第138話 魔女の悪戯
魔王城の発電施設にて、勇者"魔導書"アキは魔女と遭遇した。
黒いマントに黒いヒール、黒い髪に黒い三角帽子と全身が黒い怪しい女は、正座をしつつ話し始めた。
「実はこの施設は悪名高き魔王のものでして。」
「それは知ってます。」
「あっ、そうでしたか。すみません。流石は噂に名高き勇者"魔導書"殿。既にそこまでご存知とは。なんという聡明さ。魔女界隈でもその魔法の腕は噂で持ちきりですよ。へへへ。」
引き攣った笑みを浮かべつつ手を揉みながら露骨に媚びてくる魔女。
あまりのも露骨すぎたが、アキはふふんと得意気な顔をして満足げであった。
「あたしは魔女のアウトナというものです。実はこの施設は魔王からの依頼を受けたあたしが作りまして。」
「やっぱりあなたがここを作った魔女なんですね。」
「へへへ。お恥ずかしながら。まぁ、魔王から貰った設計図を元に魔法的に再現しただけなんですけどもね。」
この施設に入れる時点でそうとは思っていたが、魔王の発電施設を作った魔女がこのアウトナという魔女だという。
そもそも魔女とはなんなのか?
簡単に言えば見た目は普通の人間女性だが、分類としては魔物に含まれる種族名である。
種族として先天的に特異な魔法の才を持ち、本来人間が手順として踏まなければならない術式の構築や詠唱等々といった過程を踏まずに魔法を行使する事ができるという。
この世界において魔法は"魔"の"法"という名の通り、本来であれば魔物が行使するものである。それを人間達が技術に落とし込み再現したのがアキ達魔法使いが行使する魔法なのだ。
それを先天的に使える為、魔女は人間というより魔物に近い存在と区分されてきた。
古くは魔物として差別も受けて来た……とは言われているが、それも魔法が技術として確立される頃までの話であり、大分前から魔物とはされつつも人間と共存する者もいるくらいには今は友好的な間柄にはなっている。
とはいえ種族的な問題なのか教育の問題なのか、多くがなかなかに難しい性格らしく人間とは敵対的な者が多い。友好的な魔女でも人の集落には決して属さず、人里離れた場所に隠れ里を設けている……という噂である。
文献や噂程度でしか知られていない魔女。
魔法に精通した人型魔物。
アキの認識もそこ止まりである。
こんな施設を一から作り上げたという点では、確かに魔法の腕は並ではないとアキは思った。
「それで、此処に今、何をしに来たんですか。」
「へへへ……。実はここの調整もあたしが請け負ってまして……でも、そろそろ調整の時期の筈なのに魔王から連絡が来ないもんだから、あたしの手で壊し……」
「壊し?」
「げふんげふん! 違くてぇ! 様子を見に来たんですよぉ!」
物騒な事を言い掛けて、アキに怪訝な顔で睨まれれば、アウトナは咳をしてブンブンと首を振った。
あからさまな誤魔化し、アキも流石に騙されない。
アキは魔女アウトナの目的がハッキリと分かった。
「つまり、定期的に調整が必要になる仕込みが作動していないから、自ら破壊して調整が必要になるように目論んだという訳ですね。」
「ギクッ! ち、違いますけどぉ!?」
「ギクって言いましたよね?」
魔女アウトナは発電施設をあえて定期的に調整が必要なように非効率な魔法を組んでいた。調整により魔王から定期的に報酬をせしめる為の工作である。
アキがそれに気付いて修復したのだが、どうやらアウトナは気付いておらず、未だに調整の依頼が来ないことを気にして施設に乗り込んで来たようだ。
「残念ながら、装置は私が完璧な形に修復しましたよ。あなたの仕組んだ欠陥については魔王に話して、今後の調整は私が見るという事で話がついてます。」
「えぇ!? 聞いてないんだけどぉ!?」
アウトナはがばっと立ち上がる。
「なんなんだよぉ! 契約切るならちゃんと言うのが礼儀だろうがよぉ!」
「それはそうですね。でも、詐欺みたいな事やってるあなたにも問題があるのでは?」
「詐欺とは人聞きの悪い! 腕の良い職人は儲からないって言うでしょ!? 程よく手を抜くのが上手くやっていくコツなの! お金に困らない貴族出身の勇者様には分からないでしょうがねぇ! 生活掛かってんだよこっちはよぉ!」
「ご、ごめんなさい。」
先程までのヘコヘコした態度から一転、急にもの凄い剣幕でキレ始めるアウトナに、思わずアキが謝った。
謝った後で別に謝る事じゃないだろうとハッとする。
「いや、それにしたってやり方が汚いですよ。」
「汚い? それは魔女にとって褒め言葉! 綺麗事でおまんま食ってけないってぇの!」
「なるほど。そういうキャラなんですね。」
アウトナの人となりを大まかに理解して、アキははぁと溜め息をついた。
ここまで清々しいまでの小悪党ともなると、此処に来た理由に裏などはないのだろう。
いつの間にやら勇者への恐縮すらもなくなっていたアウトナは、アキの溜め息を聞いて「む。」とアキをじろりと睨み付けた。
「ところで、勇者様はどうして此処に? 調整ってな訳でもないでしょ? 魔王の立ち会いがないみたいだし。」
「そういうところは察しがいいんですね。まぁ、合ってますよ。」
理由を話す義理はないのだが、魔王と関係性を持っている情報源になり得るかもしれない。離す事で生じる不利益もないと判断し、アキはアウトナに自身の目的を打ち明ける事にする。
「実は……。」
アキと魔王の関係性、魔王が失踪したこと、その調査の為に施設の稼働状況を確認しに来たこと、再起動の形跡があったこと、それらをアキはアウトナに打ち明ける。
一頻りアキが話せば、ふむ、とアウトナは興味深そうに帽子に手を添えた。
「なるほど。事情は分かった。ふぅん、そんな事になっているとは。」
「何か知りませんか?」
「知ってたらこんなところに来てない。」
「それは確かにそうですね。」
どうやら手掛かりにはならないらしい。
アキがそう思ったその時、にたりとアウトナは不敵な笑みを浮かべた。
「……でも、魔王を見つける手段は思い付いたかな。」
「え?」
思わぬ返答が返ってきて、アキはきょとんとしてしまった。
少し呆気に取られてしまったが、あまりにも怪しい魔女の、怪しい笑みをアキは怪訝な顔で睨む。
「本当ですか?」
「あたしは勇者様ほど腕が立つとは言わないけど……悪巧みに関しちゃ右に出る者はいないと自負してるよ。」
「自慢げに言う事ですか?」
アキはじろりと睨みつつも、確かに悪巧みに関してはこの魔女は長けているのかも知れないと思う。
「教えて下さい。どうすれば魔王を見つけられるんですか。」
「うーん。タダで教えるのはなぁ。ただでさえ仕事を奪われてこっちは痛手なのになぁ。」
「最期の言葉はそれでいいですか?」
「あたしを脅そうっていうのか! 勇者の風上にも置けないやつだね!」
「それが遺言ですね。」
「目がマジだ! ごめんってぇ! 冗談! 冗談だから!」
アキは何かしらの報酬を与えてもいいとは思っていたのだが、この手の輩は一度弱みを見せると調子に乗ることを知っている。魔王を騙して金を巻き上げようとしていた悪辣な魔女には強気であたって行く事にする。
アウトナは涙目になりながら、ぶすっと口を尖らせた。どうやら、性格の悪さの割には小心者らしい。アキの一睨みですっかり萎縮している。
「この施設をぶっ壊しちゃえばいいんだよ。」
「え?」
「この施設をぶっ壊しちゃえばいいんだよ。あたしが壊そうとしてたように。」
アウトナは魔王を見つける策を簡潔に話した。アキは二回聞いても何を言っているのか分からなかった。
「ふざけてるんですか?」
「ふざけてないよぉ! 真面目に言ってるってぇ!」
アウトナはにへらと媚びへつらうような笑みを浮かべて身を低くする。
「魔王はこの施設を再起動したんでしょ? って事はこの施設はまだ使ってる訳だ。どこに此処で作った電気を送ってるのか知らないけども、この施設を停止したら困る事は間違いないよね?」
「……あっ。」
「どこにいるとしても、"この施設が止まったら確認しに来なきゃいけなくなるじゃないか"。」
アキはようやく合点がいった。
「手動のオンオフを弄るくらいだと自分で直しに来るでしょう。だから、あたしや勇者様じゃないと直せないレベルで壊しちゃえばいいんだよ。そしたら、魔王は仕組みを知ってる唯一の相手の、あたしか勇者様に頼らざるを得なくなるでしょ?」
「なるほど。私達に連絡をいれざるを得ない状況に追い込めばいいと。」
確かにこの方法はアキには思い付かなかった。
自分で組み上げた魔法を自ら壊すという選択肢は選べない。
自身の魔法すら金儲けの使い捨て道具として、雑に扱えるアウトナだからこそ思い付く選択肢である。
「でも、電気いきなり止まったら困る事になるんじゃ……?」
「困らせればいいじゃないか。勇者様だってこうやって手間かけさせられて困ってるんだろう?」
「……言われてみれば確かに。なんかまた腹立ってきました。」
アキは黙って消えた魔王に怒っていた。
捜索に入った今は普通に心配しているような気になっていたが、やはりまだ怒っているのである。
そのアキのむむっとした顔を見たアウトナはにたりと笑った。
「やっちゃおうよ。あいつを思いっきり困らせてやろう。これは正当な罰だよ。復讐だよ。あの馬鹿に思い知らせちゃえ。」
魔女の囁きで、アキはむむむと奮い立つ。
「……よし。」
悪戯好きの魔女に唆されて、アキは制御盤に手を掛け……。
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