第148話 ピンク色の吹雪と共に




 白い雪の降り止んだ世界に、ピンク色の吹雪が舞った。


 "春風の女神"シュンプが飛び回り、世界に春の訪れを告げる。

 暖まり始めていた世界は、こうして本当の春を迎える。

 そこから遅れて春の神々が世界を飛び回り、世界は次第に色付いていく。

 その中の一柱"桜の女神"セレスが羽ばたき眠っていた木々に語りかければ、木々も春の訪れを知り花開く。




 百数十年ぶりに、デッカイドーの大地に春が訪れ桜が咲き乱れる。

 長い長い冬の終わりが、その日ようやく告げられたのであった。




 人々は喜ぶよりも先に戸惑った。

 雪と氷に包まれた世界が、たちまち美しく色付き暖かい季節が訪れたのだ。

 移ろい行く季節の存在すら知らない人々に、"季節"というものを、"春"というものを周知する事からデッカイドーの新しい歴史は始まる。


 魔王を討ち倒した事により、寒い世界が去って行った。

 それは英雄王からデッカイドーに生きる人々に告げた表の歴史。

 しかし、その話を聞いても尚、寒い世界に慣れた人々が新しく廻る季節を理解するのには時間がかかるだろう。

 それでも世界は少しずつ変わっていく。そして、いずれは人々も受け入れていく。




 そんな世界に先駆けて、変化をいち早く知り、裏の歴史を知る者達は新たな季節の訪れを祝う。


 きっかけは魔王城での猫耳メイド、トーカの一言であった。


「桜と言ったら花見ですよね。」


 それを聞いた魔王フユショーグンは二つ返事で答えた。


「それな。」


 合法的に酒を呑める席を魔王が断る筈もない。

 魔王の返事を聞いたトーカは、ピンと何かを思い付いたように指を立てる。


「それじゃあ、勇者様も招いて盛大にやるのはどうでしょう?」

「悪くないな。あいつら花見も知らんだろうし。……いや、転生組は知っているのか?」


 勇者達は季節が、春がなくなってから生まれてきた世代である。当然花見の文化などない。

 今までの労いの意味も込めて、新しい季節を迎え入れる行事の一つとして…………ついでに酒を呑める席が少しでも増えればと期待を込めて、魔王はトーカの提案に乗った。


「そうと決まれば桜が散る前に話を進めないとな。とりあえず知ってる顔には声を掛けるか。」

「魔王軍からは誰か呼びます?」

「いや、流石に全員でいくのはな……魔王軍の花見はまた開くとして、今回は一部に声を掛けよう。」

「何回かに分けたらお酒たくさん呑めると思ってますよね?」


 トーカに心を見透かされて、いやはやと頭を掻く魔王。

 

「まぁ、今回は多めに見ますけど。気を抜きすぎて身体壊さないで下さいよ? 魔王様には私を養う義務があるんですから。」

「そんな義務ないだろ。まぁ、程々にするよ。」


 せっかくの祝いの席。野暮なことはいいっこなし。

 こうして、魔王達主催の花見が企画されたのであった。






「集まりすぎじゃないか……?」


 魔王は困惑した。

 花見の開催場所はカムイ山。

 ハル曰く、桜が一番すごいとの事だったこと、丁度世話になった女神オリフシがいたこともあり、神様を呼び付けるのも悪いなという事で開催場所に決めたのだが。


 会場には誘った以上の人数が集まっていた。

 宴会というよりは祭のような空気感である。


 シートやテーブルを置いて、大きなパーティー会場のようになった木こりの泉周辺は、がやがやと賑わっている。

 魔王が見慣れた顔もいれば、知らない顔もちらほら見掛ける。


 その傍らで、魔王が持って来たアイスキャンディを舐めているアキが答える。


「神様に話したらなんか話が広まったらしいですよ。ハルが言ってました。」


 ハルづてに神様に話が行き渡ってしまったという。

 神様は宴会好きである。酒の席があると聞いたら集まってきてしまうのも仕方が無い。


「で、そのハルはどこ行ったんだ。」

「あそこの神様が集まってるところです。」


 凄い人集ひとだかり……ならぬ神集かみだかりができている一角をアキが指差す。どうやらあそこでハルは囲まれているらしい。巫女はこの時代でも神様にモテモテなのである。


「……あいつも大変そうだな。」

「神様にうっかり話した自業自得ですよ。」

「それはそうなんだが。ところでそれ何本目だ?」

「五本目です。」

「お腹壊すぞ。程々にしろ。」

「平気です。回復魔法で治せますし。」

「壊す前提なのか。」


 アキが気に入ると思って持って来たのだが、少なめにした方が良かったかと魔王は後悔した。やれやれと呆れつつ、魔王は周辺を見て歩く。


 本来であれば色々と世話になった相手、心配を掛けた相手、今後も付き合いのある相手を誘ったつもりだったのだが、予想外の飛び入り参加が多すぎる為に直接誘った面子が見当たらない。声を掛けておこうと魔王は探して歩く事にした。


 ほんの少し歩いて行き、シートの敷かれた一角を見ると、見覚えのあるガタイのいい男の背中が見えたので、魔王は近寄り声を掛けた。


「楽しんでるか?」

「おォ、魔王サン。適当にやってるぜェ。」


 転生組の勇者が三人、ゲシ、トウジ、うららが固まってシートに座っている。

 既に酒を開けて花見に興じている。


「いいのか? そんなところで座ってて。」

「花見と言ったらシートを敷いてでしょう。個人的には場所取りから始めたかったのですけれど。」

「花見と言ったら……の部分は分かるが。場所取りなんて疲れるだけだろ?」

「だから良いんじゃないですか。」

「花見の場所取りまでプレイにしていくのか……。」


 うららの性癖に困惑する魔王。

 そんな会話を聞いていた、勇者三人に同席していた少女―――預言者シズが不思議そうに尋ねる。


「プレイってなんですか?」

「あら、シズちゃん。あのね、プレイっていうのは……。」

「やめろ。シズは知らないで良いことだ。」


 余計な知識を吹き込もうとしたうららの口をトウジが塞ぐ。

 その様子を見て、トウジの影に隠れて見えていなかったシズの姿に魔王も気付く。


「預言者様も来てたのか。」

「あ、は、はい。お邪魔してます。」

「我が連れてきた。」

「いやいや。お邪魔なんて事は。すまんな。俺の方から声を掛けるべきだった。」


 シズはトウジが連れてきたという。

 魔王もシズとは面識が浅い事もあり、声をかけ忘れていた事を思い出し頭を下げた。魔王を前にして若干緊張した様子のシズだったが、どうやら勇者三人と居るので落ち着いているらしい。


「呼んでおいて相手できてなくて悪かったな。まぁ、来た時に聞いてるとは思うが好きにやってくれ。」


 客が来すぎて一部の接客を魔王は部下に任せている。

 今回の宴会は魔王持ちという事で、自身のストックから酒や食べ物を提供しているのだ。要望を出せば大体なんでも提供できる程度には色々と用意はしている。


「いやァ、悪いっすね。俺らも何か持って来た方が良かったっすかねェ?」

「いや気にするな。じゃあ、俺は他に挨拶もあるから。」


 転生組勇者三人と預言者シズへの挨拶をして、魔王は再び会場を歩く。




 神様や人間色々と入り乱れる中で、魔王は見慣れた男を見つける。


「おお、ナツ。」

「魔王。」

 

 勇者"拳王"ナツ。

 ナツは片手に袋を持っており、魔王を見ると近寄ってきた。


「すごい人集りだな。」

「悪いな。知り合いだけ呼ぶつもりだったんだが、勝手に集まってしまって。」

「いや。それよりお招き頂きありがとう。これ。」


 ナツは持っていた袋を差し出す。


「酒とか、ちょっとした土産だ。」

「別に良かったんだが。まぁ、有り難く受け取ろう。」


 ナツはこういうところには気を利かせてくる。有り難く魔王は受け取る事にする。

 

「ナツはどこかに座らないのか?」

「いや……見知った顔を探してたんだが。思いの外込んでいて。」

「ああ。さっきあっちでゲシ、トウジ、うららは見掛けたぞ。あとは、アキがあそこら辺で……ハルはあの神様が集まってるところで取り囲まれてるらしい。」

「ああ、ありがとう。」


 魔王が先程知った勇者の居場所をそれぞれ教えれば、ナツはそれぞれの方向を見てから、ぽりぽりと頭を掻く。何やら考えているのだろうか、と魔王は様子を見ていると、視線の端に親しい顔が歩いているのを見掛けた。


「あ、すまん。ちょっと他にも声を掛けたい奴がいてな。好きにやっててくれ。」

「ん? ああ、ありがとう。」


 ナツはこくりと頷いてから、アキのいる方向へと歩いて行った。

 魔王もまた、先程見掛けた顔を早歩きで追い掛ける。


「おい!」

「ん? お、トウマ!」


 金髪赤眼の眉目秀麗な美青年。

 地味な村人のような服装と、帽子を被って変装をしても尚目立つ美青年は、立ち止まって魔王に笑いかけた。

 "英雄王"ユキ。かつての勇者であり今の王である。

 古い旧友に、魔王は話し掛ける。


「来れたんだな。忙しいと思ってたが。」

「噂に聞いた花見と聞いちゃな! こっそり抜け出してきた!」

「おいおい大丈夫なのか?」

「まぁ、大丈夫だ。この世界もすっかり平和になったしな。」


 魔王はユキにも声を掛けていた。

 多忙な王という事もあるので、期待半分だったのだが、ユキはお忍びで花見に駆け付けたという。


「色々と手間を掛けてるだろう? 急な春の訪れで大変なんじゃないか?」

「いやぁ。国民は混乱してるな。まぁ、寒いより大分マシだから喜んでる人もいるけどな。逆に寒さのお陰で生活できていた国民もいるから、そこら辺も支援しないといけないかな。」


 冬が終わり春がきた。

 一見すると嬉しい出来事のように思えるが、冬が長すぎたデッカイドーにとっては良いことばかりとは限らない。

 冬の寒さや雪が積もっていてこそ回っていた経済がある。春が訪れた事による戸惑いも大きい。ユキはそういった春の訪れに戸惑う国民達にも支援を行っている。

 まだ困惑の声も大きいが、これは次第に慣らしていかなければならない地道な努力が必要となるだろう。


「ま、今日はそんな事は一度忘れて寛いでくれよ。」

「そうも言ってられないさ。国民に申し訳ないしな。……ま、今日は復活した神様達にご挨拶でもと思ってな。今後お世話になるかも知れないし。」


 そんなユキの回答に、魔王はにやりと笑って言う。


「なんだ仕事の一環なのか。王様らしくなったな。」

「まぁ、建前はな。せっかく呼んで貰ったし、楽しませて貰うよ。」


 ユキはにっと笑って、拳を突き出す。魔王はそれに対して拳を当て返した。

 魔王は若い頃を思い出す。以前もこういう気軽なコミュニケーションをしていた。昔と変わらぬ姿のユキだからこそ、尚更昔が蘇る。


「ところで、主催として挨拶とかないのか?」

「ん? ああ、そういえば。知らない顔まで集まって好き勝手やってるから放置してたが……。」

「した方がいいんじゃないか? 締まらないだろ?」

「お前に言われるとは。……まぁ、誘った顔が揃ってるのを確認したらやっとくよ。」


 ユキに言われて、魔王は渋々挨拶を了承する。

 確かに音頭を取る前から宴会の空気になってしまっていた。

 最低限、誘った中でまだ来ていない者がいないか、それを確認したら挨拶をしようと魔王は決める。

 

(どんな挨拶をしたらいいんだか。)


 考えながら、魔王はユキと一旦別れて再び歩き出す。




 魔王が誘った面子は、シキの一件で協力してくれた面々である。

 英雄王ユキ、勇者達、その他裏方として働いてくれた者達。


 魔王は彼らに顔を合わせながら歩いて行く。

 祝勝会で既に祝ってはいたものの、改めて春の陽気の下で出会うと大きなものを乗りきったのだという気持ちになる。


 ぐるぐると周り、神様に未だにもみくちゃにされているハルを除いて顔を合わせ終わった魔王は、一旦会場の入口付近に設けた拠点に戻ることにした。


 拠点に戻れば、そこには魔王軍幹部を筆頭に、魔王配下の者達が飲食物の提供からお土産等の受付等々てんやわんやしている。


「悪いな。忙しくなってしまって。」

「全くですよ! 私だってそろそろ寛ぎたいのに!」


 トーカが不服げに声を上げれば、同調して頷きビュワがじろりと魔王を睨む。


「何で私が手伝いなんかを……クソが。」

「まぁまぁ、ビュワさん。せっかくのお祭りなんですから機嫌直して。」

「……ふん。」


 テラに宥められて、ビュワは不服げながらも悪態を吐くのをやめる。


「きしし。こんな事しなくても、ボクにお願いしてくれたみんなに飲み物配れるんだけどね~。」

「あ、その手がありましたか。」

「いやいやいや。四季の力の無駄遣いは……。」

「別に平気でしょ~。そんな些細な願いくらい。」


 願望機から転じた神、四季しきがからからと笑って言う。

 願いを叶える力は未だに健在であり、魔王は以前の危機を知るが故にあまり乱用したくないとも思っていた。


「平気ですよ。私もちょいちょいお願いしてますし。」

「お前何してんの?」


 トーカから衝撃的なカミングアウトを受けて、魔王は思わず真顔になった。

 

 実際のところ、既に自我が芽生えた四季しきに、悪い願いを聞くつもりはないらしい。そういう意味でも安心ではあるのだが。

 良くも悪くも「過去を気にしなさすぎる」トーカに呆れつつ感心しつつ、魔王ははぁと溜め息をついた。


「……まぁ、いつまでもお前達に任せてても悪いしな。四季、頼めるか。」

「いいよ~。」


 ピンと四季が指を鳴らせば、置かれていた飲食物の一部がぱっと消える。


「はい。これで欲しいと思った人の手元に欲しいものが届くようになったよ~。」

「本当に便利だなお前。」

「そりゃどうも~。」

「じゃあ、そろそろ私達も楽しんでいいですよね?」

「好きにしろ。」 

「やった~!」


 魔王軍もまた宴会に移る。

 これである程度の顔合わせも会場準備も整った。


 あとは、あいつに挨拶だけしといた方がいいかな?


 そんな事を魔王が考えると、とてとてと歩いてきた四季がくいと麻黄の服の裾を引く。


「それも叶えてあげようか~?」

「え?」

「ハルは暫く解放されないよ~?」

「……。」


 心の中まで見られるのか、と魔王は四季をじとりと睨んだ。

 確かに無意識に願った事も叶えていた事からも、そういう力があってもおかしくないのかもしれない。

 むっとしたものの、確かに暫く解放される様子のないハルを見ると……。


「頼む。お前に頼んだのは秘密だぞ。」

「いいよ~。」


 四季がパチンと指を鳴らすと、魔王の前にぱっとハルが現れる。


「あれ!? なんだ!?」


 唐突に移動したハルは驚き周囲を見回すが、すぐに目の前の魔王に気付いた。


「あ、魔王!」

「大丈夫だったか? もみくちゃにされてたみたいだが。」

「……神様だから断れなくて。」

「嫌な事は嫌って言っていいんだぞ。」


 お人好しのハルのこと、そんな事だろうと思っていた魔王は予想通りだと苦笑した。


「楽しんでるか?」

「ああ。美味しいものもたくさんあるしな。」

「お前はやっぱり花より団子だな。」


 思えば、初めて出会った時から花より団子な勇者であった。

 たとえ春が訪れても、世界の危機を救っても、巫女として人と神の架け橋になってもハルは変わらない。


「春について思うところはないのか?」

「暖かいのはいいな。桜とか花も綺麗だし。でも……。」

「でも?」


 ハルはうーんと悩ましげに唸った。


「私はコタツも恋しいかな。」


 魔王はそれを聞いてははと笑った。


「また出せるぞ。冬がきたらな。」

「そうなのか?」

「これからは季節も変わり続ける。春も夏も秋も冬も、ずっと巡り続けるぞ。」

「そうか。楽しみだな。」


 ハルはにかっと明るく笑った。


 これからは四季が巡る。

 花見も、コタツもいずれまた去り、またやってくる。

 そんな季節の巡りに思いを馳せて、魔王はふっと微笑んだ。


「じゃあ、全員揃っているみたいだし、乾杯の音頭でも取るか。」

「ああ、そういうのあるのか。」


 魔王はゲートを開き、全体に声を拡散する。




「本日はお集まり頂き感謝する。この会を催させて頂いた魔王フユショーグンである。」


 魔王はゲートに語りかける。会場中に声が響いた。


「世界に春が訪れた。これかは季節も巡るだろう。この会はそんな新しい季節の訪れを祝ってのものだ。その祝いの言葉をもって、乾杯の音頭とさせていただく。」




 魔王はゲートから缶ビールを取り出し、その手に掲げる。


「新しい季節の訪れに……乾杯!」

「「「「かんぱーい!」」」」


 会場中の声が重なる。


 こうして、デッカイドーは新たな季節を迎え入れた。


 魔王城のコタツから始まった物語はこれでおしまい。

 しかし、これからも彼らの人生、神生じんせいは続いていく。




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