでこんな悩みを抱えなきゃならないんだよ

 これならまだ一言、魔王と戦え!みたいな展開の方が気楽だろ

 いやどうなんだろな

 実際、どっちが楽なんだろな

 はぁ…


 色々疲れた…

 正直きつい…

 これからどうしたらいいんだよ…

 なんかもう…神様…たすけて…

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