第139話 世界の書
勇者"拳王"ナツはとある民家を訪れていた。
ドアをノックすれば、顔を出すのは赤髪に赤マフラーが特徴的な長身の青年。
「おう、いらっしゃい。」
「お邪魔する。」
ナツは青年に家に通される。
青年はナツと同じ勇者であり、前世の記憶を持つ転生者でもある。
女神ヒトトセにより"殺戮の勇者"の名を与えられた男、名をゲシという。
そこは勇者ゲシの家。そこそこの広さの一般的な民家の中をナツが見渡し、意外そうに呟いた。
「ここがお前の家なのか。」
「ンだよ。意外そうな顔してよォ。」
「意外と普通だな。」
「当たりめェだろ。なンで普段過ごす家で奇をてらわねェといけねェンだよ。」
「ま、まぁそれはそうだが。」
ゲシという男、"殺戮の勇者"という物騒な称号の割には、感性は普通なのである。
"血染めの刃"の異名も持つ便利屋の彼のイメージカラーとも言える赤が多い訳でもなく、極々普通の生活空間であった。
「家を買ったと聞いたから、勝手に期待してた俺が悪かった。」
「期待外れみてェに言うな。まァ、勇者として周知されて、仕事も増えたからよォ。いつまでも拠点を点々とする根無し草でもいられねェなと思ってな。でけェ金も入ったし腰を据えようと思ってよ。」
ゲシは女神ヒトトセによって勇者に選ばれたものの、最初は国から勇者としては認められていなかった一人である。しばらくはフリーの便利屋、傭兵、冒険者として何でも屋のように活動していた。
女神の手違いでそういった境遇にいたものの、何やかんやあって国からも勇者と認められ、世界の危機を救った報奨として多額の賞金が与えられ、更に勇者として名が知れた事で様々な依頼が舞い込んでいるという。
「そこに座っとけ。茶ァでも出すからよ。」
「すまんな。」
ダイニングに招かれたナツは、促されて椅子に座る。
すぐにゲシはお茶を淹れて、ナツの元に運んで来た。
「茶請けとかは出せねェからな。急なもんで用意してねェしな。」
「お構いなく。急に押し掛けて申し訳ない。」
「ンで、話ってのはなンだよ。」
ゲシはどかっとナツの向かいに座って足を組む。
今日はナツから話があるという事でゲシの元を訪ねてきた。
急な相談だったのだが、ゲシは特に拒む事なくすぐに迎え入れたのである。
早速本題に入ろうと話を進めるゲシに、ナツは早速話を切り出した。
「魔王が姿を消した。」
「……はァ?」
突然の話にゲシは怪訝な顔をする。
確かにその一言だけでは伝わらないだろう。
「ハルとアキと共に魔王城を訪ねたら、魔王城の中にあった家具まで含めて魔王の姿が完全に消えてしまっていた。それ以前に俺達全員が魔王に故郷に帰る事をにおわせるような話を聞いていた。その頃から薄々と魔王が故郷に帰るのではないか?という疑念が湧いていた中での突然の魔王の失踪に俺達はかなり戸惑った。ハルとアキが怒って魔王城を破壊しようとするので俺も必死に止めようとしたりと」
「ちょ、ちょっと待て。分かった。」
ナツの早口の説明にゲシが待ったをかける。
「まぁ、『魔王サンが姿を消した』ってェのは分かったよ。それと、お前ェが滅茶苦茶に取り乱してるって事も。」
「…………俺はそんなに取り乱してるか?」
「お前がテンパると出てくる早口のクセが久し振りに出てンぞ。」
「…………そんなクセあるか?」
「自覚ねェのかよ。まァいいや。」
ゲシは席を立ち、部屋の隅に置かれた本棚の方へと向かう。
そして、本棚から一冊の本を取り出し、再びナツの前に戻ってきた。
「つまり、消えた魔王サンの行方を知りたいから、俺の"世界の書"の力を借りたいってェ事だろ?」
「話が早くて助かる。」
ゲシの所持する本"世界の書"。
この世界の設定書とも言える、世界の全てが記された、女神ヒトトセによってもたらされた転生特典。
「……だけど、コイツぁそもそも"この世界"の情報しか載ってねェからなァ。"外の世界"からやってきたあの人の情報が載るモンなのか……。」
ゲシの言う通り、あくまでこれはこの世界の設定書である。
魔王という外側の存在の動向がそもそも此処に記されるのか?
魔王が願望機を所持している、といった情報は以前に載った事がある。
しかし、時には載らない情報があったりとかなりムラがあったりもする。
というか、この世界の情報でも盛大に誤字で記されていたりもする。
どうやらこの"世界の書"を与えた女神ヒトトセの適当な性格が反映されているようで、情報の正確性は保証されていないらしい。
ゲシはパラパラと本を捲る。
見たい情報は"魔王の行方"。
見たいと念じた情報を、"世界の書"は自動で検索する。
ピタリと止まったページを覗けば、そこには魔王の情報が書かれていた。
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魔王は魔王城に移り住んだ。
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ゲシが「ん?」と怪訝な顔をする。
「『魔王は魔王城に移り住んだ』……?」
そして、文章を読み上げれば、今度はナツが怪訝な顔をした。
「どういう事だ?」
ナツは魔王城から魔王が消えた為、魔王を探し出す為にゲシを訪ねてきた。
つまり、魔王城には魔王はいない筈である。
しかし、"世界の書"は『魔王は魔王城に移り住んだ』と、魔王は魔王城にいると言っている。
「魔王城にはいなかったぞ?」
「……そもそも"移り住んだ"ってェのはなンだ? 元々住んでた訳じゃねェのか?」
「移り住んだ……引っ越し?」
移り住んだという文章について、ナツとゲシは考える。
引っ越し。魔王城に引っ越した。そう解釈して、ゲシはひとつの可能性を口にする。
「魔王城から別の魔王城に引っ越したって事か?」
「別の魔王城って何だ?」
「……いや、言ってて俺も何だよって思ったけどよォ。」
ゲシは今度は"魔王城"について調べてみる。
パラパラとページがめくれると、魔王城についての情報が現れる。
今度はナツも一緒になって"世界の書"を覗き込んだ。
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魔王城:魔王が住まう城。
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「それは知ってンだよ! 使えねェなこのクソ本!」
"世界の書"はパラパラとめくれた。
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それは言い過ぎじゃない?
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クソ本呼ばわりに異議を申し立ててきた。
ナツとゲシが真顔になった。
「お前ェ……ヒトトセか? 会話できンなら真面目に答えろよ。」
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私は"世界の書"。女神ヒトトセではありません。
女神ヒトトセの知能レベルを元に作られた
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此処に来てゲシも初めて知った"世界の書"の設定。
ゲシはじろりと本を睨んで、頭を抱えてぼそりと呟いた。
「なンでそのレベルを元にしちまったンだよ……。」
女神ヒトトセ。ナツやゲシといった転生者を導いた女神。
しかし、どこか抜けているというか、多分駄目な女神なんだろうなと思う部分をちらほら見せてくる女神である。
そもそも天の神にゲシ達が勇者である事を伝え忘れた元凶でもあり、基本的に信用がないのである。
しかし、嘆いていても仕方が無い。
ゲシは"世界の書"に尋ねる。
「もう面倒臭ェ検索とかいいから、直接答えろ。魔王は何処に行った。」
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魔王は魔王城に移り住んだ。
魔王城とは魔王の住まう城である。
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同じ事を繰り返す"世界の書"。
ゲシは真顔でぼそぼそと呟き指先に火を灯す。簡易的な火の魔法である。
思わずナツが待ったを掛ける。
「お、落ち着けゲシ! 燃やすのはまずい!」
"世界の書"がぱらぱらとめくれる。
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暴力反対。
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「……もうこの本要らねェよな。」
「……お、落ち着け。」
若干ナツの止める勢いが弱まる。
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こっわ。目がマジじゃん。
ごめんて。でも、私はちゃんと真面目に答えてるから。
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急に気さくな書き口になり、更にゲシがイラッとする。
ナツの方も真顔になっている。
「どういう意味で言ってる? ちゃんと納得いく答えを出さねェなら燃やすぞ?」
ゲシが脅しを掛ければ、"世界の書"はパラパラと高速でめくれて新たなページを指し示した。
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魔王は魔王城から魔王城に移り住んだ。
本当にそれだけ。
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先程出てきた推測を"世界の書"が確定させる。
魔王は魔王城から魔王城に移り住んだ。
つまり、今まで知っていた小屋にしか見えない魔王城から、他の魔王城に移り住んだという事……なのだろうか?
「魔王城から魔王城って……今までの小屋以外に魔王城があるのか?」
ナツが"世界の書"に問い掛ける。
"世界の書"はパラパラとめくれる。
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魔王城は魔王が住まう城。
魔王が住めばそこは魔王城。
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つまり、魔王は単に引っ越しただけという事だろうか。
段々と話が見えてくる。
「魔王は何処に引っ越したんだ? 『魔王城』で済ませずに詳しく教えてくれ。」
ナツが"世界の書"に問えば、ページがパラパラとめくれた。
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面倒臭いから嫌。
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ゲシが指先の火を本に近づける。ページがパラパラとめくれる。
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ごめんて。分かった分かった。
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やはり、女神ヒトトセの適当な性格を反映しているらしい"世界の書"は、脅しに屈してペラペラとめくれた。
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幻影に覆い隠された幻の土地。
人は決して踏み入れない禁断の土地。
全ての魔物が生まれた場所。
全ての魔法が生まれた場所。
その土地から生まれたが為に、それらは"魔"物と、"魔"界と呼ばれた。
その土地の名は"魔界"。
デッカイドーの中にあるもう"一つの世界"。
その土地を統べる者を古来より"魔王"と呼び。
古の魔王が住んだ魔界の巨大な城は"魔王城"と呼ばれた。
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"世界の書"が紡ぎ出す、この世界に隠された大きな秘密。
魔王は何処へ消えたのか。
それを追う勇者達は魔王のルーツに踏み込んでいく。
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