第4話②

数十分後。連城恋は自宅に帰ってきていた。まだ兄は帰ってこないという。さすがに警察に連絡した方がいいんじゃないか、といった会話をしたあと、恋は自室のベッドに倒れこんだ。録画した映像を携帯電話で再生し、先ほどの出来事が現実であったと知る。

この映像を静保に送るべきだろうか。自分はなにかとんでもないことに関わってしまっているのではないだろうか。このまま自分の胸のうちに秘めておいた方が良いのではないか……。

悩んでいたその時、手に持った携帯電話が鳴った。彼女は驚いてビクついた。電話に出る。

『川にでかいワニがいやそれじゃなかった!金持ちって凄いんだ!』

「3割増しで意味不明よ。落ち着きなさい。」

電話越しの静保はだいぶ興奮しているようだった。彼女は月に1回はこうなる。

『え~と、ワタヌキさんって知ってる?E組の。』

「知ってる。四月一日金剛。自家用ジェットとか島とか持ってる、フィクションじみてお金持ちの人でしょ。」

『うん、まさしくその人。が!例の件に感心を持っててね。「私にも協力させなさい」って言ってくれてね!強力な味方ができた!』

ワタヌキ家はこの地域では有名な金持ちである。そして四月一日金剛はリムジンで登校するようなステレオタイプの金持ちと聞く。実際彼女の協力があれば、金の力でこの怪事件を解決できるかもしれないな。恋はそう思った。

「それは好都合ね。……私の方からもちょっと伝えたいことがあるの。今から会える?できればそのワタヌキさんも一緒に。」

『オーケーオーケーちょっと待って。』

受話器越しに話し声が聞こえる。どうやら静保と金剛は一緒にいるらしい。お嬢様も案外暇なのだろうか。

『ワタヌキさんも大丈夫だって!それで、ファミレスとかで合流しないかって言うんだけど、いい?』

ファミレスとは。本当に金持ちなのか?その人は。やや訝しみつつ、返答をする。

「大丈夫よ。それでどこの店に……」

 数十分後。指定されたファミレスにて、3人は落ち合った。

静保と共に来た少女は異様に派手な身なりだった。学生服の上から紫色に金色の刺繍が施されたマントを羽織り、カラフルな羽の髪飾り、ダイヤモンドの首飾りを身につけている。

どうみても金持ち、あるいは間違ったリッチ気取りの馬鹿野郎だと恋は思った。

「ご紹介しましょう!彼女こそ地元で有名な富豪の一人娘、ワタヌキ金剛様です!」

「クルシュナイ!チコーヨレ!ですわ!」

「ワオーッ!ワオーッ!!」

静保は大きく拍手する。周囲の目がこちらを集中した。

「静かに。」

恋は言い放った。意外と二人は素直に静まった。

「まぁ冗談はこのくらいにしまして。はじめまして、連城さん。金剛ですわ。」

「はい初めまして。レンって呼んでね。で、伝えたいことっていうのは、この映像なのよ。」

スマートフォンを取り出す恋。

「ワーオ何々!どんなスクープー!?」

「まずは見て。」

そして先ほどのスライムが空中に体当たりを繰り返す映像を見せた。それを見て静保は恐ろしくはしゃいでいるが、金剛はけげんそうな顔だ。

「これ、本物ですの? 正直なところ合成映像のように思えてしまうのですけど……。」

それに対しすかさず静保が返した。

「金剛さん!レンは嘘や冗談の言える人じゃないよ!基本的に冗談が通じないんだから!つまりこれは本物!」

金剛は力説する静保と、無言の変わらない恋の顔を見る。そして納得がいったようだ。

「ふむ……。なるほど。つまり……正真正銘の超常現象ですわね!ああついに本物に出会いましたわ!昂ぶりますわぁぁぁぁぁぁぁ!」

「イェェェェェェェイ!私もテンション上がるゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

騒ぎ出す金剛と静保!店内の客の迷惑そうな顔が3人のテーブルに集中した。

「シャラップ!」

恋がピシャリと言った。二人は同時に黙った。そして恋は話し始めた。

「ついさっき、火災のあった廃倉庫で私はこのスライムみたいなのを見つけたわ。床を溶かしてこっちに進んできて、実際のところ死を感じたわ……。」

得体のしれない恐怖が恋の精神に蘇りかける。彼女は耐え、言葉を続ける。

「でもどうやら一定の地点からは動けないみたいで、その映像を撮れたのよ。今どうなってるかはわからないわ。」

映像のリピート再生を見ながら聞いていた静保はそれを聞いて言った。

「まだ居るかな?見に行こうよ!」

「ワタクシも行きたいですわ!」

「うん。それは私も同意なんだけど。流石に今度こそ危ないと思うのよ。そこで金剛さんに相談なんだけど……」

恋は金剛に顔を向けた。金剛は当然のように言った。

「ワタクシのマネーパワーで護衛を付けたいのね?お安いご用ですわ文字通り!」

恋は安堵のため息をついた。

「話が早くて助かるわ。素直に言うと、まだ結構怖がってるのよ、私。」

静保はニヤついていた。

「へぇ~珍しいねレンがガチビビリなんて。それを素直に言うなんて!」

恋は静保を殴った。

 そして約一時間後、既に日は落ちて夜。更に人の気配がない廃倉庫前に恋、静保、金剛の3人と金剛が連れてきた屈強なスーツでサングラスをした男が5人居た。

「さあ乗り込みますわよ!」

しかし映像の場所にはスライムはいなくなっていた。

「さっきはそこにいたんだけど……。本当よ。」

「別に疑いはしませんわ。中に入って確かめてみましょう。」

黒服を先頭にして進む。すると恋は違和感を覚えた。

「おかしいわ。確かこの辺りに穴が空いているはず。」

「穴?」

静保が聞いた。

「うん。私が床を叩き壊して見つけた空洞があったはずなのよ。そこから件のスライムが出てきたのよ。」

穴の中に他に何かあった気がするが、恋は思い出せなかった。だが記憶に上らないなら大したことではないのだろう。問題はそれではない。

「正確な位置は覚えてないけど……どこにもないわ。誰かが塞いだ?それにしたって跡が何もないのはおかしい。」

そして約一時間ほどくまなく探したが、スライムは影も形もなかった。恋は一つの可能性が頭をよぎった。

「全然居ないよ―。」

「もしかして街に出てしまった?」

そうだとしたらこれは危険だ。

「ふーむ。それならばワタクシが探してみましょう。マネーパワーで使用人に捜索させますわ。草の根をわけてでもですわ。」

金剛は自信満々に言った。

「じゃあ私もネットで探すように呼びかけてみるよ。レン、映像流していい?とーぜんレンの個人情報とかは隠すからさ。」

恋は少し考えて返答した。

「構わないわ。ちゃんと危険なやつだってことも書いてね。」

この時、恋は多少の被害者が出ても真相を知ることができればという考えがあったことを自覚している。

「ワタクシも一枚噛みましょう。発見者には100万円贈呈しますわ。」

「よっ太っ腹!億万長者!マネーサプライ!」

「じゃあ、二人共お願いね。聞きたいことがあったらいつでも連絡してね。」 

そしてこの日はこれで解散した。帰宅後彼女たちは何度か連絡を取り合った。


翌朝。多くの学生が学校に歩いている道に一人、奇妙な存在感を放つ男がいた。彼は薄汚れたジャージを着て、ボサボサの短髪をしている。その歩みは重く、ふらついて時折壁に手を付いている。

彼の名前は豊水忍。数日前に職を失い、すみかのアパートを追い出され、実質ホームレス状態である。

 なによりもう食事を2日も取ってないのがキツイぜ……。今日で3日目だ。履歴書を買う金も無いぞ……。最近は電子マネーやらのせいか自動販売機のお釣りの取り忘れとかもないしよ。

「生活保護って市役所でも行けば受けられるのかな……。このままでは餓死しかねん。」

惨めさよりも空腹が辛い。その時学生の会話が耳に入った。

「……で、この怪物を見つけたら賞金100万円だってよ。」

「いやー絶対ウソっしょ……ってうお!」

学生の背後からボロボロの男が肩にに手を掛けたのだ。男は言った。

「なぁ、その話ちょっと聞かせてくれないか?」

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