第127話 宴の後に
多くの人々の与り知らぬところで世界の危機を救った者達による祝勝会。
様々な料理に巫女の舞踊を始めとした出し物も全行程を終え、パーティーは無事に終了した。
今では主な功労者の勇者達は一足早く帰り、一部の神々が会場の片付けに勤しんでいる。
魔王は自前で人手を用意するつもりだったが、神々から女神オリフシを通しての申し出で準備と片付けは神々が手を貸す事になった。
費用面では特に問題視していなかったものの、人件費が浮くに越した事はない。更には神々は普通の人間よりも余程器用で仕事が早い。中には準備や片付けに向いた特殊な力(それは権能と呼ばれるらしい)を持ち、今回のパーティーには大いに力になってくれた。
魔王とその配下達は会場に残っているものの、彼らも功労者であるという事で片付けは任せて休んでいていいと女神オリフシに言われて、今は控え室にて一息ついていた。
最終的には会場に連れてきた神々を送り返す必要があるため、会場の後片付けが済むまでは待機する。
その中で、魔王は控え室に集まった配下達に話し掛ける。
「お前達に聞きたい事がある。」
パーティーに参加して、この場に残ったのは魔王以外に三人。
魔王の側近、普段は猫耳メイドの格好ながら、今日は猫の耳もメイド服もなく普通のドレス姿のトーカ。
黒いドレスを纏い、普段のだらけた空気のない仕事モードの占い師ビュワ。
そして、仮面からシルクハットにイメチェンした紳士服の元"魔道化"テラ。
魔王の声に一斉に振り返れば、魔王は三人に向けて話し始める。
「お前達は今後どうするんだ?」
質問の意図を理解しかねてテラが聞き返す。
「今後どうする、というのは?」
魔王は「すまん。」と一言謝る。
「言葉足らずだったな。シキの脅威は去った。俺達の仕事は終わった、いわば目標はもうなくなった訳だ。今後お前達はどうしたい?」
魔王軍幹部と称するこのメンバーは、そもそもシキの脅威を退ける為に集められた者達である。言ってしまえば既に彼らは魔王と結んだ契約を果たしたのだ。彼らがこれ以上魔王に付き合う必要は最早なかった。
今後彼らが彼女らがどんな道を進むのか。進みたいと思っているのか。魔王はそれを部下達に問うているのである。
テラは「ふむ。」と意図を理解して顎を擦った。
そして、黙っている他の二人の様子をちらりと窺う。
トーカはどこか興味無さそうにグラスに入れた氷を浮かべた水をからからと揺すっている。興味が無さそう……にも見えるが、どこか物寂しげに見えるのは気のせいだろうか。
ビュワは本当に興味がなさそうに椅子にどかっともたれ掛かって足を投げ出している。こちらは別段感慨深いものさえも感じさせない、真の無関心である。
先に答えるつもりのない二人の様子を見て、テラはおほんと咳払いする。
そして、にやりと口元を歪めて魔王の前に頭を垂れた。
「水臭いことを仰いますねぇ。私は貴方の元に仕える事を選んだ身。たとえ当初の目的を果たしたとしても、今後も貴方の剣となりますよ。」
そう言ってから、ニッと歯を見せて笑い顔を上げる。
「……というのは少し気取った言い方ですが。貴方と居るのが一番退屈凌ぎにいいんですよねぇ。貴方は色々なものを見せてくれますので。」
テラが魔王についた理由はごく単純。
退屈していたから。
幾多の世界を渡り歩き、様々なものを知る魔王は、極寒の地に根差す魔物にとっては良い退屈凌ぎであった。
そこまでが建前の理由。
建前に嘘はないが、本音まではテラは語らない。
暇潰しから始まった関係性、経験する事になった環境をテラは満更ではないと思っている。
「という訳で、貴方がこれから何かをするなら助力致しますよ。」
テラはそう言って魔王にぺこりと頭を垂れた。
「そうか。」
魔王はその返事を聞いて、特に感激した様子もなく顔を伏せる。
そして、今度はビュワの方を見た。
「お前はどうだ、ビュワ。」
魔王に問われれば、ビュワは魔王の顔を見ずに天井を見上げながら口を開く。
「今まで通り何も変わらない。私は占い師で生計を立てて適当に生きていく。」
素っ気ない言葉を紡いで、そこでようやく魔王の顔を見る。
「もう見たいものは見られたから。そこの馬鹿みたいにあなたに着いていくつもりはない。」
「ビュワさん……いい加減許して頂けないでしょうか……?」
「黙れ。」
「すみません。」
ビュワにぎろりと睨まれて、テラは思わず頭を下げた。
未来が視える"万里眼"、優れた占い師であるビュワ。
彼女が魔王についてきた理由は、彼が未来を変えられる存在だったから。
どうしようもない死の運命を覆してくれた彼が、破滅の未来を変えるところを見てみたいと思ったから。
もしもそれが見られたのなら、定められた未来に、運命に絶望せずに、退屈せずに済みそうだから。
シキの脅威を魔王は止めた。ビュワの見たかったものはもう見られた。
視える未来には曇りはない。以前の様な破滅の情景はもう見えない。
最早、魔王に期待する事はビュワにはなかった。
それが建前。
ビュワの本音はもっと別のところにある。
それはテラには視えていない、彼女にしか視えない未来の情景。
魔王がどうしてこんな質問をしたのか?
ビュワにはもうその答えが視えている。
だからこそ、こう答えた。
「ビュワさんは相変わらず薄情ですねぇ。」
「殺すぞ。」
「ストレートな殺意!」
「テラ。茶化すな。」
ビュワを茶化したテラを魔王が窘める。
テラは「すみません。」と頭を下げた。
魔王はビュワの目を見て、ふっと笑った。
「ありがとう。」
「……ふん。」
ビュワはそっぽを向く。
魔王はビュワの本音を理解した。そして、失敗したと思った。
テラはともかく、この場にいるビュワとトーカに対して、本音を隠した質問などできないのだと今更思いだした。
これでは彼女達からの本心を聞き出す事はできない。自分に気を遣わせた建前を言わせてしまうだろう。
お前は本当に思っている事を言ってくれるよな?
魔王はそんな事を心に念じつつ、グラスを眺めていたトーカを見る。
トーカは魔王と視線を合わせて、どこか物憂げに視線を伏せた後にふぅと溜め息をついた。
「どうして私が気を遣わないといけないんですか。」
物憂げに流した視線は、じろりと魔王を睨むものへと変わった。
「ずるいですよ。」
「すまん。」
「本当に、ずるいです。」
トーカはテーブルにコトリとグラスを置いた。
「私は魔王様に誘われたから付いてきただけです。元居た世界なんてとっくに"ぶっ壊して"やりましたので帰る場所もありません。まぁ、因果応報ですけども。」
そして、頬杖を付いて足を組む。
不服げな態度が素振りからもよく分かる。
「まぁ、そんな訳で。私は行く当てもないんです。終身雇用なくらいのつもりで付いてきてる訳です。そりゃ言いますよ。『一生私を養え』って。」
魔王は「はは。」と苦笑した。
まさかここまでハッキリ言ってくれるとは思わなかった、と。
しかし、トーカはむすっと口を尖らせて、思わぬ言葉を続けてきた。
「……それでも。もしも、私のその言葉を理由にして、迷いを断ち切ろうとしているのなら……。」
トーカは魔王をキッと睨む。
「ふざけんな。私はそこまでお人好しじゃない。」
魔王は思わずびくりと肩を弾ませた。
そんな言葉が飛んでくるとは想像もしていなかった。
確かに正直に言えと頼んだが、ここまで正直な言葉が来るとは思わなかった。
魔王の本心を見抜いた上で、トーカはそこに本心をぶつけてきた。
「別にあなたが居なくても私一人で生きていけますよ。以前にアキ様から転職の話も頂いてますしね。社交辞令じゃないのも分かってますし、働き口なんてすぐ見つかります。そもそも私の力があれば、本来は人の下について働く意味もないんですから。」
魔王とトーカの間に流れる空気感で、唯一空気を読めていなかったテラも何かを察した。明らかに険悪な空気が流れている。それは恐らく魔王が何かしらの理由で、トーカを不機嫌にしているのだと。
トーカはがたりと立ち上がり、魔王の前にぐいと詰め寄り胸倉を掴む。
「見くびるな。甘えるな。私からの返答は以上です。」
ばっと魔王の胸倉を離し、トーカはくるりと身を翻す。
そして、つかつかと歩いて元居た席に戻ると、ドカッと椅子に腰掛けテーブルに突っ伏した。
「……すまん。いや、ありがとう。」
魔王が顔を伏せてぽつりと呟く。トーカからの返事はなかった。
ビュワがトーカの傍にすっと歩み寄り、隣の椅子に腰掛ける。そして、そっと背中に手を添えた。
ぶっきらぼうで誰にも無愛想な彼女らしからぬ、どこか穏やかな表情で、ビュワはすっとトーカの背中を撫でた。
ビュワの視線が魔王に向く。
「頭冷やせ。」
魔王に一言そう言えば、魔王は意図を汲んでこくりと頷いた。
そして、控え室の出口に向かう。
歩きながら魔王はぐっと胸元に手を押し付ける。
自分の本心はどこにあるのか。
それを探るように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます