第121話 勝利の祝杯




 世界の未来が変わった日から数日が経ち……。




 空間に開いたゲートを通って、勇者達は現れる。

 今まで見た事もない開けた空間には、既に多くのテーブルが、その上には料理が並び、会食の準備が出来ている。

 料理を運ぶ、会場の整備をしているのは見た事もない奇妙な装いの女性や種族も分からない異形の者達。

 奥には大きめのお立ち台のようなスペースがある。


 魔王にゲートを通して招かれた勇者達は、驚きながら周囲を見渡した。


「すごいな……なんだこれ。」

「今回のパーティーの会場ですよ。」


 いつの間にかゲートの傍らに立っていて、声を掛けてきたのはドレスを纏う女神オリフシ。思わぬ人物……ではなく神物じんぶつの登場に勇者達は呆気に取られる。オリフシは手招きしてからすっと歩き出す。


「こっちで待っていてね。今準備中だから。」


 オリフシに先導されて、勇者達はぽかんとしたままついていく。

 その最中、オリフシは今回のパーティーについて話し出した。


「会場自体は魔王くんに押さえて貰ったんだけれど、殆どあなた達に今回の件を任せてしまったからってね……デッカイドーの神々の方が準備はすると言い出して。」

「じゃあ、此処に居るの全部神様なんですか……?」

「ええ、そうよ。まぁ、一部魔王くんのところの魔物もいるのだけれど。今回の一連の事件を知っている面子だけ来ているわ。」


 会場中で準備をしているのが神と知ると、たちまち勇者達は緊張して恐縮してくる。そんな空気を感じ取ったのか、オリフシは振り返りにこりと笑った。


「気にしないで。神はお祭り好きだから。好きでやってるのよ。」


 オリフシが案内してきたのは部屋の端に並べられた椅子であった。


「座って待っててね。もう少しで準備が終わるから。あ、お手伝いとかは考えなくていいから。」


 オリフシはそう言うと、手を振ってささっとその場から退散する。

 勇者達は用意された椅子に座り、会場の準備の様子を見守っている。

 忙しく準備に勤しむのは見覚えのない顔ぶれ、これらが全て今回裏側で協力した神や魔物達なのだろう。

 パーティーの会場を用意したという魔王の姿も、魔王軍幹部とされる面々の姿は見当たらない。

 勇者達は魔王のゲートを通してやってきたが、会場の準備をしている神達は広い部屋にいくつか備えられた大扉から出入りしている。この部屋以外にも部屋があるのだろう。


 やがて、どたばたと働く神々が落ち着いてくる。

 その頃合いで、再び女神オリフシが戻ってきた。


「お待たせ。準備はできたわ。こっちへ。」


 オリフシに誘われて、勇者達は席を立つ。

 すると、そちらに向かって綺麗な女性が歩いてきた。

 不思議な雰囲気を纏う、浮き世離れした桃色の髪をした、瓶を担いだ女性。

 女性はにこりと微笑むと勇者達に尋ねる。


「お飲み物は何にする? お酒? ジュース? お水? なんでも出せるわ。」


 勇者達は各々欲しい飲み物をつげる。

 すると、桃色の髪の女性の脇からひょいと頭にトレイを乗せた小柄な子供が現れて、勇者達それぞれにグラスを渡していく。

 桃色の髪の女性が瓶を勇者のグラスに傾ければ、不思議な事にそれぞれの求めた飲み物がちょろちょろと瓶から湧き出してきた。

 それぞれに飲み物を注ぎ終えると、女性と子供はぺこりと頭を下げる。


「それでは。ごゆっくり。」


 そして、女性と子供は同じようにその他の来賓に対しても飲み物を配りにいった。

 不思議な力で注がれた飲み物。勇者達はくんくんと匂いを嗅いだり、恐る恐る口を近づけてみたりする。それを見たオリフシがあははと笑って、手で制止する。


「大丈夫よ。さっきのは"潤しの神"のウルル様よ。女性と子供合わせて一柱の神なの。瓶から望んだ液体を自由に出せるの。ちゃんと望んだものだから安心して。」


 神がお酌をして回る、すごい場に居合わせていると勇者達は改めて緊張した。


「乾杯まで口をつけるのはちょっと待ってね。もうすぐで始まるから。」


 しばらく勇者達がその場で立って待っていると、やがてボォンと会場に響き渡るような音がした。

 ハルとアキはその音を聞いてビクッとする。

 その他転生組の勇者達は、聞き覚えのある音を聞いて上の方を見た。

 スピーカーから流れるマイクを付けた音。

 それと同時に、会場の来賓の視線が舞台の方向に向く。

 釣られて勇者達も舞台を見れば、舞台袖にはマイクスタンドの前に立った男が立っていた。

 紳士服にシルクハットを被り、ハットのつばの影に顔を隠す男はマイクに向かって話し始める。


『え~。本日はご来場頂き誠にありがとうございます。』


 その声を聞いた勇者達はその男の正体に気付く。


 魔王は討伐された。

 世界各地で見つかった変死事件、歩く死体事件の黒幕は魔王である。

 そういったを流す為に、トレードマークとも言える仮面を取った元指名手配犯"魔道化"。

 テラが司会としてステージ上に立っているのである。


 "死の王"ハイベルンは各地に歩く死体を忍ばせていた。

 ハイベルンが倒れた事により、死の王の支配から逃れた死体達は次々と機能を停止した。

 街行く人が、隣人が突如として変死する事態に国中がパニックに見舞われた。

 それを解決するために、"魔王"の名を利用したのである。


 シキの問題が解決した今、既に"魔王"の称号は不要なものとなっていた。

 更に"勇者"もまた、その役割を完全に終えた。

 これらの称号、対立構造が不必要となった今、これらを終わらせる必要もあった。

 故に、「魔王は勇者に倒された」という筋書きを国には広める事になったのだ。

 それと同時に、歩く死体事件を魔王の企みとする事で、事件の原因を明確化し、これ以上の不安はなくなったとして国民の不安を取り除いたのだ。


 忌々しい事に、ハイベルンは歩く死体を忍ばせるだけではなく、国中の人間の一部を直接死体に置き換えていた。生きていた人間を秘密裏に殺し、配下に加えていたのである。

 誰とも関わりの無い歩く死体はともかく、家族を死体に変えられ失った遺族の悲しみは深いものであった。

 そういった爪痕は残しながらも、魔王の脅威は過ぎ去ったというストーリーで国中は湧き立った。



 今日行われるパーティーは、表向きのお祝いではなく、そのストーリーの裏側で動いた者達による祝勝会。


『私、魔王の配下のものですが、皆様方もそろそろ痺れを切らしているかと存じますので、長ったらしい前置きは抜きにしまして。』


 テラは舞台袖に顔を向ける。

 すると、舞台袖からは珍しく正装に身を包み、頭につけていた角がなくなっている魔王フユショーグンがぎくしゃくとした動きで歩いてきた。


『この会の主催、フユショーグンより乾杯の音頭を取らせていただきます。』


 すっと手を魔王に向けるテラ。

 乾杯の音頭を振られた魔王は、緊張した面持ちでグラスを持っている。


「……え~~~~~~~~~~……。」


 ものすごい長い「え~。」というタメをする。

 何か挨拶でもするのだろうか、と来賓達の視線が集まる。


 しばらくの沈黙が会場を包む。


 視線をあちこちに泳がせた魔王は、悩ましげに目を細めた後に、グラスを高く掲げた。


「かんぱ~い……。」


 会場が静まり返る。

 その場に居た者達全員が思った。


 あっ、挨拶を思い付かなかったんだな……と。


 沈黙が走れば、魔王がわなわなと震えて顔を赤くする。

 居たたまれなくなってきて、声を上げようか迷っている者達がちらほら居る中で、壇上のテラがクククと口元に手を当てて笑った。


『え~~~、締まらない挨拶でしたが。』

「お前達が急に予定のない事振るからだろうが!」

『我が主は一旦置いといて、改めて言わせて頂きます! 世界の危機を救った奇跡に……かんぱーーーーーい!』


 テラの音頭に合わせて、会場中から「乾杯!」の声が上がる。


『お料理もお飲み物も、更には催しものも用意しております。それでは皆様方、存分にお楽しみ下さい!』




 世界の危機を救った者達の、祝勝会がこうして幕を開けた。




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