第141話 CALLING




 主を失った魔王城にて、勇者三人が魔王の行方を捜して集まっている。

 情報交換をした彼らの元で、通話の魔石が震動した。

 全く同じタイミングで来た誰かからの連絡。

 無関係とは思えない。


 ハル、ナツ、アキは互いに顔を見合わせる。

 放って置くわけにもいかない。三人は各々通話の魔石を取る事にした。





 ハルが通話の魔石を取る。

 

「はい。ハルです。」

『もしもし、ハルちゃん? 私よ、オリフシ。』

「女神様?」


 通話相手は女神オリフシであった。

 ハルが魔王の行方について、何かを知らないかを尋ねに行き、魔王に故郷に帰る話を持って来た女神ヒトトセを紹介してくれた女神である。

 ヒトトセの方で何か分かったらオリフシを通じて連絡を貰えるという事だったので、ハルはその通話に期待を寄せる。


「どうしたんですか!?」

『それが、この前の件で少し分かった事があったのよ。それで取り急ぎ連絡したの。』


 この前の件、というのは失踪した魔王の話だろう。

 ハルは食いつくように声を上げた。


「何ですか!?」

『わっ! びっくりした! そ、そんなに慌てないで……。』

「す、すみません。」

『まぁ、前のめりにもなっちゃうわよね。じゃあ、手短に話すわね。"バランガ様"がついさっき魔王みたいな人を見掛けたって。』

「バランガ様が?」


 ハルは驚いたように目を見開いた。


『ハルちゃんの連絡先は知らないから取り次いでくれって。本当についさっき見掛けたみたいだから、バランガ様の所に行けば会えるかも知れないわよ。』

「あ、ありがとうございます!」

『長話をしてる暇もないわね。幸運を祈っているわ。』

「ありがとうございます! すぐに向かいます!」


 通話はそこでぷつりと途切れた。

 本当に最低限の用事のみをオリフシはハルに伝えてきた。





 ナツが通話の魔石を取る。


『もしもォし。』

「ゲシか?」

『おォ。』


 通話の相手はゲシ。ついこの間、ナツが魔王の行方について頼りにいった勇者である。その時は彼の所有物"世界の書"で、魔王が魔界の魔王城に引っ越したのではないか、という情報までしか分からなかったのだが……。


『急いで伝えた方がいいかと思って通話した。』

「どうした?」

『魔王サン、こっちに戻ってきてるみてェだぞ。』

「……何!?」


 思わずナツは大きな声を上げる。

 通話先で「わっ!」と驚きの声が上がる。


『急に大声出すな! ビビンだろうが!」

「わ、悪い。で、戻ってきたって、どういう事だ?」

『お前ェに相談受けてからマメに"世界の書"覗いてたンだよ。そしたら、ついさっき魔王サンが戻ってきたってェ情報が出た。多分、"世界の書"の捕捉範囲に戻ってきたから情報が更新されたンだろ。』


 ゲシはどうやらナツと別れた後も気を利かせて魔王を追い掛けていたらしい。

 

『ちょいちょい移動してっから正確な位置は言葉では伝えらンねェけど。街中やら"魔王城発電施設"? ってェところをウロウロしてるらしい。あの人、ワープみてェに移動すンだろ? 飛び飛びで動線が見えねェから予測は立てられねェが。』

「街中や……発電施設?」


 発電施設と聞いて、ナツはアキから直前に聞いていた話をすぐに思い出す。

 アキは発電施設が再稼働している事から、魔王がまだデッカイドーにいると判断したという。そして、その時の気の迷いで施設に細工をしてきたらしい。


(もしかして、本当に施設の異常に気付いて様子を見に来たのか?)


 アキの仕掛けた罠?が思いもよらず成功した。

 若干気の毒に思えるが、思わぬ嬉しい誤算である。

 

(それはそれとして、街中にも現れているのはどういう事なのだろうか?)

 

 魔王は魔界の魔王城に引っ越した。何か目的があって魔界に移ったのだと思っていたが、こちらの世界にもまだ何か用があるのだろうか? ますます魔王の意図が読めなくなってくる。


『中途半端な情報ですまねェな。帰ってきてるのが今だけかもしれねェから急いで連絡した。また何か分かったら連絡するぜ。』

「いや。十分だ。助かった。ありがとう。」

『おォ。会えたら俺からも宜しく言ってたって伝えといてくれ。』

「ああ。」


 ゲシからの通話が切れる。

 気を利かせて急ぎ連絡をくれた判断を心の底から有り難いとナツは思った。





 アキが通話の魔石を取る。


「……誰ですか。」

『………………。』


 通話先からは声がしない。

 しかし、通話が繋がっていない訳ではない。

 僅かに通話先からは人間の息づかいが聞こえてくる。

 アキは怪訝な顔をした。

 しばらく、アキは相手の出方を窺う。しかし、反応は返ってこない。

 やがて、耐えかねたアキが低い声色で尋ねる。


「何で黙ってるんですか。」

『…………いや、すまん。俺だ。魔王だ。』

「は!?」


 それは思いも寄らぬ相手だった。

 勇者三人にほぼ同時に連絡が入った。

 あまりにもぴったりなタイミングだったため、何かしらの関係性がある、今まさに魔王を追っている事に関わる内容ではないかと思っていたら、まさか本人を名乗る相手からの連絡だとはアキは思いもしなかった。


「ほ、本当に魔王なんですか!?」

『…………え。もしかして、何か怒ってる?』

「お、怒ってるって……怒ってるに決まってるじゃないですか!!! どうして黙って消えたんですか!!!」

『え? 消えた? 何の話だ?』

「とぼけないでください!!!」

『…………。』


 魔王は黙る。アキはそこで「しまった。」と口に手を当てた。

 確かにアキは突然何も言わずに消えた魔王に怒っている。

 しかし、せっかく連絡をしてきたのだ。話を聞き出すチャンスなのに、ここで怒って相手を萎縮させてしまっては聞ける話も聞けなくなる。

 アキは感情的になるのを押さえて、ふうと息を吐いて声を抑える。


「ご、ごめんなさい。嘘です。怒ってないですよー。」

『…………いや、絶対怒ってるだろ。通話に出た時から声色がおかしかったぞ。』


 どうやら最初にしばらく黙っていたのは、アキの不機嫌を声から察知したかららしい。アキは「うぐっ。」と気まずそうに声を漏らした。


「そ、そんなことないですよー。」

『……今都合が悪いなら改めるが。』

「怒ってないって言ってるでしょうが!!!」

『お、怒ってるじゃん……。』

「怒ってないです!!!」


 先にさくっと通話を終えたハルとナツが、丁度アキが怒鳴ったタイミングで、アキの通話を聞いて声の主にすぐ気付く。


「魔王!?」

「魔王なのか!?」

『えっ。何? ハルとナツもいるのか?』

「お前今どこにいる!?」

『……え、俺の事探してるのか?』

「どうして勝手にいなくなった!?」


 ハルがグイグイと攻め立てれば、魔王は「えぇ?」と困惑した様子で声を漏らす。

 最初は勢いよく食いついたナツだったが、そこで少し違和感に気付く。


「何処に居るのか吐いて下さい!!!」

「逃がさないぞ!!!」

「ちょ、ちょっと。アキ。ハル。二人とも一旦落ち着け。」


 魔王が黙って失踪した。

 そう思って異常事態であるかのように勇者達は騒ぎ立てていたのだが、通話先の魔王は何やらその騒ぎに困惑している様子である。

 ナツはそこで、魔王は今の状況をそこまで深刻に考えていないのではないか?とふと感じたのだ。

 興奮気味に魔王を問い詰めるハルとアキを宥めようとするのだが、勢いは収まらない。


「落ち着いていられますか!!! 絶対にとっ捕まえてどういうつもりか吐かせてやります!!!」

「そうだそうだ!!!」

「き、気持ちは分かるが落ち着け。その勢いで詰め寄っても……。」

『…………。』


 通話先からごくりと息を呑む音が聞こえた。


『あの……俺、わたくし何か悪い事しましたでしょうか。』


 そして、震え声で改まって魔王が尋ねてきた。

 そこでナツは確信する。

 どうやら魔王は普段通りの気分でいる。何もおかしな事をした自覚がない。

 更に通話の魔石に怒鳴りかけようとしたアキとハルに、ナツは咄嗟に手のひらから放った黒い霧を流す。黒い霧はアキとハルの口元に漂い、発せられた声を塞き止める。ナツの操る異能"虚飾"、あらゆるものを覆い隠す魔力で、二人の発した声を隠した。

 そして、二人に代わって通話の魔石に話し掛ける。


「教えてくれ魔王。お前は魔界に引っ越したのか?」

『え? 耳が早いな。どこで聞いたその話? まだ引っ越し作業中なんだが。』

「本当に引っ越したのか? 俺達に黙って?」

『いや、黙っても何も、まだ引っ越し途中で……え? どこでその話聞いた?』

「いや、魔王城に来たら空っぽになってたから……故郷に帰ったものかと思って探してたんだぞ。それで情報を集めてたら、お前が魔界の魔王城に引っ越したんじゃないかって……。」

『…………あ。え? そういう事?』


 魔王がようやくピンと来た様子で「あー。」と気まずそうに声をあげた。


『……ハルとアキ、キレてる?』

「……ああ。」


 ナツが黒い霧で口を塞がれ、じたばたしているハルとアキを横目で見て頷く。

 魔王は深く溜め息をついた。

 そして、しばらく何かを考えているように黙り込み、やがて意を決したように低いトーンで声を発した。


『……発電施設で待つ。そこで相手をしよう。』


 そう言って、魔王は通話を切る。

 通話が途切れたところで、ナツはようやくハルとアキの塞いだ口を解放した。


「何するんですかナツ!」

「何で邪魔するんだ!」

「わ、悪かった。だが、二人とも一旦落ち着け。」


 ナツは怒るハルとアキを宥める。

 

「多分俺達の間で誤解がある。」


 その言葉を聞いたハルとアキは「ん?」と怪訝な顔をした。


「誤解、ですか?」

「どういうことだ?」

「多分、魔王に会って落ち着いて話せば分かる。」


 ナツはすっと立ち上がる。

 魔王は通話先で言った。「発電施設で待つ」と。

  

「行こう。魔王城発電施設に。」


 ハルとアキは顔を見合わせる。

 思うところは色々とあったが、あれこれ騒いで居ても仕方が無い。

 二人も一緒に立ち上がる。


 遂に掴んだ消えた魔王の行方。

 勇者達は魔王の待つ魔王城発電施設に向かう。




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