第118話 怨念の終わり
"死の王"ハイベルンが企てた、願望機シキの中に眠る怨念を手に入れる計画。
全てが上手く行ったと思ったその途端に訪れた一変した状況。
「貴様……インヴェルノ……! 何をしたァァァァァァ!?」
新魔王フユショーグンを裏切り自身と手を組んだ筈の旧魔王インヴェルノが、いつの間にか自身と相対している。
何が起こったのか、理解できないハイベルンが叫べば、インヴェルノはチッチと指を振った。
「あなたの過ちは三つです。」
インヴェルノはその右手を魔王に向ける。
「一つ。私は"魔王"インヴェルノではなく……魔王フユショーグンの忠実なる
インヴェルノ改め"魔道化"テラはクククと笑う。
テラは続いて自身の胸に右手を当てて、左手でピースを作る。
「二つ。あなたは私の力を分かったようなつもりでいたようですが……残念ながら欠片も理解できていなかったという事です。」
そして最後に、テラは右手を一人の女に向けて、左手で三本指を立てた。
「三つ。あなたは最後の最後まで、表向き進行していた計画にしか気付けなかった。裏で進行していた真の計画に、気付けなかったことです。」
テラが右手を向けた先は猫耳メイド、魔王側近のトーカ。
ハイベルンと視線が合えば、トーカはぷぷぷと笑うのを手で押さえながら、ハイベルンにピースした。
時は"
ハイベルンの計画を聞く前に、知っていてはならない秘密を次々に口にしたハイベルンを見て、テラは気付く。
コイツはこちらの計画を知る手段を持っている。
それは非常に厄介な事であった。
僅かな狂いで世界がなくなる橋渡りのような行動の中で、それを邪魔する存在が、こちらの動きを知っているというのはリスクが高すぎる。
この場でハイベルンを始末してしまえば楽だったのだが、厄介な事にどれだけ手を下しても死なない。テラでは不死を殺す方法まで暴く事ができなかった。
(とりあえずここは計画に乗ったフリでもしておきましょうか。)
そして、テラはハイベルンの計画に乗るフリをした。
計画を聞き出し、逆にハイベルンをこちらの監視下に置くために。
計画を聞いたテラは溜め息をつきたくなった。
面倒な事に周到なこの魔物は、あちこちに自身の兵をばらまいている。
更に、未来を見通す"万里眼"ビュワの存在を知り、それを厄介なものとして消そうとしている。
未来を視る力を持つ彼女は、特に重要な破滅を防ぐ為のピースである。
それを何処から見ているのか、何処から手を出すのか分からないハイベルンに狙われているのは非常に面倒な話だった。
ここでハイベルンの計画を聞いたから「用済みです」と裏切り計画を阻止すれば、また別の手段で狙ってくる事だろう。
そこでテラは思い付いた。
ハイベルンの計画が決定的なところまで進むまで、あえて泳がせてしまおう。
こうして、テラはハイベルンと偽りの協力関係を結ぶ事になった。
ハイベルンは何時でも見ている。最終的に裏切るつもりである事は知られたくない。
そこで、彼の要求通りに魔王に「ハイベルンは滅びた」と虚偽の報告を行う事にした。
その会議の場を、魔王軍緊急会議として、魔王側近トーカをその場に置きながら。
魔王側近トーカ。猫耳を付けたメイド。普段はお茶汲み掃除等家事周りを担当する使用人のような女。
その正体はかつて一つの世界を混乱に陥れた"煽動者"。
人の心を読み、心を伝えるテレパシーなる力を持つ超常の能力を持つ者である。
願望機シキから何か読み取る事ができないかと、会話役として魔王が協力を求めた彼女が、会議の場にいた。
目に見える、耳に聞こえる表向きは虚偽の報告を上げて、ハイベルンの計画の為に魔王軍をテラがコントロールしていた。
しかし、心の声でのやり取りでは、テラは全てのハイベルンの企みを魔王軍全員に伝えていたのである。
監視の目と耳を持つハイベルンでも、トーカの特異な能力によるテレパシー会話までは盗み聞きできない。
ハイベルンは表向き指示通りに動くテラに騙され、裏で動いていたもう一つの計画を見落としていたのだ。
(実は、このハイベルンという魔物を利用できないかと考えていまして。)
報告を上げる中、一つの妙案を思い付いたテラは全員にそれを心の中で話していた。
(怨念を支配下に置けるというこの魔物……上手く利用すればシキから怨念部分だけを抽出できないですかね?)
魔王とアキの推測、女神オリフシのヒント、
その怨念とやらを、怨念を支配できるハイベルンであれば抽出できるのではないか?
魔王達からシキを掠め取ろうとするハイベルンを、逆に利用して厄介な要素を取り除く。ハイベルンの与り知らぬ裏では、こんな計画が進んでいたのだ。
ハイベルンの計画を聞いた時点で、テラは一つの疑問の答えも既に見いだしていた。
(ビュワさんの未来が、黒い球体なるものが現れた後に途絶えるのは、ビュワさんがその時点でハイベルンに襲われるからではないでしょうか?)
ビュワは黒い球体が現れた後に未来が途絶えると言っていた。
この時点で、それが「シキの起動後に、ハイベルンがビュワを殺害するから」という答えをテラ達は導き出していたのだ。
(この計画を知った上で、ビュワさん、視えている未来は変わりますか?)
計画は暴いた。これでビュワを護れれば、未来は変わっている筈である。
ビュワは心の中で答える。
(変わらない。)
(……つまり、計画を知って阻止する為に動けば、結局は別の方法でビュワさんを仕留めに来るという事ですかね。)
ビュワが視ている未来は、未来を知った上で行動しても変わらない前提の絶対の未来である。これを変えるには"この世界の外側のもの"が動くか……。
(でしたら、一旦このままハイベルンに乗せられてるフリをして話を進めましょう。)
(は? お前何言ってるんだ?)
テラの投げやりにも思える提案に、魔王は心の中でキレ気味に聞き返した。
(一旦、未来の運命通りにビュワさんには死んでもらいましょう。)
(先にお前を殺してやろうか?)
心の中だけでなく、実際の顔もキレ気味にビュワがテラを睨み付ける。
(ご、誤解しないで下さいよ? そのまま死ねと言っている訳じゃないんです。一度、ビュワさんの視ている未来通りに、ハイベルンの思惑通りに話を進めた上で……。)
テラはチクチクと刺さる魔王達の視線を浴びつつ、仮面の下で苦笑しながら提案する。
(私の力で"過去"をちょちょいと改変しちゃいましょう。)
テラの持っている力、過去を改変して世界の形を変えてしまう特異な能力。
彼が"語り部(テラ)"と名乗る所以にもなる力である。
(ハイベルンの指示通り、魔王軍をハイベルンの狙いから遠ざけて配置します。ビュワさんの殺害もスルーします。その上で、後からそういった動きをしたという過去を改変します。)
ビュワが視ている未来は、未来を知った上で行動しても変わらない前提の絶対の未来である。これを変えるには"この世界の外側のもの"が動くか……。
過去に起こった出来事をねじ曲げてしまえばいい。
未来とは、過去に起こった出来事の積み重ねの末に導き出されるものである。
ビュワの視る未来は、あくまで今までの時点で起こった事から、これから起こる事を導き出すもの。
その未来を変えられる形に、後出しで過去を変えてしまう。普通なら有り得ない事を、テラの力は実行できる。
(変えられる過去は"この世界のもの"という縛り故に万能とは言えない私の過去改変も、これから行う軍の配備や私の護衛放棄という出来事は余裕で改変できます。ハイベルンの指示通りに遠ざけた軍を、ハイベルンに都合の悪い配置にしたと書き換える事もできれば、私が護衛をしなかった事も、護衛をしたと置き換える事ができる。)
ハイベルンの計画に乗る。
その上で、後から乗らなかった事に改変する。
(あまり派手に過去を弄ると、色々な矛盾で現代の記憶に色々と混乱が生じるのですが……まぁ、多分ハイベルンがパニックを起こすくらいでしょうね。計画が成功したと思っていたのに、実際は計画が失敗していた、みたいな。)
(それ面白そうですねぇ。)
トーカが心の中で楽しそうに声を弾ませた。
調子に乗っていたやつが、足元を掬われて絶望する。トーカはそういうものを見るのが大好きである。
テラは、ハイベルンの計画に乗りながら、ハイベルンの計画を潰す手段を見いだした。
(ビュワさんの視る未来を無理に変える方向に話を進めるよりかは、その未来を再現しつつ、視えている未来までは筋書き通りに実行して、そこから先を変える方がイレギュラーは少ないのでは? そういう点でもハイベルンを利用するのはアリなのではないかと。)
(成る程……確かにそれならギリギリまでハイベルンを制御下に置けると。)
魔王は納得したように心の中で呟いた。
何をするのか分からないよりは、何をするのか分かった上で、ギリギリまで野放しにした方が制御はしやすい。そういう点でもテラの計画は実行する価値があるように思えた。
魔王もトーカも乗り気になってきた中で、唯一機嫌が悪そうなのはビュワである。
(……つまり、あとで助かるとはいえ、私に一度死ねと。)
この計画を実行すると、後から過去が改変されてビュワが助かるとはいえ、一度死を体験しなければならない。
テラは仮面の下で苦笑した。
(あ、え、えっと。ちゃんと助けますし。何なら記憶も消しますので怖い思いも残しませんよ? ……やっぱり嫌ですかね?)
テラが尋ねれば、ビュワはむすっとした顔で答えた。
(別に。好きにすればいい。どうせ一度死んだ身だし。どうぞお好きに殺して下さい。)
(す、すみません。ちゃんと助けますから。あとでお詫びもしますので。)
(お、俺からも謝るから。本当にすまん。だからそう顔に出さずに……。)
(チッ。)
テラと魔王は表立って態度に出さずに心の中でビュワに陳謝する。
こうして、秘密裏にハイベルンを制御下に置くための作戦は立てられていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ハイベルンは見落としていた。
ハイベルンの存在がバレて以降、常に魔王達の集まる場に同席していた一人の女の存在を。
彼女が一人その場にいるだけで、全ての会話は盗聴不可能な秘密になる。
(……というのがネタばらしです☆)
トーカの力で頭の中にネタばらしを叩き込まれたハイベルンは、その身をもって自身の見落としを気付かされた。
怒りと屈辱で巨大な泥の身体がわなわなと震える。
「おのれ……! おのれ小娘がああああああああああ!!!」
ハイベルンの叫び声が響き渡る。
嘲笑う、盗聴を全て無駄にしたテレパシー使いのトーカ。
道化と罵る、此処まで起こしてきた出来事を全て無に帰した魔道化テラ。
他人を煽るのが大好きな2人組の、小憎たらしい顔と笑い声を見て、冷静さを欠きそうになったハイベルンはフーフーと息を整える。
ここで煽りに乗って怒り狂ったら思う壺であると。
"万里眼"を仕留められなかったのは計画外だ。
しかし、そもそも"万里眼"を仕留めたかったのは、シキの力を奪い取る計画を邪魔されない為にである。
「く、くくくくく……ふははははははははは!!!」
ハイベルンは冷静になる。
不利になった訳ではない。むしろ、最大の目的は果たされているのだ。
「だからどうした!? 余は既にシキの力を手に入れたッ!!! 目的は果たされたのだッ!!! これで余を止められる者は……誰……も……?」
トーカとテラの煽り顔に気を取られていたハイベルンが凍り付く。
泥の巨人の視線が魔王フユショーグンへと向く。
魔王の手の上に開いた空間の穴。そこから落ちたらしい手のひら大の宝玉。
それを見たハイベルンの身体が震え上がる。
今度は怒りに震えている訳ではない。
それは信じられないものを見た恐れの感情であった。
「ど、どどどどどどどどどうして……ッ!?」
魔王は手元の宝玉を手で弄びながらにやりと笑った。
「ご苦労、ゲシ。」
「っふぅ~~~。何とか見つかって良かったぜェ。」
赤髪の勇者が胸を撫で下ろす。
一体何が起こっていたのか。宝玉の正体は何なのか。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
時は遡り……。
魔王の元に入った連絡。
"殺戮の勇者"ゲシから入ったひとつの報告が、テラにも解けなかった一つの謎と、ハイベルンの隠した切り札の存在を暴く。
ゲシは最近不思議な人間を視たという。
ゲシは女神ヒトトセに"殺戮の勇者"として選ばれたように、"殺し"というものに対して天性の才能を持っている。生物をどうすればより効率的に死に至らしめるのか、それが瞬時に分かってしまう。
その目をもってしても、"死に様"が見えない人間が最近街中を歩いている。
まるで、そこに心臓を置いていないような、ゲシがそう表現した事で、魔王達は気付く。
ハイベルンが街中に潜ませた、生者のように振る舞う死体に。
そして、「そこに心臓を置いていない」という表現から、一つの可能性を見いだす。
ハイベルンがいくら砕こうとも焼こうとも潰そうとも死なない理由。
ハイベルンの不死の秘密。
そこに心臓を置いていない。つまり、どこかに心臓を置いているのではないか。
街中を歩く生者のように振る舞う歩く死者がそうだとしたら、ハイベルン本体の心臓に当たるものも他のどこかにあるのではないか?
ハイベルンと名乗る死の王は、
しかし、その死体と、操られる死者にどれだけの差違があるのか?
ハイベルンだと思い込んでいたアンデッドは、実はハイベルンの操るアンデッドの一固体に過ぎないのではないか?
ハイベルンには死体を操る本体があるのではないか?
魔王は一旦、報告を受けた段階では深く話さない事にした。
あえて気付いていないフリをした。
ハイベルンの目が何処にあるのかは分からない。
もしも万が一、ゲシがハイベルンの急所となり得る存在だとしたら?
この切り札は隠さなければならない。本当に必要となるその瞬間まで。
通話では素っ気ないフリをして、魔王は即座にトーカに伝言を頼んだ。
表向き悟られぬよう、ゲシに「今は不思議な人間とやらを追うな」と。
心を直接読み、心に直接語りかけるトーカ。
交わす事ができるのは言葉だけに限らない。
眠る人間に対してはより鮮明に、自身の姿を見せ、その場に居るかのように語りかけることができる。
ゲシの夢の中で、トーカは警告をした。
そして、最後の作戦会議の日。
この場でトーカの姿を見たゲシはぎょっとした。
夢の中で不思議な人間を追わないよう警告した女神と、そっくりだったからだ。
その後のテレパシーを受けて、ゲシは夢の中で語りかけてきた自称女神が彼女であったと気付く。
集まった勇者達、魔王軍幹部達に改めて作戦をトーカのテレパシーを通じて伝える。
表向きに割り振った役割とはまた別の役割を。
主に役割が違うのは"殺戮の勇者"ゲシと"束縛の勇者"うらら。
ゲシにはハイベルンの本体を探す事。
うららにはハイベルンの死体を操る能力の"縛"る事。
二人は言葉で伝えられたものとは別の使命を与えられ、ハイベルンが現れた際には表向き話していた動きとは別の動きを取ることを指示されていたのだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ハイベルンの出現に合わせて、ゲシはすぐにハイベルンの急所を探る。
心臓がどこか別の場所に置かれたような感覚を辿り、目の前のハイベルンの心臓を探るように意識を巡らせる。
そして見つける。ほんの少しだけ離れた位置に配置された、隠れた一体のアンデッドの中に隠されているハイベルンの急所。
感覚的に察知したその位置を、ゲシはトーカのテレパシーを通して寸分狂わず伝達する。
ハイベルンの急所を認識した魔王は、即座にゲートをそこに繋いだ。
本来であれば万が一見つかった際にも迎撃、逃走ができるように用意している強力なアンデッドに隠したハイベルンの急所は、アンデッドを動かす暇もなくくり抜かれた。
魔王が手に取った宝玉こそ、ハイベルンの急所、この魔物の心臓部とも言える存在である。
「どうして貴様が余の心臓をッ!?!?!?」
「お前の対策も取らずに、まんまとシキの力を取らせる訳がないだろう?」
魔王はぐっと宝玉を握り、宝玉に向かって話し掛ける。
「その焦りようは正解のようだな。さぁ、お前の命は俺の手の中にある。死にたくなければ此方の言う事を聞いて貰おうか。」
ゲシの才能にのみ頼って見つけ出したハイベルンの急所は、焦り取り乱したハイベルン自身の言葉で真に心臓なのだと明らかになった。
心臓を握られたハイベルンはわなわなと震えている。
しかし、野心に満ち溢れたこの魔物は、ここで屈する程に潔い魔物ではない。
「く、くくくくくく……! 人質があるのが貴様等だけだと思うなよッ!?!?!? 余の死の軍勢は既にデッカイドー各地に配備されているッ!!! 余が一言指令を出せば、たちまち……。」
「その"指令"を"縛"ります。」
くい、と指を動かして、小柄な少女が宣言する。
"束縛の勇者"うらら。
彼女が持つ呪いの道具"束縛の縄"。
物理概念問わずあらゆるものを縛り封じ込めるそれは、ハイベルンのアンデッドへの"指令"を封じる。
自身の能力が途切れた事で、その言葉がハッタリではない事を体感をもってハイベルンは認識する。
「神様のような力を封じる事はできませんが……ひとつ能力の正体が分かれば、それを止めるくらいなら訳ないですよ。」
うららがにやりと笑って、手を下ろす。
「これで、あなたは遠隔で死体を動かせない。人質とやらは機能しませんよ。」
「あ、ああああああ……! ああああああああああああああああああああああああ!!!」
うららに指令を封じられて、泥の巨人が動かなくなる。
ハイベルンによって巨人に変えられた、シキの怨念の塊。
最早、自身の心臓を握られ、能力さえも封じられたハイベルンに魔王、勇者達に太刀打ちする手段はない。
ハイベルンは全ての命を奪い去るどころか、全ての命を救うために利用される事になった。
"死の王"ハイベルンの醜き野望は、怨念は、ここで完全に終わりを迎える。
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