第142話 魔王の回答




 誰も辿り着く事のない魔物と雪に囲まれたデッカイドーの僻地に佇む鉄の箱。

 その不思議な鉄の箱の前に白い女神が膝を抱えて座っていた。

 白い女神は視線の先から三つの人影が歩いてくるのを見て立ち上がる。

 そして、大きく手を振った。


「お~~~い。」


 中心の人影が手を振り返す。

 手を振り返すのは勇者"剣姫けんき"ハルである。

 ハルの両脇に伴ってきたのは同じく勇者"拳王けんおう"ナツと"魔導書"アキ。

 やってきたのは三人の勇者。中心のハルが白い女神に駆け寄った。


「ハルるん、ようきたね~。」

「バランガ様、魔王を見たって本当ですか?」

「ほんとさ~。この変な建物の中入ったきりよ。あてしずっと見張っとってん。」

「ありがとうございます。」


 ナツとアキは顔を見合わせる。

 ハルと親しげに話す浮き世離れした真っ白な女性。

 誰なのだろうかと不思議に思っていれば、その様子に気付いた真っ白な女神は人当たりの良い笑顔をナツとアキに向けた。


「あんれまぁ。ハルるんと同じ勇者だよねぇ? あてしはバランガいうもんでさぁ。"雪崩"の神様やってるもんでな。」

「え、えっと勇者のアキです。」

「ナツです。」


 "雪崩の女神"ことバランガと挨拶を交わす勇者達。

 雪崩と少し恐ろしげな響きながら、怖い神様という印象は与えない。

 "雪崩"という単語を聞いて緊張した面持ちのアキに対して、バランガはくすくすと笑って手を振った。


「あぁ、そう怖がらんで。"雪崩"ちゅうたらおっかねぇと思うかもしれんけど。」

「"雪崩を起こす"神様じゃなくて、"雪崩を治める"神様だから大丈夫だよ。優しい神様だから。」


 ハルが補足する。

 あくまで自然現象を治める為に"名付け"をされた神々は、その自然現象を司ると同時にその自然現象への抑止力にもなる。

 バランガという女神もまた"雪崩"という恐ろしい自然災害に神として形を与えられ、雪崩を治める女神となった存在なのだ。


「あんれま嬉しい事言うねぇハルるん。優しいだなんて言われたことないさぁ。まぁ、田舎住まいなもんでそもそも誰かと会話せんのやけども。なははは。」


 気さくな神様といった印象を見れば、最初は緊張していたアキも表情を緩める。

 楽しげに笑うバランガは、おっとと何かに気付いて口に手を当てて苦笑した。


「あらいげね。普段話さねぇもんだから、ついお喋りしちまうの悪い癖だなぁ。急いでるんやったね。ずっと見てたけんど、ここに入ってったの魔王くんだけやったよ。はよ入り。」

「見張っててくれたんですね。ありがとうございます。」

「ええよええよ。んじゃまお邪魔虫はこんでお暇させてもろて。」


 ふわりと浮かびあがり、白い身体はふわりと粉雪のように消えてしまう。

 消えてしまった女神バランガを探すようにきょろきょろとした後に、アキがハルに問い掛けた。


「今の女神様は、魔王が此処にいるのを見張ってて下さったんですか?」

「ああ。あちこちの神様に魔王を探してると伝えてたんだ。そうしたら、バランガ様が魔王を見掛けたと連絡をくれた。各々の神様はナワバリがあるから、目撃情報で大体の位置が分かった。」

「なるほど。ハルはハルで此処が分かってたんですね。」


 魔王からの連絡で"魔王城発電施設"で出会う事になっていたが、ハルの巫女の立場を活かした神様情報網にも魔王は捕捉されていたらしい。


「ゲシからも連絡があったが、魔王が丁度ここに現れたから同時に探知されたんだな。」


 同じくナツの頼ったゲシからも魔王が戻ってきたという情報が同時に上がってきていた。丁度魔王が現れたのと同時に、各々が頼った情報網に引っ掛かっていた。頼った相手は誰も頼りになる情報源だったという事だろう。


 同時に通話が来た理由は分かった。

 魔王は今まさにこの鉄の箱"魔王城発言施設"内にいる。

 この施設を訪れたことがあるのはアキのみである。


「じゃあ、今から開けますよ。」


 アキが先頭に立ち、魔王城のロックを解除する。

 アキの操作を受ければ、この世界には存在しない機械仕掛けの扉が、ゴゴゴと音を立てて開いた。

 まずはアキが先陣を切って施設内に踏み入っていく。続いて、前世ではこういった装置は見た事のあるナツも興味深そうに後に続く。最後に、こんなものは見た事もないハルが恐る恐る後に続いた。


 カンカンと足音の響く鉄の床。発電装置は稼働していない為、前にアキが訪れた時のようなゴウンゴウンという騒音は聞こえず、足音だけが静寂の中不気味に響き渡る。

 三人で並んで進んでいけば、やがて一番奥にある操作盤の元に辿り着いた。


「……あれ?」


 先頭のアキが首を傾げた。

 ここまではほぼほぼ一本道である。

 ここで魔王が待っているのであれば、すれ違いになる事などない筈だ。

 しかし、魔王に出会う事なく最奥まで辿り着いてしまった。

 アキが振り返って薄暗い施設内を見回す。アキの反応から魔王がいない事に気付いたナツとハルも同じようにきょろきょろと周囲を見回した。


「魔王~~~! どこだ~~~!」


 ハルが大きな声を上げる。声は反響して施設内に響き渡った。

 アキも視界を確保しようと杖をすっと振りかざし、光の玉をいくつか飛ばす。薄暗い施設内はたちまち明かりによって照らされた。

 最初に施設内の異変に気付いたのはナツだった。


「あ。」


 暗闇では見えなかった黒い穴。

 魔王が移動に用いるゲートの、空間の穴が施設の隅の方にあった。ナツの声と視線を追って、ハルとアキもゲートに気付く。

 ゲートに気付いたハルとアキは、すぐさまゲートに駆け寄った。

 

「おい、魔王! ここで待ってるんじゃないのか!」

「そっちにいるんでしょう! 出てきて下さい!」


 ゲートは人がくぐれるほどの大きさではなく、人のこぶし程度の大きさの覗き穴のような大きさである。そこにむかって呼びかければ、ゲートの穴から声が帰ってきた。


「お前達なんかさっき怒ってただろ。少しは頭冷えたか?」


 どうやら、魔王は先程の通話の際に頭に血が上っていたハルとアキに警戒していたらしい。ハルとアキは不満げにむっとしたものの、寒い中そこそこの距離を歩いてくる間に確かに頭は冷えていた。

 ここでまたムキになって噛み付けば、魔王に話は聞けないだろう。

 ハルはすーーーっと息を深く吐き、アキは胸を軽く擦って、改めてゲートに向かって話し掛けた。


「もう大丈夫だ。」

「私もです。」


 落ち着いた声色で二人が言えば、ゲートが大きく開く。

 人間大にまで広がったゲートからは、色白なおっさんが姿を現した。

 魔王フユショーグン。以前までと変わらぬ姿がそこにあった。


 魔王はうーむと唸ってから頭を掻く。

 そして、色々と考えるように暫く唸った後に、整理が付いたように口を開いた。


「まず、一つ誤解を解いておこう。俺は別にお前達に黙って引っ越そうとした訳ではない。」


 魔王がそう言えば、ハルとアキは目をぱちくりとさせた。

 ナツだけが何となく察している様子で腕を組んで黙っていた。

 魔王は続けて話す。


「お前達、空になった魔王城……というかあの小屋を見て、俺が黙って居なくなったと思ったんだろ?」

「あ、ああ。」

「だ、だって……。」

「それが誤解だ。大体いつも言ってただろ。来るなら事前に連絡しろって。」


 ハルは「あ。」と口に手を当てた。

 確かに前から口酸っぱく言われていた。

 魔王がいつでも居るわけではない。なので事前に連絡しろと。

 今回はサプライズのつもりで事前に訪問を告げていなかっただけなのだが。

 しかし、そこでアキが反論する。


「で、でも通話の魔石繋がらなかったんですもん!」

「え? 通話してた? ……あ、すまん。魔界に行ってたから繋がらなかったのかな。魔界と現界に通話用のゲート開けておかないと駄目なのか。」


 どうやら魔界と現界は通話が繋がらないらしい。

 魔王に連絡が繋がらなかったのはその為である。

 

「そこはすまなかったな。ただ、お前達がいきなり訪ねてくるとは思わなかったから……。引っ越し終わったら連絡するつもりだったんだぞ?」

「え? じゃ、じゃあ……。」


 ハルとアキが困惑していると、ナツが口を開く。


「俺達が訪ねていったのが丁度引っ越し途中だっただけなんだろう。要はタイミングが悪かっただけだ。」


 ナツが言った通りであった。

 魔王は魔界に引っ越すつもりだった。

 その引っ越し後に勇者達にも引っ越した旨を説明しようと思っていた。

 しかし、丁度その引っ越しの最中に勇者達が訪ねて行ってしまった。

 突然魔王が消えたように見えてしまい、慌ててドタバタしていたものの、実は魔王は消えた訳ではなく、引っ越し作業中でたまたま席を外していただけだったのである。


「そもそもあの小屋を使ってたのは、願望機シキの封じ込めの為に狭い空間が都合が良かっただけだ。シキの問題が解決した以上、わざわざあの狭い小屋で暮らす必要もないだろう。四季しきも居候する事になって狭くなってきたし、広い家に移りたいと思っていたんだが……先代魔王の城が使えると聞いてな。そっちに引っ越そうかという話になった。」


 魔王が引っ越しの経緯を粗方説明する。

 ハルとアキは未だにきょとんとしていたが、引っ越しの経緯を聞いて状況が飲み込めてきて、ようやく我に返る。

 ハルがハッとして魔王に尋ねる。


「こ、故郷には帰らないのか?」

「……ああ。帰らない事にした。」


 アキが少し潤んだ瞳で尋ねる。


「この世界に残るんですか?」

「……ああ。拠点はこの世界に置くことにした。あくまで拠点にするだけで、ちょいちょい別の世界に行ったりもするが。まぁ、そこは話すと色々と長くなるんだが……。」


 ナツが魔王に改めて尋ねる。


「今後も俺達は会えるのか?」


 魔王は頬を掻いて、少しムズ痒そうに答えた。


「そう改まって聞かれるとなんかな……。まぁ、都合が付くときは普通に会えるぞ。」


 ハルも、アキも、ナツも、各々が言いたい事が沢山あった。

 しかし、今だけはほっと胸を撫で下ろす。


 言いたい事はこれからだって言えるのだ。


 勇者達が感極まっている中、魔王がぽりぽりとこめかみを掻く。



「……こんな空気の中申し訳ないんだが。」


 そして、若干気まずそうに口を開く。


「俺がさっきアキに連絡したのは、なんか発電設備がおかしくなってしまっててな。あっちの魔王城に電気が行かなくなって大分参ってて……修理をお願いできないかな~と。」

「あっ。」


 アキがハッとした。

 魔王が「え。」とアキを見た。


「今の『あっ。』ってなんだ?」

「……い、いえ。なんでも。」

「……お前何かしたのか?」

「…………しゅ、修理しますよ?」

「おい。」


 アキが魔王を誘き寄せる為に行った破壊工作。

 魔王はまんまとそれに釣られて此処に顔を出し、修理を頼もうとアキに連絡したらしい。

 目的は果たしたものの、先に懸念されていたようにしっかりと魔王に迷惑が掛かっていたと分かり、バツが悪そうなアキ。

 そんなアキの肩をハルとナツがぽんと叩けば、アキはしょんぼりとした顔でぺこりと頭を下げた。


「ご、ごめんなさい。」


 この後事情を説明して、アキはしっかりと怒られた。




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