第128話 最後の仕事




 祝勝会から数日後。


 魔王城前には勇者"魔導書"アキが訪れていた。

 アキと共に魔王城の前に立つのは魔王。

 そして、虹色の髪と瞳を持つ天使の姿を持った、願望機シキが転じた神、四季しき。四季の腕に抱かれる黒猫シキである。


 奇妙にも思える面子に迎えられて、アキはきょとんした。


「どういう面子ですか。」

「いや、まぁ、最低限の面子かなと。」


 それを聞いたアキはふむと顎に手を当ててから、こくりと頷く。


「なるほど。」


 どうやらアキにも納得のいく人選だったらしい。


「じゃあ、早速始めましょうか。」


 今日これから始まるのは、"願望機"至祈シキがもたらす世界の危機を防ぐ為の最後の仕事である。





 至祈シキは巫女のハルによって"名付け"をされて、名前と形を持った神となった。

 新たなデッカイドーの神、四季しきとなった事で、対話する事ができ、世界を滅ぼさないよう交渉する事ができた。


 これで万事解決、と言いたいところだが、"名付け"の儀式を行う前に一つのトラブルがあった。

 デッカイドーに根付く凶悪な魔物"三厄災"の一角、"死の王"ハイベルン。

 至祈シキの中に眠る滅びた世界の人間の怨念を見いだしたハイベルンは、その力を横取りしようと暗躍した。

 結果的にその野望は阻止し、ハイベルンの"怨念を操る力"を利用して、至祈シキの中に溜まった他人を道連れにしようとする滅びた世界の人間達の負の願い―――"思念エネルギー"を抽出した。


 その負の思念エネルギーは、まだ処理せずに魔王が保管している。

 思念エネルギーはあくまで願望機至祈という装置を動かすエネルギー、命令のようなものすぎず、それ単体は悪さをするものではない。

 しかし、良いものではない事は確かであり、これは思念エネルギーの取り扱いを勉強したアキが処理する事になっていた。


 処理する目処が立ち、実行の日が今日なのである。


 事前にアキは魔王に、立ち会いは出来る限り最低限の関係者のみに留めるように申し出た。

 というのも、負の思念エネルギーというのは悪さはしないものの、人間の精神面には若干の悪影響を与える(多少気分を悪くする程度らしいが)ものらしく、感受性が豊かな人間、思念エネルギーの理解が浅い人間は近寄らせない方がいいという。

 実際の処理作業はアキ一人でもいいという事だったので、魔王は負の思念エネルギーを保管している自分だけが立ち会えばいいかと思って、他の勇者や配下には声を掛けなかった。


 アキと魔王の二人で処理を行う……つもりだったのだが、そこで立ち会いを希望したのが現時点では魔王城に居候している神、四季しきと黒猫シキである。


「一応はボクの一部だったものだからさ~。キライなものでもお見送りはしたいんだよね~。」

「我が輩も同じである。」


 そんな事を言って、同席を申し出たのだ。

 




 そんな経緯を知らないであろうアキがあっさりと了承して作業を始めようとする事に、魔王が意外そうに尋ねる。


「こいつらが同席してもいいのか?」

「元々シキの一部だったものですし、それを処理するのに当事者が同席したい気持ちは分かります。神様の四季しきの力を見れば今更思念エネルギーに悪影響を受けるとは思えませんし、黒猫のシキはそもそも影響受けたところで大して困らないですし、まぁ大丈夫でしょう。」


 アキは神になった四季の力が見えているらしい。

 その力を見た上で大丈夫だと判断したという。

 アキの判断には魔王も信頼を置いているので無条件で信じる事にする。


「きしし。シキは大した事ないってさ。」

「うるさいのである。」


 抱きかかえたシキを見下ろし四季が楽しげに笑う。

 魔王も気付かぬ内に、魔王城で暮らしている中でなのか四季とシキは仲良くなっていた。元々同じ存在から生まれたものなので気は合うのだろう。


 和やかな様子を眺めつつ、魔王はゲートを開く。

 接続先は何も無い異次元。

 そこから取り出すのはハイベルンによって至祈から切り離された人々の怨念。

 黒い立方体として形作られたそれは、ゲートからゴトリと転げ落ちた。


 黒い立方体にアキが歩み寄る。

 そして、手に持った杖の先をトンと立方体に置く。


「…………。」


 じっと黙って杖の先を見つめるアキ。

 傍目から見ると立方体に杖を置いただけに見えるのだが、見えないだけで何かをしているのだろう。時折「ふむ。」等と何かを確かめるように呟いている。

 魔王も四季もシキもその様子を黙って見つめていれば、しばらくしてふぅ、と小さく息をついてアキは杖を立方体からそっと離した。


「終わったのか?」

「いえ、今のは解析しただけです。」

「解析?」

「はい。小規模な実験台は触りましたけど、実物は初めてですので。」

「大丈夫そうか?」

「はい。想定通りですね。」


 そんな会話を交わす中、四季がシキを抱えたままスススと黒い立方体に擦り寄りしゃがみ込む。その様子を見た魔王が慌てて四季の肩を掴んだ。


「おい、危ないぞ。」

「きしし。大丈夫だよ、魔王くん。ね? アキちゃん」


 四季がアキの方を見上げれば、アキは特に焦った様子もなくこくりと頷いた。


「あなたには念を入れて強めに注意喚起しましたけど、そこまで怯えなくて大丈夫ですよ。改めて解析しても周りに悪影響を与えるものではありませんでしたので。」

「そ、そうなのか?」


 アキに言われれば魔王も納得せざるを得ない。


「あ。でも、素手で直接触るのは駄目ですよ。」

「うん。気をつけるよ~。」


 一応アキから四季に注意はされる。四季もそれに納得した様子で、しゃがんで距離を縮めたものの手は伸ばさない。

 代わりに四季は黒い立方体に話し掛ける。

 

「こんにちは、ボクだったもの。人々の死の祈り、死祈シキとでも呼べばいいのかな?」


 立方体は動かない。


「キミとは上手くやれなかったけど、お別れくらいは言おうと思ってね。バイバイ。またね。」


 四季が「きしし。」と笑いかけても、立方体は何も動かない。


「ばいばいである。」


 シキも一緒に挨拶をしても、やはり立方体は動かない。

 そんなやり取りをした四季は、シキを抱いたまま再び立ち上がった。

 アキが不思議そうに尋ねる。


「もういいんですか?」

「うん。挨拶は済んだよ。」


 四季はアキの方に歩み寄る。


「ボクの片割れを宜しく頼むよ。ひと思いにやっちゃって。」

「……大丈夫ですか?」

「うん。死祈もとっとと"行きたい"ってさ。」


 何も動きの無かった立方体だが、四季には何か通じ合うものがあったのか?

 もう何の未練も無いという様子の四季が言えば、アキはこくりと小さく頷いた。


 黒い立方体にアキが歩み寄る。

 杖を再びその上にとんと乗せる。

 そして、ぶつぶつと口を動かし呪文を唱えていく。


 黒い立方体にうっすらと光が灯る。

 次第にその角張った輪郭が、淡く丸みを帯びていく。

 光は次第に白くなり、そこからぽつぽつと泡が湧き出るように丸い光が空へと飛んでいく。それはまるで白い雪が逆に空へとのぼっていくように。

 白い光が飛び去る毎に、黒い塊は次第に小さくなっていく。


 やがて、黒は完全に消えて、アキが杖を引けばそこにはもう何も残っていなかった。


「終わったのか?」

「はい。思念エネルギーを、エネルギー化されていない思念状態に逆変換しました。元々これ単体で何ができるものでもありませんでしたが、これで完全にエネルギーとしても機能しなくなりました。無害化完了です。」


 アキはすっと魔王に手を差し出す。

 どういう事だろうか、と魔王がきょとんとしてその手を見ていれば、アキはふっと優しく笑った。


「これで、全部終わりました。お疲れ様です。」


 魔王もそこまで言われれば、アキの差し出した手の意図を理解する。

 差し出されたアキの小さい手を掴む。

 そして、ぐっと力を入れて手を振った。


「ありがとう。お疲れ様。」


 全てが終わった労いの握手。

 世界の危機を救うために駆け回った、長かった魔王の旅がここでようやく終わりを迎えた事を告げる握手だった。


 そう。全て終わったのだ。


 アキの小さい手が魔王の手を少しだけ強くギュッと握った。

 どうしたんだろうか、そう思って意図を尋ねようとした魔王は、アキが少しだけ寂しげに見上げた顔を見て口を噤んだ。


「これで、勇者と魔王の関係も、あなたと私の契約も終わりですね。」

「……そうだな。」


 シキの危機は終わった。

 そして、シキの危機に立ち向かう為に結ばれた関係性も此処で終わる。

 勇者と魔王、敵対していた筈がいつの間にか協力関係になっていた。

 魔王とアキの間で結んだ魔法のアドバイザーとしての契約もあった。

 それらも全て目的を果たし、ここで終わりを迎える。


「これからはどうするんですか?」


 アキが尋ねる。

 魔王はその問いに答えようとして、言葉を詰まらせた。


 故郷に帰るつもりだ。


 その一言を発しかけて、一瞬躊躇う。

 何故躊躇ったのかは魔王本人も分かっていない。

 その躊躇いに、魔王は戸惑う。

 そのせいで更に言葉が詰まる。


「お疲れ様だね~。」


 そこで四季がひょいと魔王とアキの間に顔を覗かせた。

 空気を読めないのか、それとも空気を読んでの割り込みなのか。

 魔王とアキが視線を奪われれば、四季はにっと歯を見せて笑った。


「積もる話もあるだろうし、お疲れ様の意味も込めて中でゆっくり話そうよ~。」


 四季の提案を聞いて、魔王はアキの方を見る。


「……アイスでも出すか? 今の仕事代って事で。」

「……良い心がけですね。頂きます。」


 アキはにっと笑って魔王の手を離す。

 魔王も変わらぬアキを見て、ふっと可笑しそうに笑った。


「ボクもアイス欲しいな~。ずっとコタツの中で気になってたんだよね~。」

「我が輩もおやつが欲しいのである。」


 四季とシキが先駆けて魔王城にスキップ混じりに向かって行く。

 その後に続いて、魔王とアキは魔王城に向かった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る