第123話 勝利の祝杯~祝いと呪い~




 多くの人々の与り知らぬところで世界の危機を救った者達による祝勝会。


 その会場の中で、にこやかに神々と会話を交わす人当たりの良さそうな少女。

 首にマフラーを巻いた"束縛の勇者"うららを見る神々の目は、少し複雑なものであった。

 その目は少女に向けるようなものではなく、どこか同情的に見るような目、どこか恐ろしいものを見るような目であり、親しげに声は掛けているものの距離を感じる視線である。


 そんな視線の意味するところを、当の少女うららは知っている。


(流石に神様ともなると分かるんですねぇ。)


 そんな事を考えているという"素振り"を"縛"って隠し、うららは感心したように心のなかに呟いた。


 うららのマフラーの下に隠された、首に巻かれた一本の縄。

 "束縛の縄"と名付けられたそれは、呪いのアイテムである。

 物理概念問わずあらゆるものを"縛る"。"縛る"ものの大きさに応じた自身への痛みと引き換えに。


 この"束縛の縄"は外す事はかなわない。

 仮に外した場合には大きな反動が戻ってくる。

 それ以前に、今この縄の力を解く事で、今まで"縛り"続けてきたものが解き放たれ、うららの身は持たない。それは例えば"加齢"であり、"死"であり……とにかく多くのものを誤魔化し誤魔化し彼女は生きている。


 神々の多くはこの呪いに気付いている。

 呪いを纏う恐ろしい少女と見るものもいれば、呪いに蝕まれた哀れな少女と見るものもいる。それでも彼女の周りに神々が集まり会話に興じているのは、人当たりのいい笑顔と、これ程の呪いを抱えながら世界の救済に助力した健気さ、呪われたその身への同情故にだろう。


 そんな目を向けられる事にうららは何とも思わない。


 同情して欲しいとも思わないし、同情されて腹が立つとも思わない。

 嫌悪されようと構わないし、好かれようとも嬉しくない。

 今日、この場に呼ばれてやってきたのも、決して祝いの席に興味があった訳ではなく「別に嫌ではなかったから」でしかない。




 魔王は、勇者達は、世界の危機を乗り越えた。

 世界の支配を目論む"死の王"ハイベルンの野望を阻止し、世界を滅ぼす願望機シキの暴走を食い止めた。

 苦戦する事もなく、筋書き通りに。

 勿論そこに至るまでの苦労はあったが、終わってみればあっさりとしたものだった。


 安堵よりも先にうららの中に芽生えたのは、拍子抜け、退屈という感情であった。


 "死の王"ハイベルンの死者を操る能力を封じる役割を担ったうらら。

 どれ程恐ろしい相手なのか、その相手を"縛る"のにどれ程の痛みがやってくるのか期待をしながら蓋を開ければ大した相手ではなかった。

 "死者だけを""命令をして操る"という強力なようで極めて限定的な能力は、大して"縛る"のに反動のないものだった。

 そして、最も恐ろしいと願望機シキでさえも、交戦する事なくあっさりと和解に至った。


 もう、この世界には脅威はない。

 喜ばしい事であるとうららの理性は理解しているが、虚しい事だとうららの本能が嘆いている。


 うららは"痛み"に飢えている。

 愛や優しさは無関心な誰にだって与える事はできる。

 しかし、憎しみや恨みは憎んでいる相手にしか抱けない。

 本当の意味で人を見ているのはどちらか。

 自身でも歪だと理解しているそんな醜い感情に苦しみ、痛みの中に心を見いだしたのが彼女の前世であった。


 この魔物蔓延る氷の世界には痛みが憎しみが苦しみが満ちている。

 故にこの世界に転生した事に喜びを感じた。

 しかし、魔王という悪役は悪役ではなく、真の悪は手間取ること無く片付いた。

 世界は平和になり、暖かくなっていく。

 そこにはもう彼女の求めたものはない。


やっぱり一緒か。)


 世界は間違える事こそあれど、いつだって正しくあろうとする。

 それは異なる世界に生まれ変わっても変わるものではなかった。




「少し、酔いが回ってしまいまして……失礼します。」


 愛想良く笑って、うららは取り囲む神々に頭を下げた。

 本当は酔いなど回っていない。しかし、色々と考えてしまい、嘘を吐いてグラスを置いてからその場を離れる。

 混み合っていない位置に移動して椅子に腰を掛ける。

 そして、がやがやとしている会場を見て「ふぅ」と一息ついた。


 神々が特に集まっているのは、食事に夢中になっている勇者"剣姫"ハルのところ。巫女だということ、今回の重要な功労者であることなどから見ても当然だろう。

 負けず劣らず囲まれているのは勇者"魔導書"アキ。同じく今回の作戦の基礎部分を支えた立役者である。

 二人程ではないものの、不器用ながら会話に興じているのは勇者"拳王"ナツ。神々は女子のほうが好きなのか。うらら含め女子勇者に集まっているようだ。


 三人ともがそれぞれ楽しんでいる。

 それを見て微笑ましく思いつつ、少し羨ましいとうららは思った。


「ほれ。」


 その時、うららの目の前にグラスがぶら下げられる。

 とんと額にグラスが当たれば、思わぬ冷たさでびくっとうららは身体を弾ませる。

 グラスの持ち主を見上げれば、そこには赤髪の青年"殺戮の勇者"ゲシが立っていた。


「何ですか。」

「水。酔ったンだろ?」


 ゲシはどうやら酔って休むというのを聞いて、水を入れたグラスを持って来たらしい。「酔ったというのは嘘だ」とわざわざ言う気にもなれず、うららは「どうも。」とグラスを受け取り口をつけた。

 うららの隣にゲシも腰を下ろす。

 

「……なんで座るんです?」

「俺の勝手だろ?」

「楽しんでらっしゃいな。私は放って置いて。」


 投げやりにうららが言えば、ふぅ~、と深く息を吐いて、だらんとゲシは椅子の背もたれにもたれ掛かる。


「休憩だよ休憩。」

「なら、私と話す必要もないでしょう?」

「つれねェ事言うなよ。」


 じろりと睨むうららをゲシも睨み返し、傍らに抱えた鞄から一冊の本を取り出した。

 うららの"束縛の縄"同様に、女神ヒトトセから授かった特別なアイテム"世界の書"。この世界の設定書とも言うべき、この世界の全てが書かれた本である。

 それをゲシは適当にぱらぱらと捲りだした。


「ちょっと。流石にパーティー会場で読書は感じ悪いですよ。神様もいるのに。」

「すぐ済む。」

「今更何を調べてるんです?」


 うららが尋ねれば、ゲシはぴたりと手を止めた。

 そして、ページを開いたまま"世界の書"をうららに差し出す。

 そこに書かれていたのは、デッカイドーの大地に潜む危険な魔物の情報だった。


「俺らの勇者としての仕事も終わるだろ? 終わった後に何するかってェ話をしたの覚えてるか?」


 シキとの決戦前夜、話した事をうららも思い出す。


「暇を持て余したのんびりとした生活を送るんでしょう?」

「ああは言ったがよ。よくよく考えると柄でもねェなと思ってよ。」


 ゲシはうららに顔を向ける。


「世界の滅亡を防いじまって、これ以上のイベントはねェだろうけど……まだまだこの世界にも骨のある相手がいるみてェでよ。落ち着いたら暇潰しに狩りにでもいかねェか?」


 "世界の書"に書かれた危険な魔物狩り。ゲシはうららをそれに誘っている。

 うららがフンと呆れたように笑った。


「デートのお誘いにしちゃ悪趣味ですね。」

「馬鹿言え。そんなんじゃねェよ。」


 ゲシがしかめっ面をすれば、うららはくすくすと笑う。

 しかし、その笑みはすぐにどこか物憂げな笑みに変わる。


「気を遣わなくていいのに。」


 その表情を見たゲシは、しかめっ面を崩し、バツが悪そうな顔をして目を逸らした。うららは天井にぶら下がったシャンデリアを見上げて、ぼんやりと口を開く。


「結局、シキも私の"運命のひと"ではなかった。あれ以上のものがこの世界にあるとは思えません。もういいんです。」


 うららは全て諦めたように呟いた。

 ゲシはうららとそれなりにやってきて、彼女の独特な性癖と求めるものは知っている。しかし、彼女の前世の人となりを知らなければ、その"運命のひと"とやらへの入れ込みようまでは理解できていなかった。


 ゲシがうららに声を掛けた理由。

 それはどことなく、神々と談笑するその顔が消え入りそうなものに見えたから。

 決戦前夜に話した「全て終われば死ぬつもりなのではないか」という問いを誤魔化したが、本心ではそのつもりなのではないかと疑ったからである。


 新たな生きる目的を与えれば、馬鹿な考えはしないだろうと軽く考えて、今後の目標を調べて提示した。

 しかし、既にうららは燃え尽きて灰のような印象を与えるまでに消沈していた。


「まだ分かンねェだろ。実際シキとは結局殺り合わなかったンだからよォ。まだまだ期待してるモンが見つかるかもしれねェじゃねェか。」

「どうしてそんなに気を遣うのか知りませんけど、別に放っておけばいいじゃないですか。大した仲でもないのに。」


 うららはふぅと溜め息を吐く。


「私達は所詮、同じ転生者という境遇を持つだけの関係でしょう。その生い立ちにしか共通点なんてないじゃないですか。友人でも理解者でもない。私はそのつもりでしたが。」


 素っ気ない言葉にゲシが複雑な表情を浮かべる。

 そんな彼の顔を見上げて、うららはにやりと不敵に笑った。


「……な~んて。あれ? もしかして、ゲシは私の事好きだったんですか?」


 ゲシが押し黙る。

 その様子を見て、うららはからかうようにくすくすと笑った。


「やめといた方がいいです。こんな女の子に欲情してたらロリコンだと思われますよ。それに、残念ながら前世の私はですので。精神年齢も釣り合わないと思います。」


 うららは初めて自身の前世の秘密を話す

 絶対に語らなかった、タブーとしていた事を口にする。

 ゲシは一瞬面食らったように目を瞬かせたが、何かを考えるような表情をした後に、はぁと溜め息をついて立ち上がった。


「もういい。」


 うららにはまともに話す気はないという事は伝わったらしい。

 これ以上踏み込むのは時間の無駄だという事をゲシも理解したのだろう。


 そう思って、うららが安心したその時、立ち去るかと思ったゲシはうららの前に立った。


「そういう事でいいよ。」

「……え?」


 余裕のある大人びた笑みを浮かべていたうららは、ゲシの言葉を捉えかねて思わず間の抜けた呆けた顔になる。

 そういう事でいい。何かにゲシは同意した。うららは自身の言葉を振り返る。

 うららのカミングアウトに、ゲシが「そういう事でいい」と言う要素はない筈だ。

 

 私の事好きだったんですか?


 冗談のつもりで、茶化すつもりで言った自身の言った言葉を思い返し、うららは口元に手を当てる。


「……本気で言ってます?」

「おう。」


 ゲシが見下ろしそう言えば、うららの顔が見る見る内に赤くなる。

 まさかそんな返事が返ってくるとは思わなかった。

 茶化して冗談で言っている分には恥ずかしくもないのだが、大真面目に返されると逆に変な気持ちになってくる。

 そんなうららの顔を見て、ゲシがにぃと不敵な笑みを浮かべた。


「"友人として"好きだぜ? 何か勘違いしてねェか?」


 うららの顔がぴきりと固まる。

 そして、しばらく固まった後に、指をクイと動かした。

 ゲシの指が変な方向に曲がる。


「いででででで!!! やめ、やめろォ!」

「乙女心を弄ぶものじゃありませんよ?」

「乙女って歳じゃ……いだだだだだ! 悪い! 俺が悪かったから!」


 ゲシがギブアップを宣言すれば、うららは縄の力を緩めた。

 涙目になりながら、曲げられた指をさするゲシからうららはフンと目を逸らす。

 結局機嫌が悪くなった。しかし、ゲシは満足げにふんと笑った。 


「いつもの調子に戻ったじゃねェか。」


 ゲシがそう言えば、うららはムッとしてゲシを睨む。


「余計なお世話です。」


 うららがそう言えば、ゲシは言葉を返す。


「お節介焼きで悪ィな。友人に勝手に死なれちゃ寝覚めが悪ィだろ?」


 友人。うららの否定した事をゲシは平然と言ってくる。

 そして、しゃがみ込んでうららと視線を合わせて、ゲシは続ける。


「まァ、もうしばらく付き合えよ。それでもお前ェがこの世界に満足できねェ、求める痛みに出会えねェってンなら……。」


 ゲシはにやりと不敵な笑みを浮かべる。


「俺が死ぬほど痛い目見せてやるよ。死にたくねェって思えるくらいの。なんたって俺ァ、"殺戮の勇者"だからな。」


 うららの目が僅かに大きく見開いた。

 瞳が揺れる。

 そして、口元を緩ませる。


「それがあなたの"殺し文句"?」

「上手い事言ったつもりか?」


 うららはくすりと笑う。ゲシもくくと笑った。

 ゲシが手を差し伸べる。

 

「料理も色々とあるみたいだぜェ。激辛料理なんかどうだい?」

「あなたも私の事を良く分かってきたんですね。やっぱり私の事好きでしょう?」

「馬鹿言え。」

「うふふ。」


 うららはゲシの手を取って、椅子から立ち上がる。


 もう少しだけ、この世界に期待しても良いかもしれない。

 うららは心の中で呟いた。





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