第125話 勝利の祝杯~四季の記憶~




 多くの人々の与り知らぬところで世界の危機を救った者達による祝勝会。


 見た事のない料理の山に勇者"剣姫"ハルは無我夢中であった。

 更に手当たり次第に料理を取って口に放り込んでいく。

 更に、周囲には世界の危機に手を貸してくれたデッカイドーの神々が集まり、あれやこれやと食べ物をオススメしてくる。


「ハルちゃん、これもどうぞ。」

「これも美味しいぞ。」

「こっちも。」

「これも。」


 絶え間なくやってくる食べ物の山にハルはもう天にも昇る心地であった。





 当然、ハルの胃袋にも限界がある。

 突如としてそれは訪れた。


「うッ……!」


 嘔吐えずきそうになったところで、神々が限界を察して大慌てで介抱する。

 与えれば与えるだけ食べるので、神々も面白くなって色々と与え続けていたらこの始末である。

 神の一柱が回復魔法を掛けたり、背中をさすってあげたりとわーわーと軽い騒ぎになりつつ、部屋の隅に座らせて休ませる。

 そして、そっとしておこうという事で落ち着かせた後に一旦神々はその場から離れる事にした。


 若干落ち着いたものの、少し休憩しつつ、まだ食べていないものを見渡すハル。

 その隣に、いつの間にか椅子の上にしゃがむ子供がいた。


「きしし。もう食べる事を考えてるの~? ハルは食いしん坊だね~。」

「あ。四季しきも居たのか。」


 虹色の髪と瞳を持つ、真っ白な肌と翼の、金色の輪を頭に浮かべる中性的な子供。

 世界を滅ぼす願望機シキに、巫女であるハルが名前を与えて神に転じた存在。

 与えられた名は四季しき

 そんな神もこのパーティーに出席していたらしい。

 

 四季は手に皿を持ち、料理をぱくりと一口食べてからにっと笑った。


「まぁね~。う~ん、食事なんて初めての経験だけど、楽しいね~。」


 四季はシキであった時、生物ですらなかった。

 食事などという経験は当然なく、今のパーティーでの食事が真の初体験である。

 

「ずっとコタツの中から見てたんだ~。美味しそうにものを食べるハルの事をね~。羨ましいな~って思ってたよ~。」

「コタツの中にいた時の事を覚えているのか?」


 ハルがふと気付いて尋ねる。

 シキはコタツに封じられていた。

 四季はその時の事を覚えているかのように話した。


「覚えてるよ~。ボクがシキだった時のことは全部、ね。」


 四季はフォークをちろちろと舐めながら、視線を上に向けて思い出すように話し始める。


「寒いデッカイドーに連れてこられたこと。温かいコタツでぬくぬくしたこと。キミ達が楽しげに過ごしていたこと。」


 そして、かちっとフォークの先を噛む。


「願いを聞き入れて、世界の寿命を延ばしたこと。願いを聞き入れて、せっかく延ばした世界の寿命を終わらせたこと。」


 シキは世界を救い、そして滅ぼした。

 その時の事を四季は覚えている。

 その言葉を聞いたハルが、四季の顔を覗き込めば、がじがじとフォークの先を噛む四季はどこか虚ろな目をしていた。

 ハルは四季に声を掛ける。


「お前は悪くない。」


 シキはただ、願いを聞き入れる存在だった。

 願いに応えて世界を救ったし、願いに応えて世界を滅ぼした。

 

「剣は誰かを守る事も傷付ける事もできる。剣が悪いんじゃない。剣が何を成すのかは握る人間の責任だ。」


 シキは人間に振り回されただけの存在だ。

 世界を滅ぼしたのであれば、それはその世界の人間達が招いた事だ。

 だからお前は悪くないのだと、ハルは四季を慰める。

 四季は「きしし。」と笑ってハルの方を見る。


「キミは優しいね。」


 四季はしゃがんだ姿勢から、足を前に伸ばしてどかっと椅子に腰を落とす。

 そして、足をぶらぶらとさせて、首をゆらゆらと横に揺らした。


「覚えているかい? キミが魔王城で焼き芋をした時のこと。」

「え?」

「あの日、キミは歌を歌ったね。」


 ハルが思い返す。

 トーカと共に、魔王城の前で焼き芋に興じた。

 トーカの歌った鼻歌に乗せられて、ハルはあの時歌を歌った。

 魔王城の中、コタツの中にはシキがいた。


「あの歌を聴いた時に、ボクは初めて思ったんだ。もっとこの歌を聴いていたいって。今まで願われるばかりだったボクが、願いを抱くようになった。」

「聴いてたのか。」

「うん。」


 シキは首を傾けてハルを見た。

 どこか悪戯っ子のような悪い笑みではなく、柔らかな優しい笑みを浮かべて。


「その時からボクは、世界を滅ぼすなんて馬鹿げた事をしたくないと思ってしまったんだ。」


 四季と和解したあの時、四季は言っていた。

 

 ―――本当はとっくの昔に乗り越えてたんだけどね~。


 あの時の和解をもって、ハル達は破滅の未来を乗り越えたのだと思っていた。

 しかし、それよりもずっと前に運命は変わっていた。

 

 今までハルも、魔王達でさえも知らなかった。

 ハルが歌ったあの日に、破滅の未来が変わっていた事を。

 

「あれこれとキミ達が苦労していたのは、取り越し苦労だったって訳だね~。きっとこうやってボクに"名付け"をしなくても、ハイベルンを止めなくても、ボクは世界を滅ぼせなかったよ。」


 最後の戦いを否定しつつも、四季は「きしし!」と笑った。


「それでも、ボクはこうやって自我を与えられて嬉しいよ。だって、こうしてハルとお喋りして、ご飯を食べられるようになったからね。」


 ハルはその笑顔に対して、にっと笑い返した。


「そっか。それならよかった。」


 結果良ければ全て良し。四季という神を救えたのであれば、ハルはそれでいいと思った。

 ハルは四季の頭にぽんと手を乗せる。そっと撫でると、四季は満足そうに目を細める。その素振りは、願望機シキから生じた黒猫シキにも似ているように見えた。

 頭を撫でられた四季はかくんとハルの方へ傾き身を寄せる。


「キミが居る限りはボクはこの世界を大切にするよ。」

「私がいなくても大切にしてくれ。」

「それは約束できないかな。だって、ボクが好きなのはハルだからね。」

「私以外も好きになってくれ。」


 ハルに窘められれば、四季は「きしし。」と楽しそうに笑った。

 「ハルが居なくなればこの世界を大切にするつもりはない。」

 そうとも取れる言葉だったが、ハルは軽く受け流す。

 その言葉が本心ではないと分かったからだ。


「キミの願いなら仕方ないね。その願い、叶えてあげるよ。きしし。」


 四季のそんな冗談を聞いて、ハルはふっと笑った。


 そこで四季はすっとハルに寄りかかった身体を起こす。

 そして、ハルの顔を見上げて、今度は茶化すような顔ではなく、真面目な顔に切り替わる。

 

「まぁ、ボクはキミ以外も好きになってあげてもいいけどさ~。巫女の末裔としてちゃんと跡取りの事は考えなきゃ駄目だよ~?」

「え?」


 思わぬ話を振られてハルは思わずぽかんと口を開ける。


「今この場に集まってる神様達も、人々と神々の架け橋になる巫女のキミがいてこそ寄り添ってくれてるんだからね~? 巫女がいなくなったら、ま~た愛想を尽かされちゃうよ~?」

「え? えっ……えぇ……?」


 ハルは困った顔をする。

 四季はそんなハルを見て、呆れたような顔をした。

 今までの人を茶化すような悪戯っ子の顔から、たちまち大人びた神の顔に変わっていた。


「自覚がないみたいだね~。まぁ、オリフシちゃんはそんな話絶対しなさそうだったけどさ~。今度こそ巫女の血筋を絶やしちゃ駄目だからね~? 神から魔物に身を堕とす、可哀想な神様をキミだってもう見たくないだろ~?」


 ハルはその言葉にはうぐっと思わず声を漏らした。

 

「で、でも……その……血筋を絶やさないって……。」

「結婚して子供を作りなよって事だよ。」

「な、何を言って……!」

「こればっかりは冗談で言ってるんじゃないよ?」


 四季はハルに顔を寄せる。


「今すぐに子供を作れとは言わないけどさ~? ……ここだけの話、ハルは気になる相手とかいるの?」

「い、居るわけないだろ!」

「え~? そうなんだ~。」


 ハルが顔を赤くして必死に否定すれば、四季はつまらなさそうに口を尖らせた。

  

 巫女の血筋が途絶えたと思われた事で、多くの神々が人々を見放した。

 神々の恵みは失われ、中には魔物に身を堕とす神もいた。

 今、この場に集まった神々は、巫女ハルから女神オリフシを通して結集した、巫女のために集まったもの達である。

 ハルがいるからこそ、彼ら彼女らは力を貸してくれた。

 ハルが思っている以上に、巫女の存在を保つ事は重要なのである。


「まぁ、今すぐにとは言わないけどさ~。ちょっとは考えていきなよ?」

「……どうして四季にそんな事言われなきゃいけないんだ。どちらかというと私の方がお母さんみたいなものなのに。」

「きしし。お母さんにしちゃ頼りないなぁ。」

「……意地悪め。」

「言ったと思うんだけどな~? ボクはキミほど良い子ちゃんじゃないって。」


 四季はむぅと眉根を寄せるハルを見て、きししと楽しそうに笑いながら足をぱたつかせた。




「ハルちゃ~ん!」


 そんな会話を交わすハルと四季の元に、女神オリフシが駆け寄ってくる。

 オリフシはハルに近寄ると、すっとハルの手を取った。


「さ、ハルちゃん。出番よ。」

「え? 出番?」


 身に覚えのない「出番」という単語でハルが怪訝な顔をする。

 すると、オリフシはふんすと鼻を鳴らしてハルの手を引っ張った。


「特訓の成果を見せる時よ。これからあなたは舞台の上で歌と踊りを披露するの。」

「…………はぁ!?」


 ハルは思わず素っ頓狂な声をあげた。

 

「き、聞いてませんよそんなこと!」

「言ってないもの。言ったらハルちゃん逃げるでしょ?」

「な、なんでそんなことしなきゃいけないんですか!」

「だって、神々の力を借りる時に約束したじゃない。」


 大地の神々の力を借りる際に、女神オリフシは一つの約束事を取り付けた。

 巫女ハルに可愛い衣装を着せて、歌と踊りを披露させる、と。

 ハルも不服ながらその話を聞かされて、世界の為だと渋々同意して歌と踊りの訓練を重ねてきた。


 しかし、こんなパーティーの場でやるとは一言も聞いていない。


「こ、ここでするなんて聞いてません!!! だ、だって、ここ……神様だけじゃなくて、勇者も魔王もいるじゃないですか!!!」


 神々に見せるとは約束した。

 しかし、勇者や魔王にまで見せるとは言っていない。

 あまり詳しい知り合いではない神々に披露するならまだしも、気心知れた距離の近い面々に可愛い格好をして歌と踊りを見せると想像すると、ハルは恥ずかしすぎて顔から火を噴きそうになる。

 そんなハルの肩をぽんと叩いて、オリフシはぐっと親指を立てた。


「大丈夫。きっとみんな惚れ込むわ。」

「そういう話じゃないです!!!」


 断固拒否する構えに入るハルだったが、その横で四季がきししと笑う。


「ボクもハルの歌聴きたいな~? ハルの歌が聴けないなら世界を見守る気もなくなっちゃうよ~。」

「四季ィ……! お前まで……!」

「もう神々には今日お披露目するって言っちゃってるのよねぇ。これを反故にしたらきっと怒り狂うと思うわよ?」

「め、女神様ぁ……!」


 退路を完全に断ちに来る二柱の神。

 そこまで言われると責任感の強いハルはいたたまれなくなる。

 わなわなと震えて顔を赤くし、ハルは言い返せずに涙目になってきた。


「……分かりました。」


 ハルは顔を真っ赤にしながらバッと立ち上がる。


「どうせ何言ったってやらせるんでしょ! だったら腹ごなしにやってやる!」

「その意気よハルちゃん!」

「ひゅーひゅー! きししししし!」


 オリフシが手を差し伸べて「こっちへ」とハルを誘い出す。

 ハルはヤケクソ気味にその手を取って、オリフシに引っ張られて移動する。

 こうして、ハルはこのパーティー会場で、歌と踊りを披露する事になった。


 パーティーは佳境に入る。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る