エピローグ2 三馬鹿と預言者




 暖かい陽気の下、うららは頬杖を突いて憂鬱そうに呟いた。


「はぁ……刺激が足りないわ……冬の寒さが恋しい……。」

「え? どうしてですか?」


 同じテーブルを囲む預言者シズが不思議そうに尋ねれば、うららはぎゅっと自身の身を抱き締めて、はぁと溜め息をつく。


「それは極寒プレイが」

「だから、シズにそういう事を吹き込むな。」


 すっとうららの口を塞いで、トウジがふんと鼻息を鳴らす。

 同じテーブルにつくゲシが、やれやれと呆れつつも「うーん。」と悩ましげに唸った。


「まァ、うららみてェな事は言わねェけど。確かに平和過ぎて退屈はするなァ。」


 ここは、城の表にある中庭。

 そこで、預言者シズと、転生組の勇者のゲシ、トウジ、うららはテーブルを囲んでお茶を楽しんでいた。

 勇者三人組は相変わらず英雄王ユキの元で仕えているのだが、今は主に預言者の護衛役として働いている。シズの置かれていた酷い境遇、預言者の重要性が改めて見直されて以降、信頼の置ける者としてユキの指名で勇者を護衛として付ける事になったのだ。

 勿論、実績のある人物というのが表向きの理由だが、ユキなりにシズと打ち解けている人物を付けてくれたらしい。


 とはいえ、実際に預言者を狙う不届き者も現れる事はなく、シズと三勇者は平和な時間を過ごしていた。


「……た、退屈ですか。ごめんなさい……。」

「あ゛っ! 違う違う! シズちゃんとのお茶会が退屈な訳じゃねェのよ!?」

「うらら! ゲシ! 貴様ら少しは言葉を選べ!」


 しゅん、としてしまうシズ。

 慌てて訂正するゲシと、激怒するトウジ……であったが。


「……えへ。なんちゃって。」


 シズはてへっと舌を出した。

 がくっと肩を落とすゲシ。


「……良い性格になったなァ、シズちゃん。誰に似たんだか。」

「全くですねぇ。」

「お前ェだろうようらら。シズちゃんに変な事ばっか吹き込みやがって。」


 人付き合いが少ないせいで、オドオドとしていていつも自信がなさそうだったシズ。しかし、三勇者との交流を続けていく中で、悪戯をするくらいの茶目っ気が生まれてきたらしい。

 うららの悪知恵のせいでもあるのだが、シズは元々様々な創作物を読みあさっていた事もあり、感情表現には元々富んでいたようだった。遠慮がなくなって蓋をしていたそういう一面が顔を出したこともあるのだろう。


 シズはくすくすと笑って、お茶を口にして一息ついた。


「退屈でしたら、遠征の申請でも出してみましょうか?」

「え? いいんですか?」

「いいのかよ、俺達の為にそんな事?」

 

 シズの提案に身を乗り出すゲシとうらら。


「はい。元々預言者として神様方との交流もした方がいいと思ってましたし。外に出たら退屈も紛れると思うんですけれど。」


 巫女の不在の時代が終わり、長かった冬が終わった事で大地の神々は目を覚ました。

 今までは預言者として天の神の声を聞いていただけだったシズも、神と人の架け橋として仕事をしたいと思っていたのだ。


 そんなシズの提案を聞いたゲシとうららは満更でもなさそうな顔をする。


「……そりゃ、久し振りに暴れられそうだなァ。」

「新しい魔物に苛められるの楽しみだわぁ……。」

「貴様ら、トラブルに遭う気満々なのやめろ。」


 トウジがウキウキしている二人にツッコむ。

 

「我らはシズの身を守るのが役割であってだな……。そんな危険に進んで乗り込んで行く事など……。」

「……丸くなったなァ、トウジ。」

「シズちゃんの事になると常識人になるんですから。」

「茶化すなッ!」


 トウジは特別シズを大事にしている。

 以前は勇者に喧嘩を売りに行く無謀な男だったが、その猪突猛進ぶりはどこへやら、すっかり丸くなってしまった。

 そんなトウジにシズがにこりと微笑みかける。


「大丈夫ですよ。トウジさんが守ってくれますから。」

「……それはそうだが。」

「……駄目ですか?」

「……っ!! ……役目なら仕方ない、んじゃ、ないか?」

「やったっ!」


 シズはぐっとガッツポーズをする。

 その様子を見て、顔を寄せてゲシとうららがヒソヒソと話す。


「……シズちゃんも悪くなりましたねぇ。トウジを手玉に取ってますよ。」

「……お前ェの性格の良さが似たんだろうよ。」

「……あら、私性格良いかしら?」

「……いい歳こいて皮肉も分からねェか?」

「……歳の話はやめろって言ったよな?」

「あいだだだだだだだ!! 悪かった!! 俺が悪かったから!!」


 ジタバタと頭を振って暴れ狂うゲシと、凄まじい眼力で睨み付けるうらら。

 二人の小競り合いを見て、シズはくすくすと笑った。


「相変わらず仲良しですね。」

「仲良くねェし!!!」

「仲良くないですよぉ?」

「あはは。」


 二人をくすくすと笑ってからかうシズを見て、トウジはうーむと低く唸る。


(やっぱ、こいつ等といるの教育に悪いよな。)


 どんどん良い性格になっていくシズを見て、おどおどしていて心優しい子だった頃を思い出す、少し寂しくなるトウジ。

 しかし、明るく笑うようになった成長を嬉しくも思う。

 トウジはシズを妹のように思っているので色々と複雑なのだ。


 そんなやり取りを交わした後、シズははぁと溜め息をつく。


「私恋愛とかしたいですね。」

「「「いや、まてまてまてまて。」」」


 三勇者が揃って待ったを掛ける。

 バンとテーブルを叩いて立ち上がるのはトウジ。


「駄目だ! 駄目だぞ! そういうのはまだ我が許さん!」

「お前ェ娘の交際認めないお父さんかよ。」


 ゲシが丁寧にツッコミを入れてから、自身も不服げに立ち上がる。


「"も"ってなんだァ"も"って。今のやり取り見てて出てくる言葉じゃねェでしょ。」

「そうですよシズちゃん。妙な事は言わない方がいいですよ。文字通りお口にチャックしますよ?」


 うららも同意して抗議すれば、シズはあははと暢気に笑った。


「別にお二人に対して何か言ったつもりはなかったんですけど。」

「……ッ!?」

「……えい。」

「ん!? んー!!!」


 シズが口を開くのを、うららが"縛る"。

 その様子を見て、うららはにっこりと笑った。


「ちょっとオイタが過ぎましたね。たまにはオシオキです。」

「……今回ばかりは止めねェわ。」

「…………。」


 トウジも腕を組んで黙認する。

 少し悪戯がすぎたためにオシオキを食らったシズが、口を閉じたまましゅんとする。


 しかし、シズには嬉しかった。

 遠慮無く悪戯や意地悪ができて、遠慮無く仕返ししてもらえる、そんな気軽な間柄が。ずっと城に引き籠もっていて、本の中で友人を想像していたシズには何よりも今が幸せであった。


(あとは本当に素敵な恋とかできたらなぁ。)


 そんな事を妄想しつつ、シズはを思い浮かべる。


(神様へのご挨拶の遠征に出たら、ぱったり遭えたりしないかな?)


 口を開く事を縛られたシズは、両手で頬杖をついて物思いにふける。

 ようやく静かになったお茶会の席で、三勇者もまた一息ついた。

 

「平和だなァ。」

「暇ですねぇ。」

「…………。」

「んんんんん。」


 刺激を求める四人の間には、今日も平和で退屈な時間が流れている。




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