第4話①

 ある夜、空から光の柱が降り、数秒間だけ街の一部で昼間のように明るくなった。その日から、私の兄は姿をくらました。


「ねぇ、見た? 昨日の夜のやつ」

「私は寝てた。見たかったぁ~」

 ここは街の高等学校。生徒が話題とするのはその「光の柱」事件についてである。

「おはよう、レン! 昨日の……」

「見てない。メールでもそう書いたでしょ。」

そう言い放ったこの少女の名前は連城恋。極普通の女子高生である。

「そうだっけ? 今日2時間位しか寝てないからボケちゃったかな」

こちらの生徒は追長静穂という。恋の友人である。

「静保は初めからボケているわ。でなければ平日まっただ中の水曜日にそんな夜更かししない。」

「仕方のないことなんだって! これはミステリー大事件よ!」

「ふーん、そう。」

一人盛り上がっている方、静保は両手を広げ声を上げる。

「あの光が指していた場所……どうやら使われていない倉庫か何かがあったみたいなんだけど、この事件と同時に起こったらしい火事で焼けちゃったのよ!」

「ただの爆発事故かなんかだったんじゃないの。」

静保はチッチッチッチと指を振る。

「それが違うのよ! まず爆発音なんて誰も聞いてないし……。何よりこれを見なさい!」

恋の目の前にスマート・フォンの画面が突きつけられた。

写っていたのは明かりの消えた夜の街に、空から一本の光が伸びている写真である。

「どう? 全力で情報収集してやっと見つけた目撃写真よ! ほんの数秒のことだったから誰も写真に収められてなかったのよ。この私でさえもね。」

「そんなことで夜更かししてたのね。……。」

恋は写真を観察した。雲の厚い空に、その隙間から日光が柱のように伸びる写真は見たことがあるが、今回の場合は夜だ。そもそも、雲のない夜だった。

「たしかに奇妙ね。」

「でしょう!そうでしょう! 光の柱と謎の火災! これはどんな超常現象かしら!」

「静保はほんとにそういう話が好きね。……そういえば、この写真の場所ってどこなの?」

写真は遠方から撮られたものなので、場所がはっきりしていない。

「ふっふっふ。教えてあげよう。なんたって既に行ってきたからね!」

「なんて無駄なアグレッシブ。」

「その場所は……ええと、なんか潰れたボーリング場とかがある寂れたところというか……」

「まるでわからないわ。」

「うー、私も昨日まで行ったことない場所でうまく説明できない。あ、そうだそれこそスマート・フォンで説明すれば」

その時教室の扉が開き、教師が入ってきた。

「あ、もう朝礼だ。しょうがない、後でねー。」

静保は自分の席の位置に戻っていった。ホームルームが開始した。

追長静穂が少し変なことがあると『大事件だ!』と言い出すのはいつものことだが、恋は今回妙にこの件に内心感心を持っていた。なぜなら彼女は『嫌な予感』を感じていたからだ。それは気のせいなのか、確かめたいという感覚があった。

 放課後。件の町外れの廃倉庫。そのほとんどは焼けており、本来の姿はわからない。

「私達の他に野次馬は居ないわねー」

「事件から半日以上経ってから来るのは野次馬じゃないんじゃない?」

実際辺りに人気はない。恋は不自然さを一瞬感じたが、この地区はそういう場所なのだと考えた。

「それにしたってさ。昨日はいっぱい人も居たのに。関心なくなるの早すぎ。」

「あなたと違ってみんな忙しいのよ。みんな忙しいのよ。でかい燃えカスをわざわざ見に行こうとは思わないの。」

焼け跡には黄色いテープが張られており、入ることはできないようになっている。

「それじゃ、行ってみよー」

静穂は『進入禁止』と書かれたテープをくぐって中に入る。

「入っちゃダメって書いてあるじゃない。」

そう言いつつ、恋もあとに続く。

「天井とか落ちたら多分死ぬから、気をつけていきましょう。」

「注意してどうなるもんじゃないと思うけど……怖くなってきた」

「あなたの無駄なアグッレシブさはどうしたの?」

「うう、そうだ。私は事件の謎をかいめいシないといけない!この場所にはなにか手がかりがあるに違いないのよ!」

そして中に入った二人。廃倉庫は焼け焦げた匂いを発し、壁は焼け、鉄骨や外の景色が見える。周囲に散らばっているのは焼け残りのがらくただけである。

「あなたの期待してそうなものは無さそうね。」

「ぬー。私の見立てでは気象操作装置とかレーザー兵器とか三種の神器とかがあると思ったんだけど」

「せめて一つに絞りなさいよ。ってうわ!」

恋は足元に転がる何かにつまづいて、転んだ。

「大丈夫?」

静穂が恋の手を掴み、立ち上がらせる。

「なんか真っ黒いのにつまづいた。見えなかった。」

恋は転がっていた黒い物体を拾い上げる。それは暗い倉庫内ではまともに視認できないほどに黒い。

「なんだろうこれ。炭じゃなさそうだけど。」

「石でも無いしプラスチックでもないし……うーんわからない!」

その後も暫く捜索続けたが、あるのはこの黒い物質がいくつかあっただけだった。

「とりあえずこの変なのだけ持ち帰ろうかな」

「今更だけど持ち帰っちゃっていいのかな。犯罪かも」

声だけを深刻そうに、黒物質を鞄に入れながら静穂が言う。

「だいじょぶだいじょぶ、前から捨てられてた場所だし。」

実際、恋にその方面の心配はなかった。それよりも、朝から続く胸騒ぎのような違和感がこの場所にいる間強まっていることが気にかかっていた。

 そしてその日はそこで二人は解散し、帰宅した。黒物質はほとんど静穂が持っていった。恋はそれは変わったゴミだろうと考えていたが、1つだけ持ち帰った。

 また、その日は夜になっても恋の兄が帰ってこなかった。

そういえば、朝からいなかったな。どこに行ったんだ。

 連絡を取ろうにも彼の携帯電話は家においたままだった。しかし恋の兄は前からふらふらと数日で歩くような男だったので、家族はあまり気にしなかった。

あの兄も静穂と同じで野次馬タイプだったな。もしかしたら同じ件でうろついてるのかもしれない。恋はそう思った。

 そして翌朝。天気は曇り。高校。

「おっはよーっ」

「はいはいおはよう。なにか進展はあった?」

人が集まりだした教室で会話を交わす恋と静保。

「いきなり聞いてくるね。今回はレンにしては珍しく興味津々だね。でも残念だけどわかったことは何も無いね。」

「そう。」

「まあまあ気を落とさずに!話題がHOTなうちにドンドン調べるよ―!」

そして時間は過ぎ放課後。

「今日はちょっと用があるから先に帰っててー。」

バタバタと静保が恋に言う。

「どうしたの?」

「例の件に関心持ってるとある人と話があってねー。」

「そう。……私はもっかい廃倉庫に行ってみようかな。」

それを聞いて静保がいたずらっぽく笑う。

「ホント今回は熱心だね。レンもわかってきたのかな?この謎を追求する楽しさが!」

「実際に謎が解けたらそりゃ面白いでしょうね。でもあなたが実際に謎を解明できたことなんてあったかしら。」

「ちょっとはあるよ!ちょびっとだけど!」

 多少ふざけ合い、恋は例の倉庫跡に向かう。相変わらず人気がない。彼女は人目もはばからずに、黄色テープを超えて進入する。胸がざわめく。

中では、壁や天井の穴から光が差し込んでいる。屈み込み、焼き焦げた物が散らかる床を見つめる。すると、また、真っ黒い物体が落ちていた。角ばった形をしている。

彼女はふと気づく。

「これ、光を全然反射してない。」

手のひらにのせた黒い物体は、視界を直接黒塗したのではないかと思うほどに黒い。じっと眺めていると、雲が太陽を覆い隠し、辺りが暗くなった。

雨が降るだろうか。今朝の天気予報の記憶を回想しようとした時、恋は気づいた。

 一箇所だけ、強く光が指している部分がある。その場所は一直線に伸びる光の柱が立っているように見えた。

恋の胸騒ぎが激しさを増した。もしや。これは。静保のカンが珍しく当たっていたのか?

 光の指す地点に踏み寄る。そしてその部分に触れてみる。

「暖かい……?」

他の位置より、明らかにその地点だけ、床が熱を持っていた。

 これはいよいよおかしいぞ。彼女の精神が昂ぶる。

「何かが埋まってるのかしら。とはいえ、床は硬いし……無理やりぶっ壊すのは流石にダメよね。」

 つぶやき、廃倉庫を見渡す。すぐにお目当ての者は見つかった。何らかの金属棒だ。彼女はそれを光の指す床にたたきつけた。甲高い金属音が響く。更にそれを2回、3回と繰り返す。

「まあ、なにもないわよね。」

 しかしさらに振り下ろす。3回、4回、5回……。なにが自分をこの無意味な行動に駆り立てているのかわからないが、繰り返す。

そして気づくと床にヒビが入っていた。彼女は手応えを感じた。さらに金属棒を打ち付ける。何度も。何度も。そして。

硬い床が壊れた。そこには人一人入るには十分な穴が開いており、床の破片が落ちていった。

 奇妙なことに、穴からは熱気が発され、、さらに穴自体から光が漏れていた。

 彼女は自分が何かを掴んだことはもはや確信していた。無言で穴を覗きこむ。そこでは何か床に刺さった物体が光っていた。

「これって。剣……?」

 それはファンタジーのゲームにでも出てきそうな西洋の剣だった。それが光っているのだ。

その時穴から何かが彼女に飛び出た!

「うお!」

 反射的に回避!その何かは数メートル離れた位置に落ちる!

「なに……なんだ?」

 彼女はそれを視認する。それは野球ボール大の液体だった。 それはジェル状でぐにゃぐにゃと奇妙に動く。それを見た彼女が連想するものは一つ。

「スライムか!?」

 スライムは少しずつ、地面を這って彼女に近づいて来る。さらに熱い鉄板に冷水を掛けたような時のようなじゅうじゅうという音を彼女は聞いた。スライムの移動跡が、溶けている。スライムは徐々に大きくなっている。

彼女の全身に恐怖が走る。無我夢中で踵を返し出口に翔る!

彼女は恐怖に耐え、必死に足を動かした!背後からは何かが焼き溶ける音が近くなる!

そして出口!彼女は道路に躍り出た! すると彼女の心が何かから解き放たれた感覚を覚えた。そのまま走ったが、背後からの音が無くなったことに気づいた。

恐る恐る振り返ると、そこにはもうなにも居なかった。

このまま逃げるか。いや。行けるところまで行こう。手に持つ金属棒は役には立たないだろうが。

廃倉庫に戻ると、バスケットボール大のスライムは、廃倉庫と道路の間に見えない壁があるかのように、体当りを繰り返していた。

 彼女は金属棒を投げ込んだ。するとそれはすんなりと中に入っていった。スライムはそれにすぐさま反応し、消化した。そして体当たりを再び始めた。

「ヤバイな……。」

彼女は携帯電話を取り出し、ビデオ撮影を開始した。1分ほど撮ったところで、スライムは体当たりをやめて、倉庫の奥に戻っていってしまった。

 携帯電話をポケットにしまう。彼女は次になにをするべきかがわからず、暫く立ち尽くしていた。あいかわらず辺りに人は居なかった。

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