エピローグ1 黒猫と魔法使い、魔導書と拳王




 デッカイドーの住民達が春の訪れを受け入れ初めて来た頃。


 暖かい陽気の下、大きな三角帽子と黒いマントを羽織り、杖を抱えて、肩に黒猫をぶら下げた小柄な少女は大きな建物の中からくたびれたような顔で出てきた。


「はぁ。」

「お疲れ、アキ。」


 少女は勇者、"魔導書"ことアキ。

 そんな彼女を建物の出口で迎えたのは同じく勇者、"拳王"ことナツ。

 二人は揃って歩き出す。


「どうだった?」

「ようやく目処が立ってきました。次の冬までには形になるかも知れません。」

「それは助かるな。しかし、まさかこの世界で電気が使える様になるとは。」


 アキが今出てきた施設は、現在建造中の発電施設である。

 魔王フユショーグンが使っていた魔法を使った発電施設を大型化したものを、アキが主導で構築しているのだ。

 魔王の発電施設のメンテナンスを請け負う中で、その施設や電気の仕組みを解析し、大型化したものがこの施設なのだ。


「まぁ、電力供給の供給路を行き渡らせるのにはもう少し時間が掛かるかも知れないです。メンテナンスができる魔法技術者、施設の機材を作れる技術者、育てなければならない人材も山程いますし……先行きは長いです。」

「ご苦労様。なんか申し訳なくなるな。ハルやアキの頑張りと比べて、俺は勇者として何もできていなくて。」


 とん、と杖の先で並んで歩くナツの足をアキは小突いた。


「そういうのやめて下さい。頑張りは比べるものじゃないでしょう。」

「……そうか。悪かった。」

「……一応、助かってるんですから。色々と。」


 ナツは大型発電施設に至るまでのアキの護衛や補佐を務める。

 大型発電施設はかなり辺境に立てられており、移動は長い道のりになる。

 しかも、春が訪れてから獣型や虫型、植物型といった今まで見た事もない魔物が現れるようになったため、道中は危険が伴う。

 アキ自身実力者ではあるものの、本来なら接近戦の苦手な魔法使いという事もあり身辺警護のナツが同行する事が義務づけられているのだ。

 最初は「自分で自分の身くらい守れます」と強情になっていたアキであったが、今はすっかり受け入れている。


「アキはナツの事が」

「わーーー!!! 何言ってるんですかシキ!!!」


 アキの肩で黒猫が喋りかけて、アキは慌てて黒猫の口を塞いだ。

 アキの願いにより願望機・至祈シキから生まれて分かれた黒猫のシキ。

 魔王城でなんやかんやとあった結果、アキに引き取られることになった。

 今ではアキの使い魔として、アキの家で暮らしている。猫アレルギーの父の説得の為に、アキがアレルギー防止魔法の開発をした……という事もあったのだがそれはまた別のお話。


 シキが何かを口走ろうとして顔を真っ赤にしたアキを不思議に思ったナツだが、恐らく聞かれたくない事だったのだろうと察して触れずに尋ねる。


「シキをいつも連れ歩くんだな。」

「……え? あ、はい。一応私の使い魔ですので。……まぁ、実際は家に置いといたら悪さするからなんだけど。」

「我が輩は良い子である。」

「この前駄目って言ってたのに勝手にキッチンに入りましたよね!? 大体魔王に追い出されたのも悪戯が酷すぎるからで……!」

「はは。仲良くなったな。」


 シキと喧嘩するアキを見て、ナツは微笑ましそうに笑った。

 微笑ましく子供を見るような視線に、アキはむっと頬を膨らませる。

 

「……子供扱いはやめてください。」

「あ、いやそんなつもりでは。」

「そうやっていじけるところが子供っぽのである。」

「シキうるさいです! 今日おやつ抜き!」

「ナツ。動物虐待についてどう思うか?」

「どんどん生意気になっていく……甘やかしすぎました。」


 喧嘩をするのは仲が良くなったから。

 ハルとアキを見ていたナツは心からそう思う。

 そして、以前は避けられていた事も思いだして、今こうして並んで歩いている事を嬉しく思う。


 そんなナツの顔を見上げたアキが、じっとナツの顔を見つめる。


「……ナツも良く笑うようになりましたね。」

「え。そうか?」

「昔はずっと真顔でしたよ。」

「そうだったかな。」

「口数も少なかったですし。」

「それはそうだったかもしれない。」


 ナツも思い当たる節があったので、苦笑しつつ頬を掻いた。

 それも、ハルやアキとの付き合いの中で変わっていったことだ。


「アキのお陰だ。ありがとう。」

「……そう言う事を恥ずかしげもなく言うのがずるいんですよ。」


 アキは頬を赤くして、唇を尖らせてむすっとする。

 それでも満更でもなさそうに、口の端はぴくぴくとさせて、アキはずいっと足を伸ばして、一歩先に出ようとする。

 それでもナツは常に歩調を合わせて横に並んで歩く。

 恥ずかしいのを隠して先に歩きたかったのに、そう思う一方で、常に歩幅を合わせてくれる優しさも嬉しく思う。


「……私の方こそ、ありがとうございます。」

「ん? 何か言ったか?」

「べ、別に何も!」

「アキはナツにありが」

「わーーーーー!!!」


 アキは再びシキの口を塞ぐ。


「そ、そんな事より! 最近、アイスクリームのお店ができたの知ってます!? 魔王から製法とか聞いて私が広めたんですけど!」

「へぇ、それはすごいな。」

「えっと……この後行ってみませんか?」

「ああ。行こうか。」


 アキの表情がたちまち緩む。そして、足取りは軽やかになった。

 その様子を見て、ナツは微笑む。


(本当にアイスクリームが好きなんだなぁ。)


 自分の感情や気持ちを分かってきたナツだったが、人の気持ちが分かるのはもう少し先のお話。




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