第130話 魔王と拳王
魔王城にてコタツを挟んで向かい合うのは二人の男。
魔王城の主である魔王フユショーグン。
勇者"拳王"ことナツ。
「悪いな。わざわざ来て貰って。」
「いや。構わない。」
魔王が頭を下げれば、ナツは首を横に振る。
今日は魔王がナツを魔王城に呼び付けた。
ナツも快く呼び掛けに答えて、早速今日やってきたという経緯である。
「何か困った事でもあったか?」
「困った、という程の事でもないんだ。ただ、参考までに話を聞きたくて。」
魔王がナツを呼び付けた理由は、魔王の今後についての話だった。
「もしも、お前がかつていた世界に帰ってやり直せるとしたらどうする?」
ナツは勇者でありながら、その身の上はハルやアキとは違うものである。
ナツにはこの世界に生まれる前の人生……別の世界で過ごした時の記憶、
彼は女神ヒトトセによって選ばれて、かつてひとつの世界での人生を終えた後、この世界に生まれ変わった存在である。
魔王とは立場は違うものの、別世界からやってきたという点では共通する部分もある。
そんなナツだからこそ、魔王はこの質問をしたかった。
ナツは怪訝な顔をした。以前と比べるとずっと表情が豊かになったなと魔王は思った。
「すまん。質問の意図が分からない。」
「いや、深い意味はないんだ。かつての故郷に帰りたいと思うか?」
意図を察せられては元も子もない。
あくまで魔王はナツの本心を聞きたかった。
ナツはふむと少し困った様に腕を組んだものの、少しだけ顔を伏せて考えてから魔王の顔を見上げた。
「……かなり悩むが、強いて言うなら『俺はこの世界で生きていきたい』と思う。」
「帰りたくない、と?」
「違う。『帰りたくない』ではなく『この世界にいたい』だ。」
ナツは自身の考えを喋りながら纏めているようで、自分で言いながらうんうんと頷いた。
「俺がかつていた世界に心残りがないかと言えば、別にそんな事はない。確かに俺は前の世界が生きづらかった。だが、俺が死んだ事で悲しませた両親の事を思えば胸は痛むし、嫌いではない友人もいた。」
ナツは思い出すように顔を上げる。
「その上で、俺はこちらにいたいと思った。」
魔王は黙って話に聞き入る。
「これは俺に限った話かも知れないし、別に前世を蔑ろにしたい訳じゃない。これからを生きていくなら、俺はこの世界を選びたいと思った。」
「"これから"……か。」
「俺が二人居るなら、どちらも掬い取りたいとは思うがな。」
ナツは少し困った様にフッと笑った。
魔王はナツの話を聞いて思った。
"これから"という事を自分は考えていなかったと。
失った時間を取り戻して、その延長上を生きていきたいのか。
それとも、今の人生を歩み続けて何かやりたい事があるのか。
今までの魔王の人生は元居た世界を探る旅であり。
シキと出会ってからは世界を救うための旅であった。
どちらもやりたくてやった訳ではない。仕方が無くやってきただけだ。
(俺の"これから"か。)
魔王は"これから"を考える。
義務感から考えるのではなく、"これから"やりたい事はあるか。
「故郷に帰れるのか?」
「え?」
考える魔王にナツが尋ねる。
「いや。故郷に帰れなくなったという話はしていただろう。そこから俺に元居た世界に帰れるなら、という話題を振ってきたからそうなのかなと。」
どうやらナツに質問の意図を察せられたらしい。
あまりにも唐突な話だったので、魔王の半生を知った相手なら勘付いてもおかしくないだろう。
聞きたかった話を聞けた。嘘を吐いてまで隠すつもりはなかったので、魔王は苦笑しつつこくりと頷いた。
「帰れる方法が見つかったというか……まぁ、そんなところだ。」
「良かったじゃないか。……いや、迷ってるからこんな事聞いたのか。」
察しが良くなったものだと魔王は感心する。
しかし、こうも察せられると気恥ずかしくもなる。
「俺は引き留めもしないし、帰った方がいいと勧める事もできないな。すまない。期待にそえただろうか。」
「十分だ。ありがとう。」
結局の所、魔王が考えるしかない事なのだ。
改めてナツにも言われて、魔王はそうだよなと思う。
「俺が変わるきっかけは貴方に貰った。感謝している。もしも帰るのなら、寂しく思う。」
「お前もそういうのか。」
「お前も?」
「アキにも言われたよ。」
「アキが。」
ナツは驚き目を丸くする。
その反応を見て、魔王は苦笑した。
「気持ちは分かるが。お前、怒られるぞ。」
「……今のは秘密にしてくれ。」
ナツが手を合わせて懇願する。
魔王も「わかった。」と言いつつ、自分もアキの言っていた事を話したとなると怒られるだろうと考え、どちらにせよ言わないだろうなと思った。
聞きたい事聞けた魔王はナツに頭を下げる。
「今日は呼び付けてしまってすまんな。こんな話の為だけに。」
「気にするな。俺も色々と相談に乗って貰ったしな。」
これ以上は話す事はない。
かといって、これで用済みと帰って貰うのも忍びない。
「何か食うか……それか何か飲んでいくか? そうだ、一杯どうだ?」
「酒か? ……うーむ。」
酒の誘いにナツは少し悩ましげに考え込む。
しかし、暫く考えてから、苦笑して答えた。
「……言っておくが、俺はあまり酒は強くないぞ?」
「はは。まぁ、程々にでいいさ。あまりお前とはこういう機会がなかったからな。良い機会だ。腹を割って話そう。」
魔王はゲートを開き、酒の瓶とお猪口を二つ取り出す。
更に続けてぞろぞろとつまみ等も取り出して準備をしていく。
お猪口に酒を注ぎ、ひとつをナツに渡せば、お互いにお猪口を持ち上げて高く掲げる。
「それじゃあ、乾杯。」
「乾杯。」
少しだけ共通する境遇を持ち、友に戦った男同士で乾杯する。
お猪口をコツンと合わせた後、魔王とナツはぐっと一杯飲み干した。
ナツが本当に酒に強くなく、とてつもなく酒癖が悪い事を魔王はこの後思い知るのだが、それはまた別のお話。
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