第144話 新生魔王軍
これは魔王が女神ヒトトセに進むべき道を語った少し後のお話。
小さな小屋の魔王城は四人の人間が集まり炬燵を囲んでいる。
魔王城の城主である魔王フユショーグン。
魔王側近の猫耳メイド……ではなく今日は私服姿のトーカ。
魔王軍幹部の占い師……だが今日は黒いジャージ姿のビュワ。
魔王軍幹部にして元魔王、"魔道化"と呼ばれる仮面……を今はつけていない、シルクハットの影で顔を隠す奇人テラ。
今日は魔王の目的を知りながら協力していた魔王軍の幹部が集っている。
「悪いな急に呼び寄せて。」
コタツに頬杖をついてそっぽを向いているトーカ、コタツに顎を乗せてぼんやりしているビュワ、その二人の様子をそわそわしながら見ているテラ、三者三様の反応を見せつつ返事を返す。
「いえいえ。別に忙しくもないので。」
テラは手を振って慎ましく返せば……。
「私は忙しいけどな。」
ビュワはふぅとかったるそうに溜め息をつく。
「…………。」
トーカに至っては返事を返さず、魔王に顔すら見せない。
以前の祝勝会以来、魔王は彼ら彼女らと話していなかった。
あれ以来どうにも気まずい空気があり、今日も引き続き同じ空気が流れている為、魔王は参った様に苦笑した。
「今日集まった事は他でもない。今後の俺の方針についての話だ。」
それを聞いた瞬間、テラだけがぴくりと肩を弾ませた。
以前の集まりの際には一人だけ空気を読めていなかったテラ。
あの時の異様な空気が流石に気になったテラは、後になってビュワからどういう事なのかを聞き出していた。
魔王はどうやら故郷に帰るかどうかを迷っているらしい。それも、ただ故郷に帰るのではなく、過去に戻ってやり直す事さえ考えているという。
心を覗けるトーカと、未来を視られるビュワは予め魔王が伏せていたそんな秘め事を知っているが為に、あの時は素っ気ない態度を取っていたのだ。部下の三人の言い分を言い訳にして、自身の進む道を決めようとしていたから、トーカとビュワは突き放す様な返答をした。
そんな背景を後からになって知ったテラは、ここで魔王の「今後の俺の方針」という言葉を聞いてびくりとしたのである。
(私だけ暢気に今後もついていきますよ~、とか言った手前、色々と気まずいんですけども……! そもそも、魔王様に去られたら私はこれからどうやって暇潰せばいいんですか……! コタツの快適さにも慣らされてしまいましたし……! これからアレなしでどうやって生きていけと……!)
割と個人的な欲望に従って慌てているテラ。元々暇潰しで魔王に従う事になったこの元魔王、基本的には享楽主義者であり自己中心の権化なのである。
トーカとビュワが妙に落ち着いている事に気付かず、テラは一人ハラハラしていた。
テラが一人息を呑む。
そんな中、魔王は続く言葉を紡ぎ出した。
「俺は此処から引っ越そうと思う。」
テラの血の気がさーっと引いた。
魔王は此処を去るつもりらしい。
それはテラが最も恐れていた返答だった。
口をぱくぱくとさせながらテラは言葉を出せずにいる。
そんなテラの顔を、顔を伏せながら正面から見ているビュワが覗き見てにやりと不敵に笑った。
ビュワの笑みにテラは気付く。
(え。なんでこの人笑ってるんですか。何その悪そうな笑みは。)
テラは困惑した。そして、気付く。
(あ、この人そういやこの後何話すか見えてるんですよね……え? 何見えてのその悪そうな笑みなんですか?)
ビュワの腹の中が見えずに、テラは混乱しつつ、ビュワの反応から考える。
(ソワソワしてるの笑われてます? いや、そらソワソワしますって。逆になんでこの人はこんなに冷めてられるんですか? 人の心とかないんですか? 今まで世話になった上司が去ろうとしてるんですよ?)
魔物達の王だった者が、人の心を問う。
そんなテラの挙動不審な様子を見て、魔王は不思議そうに尋ねた。
「どうしたテラ? なんかソワソワしてるけども。」
「え? …………いや、そらソワソワしますって。寂しいじゃないですか!」
魔王に話を振られたテラは、咄嗟に思い付いた。
感情的に、感傷的になって魔王の情に訴え掛けようと。
テラは目元に腕を当てて、すんすんと泣いたフリをする。
「これまで長い時間を過ごしてきた仲なのに……これでサヨナラなんて、私だって心苦しいに決まってるではありませんか……! うっ……うっ……!」
「そ、そんなに寂しいのか?」
「当たり前じゃないですか!」
テラの勢いに魔王が怯む。
(効いてる効いてる……! これでワンチャン思い直してくれたりしませんかね?)
そんなテラの想いが届いたのか。
魔王は「うーむ。」と悩ましげに腕を組み、何かを考えた後に口を開いた。
「そうか。分かった。」
「本当ですか!?」
魔王の言葉にテラがぱっと表情を明るくする。
そんなテラに魔王はふっと笑って頷いた。
「じゃあ、引っ越したらこの小屋はお前に渡そう。」
「有り難き幸せ……って、え?」
テラは一瞬感謝しかけて留まった。
「まさかそこまでこの魔王城に愛着を持って貰えるとは思わなかったよ。」
「え? い、いや。別にこの小屋に愛着がある訳じゃなくて……。」
「え? そういう訳じゃないのか? じゃあ、何をそんなに寂しがってるんだ?」
ククク、とビュワの噛み殺す様な笑い声が零れる。
テラはビュワを見て「え? え?」と首を傾げる。
どうやらテラは何かを大きく勘違いしているらしい。
「そ、それは……魔王様とお別れするのは寂しいと……。」
「お別れ?」
「え?」
テラは次第に気付いてくる。
魔王もテラが何かを勘違いしている事に気付く。
「……いや、引っ越すっていうのは、この小屋も用済みだから、もう少し広い家を探そうかなという話なんだが。」
「え? 故郷に帰るという話は?」
「その話お前にしたっけ? いや、帰らないけど。帰らないからわざわざ話さなかったんだが。」
「え? え?」
テラは混乱している。
魔王は混乱しているテラに、改めて自身の方針について話す。
「俺はデッカイドーに残る、というか変わらずこの世界を拠点にするつもりだぞ?」
魔王は故郷に帰らずに、更にこれまで同様にデッカイドーに拠点を置くという。
テラはきょとんとして尋ねた。
「ど、どうしてまた? シキの問題は解決したんですよね?」
魔王フユショーグンがデッカイドーに拠点を置いたのは、願望機シキを封じ込めるのに適した環境だった為、シキを処理できるまでは此処に根を張っていたのである。更に狭くて暖かい小屋を拠点としたのも全てシキの為である。
逆に言えばシキの問題が片付いた今、魔王はこの世界に居る理由がない筈なのだ。
そんなテラの疑問に魔王は答える。
「今後も色々な世界を渡り歩く時、またシキみたいなトラブルに当たる事があるかも知れないだろう? その時にこの世界で出来た人脈が一番頼りになりそうだからな。」
シキのような全ての世界に影響を与える存在がいないとも限らない。
世界を渡り歩く中でそういったものと出会う事がないとも言い切れない。
この世界には災害でさえも説き伏せて治めてしまう巫女がいる。
卓越した魔法の知識と知恵で外の世界の技術でさえも使いこなしてしまう魔法使いがいる。
ありとあらゆるものを隠蔽できる男がいる。
様々な才能を持つ者、様々なものを司る神々、ありとあらゆる問題を解決してしまいそうな人脈が此処にはある。
「一番安心できるのがこの世界だと俺は思った。」
そして、魔王は若干照れ臭そうに続ける。
「……勿論、その人脈にはお前達も含んでいる。」
それは紛れもない魔王の本心である。
それを聞いたテラは一瞬ぽかんと呆けてしまったが……すぐににんまりと笑みを浮かべて手を合わせた。
「そうですか、そうですか! それはそれは光栄です! ええ、ええ! 私は以前に申し上げた通り、何処までも貴方についていきますとも!」
「あ、ああ。宜しく頼む。」
テラが嬉しそうにそう言えば、魔王は照れ臭そうに答えた。
そして、視線を今度はトーカとビュワの方に送る。
「……お、お前達はどうだ? まぁ、ビュワは占い師の本業があるだろうし、トーカも別に働き口があると言ってたが。」
ビュワはコタツに顔を乗せたまま、ちらりと視線だけを魔王に返した。
「別に。」
そして、トーカの方にも視線を向けつつ続ける。
「私らはどっちでもいいけど、ねぇ。どうして欲しいの?」
ビュワは魔王に再び視線を向けて、にやりと不敵な笑みを浮かべる。
自分達は別に他所で働いてもいいと思っている。それで生活に困る事はない。それを強調しつつ、魔王に問うているのだ。
魔王は祝勝会の時の事、そしてこの判断を下すまでに考えた事を改めて思い返す。
相手の望みに頼るのではなく、あれこれと打算的な理由を探さず、自分の感情としてどうしたいか。
他人に自分の判断を委ねる。女神ヒトトセはそんな魔王の甘えに、甘やかしを持って答えた。しかし、目の前の部下達にまでそうやって甘えて良いのか。
魔王はふぅぅぅと深く息を吐く。
そして、意を決したようにまずはビュワの方を見た。
「今後もお前の未来を視られる目を借りたい。良ければ俺についてきてくれないか。」
改めての勧誘。ビュワはふっと笑って顔をあげた。
「別に構わない。」
「……ありがとう。今後も宜しく。」
「宜しく。」
ビュワはすっと手を差し伸べる。魔王はその手を取って握手した。
ビュワと魔王の契約は更新された。
そして、魔王は目の前で顔を背けているトーカの方を見る。
「トーカ。」
「…………なんですか?」
トーカは顔を背けながら返事する。
そんなトーカに魔王は手を差し伸べる。
「これからも俺に力を貸して欲しい。」
あまり多くは語らない。たった一言の勧誘。
その一言の勧誘に対して、トーカは顔を背けたまま差し伸べられた手を取った。
「仕方ないですね。」
握手を交わしてぐいと手を振る。
魔王はとりあえずは手を取ってくれたトーカを見て、安心したように微笑んだ。
魔王に見せないその顔が、緩んでいる事に気付いているのはトーカの隣に座っているビュワだけだった。
シキの対策の為ではなく、今度は魔王の助けとなるために。
新しい魔王軍が此処に誕生した。
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