外伝第30話 正答者




 その女神は生まれながらにして全ての正解を導き出す力を持っていた。

 その女神の選ぶ行動全てが"正しい"方向に進んでいく。

 "正答"と名付けられたその優れた権能故に、女神は瞬く間に女神の世界にて地位を向上させていった。


 しかしながら、その権能も決して全能ではない。

 その女神の適当な性格故か、必ずしも"最善"を引くわけではない。

 どうしてこんな適当な女神が、そんな優れた権能を与えられたのだろうか。

 もっとしっかりとした女神に権能が渡っていれば、世界はより良くなったかも知れないのに。

 多くの女神がそんな疑問を、そんな願望を抱き、才能だけで登り詰めた女神を嘆き、時に嫉妬した。


 しかし、"正答"の女神はそんな視線を浴びてもへらへらとしていた。

 まるで堪えていないかのように。

 それが女神達をより一層苛立たせるのである。




 女神達は知らなかった。知ろうともしなかった。

 "正答"の女神が導く"正解"。それが果たしてどういう意味での"正解"なのか。

 "正解"とは、正しき解の事である。では、その"正解"は果たして如何なる問いに対する解なのか?




 一枚のテスト用紙がある。

 テストを全て"正解"で埋めれば、100点のテスト用紙が出来上がる。

 では、100点のテスト用紙を教師に提出するのは本当に"正解"なのか。

 "正解"と答える者も当然いるだろう。非の打ち所のない優れた成績を残す事は素晴らしい事である。

 しかし、それが"正解"ではないと答える者もいる。

 完璧なものには期待が寄せられる。期待を原動力として励みとする者もいる。

 しかし、そんな期待を重荷に思う者もいる。煩わしく思う者もいる。

 誰しもにとって、100点のテスト用紙が"正解"とは限らない。


 千差万別の"正解"がある中で、"正答"の女神の"正解"は果たして誰にとっての正解なのか?






『ヒトトセ先輩。本当にあなたは魔王くんの行方を知らないんですか?』


 "正答の女神"ヒトトセとスマートフォンで通話するのは、デッカイドーの木こりの泉に住まう"美化の女神"オリフシ。

 勇者ハルに尋ねられた魔王の行方について、ヒトトセは心当たりがないと答えた。それに対して、オリフシは疑問を抱いていた。


『あなたの"正答"なら、本当は"正解"が導き出せるんじゃないんですか? ハルちゃんの居る場で不信感を与えたくないから黙ってましたけど。』


 スマートフォンを耳に当て、モニターを眺めるヒトトセはくすりと笑う。


「むりむり。うちの"正答"はそんなに便利な権能じゃないよ。本当にうちはなーんも知らない。答えも全然出てこない。」


 嘘ではない。紛れもない事実である。

 しかし、それは"正答"の権能が上手く動いていないという訳ではない。

 ヒトトセはそれを知っていて、あえてオリフシには黙っていた。

 何故なら、"正答"の権能が、ヒトトセに「此処で"正答"の秘密を話すべきではない」と告げているからだ。


「だいじょぶだいじょぶ。悪いようにはならないよ。だから、オリフシは待ってて。きっといいようになるからさ。」

『……それなら信じますけど。』


 自信満々にヒトトセが言えば、オリフシは渋々ながらその言葉を信じた。

 嘘ではない。悪いようにはならない。いいようになる。

 



 


 


 ヒトトセはくすくすと笑った。

 は言わない。如何なる女神に対しても一度も言った事がない。

 あえて、彼女はいつもそれが"誰にとって"の"正答"なのかを伏せている。


 「魔王の居場所が分からない」訳ではない。

 「魔王の居場所が分からない」のが"正解"なのだ。

 「勇者ハルの力になれない、後輩オリフシの期待に応えられない」訳ではない。

 「勇者ハルの力になれない、後輩オリフシの期待に応えられない」のが"正解"なのだ。


「それじゃ、切るよん。うちの方でも何か分かったら連絡するね。」


 ヒトトセはスマートフォンの通話を切った。




 うふふ、と悪い笑みがこぼれる。


「あとはゆっくりと時を待つだけ。そうすれば……。」


 魔王について調べるつもりは毛頭ない。

 何故ならのんびりと時がくるのを待つのが"正解"だから。

 魔王の行方を追うことが"不正解"だと分かっているから。


 全ての物事が思うがままに進むという訳ではない。

 しかし、いつだって彼女の元には"正解"が転がり込む。

 

 いつだってヒトトセは、の"正答"を導く。

 ヒトトセはヒトトセの為だけに生きている。




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