第124話 勝利の祝杯~ありがとうの裏側~
多くの人々の与り知らぬところで世界の危機を救った者達による祝勝会。
暫くの食事や談笑が進んで来た頃に、小柄な少女勇者"魔導書"アキの傍に、背の高い男勇者"拳王"ナツは歩み寄る。
歩み寄ったナツに気付いて、アキはナツの顔を見上げる。
「どうしました?」
「いや……慣れない会場で疲れてしまって。顔見知りのところに行きたいなと。」
「ああ。神様方に囲まれて参ってましたね。」
アキがくすくすと笑う。
ナツは先程まで、多数の神々に取り囲まれてあれこれ聞かれて参っていた。恥ずかしいところを見られていたと気付き、ナツは「いや……。」と参ったようにこめかみを掻いた。
「アキは俺よりも囲まれてたのに疲れてなさそうだな。」
「慣れてますから。」
アキはメイプルリーフ家の令嬢である。こういったパーティーには慣れており、話の応じ方もあしらい方も心得ている。言われてみて「なるほど。」とナツは納得した。
「まぁ、慣れてなさそなのに元気なのもいますけど。」
アキは呆れた様にふふ、と笑い、少し離れた位置で更に多くの神々に囲まれている勇者"剣姫"ハルに目をやる。
「あんなにお皿に取っちゃって。はしたないですね。」
「そ、そうだな。」
ハルは皿にも口にもたっぷりと食べ物を蓄え、更には取り囲む神々からもこれもこれもと食べ物を勧められて幸せそうに食事を満喫している。
そんなハルを呆れたように見つめるアキの皿の上に盛られた山盛りのスイーツをちらりと見て、ナツは黙った。
「とはいえ、せっかく用意して貰ったものですしね。ナツもちゃんと食べてますか? ハルほど欲張っても駄目ですけど、遠慮しすぎも駄目なんですよ。」
「ん? ああ。大丈夫だ。ちゃんと頂いてる。」
「本当ですか?」
アキが背伸びをしてナツの皿を覗き込もうとする。それを見たナツが皿を降ろして見せてやると、アキは皿を見てふーんと声を漏らす。
「意外と小食なんですか?」
「そういうつもりはないが。」
「身体が大きいからもっとたくさん食べるのかと思ってました。」
ナツの皿は意外と汚れは少なく、現在も盛られている料理はかなり少なめである。
あまり食べていないようにも見える皿を見たアキは、少しむぅと口を曲げた。
「私なんてたくさん食べても背が伸びないのに……。」
「アキは普段たくさん食べるのか?」
「子供の頃は無理して食べてましたけど、無駄だと分かったので今は普通です。」
アキは背が低いこと、童顔である事を気にしている。
食事に関して考えている事もあったらしい。
そんな何気ない会話を交わしながら、ナツはアキをじっと見つめる。
「アキ。」
「はい? なんですか?」
「ありがとう。」
「急にどうしたんですか?」
まじまじと見つめられる事にアキも気付いて、皿からナツに顔を上げる。
突然の感謝の言葉に首を傾げれば、ナツはそのまま真っ直ぐ目を向けたまま言葉を続けた。
「いや。シキを"虚飾"で隠すとき、結局助けて貰ったから。あの時はドタバタしていて言えなかったから、今日言いたいなと思って。」
「なんだ、そんな事ですか。そういう約束だったんですから改まらなくていいですよ。」
シキの存在を一般人から隠すため、ナツの特別な異能"虚飾"でその存在を隠した。
その際に、ナツは本来であれば一人で実行するつもりだったが、結局アキのサポートを受けてしまった。実際にあの時にはそこまで精密な操作ができたか、シキを完全に隠す程の広さに魔力放出できたかというと、一人では無理だっただろう。
あの時は一杯一杯でお礼を言えていなかった事をナツは気にしていた。
「それだけじゃない。」
そして、更に付け加える。
「俺の異能を解明してくれた事も、使い方を教えてくれた事も、本当に感謝してる。お陰で俺は少しだけ前向きになれた。ありがとう。」
真正面から言われて、アキは頬をほんのりと朱色に染めて、照れ臭そうに目を逸らす。
「……そんなに真っ直ぐに言われると、気恥ずかしいじゃないですか。」
「ご、ごめん。」
「謝る事じゃないです。」
ナツがもう一度「ごめん」と言い掛けて口を噤む。
何と言ったらいいものか、とナツが悩んで言葉を探す。
そんな不器用に言葉を探すナツをちらりとアキは見て……。
「……どういたしまして。」
小さくぽつりと呟いた。
アキは人から褒められる事に、感謝される事に慣れている。
希代の天才魔法使い。魔法学校随一の天才。歴史を変える魔法研究家。
飽きるほどに褒められて、その行いで感謝をされてきた彼女が、何故かナツからの感謝を受けて照れ臭いと思っている。
なんでだろう?
自身の心に問い掛ける。
素直になれない意地っ張り。アキが自身でも理解している彼女の欠点。
そんな彼女も魔王と交流する中で、世界の危機や願望機シキと向き合う中で精神的に成長していった。
そして、もう一つ。彼女自身の成長以外に、彼女は自身の欠点を補えるようなものに出会っていた。
願望機シキを形作る"思念エネルギー"という技術。人々の想いをエネルギーに変える技術を彼女はシキの研究過程で習得した。
魔法使いらしく、魔法の技術で自身の心を覗き見る。
そして、アキは理解した。
アキはナツを認めている。
何とも思わない相手に褒められるよりも、認めた人間から褒められた方がずっと嬉しい。
どうしてアキはナツを認めているのか。
彼は背が高いから。彼はとても強いから。
そんな外面の要素ではなく、何よりも大きいもの。
彼が私を助けてくれたから。
ナツと一緒に魔物討伐に出向いた際に、魔物がアキに襲い掛かった。
ナツはそれを咄嗟に庇い、助けてくれた。
アキは助けなんて要らなかったと言って怒り、実際にその通りではあった。
でも、嬉しかったのだ。
今まで頼られるばかりで誰かを助けることしかしてこなかった。
そんな自分を守ろうとしてくれた事が。
そして、雪女に攫われた時。
絶体絶命のピンチを、ハルと一緒に助けてくれた。
あれは強がりなんて言えない。本当の本当に救われた出来事。
そうやってずっと助けてくれたナツのことを……。
「~~~~!」
そこまで自分の思念を読んで、アキはかっと赤くなった。
「どうした? 顔が赤いぞ?」
「~~~~酔っ払っちゃっただけですっ!」
「でも、飲んでるのジュースじゃ……。」
「私は雰囲気でも酔っちゃうんですっ!」
アキはふんふんと鼻息荒く誤魔化した。
結局は素直になれないまま……なのだが、今は仕方ないとアキは割りきる。
流石アキにもこの気持ちに向き合う勇気はまだなかった。
無理な言い訳を聞いたナツは、ふむとこれ以上踏み込むこと無く顎に手を当てる。
「そうか。じゃあ、あっちで休んだ方がいいかな。」
ナツが目線をやるのは部屋の隅の椅子の方。
そして、ナツは手を差し出した。
アキの心臓がどきりと跳ねる。
「えっ……その、流石に急にそれは……。」
ナツの手を取るのを躊躇う。
以前にナツの異能を検査する際には普通に触っていた手が、意識すると急に触れなくなってしまう。訳が分からなくなってアキは更に赤くなる。
そんなアキの手元にナツは手を伸ばし……。
「ほら。皿持つから。」
アキの皿に手を添えた。
「え。」
アキは思わず間の抜けた声をあげた。
「いや。休むなら邪魔かなと。」
ナツはアキを休ませるつもりで、邪魔な皿を預かろうとしたらしい。
とんでもない勘違いをして照れてしまったアキの顔面の紅潮が更に増していき……。
「ふにゃ……。」
目を回してその場でよろめいてしまった。
「おっと。」
ナツが素早く精密に動き、アキの皿とグラスを片手でキャッチし、空いた腕でアキの身体を受け止める。
咄嗟に受け止められたアキは、更に訳が分からなくなる。
「本当に酔ってるな。大丈夫か?」
「は、はい……。」
「休めるところに連れてくから。支えるだけで歩けるか?」
「だ、大丈夫……です……。」
アキはぼんやりしたまま赤い顔でナツの腕に身を任せる。
恥ずかしさで死にそうながら、頭も回らず今までのように強く拒む気は湧かなかった。
ゆっくりと、ナツに支えられて歩いて行く。
その力強くも優しい腕に心を寄せて。
アキはいつかこの気持ちに素直になりたいと思った。
でも、今はまだ早い。
「…………ありがとう、ございます。」
「気にするな。」
今はそのお礼がアキの精一杯だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます