エピローグ5 裏方の女神たち
女神達が住まう国エデン。
様々な世界の中間に位置し、女神が生まれ、女神を育て、様々な世界に女神を送り出してきた女神の原点。
基本的には女神は各々の担当部署に行った後はそちらで過ごす事になるのだが、たまにこちらに戻ってきて交流する事もある。
ここはそんなエデンにあるバー"S by S(エスバイエス)"
「結局の所、お前の思い通りになったって訳だ。」
デッカイドーの天の神、ソロウは傍らに座る転生局の女神、ヒトトセと共に酒をあおっていた。
責めるようにじろりと睨むソロウに、既に酔って顔が真っ赤なヒトトセは答える。
「なはは。んまぁ、うちにとって有り難い方向には転がってくれたけどねぇ。」
「これでお前は便利な手駒を手に入れたって訳だ。」
「人聞きが悪いなぁ。冬馬くんが自発的に言ってくれた事だよ?」
ソロウの棘のある言葉を浴びても、動じた様子もなくヒトトセはにへらと笑っている。
シキの一件は、女神達にとっても厄介な事案であった。
それを処理できた上に、ヒトトセは魔王フユショーグンと"とある契約"を結ぶことができた。
無数に存在する世界には、シキに限らず複数の世界に影響を及ぼすものもある。
いくつもの世界を消してしまうような危険な存在……魔王は、シキの一件を解決した報酬として、そういったものの存在を教えるようにヒトトセに頼んだのだ。
シキ以外にもそんなものが存在する事を知った魔王は、複数の世界を渡り歩く者として、リスク回避の為にそれを知っておきたいと思ったのだ。
自分の世界を壊す何かが自分の与り知らぬところに存在し、知らない内に世界を終わらせるのが幸せか。たとえ厄介事だと分かっていても、事前に知り抗う可能性を残す方が幸せか。魔王は後者を選んだのだ。
これは魔王が自発的に言い出した事である。
ヒトトセからしても、無数に抱えている世界の危機を自発的に魔王が解決してくれるという事で、サービスでこれから入る全ての情報を提供すると約束したのだが……。
「そうやって誘導したんだろう?」
「人聞きが悪いなぁ。んまっ、そう思ってくれてもいいけどね。あ、ブラッドチェリーおかわり~。」
新しく酒を頼みつつ、ヒトトセはにやりと不敵な笑みを浮かべた。
魔王は自発的に申し出た。
しかし、魔王が自分達の世界を脅かす存在を放っておけない事を知りながら、シキと同等な存在が他にも存在する事を彼に吹き込んだのは誰なのか。
ソロウはヒトトセを睨み付ける。
「僕は実は怒ってるんだよ。ハッピーエンドを迎えたとしても、僕の世界が、僕の世界の子達が傷付けられた事には変わらないからね。お前が自分の為に全てを誘導していたのなら……僕はお前を許さないよ?」
「別にいいよ。気に食わないなら殴ってくれてもいいし。」
ヒトトセは笑みを消して、頬杖をついてソロウを見つめる。
先程までの戯けた様子とは一転して、酔って目がとろりとしてはいるものの、真面目な顔になっている。
付き合いの長いソロウでも、ヒトトセのそんな顔を見たのは初めての事だった。
ヒトトセは物憂げに視線を流す。
「別に言い訳もしないし、許さなくてもいいよ。開き直りと取られても構わないし、嫌われたって……それはちょっと悲しいけども、仕方ないって諦める。」
ソロウはそんなヒトトセの目をじっと見つめて、鋭い目付きを少し緩めて改めて問う。
「……本当のところは?」
「裏なんてないよ。」
「僕の"権能"、忘れた訳はないよね?」
ソロウが言うと、ヒトトセは僅かに顔をしかめる。
女神は皆、"権能"と呼ばれる女神独自の力を持っている。
ありとあらゆる事象を正解へと導くヒトトセの"正答"。あらゆるものを美しく、より良く作り替えるオリフシの"美化"。
デッカイドーの天の神、ソロウが持つ権能の名は"
ソロウの前では誰もが心を開かざるを得ない。
それを思い出さされたヒトトセは……。
「……ぐすっ。」
泣きべそをかき始めた。
「……うちの"正答"って別に言うほど万能じゃないんよ。うちの都合の良い結果になんでも転がるってだけで、思い通りになる訳じゃないん。だから、その過程で誰かが困ることになっちゃう事だってあるんよ。」
「じゃあ、別に今回の経緯もそうしたくてなった訳じゃないと?」
「……そら、うちだって人間大好きやし。傷付くところ見たくないし。でも……だって……うまくいかないんやもん……!」
そして、ぐすぐすと本格的に泣き始める。
「……結局最後はうちが得しちゃうから、みぃんなうちを黒幕みたいに言うからさ……! うちだって、みんなに申し訳ないと思うことたくさんあるし……だったらもう、うちが悪者でいいやって……うち殴って満足するならもういいやって……ぐすっ。」
ヒトトセの権能"正答"は、ヒトトセにとっての正解へと全てを導く力。
実はヒトトセはその力を自在に操れる訳ではないのだ。
それはヒトトセの意思と関係無く、彼女の正解を自動的に導く。
その過程で誰かが損をすることもあるが、それを彼女に止める術はない。
「女神としての規則もあるしさぁ……ほんとは色々と自分でなんとかしたいんよ……? でもさ、それで評価落として権限なくしたら、もっとなんもできんくなるもん……。だから……。」
「分かった。もういい。」
ふぅ、と一息ついてソロウはすっとヒトトセに手を伸ばす。
そして、頭にぽんと手を置いた。
「お前なりに葛藤はあったんだろ。そういうのを悪者ぶって誤魔化すなって。友達だろ?」
「ソロウ……。」
「それに、僕もあまり役に立てなかったし。責められる立場じゃないよ。」
「やんな?」
「やんな? じゃねぇよ。そこ同意すんな。」
「あ痛っ!」
ピンとデコピンでヒトトセを弾くソロウ。
同情しきれない性格なのは素らしい。
ソロウははぁと深く溜め息をついて、じろりとヒトトセを睨み直した。
「あんまり便利に使ってやるなよ。魔王くんも一応僕の世界の子なんだから。」
「……うん。無茶はさせないよ。そこんとこの調整は間違わない。」
「僕から言いたい事はそれだけ。さ、飲むぞ。」
「……奢ってくれてありがとう。」
「奢るとは言ってねぇよ。」
裏方の女神達にも思うところが色々とある。
誰にも慰められない彼女達にも、時には飲み明かし慰め合いたい夜がある。
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