第122話 勝利の祝杯~蚊帳の外~




 多くの人々の与り知らぬところで世界の危機を救った者達による祝勝会。


 勇者、魔王、神の揃った立食パーティーが始まると、参加者は各々動き出す。

 それぞれが食事に手を伸ばしたり、傍に居る者達と談笑を始める。

 この場に最も多く居る神々も再会は久し振りのものが多いらしく、神々同士での談笑も多いが、多くは勇者達の周りに集まってくる。


 各々の勇者が緊張しつつも神々と接している中で、暗い顔をしている男が一人。


 筋肉質で大きな身体にスキンヘッドの強面の男。

 "闘争の勇者"ことトウジは、ずんと沈んだ顔をして立ち尽くしており、神々もそのガタイの良さ、強面、暗い雰囲気からなのかあまり周囲に集まっていない。


 わいわいとした立食パーティーの中でどこか浮いている男を見かねて、「ちょいと失礼」と集まる神々を掻き分けてやってきたのは赤い髪の細身の青年"殺戮の勇者"ことゲシである。


「おい、トウジ……! まァだいじけてんのかァ……!?」


 何を隠そうこの男、実は此処に来る前から、それよりもっと前よりこの調子なのである。ゲシが「いじけている」と表現しているように、実はとある理由からこんな様子になっている。


「……我は此処に居るのに相応しくない。何の役にも立っていないのだから。」

「あァ、もう面倒臭ェなァ!」


 バン!とゲシがトウジの肩を叩く。


 トウジが「此処に居るのに相応しくない」と言っている理由。

 何の役にも立っていない……これはシキと対峙したあの日の事である。


 あの日、勇者達には各々に役割を与えられた。

 トウジに与えられた役割は、万が一起動したシキと戦う事になった場合の戦闘員としての役割である。

 しかし、巫女ハルの"名付け"によって四季しきという名の神になった願望機シキは、ハルとの対話の末に争う事なく和解する事になった。

 そう。トウジの役割である緊急時の戦闘員としての仕事が回ってこなかったのである。


 更に、計画の裏側で動いていた邪魔者、"死の王"ハイベルンの対策においても、裏の作戦でトウジは(ついでにハルも)作戦から外されていた。


 ナツや転生者達の話から、ハルと同じように直情型だと判断されたトウジは、決して表には出せない、腹芸ができないといけない計画から外されていたのである。

 そこも彼の自尊心に傷をつけた。


 同じ転生者達は各々仕事をした。

 ゲシはハイベルンの弱点を見つけ出し、うららはハイベルンの能力を封じ込めて計画の邪魔をする魔物の対処に大きく貢献した。

 ナツは一般人の目からシキを覆い隠し、シキの事件を大事にしないような隠蔽に大きく貢献した。

 更に他の勇者、ハルに至っては巫女として最も重要な四季との和解という偉業を成し遂げ、アキもシキの再起動やナツのサポート等々裏方として重要な支えとなった。

 そんな中、特に何の働きもしていないトウジ。故に「何の役にも立ってない」と言っているのである。


 「面倒臭いのでパスです」と一言、励ます事を放棄したうららは置いておいて、ゲシは一応あれこれフォローはしているのだが、いよいよ今日まで回復させるには至らなかった。


「今日は神様方がいっぱいいンだぞ……! 失礼したらおっかねェからいい加減機嫌直せ……!」

「どうせ、我の元には来ないだろう。」


 実際に神々は寄ってきていないので、ゲシはぐっと言い淀んだ。

 ボリボリと頭を掻き、ゲシは深く溜め息をついた。


「……ならもう勝手にしろォ。でけェ癖に気の小っせェ奴だな。」


 いよいよ諦めて、ゲシはトウジに背を向けてパーティーに戻る。


「……メシくれェ食っとけ。せっかく用意して貰ったモンなんだから、手ェつけねェの悪ィだろ。」


 最後に一言だけ捨てゼリフを吐いて。




 トウジ自身も女々しい事で落ち込んでいる自覚はある。

 あくまで非常時の要員だったのだから、何事もなく終わったのはめでたい事だったという意識もある。

 それはそれとして、プライドが高い彼にとっては今回の顛末は許せないものだった。顛末自体が、ではなく、力になれなかった自分自身が、である。


(口ばかりで、ゲシにあんな気まで遣わせて……情けない。闘うしか能の無いでくの坊……それも、闘う事ですら他の勇者から遅れを取っている。情けない。情けない。)


 気難しい顔でそんな事を考えながら、トウジは黙って立っている。


 そんな彼に声が掛かる。


「ト、トウジさん。」


 避けられていると思っていた所で唐突に掛かった声にトウジは思わずぎょっとした。声が聞こえるのは低い位置からだった。そちらに視線を向ければ、そこには見覚えのある少女が立っていた。


「……シズ?」

「お、お久し振りです!」


 白い長髪に華奢な身体の儚げな少女は、天の神の声を聞く"預言者"シズ。

 珍しくドレスを着てお洒落をしているのだが、何故か頭の上の方だけ髪の毛がくしゃくしゃになっている。


「お前も来ていたのか……。」

「は、はい。お呼ばれしました。」


 シズもまた、このパーティーに呼ばれていた。

 彼女もまた、預言者として世界の危機の一助になった一人である。

 シズは自室から直接ゲートを通して此方に来たので勇者とは別口で来ており、トウジも彼女が来ている事は知らなかった。


「髪がボサボサしているのはどうしたんだ……?」

「え、えっと、神様方から頭を撫で回されて……え? ボ、ボサボサですか?」


 シズは右手にグラスを持ちつつ、恥ずかしそうに左手で頭の上を整えようとする。

 その様子を見て、トウジは思わずふっと笑い、硬かった表情を僅かに崩す。

 

「どうした? 何か食べないのか?」

「え? え、えっと、はい。ちょっとずつ頂いてます。でも……。」


 シズはトウジの顔を見上げる。


「トウジさんが暗い顔をしていたので……気になって。」


 トウジはそこで気付いた。

 孤立して暗い顔をしている自分を気遣って、シズは寄ってきたのだ。

 ゲシからも言われて自覚はしていたものの、そこまで目立つ程に険しい顔をしていたのだと今更になって気付く。


 シズに心配を掛けた事で、流石にトウジも反省する。

 少し無理にではあるが、困った様に笑って見せた。


「……いや、大丈夫だ。」


 しかし、シズはぐいっと詰め寄る。


「あ、あの……何かあるなら、私でお力になれませんか……?」


 余程心配を掛けてしまったらしい。

 こんな気遣いをさせてしまうのはトウジの望む所ではない。


「本当に大丈夫だ。」

「わ、私なんかじゃ役に立てないですよね……。」

「い、いや、そういう意味じゃ……。」


 心配しなくていい、というつもりで言ったのだが、相談するに値しない相手だと受け取られてしまう。しょんぼりしてしまうシズを見て、これ以上強く否定するのもいたたまれたトウジは、悩ましげに目を細めた後に、ふんと鼻息を鳴らして気を取り直す。


「……じゃあ、少しあっちで話せるか?」

「え? あっ、は、はい!」


 トウジが指差すのは会場の壁際に置かれた椅子の方向である。

 ちらほら会場の隅には椅子が置かれており、座って休んでいる者もいる。

 また、会場の端という事もあり周りの目も少ないので、トウジはそこにいく事を提案した。

 大男の後ろに少女が続く。そんな光景を物珍しげに通り道の神々が見ている。


 その視線を潜り抜けて、トウジとシズは椅子に座った。


 ふぅ、と一息をつくシズ。神様に色々と弄られたらしく、更に普段からあまり外に出歩かないからか、慣れない立食パーティーに若干疲れているらしい。

 そんな隣のシズを見下ろしてから、トウジはどこか遠くを見るように顔を上げた。


「……今回我は大した役に立てなくてな。それがいたたまれなくなっていた。それだけだ。」


 余計なオブラートに包むと、シズは逆に気に病んでしまう。

 故にトウジは率直に暗い顔をしていた理由をシズに話した。

 シズはきょとんとしてトウジの顔を見上げた。


「や、役に立てない……?」

「我は戦闘要員だった。しかし、戦闘を行うまでもなく、事態は解決してしまった。」


 口にすると少しだけ気が楽になる。

 トウジの口は次第に軽くなってくる。


「……分かってはいた。特別な才能に長けた者ばかりの勇者の中で、我の実力は劣っているんじゃないかと。実際に、活躍した奴らを見て改めて気付かされた。我は口だけの……。」

「そんな事ないです。」


 トウジの言葉を遮るように、シズがぴしゃりと言い放つ。

 いつもの弱々しい語気ではなく、力強く。

 トウジが思わずシズを見下ろす。


「トウジさんは、私に外の世界を見せてくれました。闘わないと、本当に欲しいものは手に入らないって教えてくれました。だから私は、勇気を持てたんです。」


 シズはトウジを見上げる。


「それに、トウジさんは私を助けてくれたんです。だから……そんな悲しい事言わないで下さい。」


 真正面から見て、トウジの頭に浮かぶのは自身の前世。

 救う事のできなかった妹の姿。

 それを思いだし、トウジは思わずじっとシズを見つめてしまう。

 じっと目が合うと、シズははっと顔を赤くして目を逸らしてしまった。


「え、えっと、そ、それに、そんなこと言ったら私だって大して役に立ててないですし……。」

「そんな事ないよ。」


 自身を卑下するシズに否定の言葉を投げ掛けたのは、トウジの低音ではなく、ハスキーな女性の声だった。

 トウジもシズも思わず飛んできた声に驚き、声の方向……シズの隣の席に目を向ける。

 黒いドレスに灰色の髪、目元を隠すサングラス、黒いルージュと少し怪しげな装いのすらっとした女。

 足を組んで椅子に座り、グラスを揺らして水面を揺らす謎の女を見たシズはぎょっと肩を跳ね上がらせて声をあげる。


「ソ、ソロウ様!?」

「おっと、しーっ。お忍びで来てるから。」

「ひゃ、ひゃい! ごめ、ごめんなさいっ! ごめんなさい……。」


 次第に小声になっていくシズ。

 その姿を見て、ソロウと呼ばれた女は黒いルージュの口元を緩ませた。

 どうやらシズの知り合いらしいが、トウジには見覚えの女。


「知り合いか?」


 トウジが尋ねれば、ガチガチに固まった動きでトウジを振り返り、シズが小声で囁いた。


「……て、天の神様の……ソロウ様です……!」

「天の神……天の神!?」

「しーっ!」


 思わず大声が出るトウジに口元に指を当てて黙るように促すソロウ。


「僕は本当は降りてこない事になってるんだ……バレたらここの奴ら五月蠅いからね。静かに。ね?」

「あ、ああ。すまん。い、いや、すみません。」


 天の神―――預言者シズを通して国の方針を告げる世界の先導者。

 広くデッカイドーで信仰されている神である。

 そんな天の神、ソロウが目の前にいる。流石のトウジも緊張して口調を改めるが、ソロウはフフと笑って口元に当てた指を離す。


「敬語は要らないよ。僕はそういうの気にしない。」


 ソロウはそう言うと、ちびりとグラスの中の液体を口につけ、再び足を組んで座り直した。

 何故、天の神がお忍びで降りてきているのか。招かれた、という訳ではないのだろう。訳が分からないといった様子のシズとトウジの視線を気にした様子もなく、ソロウは勝手に話し出す。


「シズ。あんまり自分を卑下しちゃいけないよ。君は君が思ってるより助けになってるんだから。」

「え?」

「それにトウジ君。君もだ。」


 ソロウの視線がトウジに向いた。きょとんとしているトウジを見て、ソロウはフッと笑った。


「事が全て片付いたから、ヒトトセの奴にネタ晴らしを聞いてきたんだよ。あの馬鹿、割と計画ガバガバで絶句したけど。……トウジ君も結構今回役に立ってるんだよ?」

「……?」

「最終決戦で役に立てなかった事を気に病んで、他の勇者と自分を比べて卑下しているみたいだけど……君は知らず知らずの内に色々なものを動かしていたよ。」


 ソロウの言葉にピンと来ない様子のトウジ。

 そんなトウジを見てから、ソロウはシズを見下ろした。


「シズが君の事、なんて言ってたか知ってる?」

「シズが……?」

「……あっ! だ、駄目! ソロウ様駄目です!」


 シズが慌てて制止するも、お構いなしにソロウは続ける。


「勇気をくれた人、だってさ。」

「~~~~~~!!!」


 声にならない悲鳴を上げて、顔を真っ赤にしたシズが目を回す。

 それを聞いたトウジは、驚き目を見開いた。


 先程のシズの励ましが心に響いていなかった訳ではない。

 しかし、どこか哀れみ励ましていたのだろうとい気持ちはあった。

 

「彼女は本心からそう思ってるよ。」


 ソロウはシズの言葉が同情から来るものではない、と教えてくれたのだ。

 トウジがシズを見下ろす。

 顔を真っ赤にしてあわあわしている少女。

 彼女の先程の言葉が、たちまちすんなりと飲み込めてくる。


 ソロウはくらくらしているシズの頭にぽんと手を乗せて、トウジの方を見る。


「"勇ましき者"を勇者と呼ぶが、君の場合は"勇ませる者"とでも言うべきか。君が勇気を与えたシズが動いて、巫女の儀式が見つかり、今回の解決に向かった。それ以外にも君が後押しした事は以外と多いんだが……まぁ、それ以上言うのは野暮かな。」


 シズがトウジの影響を受けた事で、自身の意思で動く事で、様々な因果が巡ってハルの元に預言者一族の管理する、巫女の書物が渡り、"名付け"の儀式にまで至った。

 そういった因果の中に、トウジも含まれている。


 そんな説明よりも、トウジに強く残ったのはシズの言葉であった。

 ソロウがそれ以上は野暮と言ったのも、何よりその思いが伝わる方が重要だと思ったからだ。

 トウジの顔が次第にいつもの様子に戻っていく。強面だが自信が垣間見える力強い顔つきに。


 トウジはソロウに問う。


「……我を励ます為だけに来てくれたのか?」

「はは。そんな親切な神じゃないよ僕は。


 ソロウはそんな問いを笑い飛ばし、サングラスを僅かにずらして目を覗かせる。


「僕の愛する預言者ちゃんが褒めてた勇者を一目見てみたくてね。興味本位ってやつさ。」


 そして、くいと手を乗せたシズの頭をトウジの方に向けて、にやりとキザに笑う。


「感謝するなら僕にじゃないよね。」


 意図を理解したトウジは、こくりと頷いた。

 そして、赤い顔で上目遣いで見てくるシズを見下ろし、ふっと笑った。


「ありがとう、シズ。」


 その顔を見たシズは、照れ臭そうに顔を赤くしていたものの、ようやく硬さが抜けたトウジの顔を見てにこりと笑った。


「……どういたしまして!」


 そんな二人のやり取りを見て、クク、と笑ってソロウはぽんとシズの肩を叩く。


「さ。せっかくのパーティーだ。座ってちゃ勿体ないぞ。」

「は、はい!」


 シズは立ち上がり、トウジの手を取る。


「い、いきましょう、トウジさん!」

「……ああ。」


 トウジは手を引かれ立ち上がる。トウジもシズと以前とは逆の立場になるとは思っていなかった。

 トウジは最後にソロウに礼をしようと振り返る。


「……む。」


 すると、そこには既にソロウの姿は消えていた。

 驚き辺りを見回すも、姿は何処にも見当たらない。

 ソロウはお忍びで来ていると言っていた。言いたい事を言って、こっそり帰ってしまったのだろうか?

 トウジはソロウに対しても礼を言えなかったのを口惜しく思った。そんなトウジの気持ちを察して、シズはぐいと手を引いた。


「また、私がお礼を言っておきます。」

「……ああ。頼む。」

「じゃあ、色々見に行きましょう! 見た事もない食べ物がいっぱいありますよ!」


 シズに手を引かれ、トウジはパーティーの中に戻る。

 蚊帳の外から内側へ。

 パーティーはまだまだ終わらない。



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