エピローグ4 巫女と女神
かつては数多くの大地の神々との繋がりを持っていたデッカイドー。
巫女の血筋が途絶えた為に、絶たれたと思われた繋がりは、新たな巫女の誕生により再び結ばれる。
勇者"
木こりの泉の底に隠れる、女神オリフシの住まう家。
そこに招かれたハルを見て、オリフシは驚いた顔をする。
「ハルちゃん、ちょっと大人っぽくなった?」
「そうでしょうか?」
以前は落ち着きがなかったハルは、少し大人びたように見えた。
粗雑な装いをしている事も多かったのだが、今ではすっかり身なりを整えて、小洒落た服を着るようになっていた。
「お洒落もするようになったのねぇ。」
「神様に会うのに失礼な格好もできないので。あ、ご挨拶を忘れてました。お久し振りです。オリフシ様。」
「いいのよかしこまらなくても。ほら、座って座って。」
女神は自室のテーブルにハルを招く。
かしこまらなくてもいい、と言いつつ、大人びたハルを見てオリフシは娘の成長を見ているように感慨深くなっていた。前回出会ったのは一ヵ月前なのでさして時間は経っていないのだが。
それと同時に少し寂しくなる。世話の焼ける娘のように思っていたハルはもういないらしい。
ハルは巫女の才能に気付いてから、春の訪れと共に多くの神々が目覚めた頃を境に勇者としてではなく巫女として動くようになった。
主に各地の神々との親交を深める為の挨拶回りや、人との関係が途切れて荒れている神を鎮めるといった仕事である。
人々と神々との架け橋として、失われた絆を取り戻そうと尽力しているのだ。
今日、ハルは一ヵ月に渡る一通りの神巡りを終えて、オリフシの元を尋ねてきたのである。
オリフシはお茶を淹れながら尋ねる。
「大変だったでしょう? 神はあちこちに散らばっているみたいだし。」
「はい。探すのも大変ですけど、完全に拗ねてしまっている神様もいたので大変でした。」
ハルは苦笑しつつ、出されたお茶に対して「ありがとうございます。」と頭を下げる。
「でも、きちんと和解できたんでしょ? 風の噂で聞いてるわ。」
「はい、なんとか。今目覚めている神様とは交流できました。」
ハルは今のところ目を覚ましている全ての神様に出会い交流してきたのだ。
勇者"
今までの巫女はどんな事をしてきたのか。
それを教えてくれたオリフシの元に、報告にやってきたのが現在である。
「全て巫女の事を教えてくれたオリフシ様のお陰です。ありがとうございました。」
「お礼なんていいのよ。私も知ってる人から話を聞き出しただけだからね。」
オリフシはデッカイドーにおける巫女について、預言者一族の管理していた書物でも失われた情報をかき集めてきた。
あらゆる世界の女神が集う世界、女神界に通じる女神ならではルートを使って。
("巫女本人"から聞いたと言ったら面食らうかもしれないけど。)
実は割と無茶もしているのだが、ハルに心配を掛けないようにと秘密にしていたが。
全ての世界への影響が出る願望機シキの一件に携わった女神として、今後もシキが転じた神を抱える世界に住む女神として、オリフシは多少の無理がきく立場になっている。
……実は女神界で無茶苦茶な殴り込みをした事でキレさせてはいけないと恐れられての処遇だったりもするのだが、当の本人は気付いていない。
「でも、長年不在だった分の巫女のツケをハルちゃんに支払わせる事になるのは、心が痛むわね。巫女を知らない比較的新参者とはいえ。」
「そんな風に思ってませんよ。この世界の役に立てるなら嬉しいです。」
オリフシが持って来たクッキーを「いただきます。」と頬ばりつつ、ハルは屈託のない笑顔を見せた。
「まぁ、神様と過ごすのも楽しいですよ。お土産いっぱい貰えますし。」
「あぁ、そうなの。それならよかった。」
「春の食べ物って美味しいですね。もう一周神巡りしたいです。」
「そういうとこは変わってないのねぇ。」
巫女とは神に愛される才を持った者である。故に基本的に神には愛される。
特に久方振りの巫女の登場という事もあり、ハルは特別に溺愛されている。
神巡りにあたっても、これでもかとお土産を持たされたという。
ハルの食いしん坊は変わらないのを見たオリフシは、ほっとしてにこりと笑った。
「まぁ、今年は期間が空いたからご挨拶も必要だったけれど、来年以降はここまでしなくても平気だからね。」
あくまで今回の巫女としての仕事は長年巫女が不在だったがための挨拶回りであった。
すると、ハルはしゅんとした。
「そうですか。来年のお土産も楽しみにしてたのに。」
「現金ね……良かった全然変わってないわね。大丈夫大丈夫。向こうから勝手に訪ねてくるでしょうから。」
「それならよかったです!」
ハルが初めて此処を訪ねてきた時の事をオリフシは思い出す。
その泉にものを落とすと女神が出てきて、その質問に正直に答えるとより良いものも与えてくれるという噂を聞きつけたハルが、コタツが欲しいからと自宅のテーブルを泉に投げ込んだ事からオリフシとハルの関係は始まった。
当時からそういう自身の欲に素直なところは変わっていない。
最初はびっくりしたものの、今となってはオリフシの良い思い出である。
「巫女としてのお仕事は一旦落ち着くと思うけど、しばらくはゆっくりするの?」
「いえ。勇者としての仕事とか、春の神様方から聞いた農作物を試してみたりとか、色々やります。」
「ちょっと大丈夫? あんまり忙しいと倒れちゃうわよ? もっと息抜きしてもいいんだからね?」
そして、自身の使命や役割に忠実なところも変わっていない。
出会った時から理想の勇者像に忠実過ぎて、オリフシも心配したものである。
心配するオリフシに対して、ハルはにっこりと笑って応えた。
「大丈夫です。好きでやってる事なので。それに、息抜きもしてますよ? 実は今度遊ぶ約束もしてて。神様巡りのお疲れ様会っていうのを開いてくれるんです。」
「そうなの、それは良かったわね。無理してないならいいのよ。でも、困ったらいつでも私に言って頂戴ね?」
「はい! ありがとうございます!」
ハルは元気に返事をする。
勇者の理想が高すぎて人に頼る事を知らなかったハルだが、巫女について真っ先にオリフシに尋ねるようになったりと以前よりは肩の力を抜いている。
それでもオリフシはハルをずっと気に掛けている。ハルを娘のように思っているオリフシにとっては、いつまで経っても娘は娘なのだ。
ハルとオリフシはお茶を楽しむ。
そんな最中、ふとハルが尋ねた。
「そういえば、コタツは片付けちゃったんですね。」
「え? ああ、もう暖かくなってきたからね。」
「……そうですよね。」
どことなくハルが寂しげに呟いた。
その寂しげな表情が気になって、オリフシは尋ねる。
「どうかした?」
「え? あ、いえ。ちょっぴり寂しいなと思って。」
暖かくなってコタツは必要なくなった。
それがハルには寂しいようで。
気持ちが分からなくもないオリフシは言う。
「また冬が来れば出すわよ。また入りにいらっしゃい。」
「……はい。ありがとうございます。」
ハルは笑って頷いたが、どことなく寂しげな笑顔であった。
その表情に気がつかない訳ではなかったが、オリフシはこれ以上はお節介が過ぎるかと自重する。
(ハルちゃん相手だと必死になりすぎちゃうの直していかないと駄目よねぇ。)
確かに心配はしているが、本人が伏せたがっている事にまでずかずかと踏み込んでいくのも良くないだろう。オリフシは更に問い質したい気持ちをぐっと飲み込み、にっこりと優しく微笑んだ。
「ねぇねぇ、もっと神巡りのお話聞かせて頂戴な。」
「え? あ、はい!」
オリフシはハルとの会話を楽しむ。
もしかしたらなくなってしまっていたかも知れない甘い時間を噛み締めるように。
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