エピローグ3 魔王軍の新たな日常




 新魔王城、正確には旧魔王城と言うべきか。


 先代魔王インヴェルノの拠点であった、黒い雪の舞う魔界に聳える巨大な城で、今日も魔王軍は活動している。


「二日後にヒイロの街付近にグローローカスト大量発生。」

「一週間後にクルルの森にオーガベア発生。森の生態系に懸念あり。」

「一ヵ月後に荒神セイラン出没予定。巫女様への報告を。」


 忙しく連絡が飛び交うのは魔王城の一室。

 デッカイドーには不似合いなPC等の機材が置かれた部屋にて、魔族達が忙しく駆け回り、情報を整理している。


 その一番目立つ席で、カリカリと筆を走らせているのは人気占い師のビュワであった。


 ここは"魔王城災害対策室"。

 デッカイドーにて発生する災害を事前に予測し、対策を行う災害対策チームが拠点としている部屋である。

 今現在、春が訪れた事で出現する魔物の変化や、冬にはなかった新たな災害、封じられていた良くない神が目覚める……等々、デッカイドーには新たな課題が生まれている。

 魔王軍からしても、自分達が生きる世界がめちゃくちゃになったら困るという事で、対策を講じる事になったのだ。


 室長はビュワ。彼女の"万里眼"により、災害を事前に特定する。

 手当たり次第にビュワが書きだした災害情報を、対策室のメンバーが整理して、それに応じた対策を講じていく。

 魔王軍から人員を配備したり、時には勇者、巫女等に情報を提供したりと各所との調整も役割である。


 そんな魔王城災害対策室に、ひょこっと顔を覗かせるのは魔王側近猫耳メイドのトーカである。


「ビュワさん調子はどうですか~?」


 そんなトーカをぎろりと睨んで、ビュワはバン!と筆を置く。


「良いわけねぇだろクソが。」

「あらら、荒れてますね。」


 ビュワはハァと深々と溜め息をついて、机にドカッと突っ伏した。


「占い師を引退して楽して暮らせると思ったのに……死ぬほど忙しいとかおかしいでしょ。」

「働かざる者食うべからず! 働いた分だけ報酬は出てるんですし頑張って下さいね♪」


 不満げながら、ビュワは身体を起こして再び筆を手に取った。

 これ以上文句を言わないのは、ビュワ自身以前よりも生活は充実してきたからである。仕事を与えられてはいるものの、きちんと休暇は与えられているし、報酬として金銭的にも食事的にも物品的にもかなり優遇してもらっている。


「今日の分とっとと済ませて上がりたいから邪魔しないで。」

「はーい。お疲れ様でーす。あ、差し入れ置いときますんで分けて下さいね。」

「トーカ様ありがとうございま~す。」


 トーカはビュワの机の端に、ドンと箱を置く。

 それと同時に室内の魔族達が声を揃えて礼を言った。

 いえいえ、と手を振ってから、トーカは対策室を後にした。




 魔王城でのトーカの仕事は、魔王軍全体のメンタルケアのようなものだ。

 各部署を見て回り、心を見透かすその力で困っている者がいないか、悩みがあるものがいないかを確認する。

 そして、モチベーションアップの為に差し入れを入れたり、程よいタイミングでフォローをするのが役割である。

 実はシキの一件が片付く前以上に忙しくなっている魔王軍、仕事に追われる魔族達は色々と大変なので、適任者としてトーカが仕事を割り振られた。


 ……時折、覗き見た心の動きで裏側で悪巧みもするのだが、それもご愛敬である。


 続いてトーカが向かったのは、「インフラ整備局」と書かれた部屋。

 そこを覗き込めば、"魔道化"テラが椅子に腰掛け書類に目を通している。

 対策室よりはドタバタしていないものの、こちらも忙しそうに手を動かしている魔族がいる。特に多いのが魔女である。


「進捗はどうですか?」

「いやぁ。大変ですよ。何もかも一からのスタートですからねぇ。」


 インフラ整備局の仕事は、電気、水道、その他諸々の生活基盤の構築にある。

 環境が大きく変わったデッカイドーにおいて、生活に支障が出る事を懸念し、またいずれ訪れる冬などにも対策をした方がいいという事で、魔王の知る異世界の技術を導入しようとしているのが仕事である。

 

 これを取り仕切るテラ。

 コタツを始めとした旧魔王城での暮らしが恋しいと、このインフラ構築について提唱し始めたのがテラである。

 自身の生活向上のためでもあり、そして未知なる異世界の技術を探究する口実にもなるという事で自身が仕切りを志願した。

 時折魔王の引率の元、異世界に渡り歩き、その世界の技術をデッカイドーに落とし込む事を検討しているという。


「でも、仕事の殆どは魔女とアキ様に任せっきりでしょう?」

「おやおや、人聞きの悪い。私も色々と頑張ってますよ。」

「本当ですかぁ?」

「本当ですってば。」


 実際のところ、テラはかなり仕事をしている

 初の試みも多い仕事という事で、試行錯誤の作業が多いのだが、そこでテラの能力は意外と役に立っているという。

 テラの能力"過去改変"。過去にあった出来事を都合良く書き換える。

 勿論テラのイメージできる改変しかできない為、何でもできるという訳ではないのだが、成功までこぎ着けた試行錯誤の失敗の過去を消すことで作業の効率化を図っているという。

 しかし、テラの能力での改変が認識できるのは当人のみ。何となく作業の失敗率は下がっているとの事だったが、誰もテラの仕事を正確に知る者はいない。


 心を覗けるトーカには、テラが嘘を吐いては居ない事は分かったのだが、あえて触れずに疑ったフリをする。


「手抜きとかしないで下さいね。ビュワさんブチギレますから。なんで私ばっかりー、って。」

「え。まーた不機嫌なんですかあの人。」

「不機嫌じゃない日がないでしょう。」

「やれやれ。じゃあ、八つ当たりされないように忙しいフリしときますかねぇ。」


 そう言うと、テラは書類に目を落とした。

 気ままな元魔王は、下手にねぎらうと露骨にサボり始める。

 このくらい煽っておくのが丁度いいのである。


「忙しいフリしてる、ってチクっときますね。」

「ちょ、冗談ですって! あー忙しい忙しい! 忙しいからチクらないで下さいよ!?」


 くっく、と笑ってトーカは"インフラ整備局"を後にする。

 インフラを魔法で再現する為に配備された魔女達には、心の声で差し入れの置き場所を伝達しつつ。




 こんな様子で魔王城では今、デッカイドーの生活向上の為の取り組みが繰り広げられている。

 シキの一件が片付いた今、魔族もいつまでも人間の敵でいる訳にもいかない。

 友好的な関係を結ぶ為に、人間の支えになる準備をしているのだ。




 多数の部署を視察して回り、トーカは最後の部屋につく。


 特別大きく、特別頑丈に増設された一室は、大きな鉄の扉で閉ざされている。

 トーカはカードキーを扉の横にタッチすれば、鉄の扉は横向きにがーっと開いた。


 広い空間の中で、白い翼と虹色の髪を持った天使のような少女とも少年とも取れる子供が大きな球体を眺めている。


「四季。調子はどうです。」


 願望機至祈シキに巫女が名前を与えて生まれた新しい神、四季シキ

 四季シキは部屋に入ったトーカを見ると、きしし、と笑って親指を立てた。


「大丈夫だよ~。ちょっと時間は掛かったけども、もうちょいで封印できそうかな~。」


 封印、という言葉を用いた様に、四季シキは今、とある存在を封印している。

 これはかつての至祈シキと似た"無数の世界にとっての厄ネタ"であり、魔王が異世界から持ち運んできたものである。

 四季の返答を聞いたトーカは、ほっと一息吐いて、四季の傍に歩み寄る。


「うんうん。偉いですね。差し入れ持って来ましたよ。」

「お、ありがとトーカ。」


 トーカは四季に差し入れのお菓子の詰め合わせを手渡す。

 お菓子を受け取った四季は、その場でぽてんと腰を下ろして、翼をクッションのようにして座る。

 そして、お菓子の封を解くと早速ひとつ摘まんで食べ始める。

 

「それ、私も座っていいですか?」

「いいよ~。」


 翼を指差しトーカが尋ねれば、四季は拒まずにばさりと翼を横に広げた。

 願いを叶える願望機であった四季は、人の願いを叶える神様になった。頼まれれば基本的に断らない。

 ふわふわの翼に腰を下ろして、トーカは四季と並んで目の前の大きな球体を見上げた。


 四季はかつてひとつの世界を消してしまった程の力を用いて、こういった同等の存在を封じる役割を担っている。魔王が見つけた困難が、どうしても解決しきれない時に頼る最後の砦である。


 その仕事は他でもない、四季自身の申し出で任される事になったものだった。


 シキの一件を片付けた後から、魔王は異界の女神からとある仕事を受けるようになった。その厄介事を聞いて、四季が手伝いたいと言い出したのだ。


 いつもきししと笑って戯けている掴み所の無い神様、四季。

 しかし、トーカは四季の心の内を知っている。


 神様として自我を持った四季はかつて世界を滅ぼした事に罪の意識を感じていた。

 それが人間達の願いによるものであったにせよ、至祈シキが多くの命を奪った事には変わりない。

 誰も責めてはいなかった。しかし、自我を持った四季はそういう訳にはいかなかったらしい。


 これは四季の贖罪なのだ。

 壊してしまったものの数だけ、他の何かを生かしたい。

 そうする事で、ほんの少しでも自分が存在して良いのだと思いたかったのだ。

 勿論、それで消えた世界の人々が許してくれるとは思っていない。

 それでも、四季は消えて裁かれるその時までは、精一杯に生きようと決めた。


 勿論、そんな事を四季は口にはしない。

 心を覗けるトーカのみが知る事である。


 そんな四季の思いを汲んでか、それともを見いだしたのか。

 四季が魔王城で暮らすようになってから、一番気に掛けているのはトーカであった。

 もくもくとお菓子を頬ばる四季の頭、トーカはぽんと手を乗せる。


「ん? なに~?」

「頑張っててえらいね、ってだけです。」

「ふ~ん。」


 四季は不思議そうにトーカを見上げたが、再びお菓子を頬ばり始めた。


「これが片付いたら、ご褒美に遊びにいきますか?」

「え? いいの~?」

「やりたい事とかありますか?」


 トーカの質問に四季はきししと笑って返す。


「それをボクに聞く?」


 願いを叶える神様に、やりたい事を、願いを聞く。

 それがおかしな話だと四季は笑う。

 そんな四季にふふんと笑い返して、トーカはわしわしと虹色の髪を撫でる。


「魔王軍では新人で、私の弟分みたいなものですからね。先輩で姉貴分の私が聞いたらおかしいですか?」

「きしし。それはそうだね。」


 満更でもなさそうに四季は笑う。

 そして、トーカを上目遣いで見つめて、おねだりするように口を開いた。


「ボクはハルに会いたいかな~。しばらく会えてないからね~。」

「じゃあ、遊びに行く約束でもしましょうか!」

「なんかボクよりウキウキしてない?」


 かつて世界を滅ぼした神様と、は、そんな他愛ない会話を交わす。


 そんな穏やかな空気の中で、魔王城では今日もいくつもの世界が救われている。




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