外伝第23話 冥界にて待つ
デッカイドーの大地に、死の世界"冥界"より這い上がった"死の王"ハイベルン。
ハイベルンはデッカイドーを死と氷の大地に変え、支配しようと目論んだ。
その野望は全てその世界の住人達に打ち破られ、彼は再び冥界に落とされた。
冥界に落とされた球体―――ハイベルンの心臓が落とされたのは冥界の僻地。
そこでハイベルンの心臓は、肉を寄せ集め、取り急ぎ身体を作り上げた。
不格好なゾンビだったが、背に腹は代えられない。
腐り落ちる身体を引き摺りながら、ハイベルンは屈辱に打ち震えた。
「おのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれおのれ……!」
譫言のように怨嗟の言葉を紡ぎ続ける。
ハイベルンの野望は敗れた。
それだけではなく、彼は旧魔王インヴェルノ――改め"魔道化"テラに、新魔王フユショーグンの手のひらで踊らされ、自身の野望とは真逆の目的に利用された。
謎の女トーカに足元を掬われ、"殺戮の勇者"ゲシに心臓の秘密を暴かれ、"束縛の勇者"うららに能力を封じられ、苦し紛れの最後っ屁すら"
長年積み重ねてきた裏工作。死肉を漁る惨めな積み重ね。
周到な計画。ちりばめた布石。徹底した立ち回り。
長い時間多くの積み重ねが一瞬で崩され、嘲笑われた。
それはハイベルンにとってかつて無いほどの屈辱であった。
冥界にて死者の管理者の一人として生きてきた。
その中で、権力闘争に負けた時でさえも、此処まで怒りに打ち震える事はなかった。
デッカイドーより召喚された時にチャンスだと思った。
冥界で築けなかった自身の王国を、ここでなら築く事ができる。
散々見下してきた忌々しい冥界の貴族達を見返す事ができる。
そんな野望を砕かれ、弄ばれた。
「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。」
かつてない憎悪。
「もう……死と氷の王国などどうでもいい……!」
ハイベルンには砕けた野望に最早興味などない。
「覚えていろ……魔王フユショーグン……! 必ずや……デッカイドーに戻り……復讐してやる……! テラ……ゲシ……うらら……ハル……全て全て全て全て全て全て全て全て全て全て殺して殺して殺して殺して殺し尽くして……この冥界に引き摺り込んでくれる……!」
残ったのは、やつらへの復讐心のみ。
必ず戻って復讐する。そんな決意を抱き、ずるずると冥界の荒野を行く。
実際は冥界からデッカイドーに戻る手段など見当もついていない。
それでも、必ずや見つけ出し、戻ってやると決意する。
ハイベルンの執念は未だ途切れない。
「無様デスネ。」
ハイベルンの背後から声がする。
聞き覚えのある声。ブブブと響く不気味な羽音。ギシギシと鳴る摩擦音。
その声を聞いたハイベルンは、体温を感じる筈のない死肉の身体に寒気が走ったような気がした。
「実はアナタ、冥界の権力闘争敗れた落ちこぼれだったんデスネ。アナタの名乗った"死の王"という称号……それを知ると酷く滑稽に聞こえマス。」
痛いところを突かれ笑われた屈辱よりも焦燥感が勝る。
背後に立つ……飛ぶ? その魔物をハイベルンはよく知っている。
「アナタは冥界で敗走し、より低いステージで王を目指したんデスネ。大人の世界に馴染めずに、子供と遊んでヒーローを気取る可哀想な大人のようデス。"井の中の蛙"? コレは違いマスネ。"猿山の大将"? コレも違うデス。……"デッカイドーのハイベルン"。コレ、良いと思いマセン?」
かつて、ハイベルンと対立した魔物。
かつて、ハイベルンが殺した筈の魔物。
かつて、ハイベルンの天敵であった魔物。
ハイベルンはギチギチと腐った首を回してゆっくりと振り返り、その名を口にする。
「
「お久し振りデス。いや、そこまで期間は空いてないデス?」
ハイベルンと共にデッカイドーに危険をもたらす"
飛び交う虫が集合し、人のサイズの大きさを形取り、虫でぎょろりとした目玉の形と無数の牙を象る異形の魔物。
「な……なぜ……貴様……が……!?」
「永らくデッカイドーを荒らしたワタシは、天には昇れなかったようデス。マァ、ワタシのようなムシケラには、地の底、地獄、冥界がお似合いデス。」
キシキシキシと寒蠱守が笑う。
「今の、笑うところデス。」
ハイベルンは笑えない。
死体を食い荒らす虫の王。
今の寄せ集めの死体では一瞬で食い尽くされるだろう。
更に、寒蠱守を倒した虫用の毒も今は持ち合わせて居ない。
心臓を隠しているからこそ、ハイベルンは寒蠱守に決定的な敗北を喫さずに済んだ。しかし、今は心臓はこの死体の中にある。
この心臓が食い尽くされれば、ハイベルンは完全な"死"を迎える。
「マァ、実は元神という事で、過去の善行に恩情は貰えたんデスケドネ。」
寒蠱守はかつて"名付け"によって巫女に生み出された神であった。
巫女の血筋を途絶えさせた人間に愛想を尽かし、荒ぶる魔物に身を落としたものの、かつては人々を虫害から守った事もあった。
その功績を認められ、恩情を貰えたと寒蠱守は語る。
ハイベルンが本来であれば必要の無い息を呑む。
「やめろ……!」
ハイベルンは理解した。
寒蠱守が与えられたという"恩情"、その内容を。
冥界には大きく分けて二階層の住民がいる。
生者の世界にて罪を犯し、罰を受ける事になる死者"
それらの罪人を裁き管理する"管理者"。
普通は"管理者"は冥界に生まれた冥界の存在がなるものであるが、極稀に"罪民"の中から"管理者"とされる者もいる。
冥界に落ちる悪でありながら同情の余地や考慮すべき功績があると認められたもの、または"管理者"として相応しい能力を持つ者。
寒蠱守はずらりと並んだ牙をぎしりと剥いて笑った。
「"管理者"の名のもとに、冥界から無断で逃れたアナタに罰を与えマス。」
ハイベルンはずるずると足を引きずって逃げ出す。
しかし、ブオオオオオオオ!と強烈な羽音と共に、無数の虫に分かれた寒蠱守がグルグルとハイベルンを取り囲む。
「ま、待て! やめろ!」
「ワタシが担当するのは"
ブブブブブブブと次第に黒い虫の群れがハイベルンへと迫る。
「やめろ! 死にたくない!」
「あれ程"死"を素晴らしいと歌っていたアナタが、今更何を言うのデス。アナタの大好きな"死"を、ワタシがプレゼントして差し上げマス、デス。」
ハイベルンの目の前で、黒い虫が止まる。
そして、目の前で二つの目玉をぎょろりと形作り、ハイベルンを睨む。
「アナタ、先程誰を殺すと言いマシタ?」
「……は?」
ハイベルンは思わぬ質問に呆けた。
その質問を受けて、ハイベルンはハッとする。
今の質問に一筋の光明を見いだし、ハイベルンは笑みを浮かべて最後の賭けに出る。
「よ、余は!!! 再びデッカイドーに戻り!!! 勇者を殺すと言ったのだ!!!」
ハイベルンは寒蠱守に手を差し伸べる。
「貴様にも打撃を与えた憎き勇者だ!!! "魔導書"アキ、"拳王"ナツ、そして"剣姫"ハル!!! どうだ!? ここで余と手を組まないか!? 貴様も奴らへ復讐したいだろう!? 余と"管理者"となった貴様が組めば、ここから脱出して奴らを殺す事だって……!!!」
ハイベルンの前で、牙が並んでギシシィ!と笑った。
「素晴らしいデスネ。」
「だろう!? だったら……!!!」
ハイベルンは気付いていない。
一番踏んではならない寒蠱守にとっての地雷を、的確に踏み抜いてしまった事に。
寒蠱守は心の底から愉快そうに笑った。
「お前のお陰で、叶わなかった願いが叶う。」
「……なんだ……? その顔は……。」
ハイベルンが違和感に気付く。しかし、時既に遅し。
「私も、守りたかったものを守れそうだ。」
次の瞬間、無数の虫が一斉に死体に飛び掛かった。
ブブブブブブブ!と凄まじい羽音と共に、無数の虫がグルグルと飛び交い、死体を少しずつ食っていく。
「ああああああああああああ!!! なッ……何故……!!! 何故だッ!!!!?? な」
凄まじい羽音がハイベルンの断末魔を掻き消していく。
無数の虫が飛び交う嵐は、数分と待たずに消えていく。
嵐の後には、何一つとして残らなかった。
虫の嵐が一つに収束していき、黒い人影となる。
黒い人影はゆらりと揺れて、冥界の天井、生者達の世界を隔てる蓋を見上げた。
たとえ彼女が死す時は、彼女はきっと己とは違い天へと昇るであろう。
かつて想いを馳せた彼女と同じように。
もう二度と会う事はないであろう想い人に思いを馳せて、虫の王はぎしりと笑った。
「そちらが貴女が笑える世界でありますように。」
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