外伝第26話 勝利の祝杯~シキと四季~
多くの人々の与り知らぬところで世界の危機を救った者達による祝勝会。
その会場の片隅で、その不思議な子供は椅子に腰掛け楽しげにステージを眺めていた。
虹色の髪に虹色の瞳、天使の輪っかと羽を生やした天使のような中性的な子供。
"願望機シキ"から"名付け"によって神に転じて今の名は
皿に盛った料理を味わいつつ、足をぶらぶらと揺らしながらステージ上で歌うハルを楽しげに眺めていれば、足元からすたすたと黒い影が歩み寄る。
黒い影は四季の隣の椅子にぴょんと飛び乗った。
影の正体は黒い猫。魔王城のコタツの中で暮らしている黒猫シキである。
「やぁ、元我が輩。」
「やぁ、元ボク。」
顔を見合わせた黒猫シキと
"願望機"
「ボクの事は
「我が輩はシキである。シキと呼べ。」
互いに新たな名を名乗れば、黒猫シキは尻尾を振りながら四季を見上げた。
「我が輩にも食べ物をくれ。」
「キミ、此処に居ていいの~? 飲食の場に動物入れるの衛生的にまずそうだと思うんだけどな~。」
「我が輩だけ仲間外れにするのは許さないぞ。こっそり忍び込んだのである。」
黒猫シキは魔王城でお留守番の筈だった。
しかし、パーティーに仲間外れにされるのは御免だと、魔王のゲートにこっそり飛び込みパーティー会場に潜入していた。
とはいえ、所詮は黒猫。食べ物を自力で取る事ができない。
そこでシキは、元自分である四季に食べ物をねだりに来たのだ。
「え~? それ良くないんじゃないかな~?」
「いいから食べ物を寄越すのである。」
「いいよっ。」
勿体ぶりつつも、要求されれば四季はあっさり了承した。
四季はにっと笑って皿の上から魚の切り身を持ち上げる。
「猫ってお魚好きだよね~?」
「好きである。」
「じゃあ、はい。どうぞ。」
四季が手のひらに載せて魚を差し出せば、手のひらを皿にしてシキが魚をぱくぱくと食べ始める。シキの口とひげが手のひらを撫でれば、四季はぶるりと身を震わせて「おお~。」と気の抜ける様な声をあげた。
「くすぐったいよ~。早く食べて~。」
「急かさないで欲しいのである。」
シキはゆっくりと魚を味わって食べる。
その様子を見下ろして、四季は「きしし」と楽しげに笑った。
「ボクにしてもキミにしても、こんな風になるとは思わなかったね~。」
「そうであるな。」
シキは食べつつ答える。
ただ願いを聞き入れ、願いを叶えるだけの願望機だった
今では意思を持って会話をしているが、元は意思を持たない存在だったのである。
「キミはボク達がやった事についてどう思う?」
四季はシキを見下ろし尋ねた。
「我が輩達がやった事?」
シキは魚を食べる口を止め、四季の顔を見上げた。
「たくさんの命を奪って、世界を壊してしまったこと。」
四季がそう言えば、シキは怪訝な顔をして答えた。
「それは我が輩達がやった事なのか?」
シキの答えに四季は「きしし」と笑った。
「覚えてないのか。自覚がないのか。まぁ、どっちでもいっか。」
四季は皿を置き、開いた片手で黒猫シキの頭を撫でる。
「ハルは言ったよ。『剣は使いよう』だって。人を傷付けるも守るも握る人次第。剣に罪はないってさ。」
「ふむ。」
シキは話を聞いて感心したように呟いた。
しかし、四季はどこか寂しげに緩んだ頬を引き締めた。
「でも、人を斬った剣がもしも意思を持ったら。血に汚れた自分を剣はどう思うかな?」
四季の問いにシキは困った様に答えた。
「分からないのである。我が輩は剣ではないのだ。」
「そうだよね~。まぁ、ボクだったキミになら遠慮せずに話せるかなって思ってね。聞いて欲しかっただけだよ~。答えなくても大丈夫。」
四季に喉元を撫でられシキはゴロゴロと喉を鳴らす。
「ハルは優しいからね~。」
「ハルは優しいのである。」
「でも、それがボクにはちょっぴり……。」
「ちょっぴり?」
四季は「きしし」と誤魔化す様に苦笑した。
「……なんでもな~い。」
四季はぱっとシキから手を離す。
「ほら、早く食べちゃって~。」
そして、残った魚を食べるようにシキに促せば、シキも深く聞くことなく「分かったのである。」と魚に口をつけた。
「食べながらでいいし、流し聞きしてもらっていいからさ~、ちょっぴり話させてね~。」
「うむ。」
四季はシキに前置きをして話し始めた。
「ボクは許されない事をしたんだ~。ハルが許すと言ってくれても、消えた命は、世界は、ボクをきっと許さないだろうね~。」
「……。」
「好きな子にだけ許されればいいや~、な~んて薄情さがボクにもあれば良かったんだけどさ~。」
四季は虚しそうに笑う。
「残酷だよね。そんな薄情さを抱けない程に、ボクは暖かいものに触れ過ぎちゃったみたい。」
何も考えずに願いを実行してきた至祈では気付けなかった。
しかし、四季は気付いてしまった。
温かいコタツの中で、人の温かさに触れて、人というものの尊さに。
故に奪ったものの重さを知った。
それが至祈の望みではなければ、四季の意思でもなかった。
だとしても、血で汚れたその身が濯がれる訳ではない。
「ボクを裁いてくれる人はもういないんだ。ボクはボクの罪を背負って生きていく。そして、ボクという神が終わる時、ようやくあの世で裁いてもらえる。」
四季は物憂げに天井を仰ぐ。
「きしし。ボクはどんな罰を受けるんだろう。きっと、とても辛い罰を受けるんだろうな。怖いな~。きしし。きししししししし。」
怖いと言いつつ四季は笑い声を零す。
四季は待ち望んでいた。
自分の罪が濯がれる事を。いずれ罰が下される時を。
四季はこれから決して降ろせない十字架を背負って生きていく。
ハルを見れば、ハルの歌を聴けば心は和らいだ。
しかし、ハルの寿命よりも四季は長く生きる。
この癒やしがいつまで続くのか。
巫女が消えて狂った神々がいた。自分もそうなってしまうのではないか。
また同じ過ちを犯してしまうのではないか。
そんな不安に押し潰されそうになる。
この不安が罰なのだろうか。そう思うと幾分か四季の心は楽になった。
こんな事はハルには、魔王には話せない。
彼女達をこれ以上悩ませることはしたくない。
苦しむ結果になったとは言え、自分というものを与えてくれた、暖かさをくれたハル。寂れた世界から連れ出して、変わるきっかけをくれた魔王。
どちらも四季は愛しているから。
だから、元自分である黒猫シキにだけ話した。
独り言にも近い愚痴のつもりだった。
元自分とはいえシキは喋れるだけの黒猫だ。
悩みに答えるほどの知性はない。期待もしていない。
ただ、誰かに話しているという気分で愚痴を言いたかっただけだ。
シキが顔を上げて口を開いたのは、四季にとって全くの予想外だった。
「死んだら辛い罰を受けるのなら、生きている内にいっぱい楽しい事をした方が良いな。」
「え?」
ぺろりと口の周りを舐めて、魚を平らげたシキは四季の膝に飛び乗った。
「この世界は楽しいぞ。美味しいものもたくさんあるぞ。あとで苦しい思いをするなら、目一杯楽しんだ方がいいのである。」
黒猫シキは、より猫らしくと生まれてきた猫。
自由気ままで享楽的。美味しい楽しい温かいが大好き。
悩みなんてどこへやら。周りの都合などつゆ知らず。
思うがままに生きる猫。
そんな自由なシキの言葉に、四季はちょっぴり可笑しくなって、くすりと笑みを零した。
元自分である筈のシキ。こうまで思考が違うのか。
それとも、自分の中にもこういう自由気ままな部分があるのか。
"願望機"
故にこの極寒のデッカイドーでは、コタツの中で大人しくしていた。
逃げ出す事なく快適なコタツに封印されていた。
もしかしたら、意思を持つ前の至祈の頃から、シキは、四季は、自由気ままな我が儘な部分があったのかも知れない。
そんな事に思いを馳せて、四季は少しだけ考える。
そして、シキに尋ねてみる。
「ボクなんかが楽しむ権利があるのかな?」
「楽しむことに権利などないのである。」
「ボクが楽しんだらボクを恨む人達はボクに怒るかな?」
「怒られたら怒られたでその時考えればいいのである。」
四季は膝の上に座るシキをそっと撫でて笑った。
「キミは悪い子だね~。」
「我が輩は良い子である。」
きしし、四季の口から笑みが零れる。
完全にシキにほだされたわけではない。
ただ、ほんの少しだけ暗い気持ちに光が差した。
フォークで皿に載った魚を突く。そして、ぱくりと一口齧る。
「……うん。美味しいね~。」
四季はゆっくりと料理を噛み締める。
まだまだ四季の
終わりを考える前に、四季は目の前の美食に思いを馳せることにした。
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