第126話 勝利の祝杯~報酬と郷愁~
多くの人々の与り知らぬところで世界の危機を救った者達による祝勝会。
『それでは、本日のメインイベント! 勇者"剣姫"あらため"巫女"のハル様による、歌と踊りのステージでございます!』
ステージ上で司会を受け持つ"魔道化"がマイクに向かって高らかに宣言すれば、会場中が湧き上がる。
待ってましたと言わんばかりに神々が取り出すのはうちわとサイリウム。
明かりが落ちた会場、スポットが当たるステージ、その舞台袖から女性二人の声で何やら揉めているのが聞こえてくる。
(なにこれ……?)
会場の一角にて、地味に飲み食いしていた今回のパーティーの主催、魔王フユショーグンが怪訝な顔でステージを見る。
主催と言いつつ、実際に行ったのは会場の確保と食事の手配くらいで、会の進行は部下のトーカ、テラに丸投げしていた為、今何が起こっているのか理解していない。
(何……? ハルが歌って踊る……? ……ああ、何かオリフシ様が言ってたか? え? それここでやるの?)
魔王は困惑していた。
やがて、言い合いが終わると、舞台袖から小走りで女性が飛び出してくる。
ひらひらのアイドル衣装に身を包み、マイクを片手に真っ赤な顔で半泣きで飛び出してきたハルを見て、魔王はゴフッ!と口に含んだ酒を噴き出しかけた。
(何やってんだアイツ!?)
巫女の舞踊的なものを想像していた魔王の前にお出しされたのは、まさかのアイドル姿である。想像の斜め上の光景に魔王が更に困惑すれば、神々は「キャーーー!」と黄色い声援を上げて息の揃ったサイリウムの舞を披露する。
(何で仕上がってるのこの人達!? え? 知らないの俺だけ!?)
正確には人達ではなく神達である。
「お、おい、トーカ。これ……。」
魔王が慌てて隣を見れば……。
「うおおおおおおおおおお!!!」
雄叫びを上げながらむせび泣きサイリウムを振る側近トーカがいた。
(コイツもあっち側か!)
魔王が視線を会場中に移す。すると、どうやらこの催しを知らなかったのは魔王だけではないらしい。
離れた位置で座るアキがドン引きした顔でステージを見ている。隣には普段の無表情が崩れたナツもいる。
魔王が一番親近感を覚えたのは、「知らないの俺だけ?」と言いたげに困惑して周囲を見回しているトウジ。その傍らでは口元に手を当てて目をキラキラさせる預言者シズ。そこから少し離れてぽかんとしているゲシとうらら。
どうやら勇者達とその周辺は知らなかったらしい。
舞台上のハルはマイクスタンドの前に立ち、内股になってもじもじとしている。
顔は真っ赤である。しかし、何やら決意のようなものも感じさせる目で、下唇をぐっと噛みながら顔を上げてマイクを取った。
『きょ、今日は、このような舞台に、舞台で、その………』
ハルがちらちらと舞台袖を見る。
『……このような……舞台を……用意してくれて、ありがとう。ありがとう!』
多分カンペ見てるんだろうなと魔王は思った。
『今日はせいいっぱい頑張るので、見守って欲しい、です……。』
次の瞬間ウオオオオオと湧き上がる神々のオーディエンス。
そんな歓声の中、ハルはふぅと息を吐き、緊張した面持ちで動き出す。
動き出した時から、ハルの表情はたちまち変わる。
照れと緊張の残る顔から、口元には柔和な笑みを浮かべた柔らかい集中した顔に。
その瞬間に空気が変わる。
流麗なステップ、滑らかに動く腕、風のような水のような華麗な舞に空気がしんと静まり返る。
そして、バックに演奏が流れ始めれば、ハルは目を閉じゆっくりと口を開いた。
澄み渡った美しい声が、歌が響き渡る。
歓声を上げていた神々の手はすっかり止まってしまっていた。
魔王も思わず見惚れていた。
ステージ上で舞う巫女の姿に。
グラスを落としかけて、すんでのところで魔王ははっと我に返った。
周囲を見渡せば、隣に立つトーカも、神々も、勇者達も、呆然として舞台を見上げている。中には涙を流す者さえもいた。
魔王はグラスや皿を落とさないよう、部屋の隅の椅子にどっと腰を掛けて、改めてハルの歌声に耳を傾けた。
舞台上で舞うハルの姿は、かつて出会った頃や、今まで見てきたものとはまるで違う。知っていたハルが猛々しい勇者の姿だとすれば、それは女神と見紛う程に美しく浮き世離れしたものであった。
一度"名付け"の儀式を見たが、あの時は一杯一杯で意識していなかったが、改めて見て魔王は思う。
(綺麗だ。)
思ってからハッとして、むぅと口を曲げる。
事実としてそう思ったものの、何故かそう思うことを気恥ずかしく思う。
魔王の中では出会った頃からのハルの姿が思い浮かぶからこそ、どこか距離を置いてその姿を見ることができた。
「綺麗だねぇ。」
「……。」
「そう照れんでも。正直なところどうなん? 寅部冬馬くん。」
そこで魔王はハッとした。
この世界の人間では、神々では知り得ない情報。
魔王フユショーグンと名乗る彼の、元々の名前。
声がした方向を見れば、魔王の座る椅子の隣で、皿一杯に乗せた料理をもくもくと頬ばる白い長髪を後ろで結った女が座っていた。
装いだけ見るとパーティーに出席する客のようだが……。
「……あなたは?」
「もひはめもみむもももめ」
「口の中無くなってからでいいです。」
口がパンパンの女が喋るのを一旦止める。
浮き世離れした空気を纏う美女なのだが、ハムスターのように頬を膨らませて見るからに残念そうな空気を漂わせている。
こくこくと頷いて、ゆっくりと料理を咀嚼した後に、ごくりと飲み込むと女はふぅと一息ついて口を開いた。
「ちょっと、飲み物取ってきてもいい?」
「……先に自己紹介とかして貰っていいですか?」
「ああ。そうだった。うちはヒトトセ。名前くらいは聞いたことあんべさ?」
魔王はその名前を聞いて思い出す。
確か、ナツをはじめとした"転生者"とやらを導いたのが"女神ヒトトセ"と呼ばれていた。
「ナツ達を転生させた……。」
「そそそ。君とは初めましてだね。よろしゅ~。」
女神というにはフランクすぎるヒトトセに困惑しつつ、魔王は「宜しく。」と短く返事をした。
女神ヒトトセ。そもそもこの世界の神ですらない、完全に別世界の女神だろう。
どうして彼女が此処に居るのか?
「何故此処に?」
「ご飯が美味しそうだったからさ。……っていうのは冗談で。」
ヒトトセはぱくっと料理を一口頬ばって、にっと笑った。
「ひみにひほほほ」
「食べてからでいいんで。」
「…………んぐ。君に一言お礼とお詫びとご褒美の話をしようと思ってね。」
「一言……?」
魔王の疑問のようなツッコミなど意に介さずにヒトトセは一方的に話し始める。
「まずはお礼。全世界の厄介者、シキを処理してくれてありがとね。うちら女神は干渉が制限されててさ~。やべーやべーと思いつつも手出しできてなかったんよね。お詫びってのはそこら辺大したフォローもできなかった事なんだけど。ほんと、ごめんね?」
女神ヒトトセはシキの事を知っていたらしい。
その上で、女神としての縛りがあり、対処する事ができなかったのだという。
故に女神として対処できなかった厄ネタを処理してくれた魔王に、感謝と謝意を伝えにきたのだ。
魔王はその言葉を聞いて、若干複雑そうな顔をした。
シキの対処は無事に終わった。終わりよければ全て良し。
そんな風に割り切れる程に魔王は人間ができていない。
シキを初めて見つけた時、魔王はこの上なく恐怖し、この上なく思い悩んだ。
どうして自分がこんなものを見つけてしまったのか。
どうして自分がこんなものと向かい合わなければいけないのか。
どうせ逃げ切れないからと自分に言い聞かせて、その厄ネタを背負い込むことを決めた。
その選択に魔王は苦しんだ。そして、仲間を見つけ出すまでずっと孤独に悩み続けてきた。
それを知っていたのに、この女神は放置していた。
魔王は思う。
どうして、助けてくれなかったのか。
感謝なんて、謝罪なんていりません。そんな一言が魔王は喉から出せなかった。
「ま、そんな一言で許せる訳ないわな。」
そんな魔王の内心を見抜いたのか。
けろっとヒトトセは笑った。そして、魔王に顔を寄せる。
「なんなら何発か殴っていいよ。君の気が済むならさ。」
「え……。」
「遠慮はいらんよ。まぁ、殴られなれてるし。実際、今回の件でオリフシには何発か殴られてるしね。」
頬を差し出すヒトトセを見て、魔王は困惑し躊躇した。
確かにこの女神に不満や苛立ちは抱いたが、殴る程ではない。
しかし、女神ヒトトセは頬を差し出してくる。
そんな様子を見せられると、流石に魔王も溜飲が下がる。
「……もういいです。」
「あり? ええのん? ま、うちも痛いの嫌だからそうしてくれると助かるけども。」
ヒトトセは頬を引っ込めて、ほっと胸を撫で下ろす。
「ありがとね。ごめんね。こんな言葉じゃ許されない重荷を押し付けたし。君の人生潰しちゃったけど。」
ヒトトセはとんと魔王の肩に手を置く。
「そのお詫びにご褒美持って来たんよ。」
手を置かれた瞬間に、魔王の頭の中にふっと懐かしい光景が浮かび上がる。
ずっと探し続けていたもの。
ずっと辿り着きたかったもの。
もう二度と見られないと思ったもの。
忘れかけていたもの。
魔王がかつていた世界。
魔王が"
魔王フユショーグン……寅部冬馬の故郷の光景が確かに見えた。
ぽろりと魔王の目から涙が零れる。
「オリフシの力は"美化"。それと同じようにうちにも女神としての権能がある。言葉にするなら"正答"ってとこかね。ありとあらゆる正解を導き出す力、って思ってくれればええよ。」
ヒトトセは魔王の顔を覗き込み、にやりと笑う。
「それはたとえば、"寅部冬馬の故郷の座標はどこ?"と問えば、答えを正確に返せる……みたいなね?」
魔王はヒトトセの顔を見る。
言葉が出ない。ただ黙ってヒトトセを見る。
「君の故郷の座標を教えてあげる。それが君にあげるご褒美。帰りたいのに座標が分からなくなってしまった君を、故郷に帰らせてあげる。」
魔王は力に目覚めた時、知らない世界に飛ばされてしまった。
その時には力の概要が分からず、コントロールには時間が掛かった。
コントロールを覚えて、世界の座標を知る術を知った時には、既に元居た世界の座標を知る事は叶わなくなっていた。
七次元の無数の組み合わせで広がる世界の中で、元居た世界を座標も無しにぴたりと当てる事は不可能に近い。
魔王はもう二度と故郷には戻れないと思っていた。
しかし、ヒトトセは返してくれるという。
「……でも……俺はもう……大人になって……。」
故郷に戻るとしても、魔王は故郷から離れて永い時を過ごしすぎた。
今更故郷に帰る場所などない。
「浦島太郎みたいになっちゃうのを気にしてる? 大丈夫。"君の時間もしっかり元に戻してあげる"。そこまでしなきゃご褒美にならないもんね。」
魔王はぐっと唇を噛み締める。
「君がゲートを潜った時に。あの時の君の年齢で。君が本来歩みべきだった人生をやり直させてあげる。本当は異例中の異例なんだけど、なんとか無理言って転生局には取り付けたから。」
肩に置かれたヒトトセの手から不思議なイメージが流されてくる。
その言葉を信じさせる不思議な力が。
「望むなら、辛かった記憶も全部消してあげる。その力が邪魔なら消してあげる。好きなように、君の人生をやり直す機会をあげるよ。」
女神ヒトトセによってもたらされた"ご褒美"。
涙を流す魔王は、その"ご褒美"をつり下げられ、心を大きく揺り動かした。
キミとボクの長かった旅もここでおしまい。
四季はここまで分かっていたのか。
いくつもの世界を渡り歩く異次元の旅人、寅部冬馬。
彼の長かった旅は終わりを迎える。
そして、故郷に帰れる切符を得た。
「まぁ、ゆっくりと考えて……と言いたいとこだけど、実は転生局の届け出の都合上、期限があるんだよね。」
ヒトトセがそう言うと、聞こえていた美しい音色がぴたりと止まった。
ハルの歌が終わる。会場中に感動の歓声と拍手が響き渡る。
「一週間後、答えを聞きに来るよ。その時までに考えて。君がどんな人生を歩むか。」
拍手喝采の嵐の中、ボロボロと泣いているトーカが魔王の元にぐずぐずと鼻を啜りつつ魔王の元にやってくる。
「よがっだでずねええええええ。 ……魔王ざまもがんどうじだんですねええええ。」
ヒトトセの姿は消えていた。
そこには魔王の頬を伝う涙だけが残されていた。
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